『フタリノセカイ』飯塚花笑監督 × 片山友希さん × 坂東龍汰さんインタビュー
- 2022年01月11日更新
愛し合いながらも結婚や子どもという現実問題に悩む、シスジェンダー*のユイと、トランスジェンダー*の真也。フタリの10年にわたる愛の軌跡を描く『フタリノセカイ』が、2022年1月14日(金)より全国順次公開となる。監督・脚本を務めたのは、飯塚花笑(かしょう)。トランスジェンダーである自身の経験を起点に、「性別、常識、時間を越え、どんな形にも囚われることのない“愛”を描き出したかった」という本作には、多様な問題を乗り越え、共に生きようとするカップルの普遍的な愛と葛藤が描かれる。W主演としてユイを演じるのは、『茜色に焼かれる』(石井裕也監督)で第46回報知映画賞の新人賞に輝いた片山友希。真也役には、幅広い役柄で話題の映画やドラマに引っぱりだこの坂東龍汰。注目の三人に、撮影当時を振り返りながら作品への思いを語ってもらった。
*シスジェンダー:出生時の身体的性別を自認し、それに従って生きる人々
*トランスジェンダー:出生時の身体的性別と、自認する性別が異なる人々
撮影の半年前から作り初めた “共通言語”
— ユイと真也の繊細な感情表現に胸が震えました。片山友希さん、坂東龍汰さんのお二人に出演をオファーされた理由をお聞かせいただけますか。
飯塚花笑監督(以下、飯塚監督):片山さんは、映像資料を拝見してすぐにいいなと思いました。真也役は、第一にトランスジェンダーに見えるかどうかという問題がありましたが、中性的な顔立ちや声質から坂東さんならハマるんじゃないかということで企画がスタートしました。
— 片山さんのどういったところが、一番ユイ役に合っていると思われましたか。
飯塚監督:ユイは、真也と付き合っているからこそ、世の中の違和感に気付くようなピュアさを持っているんです。片山さんの映像資料でお芝居を拝見した時に、そういうものを潜在的に持っているように感じました。
— 坂東さんの声のお話が出ましたが、トランスジェンダー役を演じるにあたってかなり重要な要素であったと思います。実際、まったく違和感がなく真也のセリフが耳に入ってきて驚きました。
飯塚監督:おっしゃる通りで、声はとても重要な要素だと思っていました。坂東くんには、役への理解を深めてもらうために、僕のトランスジェンダーの友人たちとも一緒に飲みに行ってもらったのですが、皆が声を揃えて「トランス(ジェンダー)っぽい声だね」と言ってくれたんですよね。
坂東龍汰さん(以下、坂東):めっちゃ言っていただきました(笑)。最初は自分が演じるのに、いろいろなハンデがあるんじゃないかと思っていましたし、不安も大きかったです。でも、皆さんにその言葉をいただいて、ある意味自信に繋がりました。
飯塚監督:お二人とも本質的に役を演じる素質を持っていましたが、題材が題材なので、撮影前にしっかりコミュニケーションを取らせてほしいとオーダーしたんです。それが叶うということで、正式に出演をオファーさせていただきました。
— 飯塚監督は、映画を撮る際に、スタッフやキャストの皆さんとの“共通言語”を大切にされているそうですね。お二人に役への理解を深めてもらうために、ほかにはどのようなコミュニケーションをとられましたか。
飯塚監督:考えてもらうことが多い題材ですので、(クランク)インの前にできるだけ早くお二人に会わせてほしいということを最初にお願いしました。実際に顔を合わせたのは撮影に入る半年ほど前だったと思います。どういう作品にしたいとか、参考のためにこういう作品を観ておいてほしいとか、そういったことを話しました。そのあとは、リハーサルをしながら、脚本についてディスカッションをしたりもしました。
自分の心がついていかないとセリフに詰まってしまう
— 片山さんにとっても坂東さんにとっても、難しい役であったと思いますが、どのようにアプローチしていかれたのでしょうか。まずは、片山さんから教えていただけますか。
片山友希さん(以下、片山):そうですね……私は、この作品に限らず役作りがどういうものなのか、よく分かっていないんです。でも、初めて飯塚監督にお会いした時に、監督ご自身の診断書を見せていただいて。ネットでセクシャルマイノリティについて調べるよりも、この診断書を見たほうがよほどリアルに感じるものがあると思いました。それはすごく覚えています。
— 診断書はどんな内容で、具体的にどんなことを感じられたのですか。
片山:白いプリント用紙に、黒い文字が書かれているだけなんですよね。内容というよりも、人がすごく悩んでいることを事務的に文字にするっていう冷たさを、そこから感じてしまって。心がすごく重くなってしまったんです。
— 血の通っていない、少し残酷なものにも見えたのですね。
片山:はい。それから、ユイをどう演じればいいか少し分からなくなってしまって……。監督にお願いをして、撮影に入る直前に、役と同じ立場にいるカップルの方に会わせていただいたんです。実際にお会いしてみるとお二人ともすごく普通で明るくて。心が重くなっていたのは私の勝手な客観で、お二人の主観とは違っていたことに気付いたんです。
— 撮影が始まってから、実際に演じる中で悩まれたことはありましたか。
片山:真也のお母さんに対して怒るセリフが、脚本を読んだ時からずっと心に引っ掛かっていました。人のお母さんで、ましてや恋人の母親に対してキツ過ぎるんじゃないかと思ったんです。私は自分の心がついていかないセリフは本当に覚えられなくて、言おうとしても詰まってしまうんです。その気持ち悪さを監督に話すと、「ユイと真也の一番近くにいて、一番理解してくれていると思った存在が、実は一番理解していなかったということに対して、すごく怒ってください」とおっしゃられて。そこを聞いてすごく腑に落ちて、セリフが言えるようになりました。
演技というものの捉え方が180度変わった
坂東:テクニカル的なところで言えば、この役を演じるためにはまず頭で分かろうとせず、感じたほうがいいのかなと思いました。そのために何ができるのかを監督と話して、そこから始めていきました。ブラジャーを着けて生活してみたり、生理用ナプキンを買いにいってみたりもしたし、エピテーゼ*の胸を実際に付けてみて、これを隠すのは結構大変だなぁと思ったり……
*エピテーゼ(Epithese):事故や病気、生まれつきにより身体の一部をなくされた方が、 外見を取り戻すために使う装身具の人工ボディパーツのこと。
— あ、劇中で出てくるあの胸は、エピテーゼだったんですね!
