7月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―
- 2025年06月28日更新
7月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?
LINE UP 7/4(金)公開『愛されなくても別に』 7/4(金)公開『夏の砂の上』 7/11(金)公開『顔を捨てた男』 7/11(金)公開『マーヴィーラン 伝説の勇者』 7/18(金)公開『また逢いましょう』 7/19(土)公開『ユリシーズ』 7/25(金)公開『木の上の軍隊』 7/25(金)公開『ROPE』 7/25(金)公開『私たちが光と想うすべて』 |
『愛されなくても別に』
毒親に翻弄される若者のいびつな青春模様
『響け!ユーフォニアム』の武田綾乃の青春小説を原作に、『真っ赤な星』の井樫彩監督が映画ならではの工夫を凝らして、現代に生きる若者の閉塞感と葛藤を紡いだ。大学生の陽彩(ひいろ)は、浪費家の母親のせいで時間もお金もない絶望的な毎日を送っていた。そんなある日、同じコンビニ店でアルバイトをする同級生の雅(みやび)の父親が殺人犯という噂を耳にする。新興宗教にのめり込んでいる水宝石(あくあ)を含め、いずれも「毒親」を抱える3人のいびつな青春模様が、極端すぎるクロースアップや小刻みに揺れるカメラワークなど多彩な映像表現でつづられる。依存体質の母親に反発を覚えながらも「愛してるよ」の言葉にほだされ、友人よりは不幸ではないと納得しようとする主人公の戸惑いを、南沙良が曖昧なままの絶妙な表情で好演。音楽を最小限の音量に抑え、セミの声や鳥のさえずりで心の渇きを表すなど、井樫監督の感性がきらりと光る秀作に仕上がっている。(藤井克郎)
2025年7月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/109分) 監督・脚本:井樫彩 出演:南沙良、馬場ふみか、本田望結 ほか 配給:カルチュア・パブリッシャーズ ©武田綾乃/講談社 Ⓒ2025 映画「愛されなくても別に」製作委員会
『夏の砂の上』
乾き切った長崎の町で同居生活を送る伯父と姪
長崎出身の劇作家、松田正隆の代表戯曲を、劇団「玉田企画」を主宰する玉田真也監督が自ら脚色して映画化。主演を務めるオダギリジョーが共同プロデューサーを務めている。息子を幼くして失い、妻とも別居中の治は、働いていた造船所も潰れ、坂の多い長崎の町で無為な毎日を過ごしていた。そんな治の元へ妹が訪ねてきて、17歳の娘、優子をしばらく預かってほしいと言う。伯父と姪のひと夏の同居生活が始まった。喪失感にきちんと向き合えないまま不器用に生きる治の鬱屈した心のうちをオダギリが絶妙に表現していて、さすがは自らプロデューサーを買って出ただけのことはある。対する優子役の髙石あかりも、本音をはっきりとさせない複雑で微妙な思春期の不安定さを、本当にそこに存在するとしか言いようのないたたずまいで体現する。脇を固める松たか子、満島ひかりらも役をきっちりと生きていて見応え十分。冒頭の豪雨から一転、からっからに乾き切った長崎の空気感など、演劇人の玉田監督による映画への敬意も心に強く響いた。(藤井克郎)
2025年7月4日(金)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/101分) 監督・脚本:玉田真也 出演:オダギリジョー、髙石あかり、松たか子 ほか 配給:アスミック・エース ©2025映画『夏の砂の上』製作委員会
『顔を捨てた男』
念願だった新しい顔を手に入れてみれば……
ニューヨークに一人で暮らす俳優志望のエドワードは、顔の障害のために限られた役しか得ることができなかった。ある日、隣室に劇作家を目指すイングリッドが越してくる。何とか彼女の気を引きたいと、エドワードは過激な治療を受けて念願の新しい顔を手に入れるが……。これが長編3作目となるアーロン・シンバーグ監督は、ルッキズム(外見至上主義)に象徴される差別や偏見といった社会的テーマを内包しつつ、娯楽の要素を詰め込んだ人間臭いドラマに編み上げた。イングリッドの新作はエドワードの元の顔に触発されたもので、自分が捨て去ったと同じような顔を持つライバルの出現に、せっかく手に入れた成功が脅かされるのが何とも皮肉。頻繁に用いられる不自然なズームアップにこけおどしのような大音響と、意味ありげな表現手法の数々も予測不能なストーリー展開に拍車をかける。エドワードを演じたセバスチャン・スタンの熱演に加えて、障害の当事者でもあるライバル役のアダム・ピアソンが際立った存在感を示していた。(藤井克郎)
2025年7月11日(金)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/アメリカ/112分/PG12)原題:A Different Man 監督・脚本:アーロン・シンバーグ 出演:セバスチャン・スタン、レナーテ・レインスヴェ、アダム・ピアソン ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『マーヴィーラン 伝説の勇者』
気弱な漫画家が自作のヒーローに!?