坂東:えっ!? あれは僕の胸じゃないですよ(笑)!
— それは分かります(笑)。すごくリアルで、CG合成かと思っていたんです。真也が乳房をあらわにするシーンは、非常にインパクトが大きいと同時に、真也の苦しみや生まれもった体への違和感、戸籍上の性別を変更するにあたっての性別適合手術についての問題提起などが、言葉よりも強く視覚的に伝わってきたように思いました。片山さんは、あのシーンをどんな風にご覧になりましたか。
片山:やはり、衝撃的なシーンではあるとは思いますね。作品を観られた方はきっと忘れないだろうなとは思いました。
坂東:僕自身は生まれたままの性別で生きてきて、おっぱいだって無いし、おちんちんも付いてる。でも、胸がある状態を体感した時に、僕も見せるのが恥ずかしかったし、好きな人であっても簡単にセックスできないと思いました。僕の中にある身体のコンプレックスを引き出して、真也のコンプレックスと繋げることで実感したんです。その感覚を監督とすり合わせるために、インの前に監督とお互いのコンプレックスについて話したのも大きいと思います。セクシュアリティに関するコンプレックスを打ち明けるって、本当に心を許していないとできないコミュニケーションだと思いました。
— まさに、考えるのではなく、感じられたんですね。
坂東:ユイとのセックスを拒んでしまうシーンも、頭より先に身体がふっと動いてしまうような節々の反応も含めて嘘をつきたくなかったんです。本当に見せられないものがあって、真実として拒む感覚を自分の中に入れようと思いました。ユイと真也が過ごす十年の中で、会っていない長い時間の表現も含めて、映画だからこう演じようとか、こうアプローチしようというのとは、まるで違うベクトルで挑みました。一つひとつを自分の中で整理していかないと、すべてが画に映るし、当事者の方々にも失礼になってしまうと思って。演技というものの捉え方が180度変わった現場でした。
— お二人がとても真摯に役に向き合ってこられたのが、今日のお話からも、演じる姿からも伝わってきました。
坂東:飯塚監督もすごく作品を追い込む方ですし、僕も自分で追い込める部分はしっかり追い込んで臨んだので、それを監督の想像しているものとどう近づけていくか、日々ぶつかり合っていました。ね、監督(笑)?
飯塚監督:そうですね(笑)。まあ前半は重いシーンも多かったので、皆ぶつかり合っていましたね。撮影期間も約10日と短くて、スピードに追われることは分かっていたので、緊張感もありましたし。だからこそ、なるべく早くからコミュケーションを取りたかったんですよね。その分、インしてからはわりと淡々と撮っていって、撮影しながら役をつかんでいってもらった感じです。
喫茶店のシーンは三人の即興
芝居に嘘がなく、何も言うことがなかった
— 物語の終盤、喫茶店で俊平(松永拓野)に、真也とユイがある提案を打ち明けるシーンは、三人の思いが伝わってきて、観ていて自然と涙が溢れました。演技を越えているものを感じたのですが、どのように作り上げたのでしょうか。
飯塚監督:あのシーンは、話のゴールだけを決めていて、そこに向かって三人で決着をつけてくださいと、即興で作り上げてもらったんです。撮影を重ねる中で、彼らの歴史みたいなものが心境的にも積み上がっていたと思うんですよね。セリフも三人の中から自然に出てきたもので、一発で撮りました。芝居に嘘がなくて、何も言うことがなかったですね。積み重なった時間の結果だと思います。
— 本当に温かく力強く、素敵なシーンでした。最後に、『フタリノセカイ』というタイトルに込めた思いと、カタカナで表記した意味を教えていただけますか。
飯塚監督:『フタリノセカイ』というタイトルから、いろんなフタリの形を想像してほしかったんです。トランスジェンダーのカップルに限らず、この映画を観た方が自分自身の物語として共感できるように、カップル間で生まれる多種多様な問題を乗り越えて幸せになる過程を描きたいと思いました。ぜひ、たくさんの方にご覧いただきたいです。
プロフィール
●監督・脚本/飯塚花笑(いいづか・かしょう)
1990年生まれ。群馬県出身。大学在学中は映画監督の根岸吉太郎、脚本家の加藤正人に師事。トランスジェンダーである自らの経験を元に制作した『僕らの未来』で、ぴあフィルムフェスティバルの審査員特別賞を受賞し、バンクーバー国際映画祭ほか、国内外の映画祭で高い評価を得る。大学卒業後、『ひとりキャンプで食って寝る』(テレビ東京)に脚本で参加。フィルメックス新人監督賞2019の準ブランプリを獲得、2020年4月、「映画をつくりたい人」を募集するプロジェクト『感動シネマアワード』ではグランプリ6作品のうちの1つに選出されるなど、今もっとも目が離せない新鋭監督の一人。
●今野ユイ役/片山友希(かたやま・ゆき)
1996年生まれ、京都府出身。主な出演作に、「べっぴんさん」(16/NHK)、「セトウツミ」(17/TX)、『ここは退屈迎えに来て』(18/廣木隆一監督)、『ねことじいちゃん』(19/岩合光昭監督)、『君が世界のはじまり』(20/ふくだももこ監督)、「俺のスカート、どこ行った?」(19/NTV)「伝説のお母さん」(20/NHK)など。舞台「死ンデ、イル。」(18/蓬莱竜太作・演出)では主演に抜擢された。2021年は、『あの頃。』(今泉力哉監督)、『茜色に焼かれる』(石井裕也監督)、ドラマ「探偵☆星鴨」(NTV)、「ボイスⅡ」(NTV)など話題作に次々と出演。『茜色に焼かれる』では、第46回報知映画賞の新人賞に輝き、確かな演技とキュートな魅力に熱い注目が集まっている。公開待機作品に、『弟とアンドロイドと僕』(阪本順治監督)がある。
●小堀真也役/坂東龍汰(ばんどう・りょうた)
1997年生まれ、米・ニューヨークに生まれ、北海道で育つ。2017年俳優デビュー。18年NHKスペシャルドラマ「花へんろ特別編春子の人形」の主演で注目を集める。主な出演作に、『十二人の死にたい子どもたち』(19/堤幸彦監督)、『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(19/平山秀幸監督)、『犬鳴村』(20/清水崇監督)、『静かな雨』(20/中川龍太郎監督)、『#ハンド全力』(20/松居大悟監督)、『弱虫ペダル』(20/三木康一郎)、『スパイの妻』(20/黒沢清監督)等。2021年、『ハニーレモンソーダ』(神徳幸治監督)、『犬部』(篠原哲雄監督)、ドラマ「この初恋はフィクションです」(TBS)、「真犯人フラグ」(TBS)、「ソロモンの偽証」(WOWOW)などがある。『峠最後のサムライ』(小泉堯史監督)が現在公開待機中。ネクストブレイクの大本命と呼ばれる若手実力派俳優。
『フタリノセカイ』作品・公開情報
【STORY】シスジェンダーの今野ユイ(片山友希)とトランスジェンダーの小堀真也(坂東龍汰)は、出会ってすぐ恋に落ち、付き合いはじめる。やがて事実上の結婚をし、同棲生活を始める2人だったが、子どもや家庭への憧れを捨てきれないユイの心を察した真也は別れを切り出す……。数年が経ち、ユイは結婚して夫と二人で暮らし、真也もゲイである友人の俊平(松永拓野)と静かに暮らしていた。ある日、再会した2人は互いへの思いを確信し、再び一緒に生きることを選択する。そうして歩み始めたユイと真也は、ある決断をするのだった……。
▼『フタリノセカイ』
(2021年/日本/83分/PG12 )
監督・脚本:飯塚花笑
出演:片山友希、坂東龍汰
嶺豪一、持田加奈子、手島実優、田中美晴、大高洋子
関幸治、松永拓野/クノ真季子
エンディング曲:秀吉「ひだまりのいろ」
エグゼクティブプロデューサー:狩野善則 プロデューサー:志尾睦子
特別協賛:セントラルサービス 企画・製作:ブレス
配給:アークエンタテインメント
©2021 フタリノセカイ製作委員会
取材:min 撮影:ハルプードル
ヘアメイク:浅井美智恵(片山さん、坂東さん)
スタイリスト:髙山エリ(片山さん)衣装:オールインワン(セラー ドアー/アントリム)ほかスタイリスト私物
・問合せ先:アントリム 03−5466−1662
※ 2022年1月14日(金)新宿シネマカリテほか全国順次公開
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