崖っぷち漫画家が自分の作品のヒーローとして悪徳政治家の対決する羽目に-そんな荒唐無稽なストーリーにコメディ、アクション、家族愛、そしてほのかな恋を盛り込んだ娯楽性と社会性を兼ね備えたインド映画。新聞の連載漫画「マーヴィーラン」の作者サティヤは温和で優しい青年。ある日彼は家族とともに立ち退きを強制され、代わりに高層マンションを提供されるが、そこは悪徳政治家ジェヤコディ一派が手掛けた欠陥住宅だった。そんな中、サティヤの耳元で彼を「勇者」と呼ぶ勇壮な声が鳴り響くようになる……。天の声により勝手に体を操られ、次々と敵を倒していく気弱なサティヤ。その困惑する表情が笑いを誘う。漫画的な設定とダイナミックなアクションで魅せる一方、権力者が利権をむさぼり庶民を虐げるという構図は何ともリアルだ。真のヒーローが生まれるのは、彼が内なる怒りや正義感に目覚め心と体の乖離がなくなったとき。だんだんと成長していくサティヤの姿に、現実にもこんなヒーローが現れてほしいと願わずにいられない。(吉永くま)
2025年7月11日(金)より全国公開 公式サイト
(2023年/インド/161分/PG12)原題:MAAVEERAN 監督:マドーン・アルヴィン 出演: シヴァカールティケーヤン、アディティ・シャンカール、ミシュキン ほか 配給:ファインフィルムズ ©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.
『また逢いましょう』
障害を負った父を介護する娘が前向きになるまで
東京で漫画家の夢を追い続けている優希は、父親が転落事故で入院したとの知らせを受けて実家のある京都に戻る。手足に重い麻痺が残った父を世話するため、退院後も京都に残ることにした一人娘の優希は、熱心なケアマネジャーの勧めで介護施設の「ハレルヤ」に通所させることにするが……。京都でデイケア施設を運営する伊藤芳宏氏の著書を原案に、『嵐電』などの西田宣善プロデューサーが劇場映画初監督。介護の実態をモチーフに、死への心構えといった重いテーマも絡めつつ、爽快感の残る前向きな物語に仕立てた。中でも原案者をモデルにしたと思しき田山涼成演じる「ハレルヤ」所長の人生哲学がユニークで、「救いの共同体を作りたい」という理想へのアプローチは、ますます重要度が増すであろう介護現場のヒントになりそうだ。優希を演じた大西礼芳や介護職員役の中島ひろ子らの弾けっぷりも映画ならではの高揚感があり、すっきりとした後味をもたらしていた。(藤井克郎)
2025年7月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/91分) 製作・監督:西田宣善 出演:大西礼芳、中島ひろ子、カトウシンスケ ほか 配給:渋谷プロダクション ©Julia /Omuro
『ユリシーズ』
脈絡のない3つの場面からそこはかとなく漂う不在感
スペイン・マドリードに住むロシア人女性のアレフティーナは、幼い息子のディミトリと父親の帰りを待っていた。食事の準備をしながらの母子の会話の後、場面は同じスペインのサンセバスチャンに飛び、女子学生のエナイツが日本人のイズミと出会う。と次の場面では岡山県の小さな町で盆を迎える風景が映し出される。先鋭的なプログラムで知られるサンセバスチャンのエリアス・ケヘレタ映画学校で学んだ宇和川輝監督の長編第1作は、脈絡のない3つの場面をごろっと並べただけのようなちょっと戸惑いを覚える作品だ。台本があるのかどうかも不明で、特に第3部は会話らしい会話もなく、いろんな角度で捉えた迎え火のシーンが延々と続く。宇和川監督が、ギリシャ神話の英雄、オデュッセウスの長い不在をモチーフにしたホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を基に、自身の個人史と絡めて編み上げたそうで、確かに3部とも画面に出てこない不在感がそこはかとなく漂ってくる。ゆったりと身を任せたい逸品だ。(藤井克郎)
2025年7月19日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本、スペイン/73分) 監督・編集・制作・撮影・出演:宇和川輝 出演:アレフティーナ・ティクホノーヴァ、ディミトリ・ティクホノーヴ、エナイツ・スライカ、石井泉、原和子 ほか 配給:新谷和輝、入江渚月、ikoi films ©ikoi films 2024
『木の上の軍隊』
戦場で身を潜めた2人の日本兵の恐怖と諦念
第二次世界大戦末期の1945年、沖縄県伊江島で戦闘に備える地元出身の新兵、安慶名は、上陸してきた米軍の激しい攻撃をかわして、上官の山下少尉とともにガジュマルの木の上に身を潜める。援軍が来るまでその場で待機することにした2人は、時にいがみ合いながら飢えと不安を耐え抜く。やがて2年の月日が経とうとしていた。実話に基づく井上ひさし原案の舞台劇を、『ミラクルシティコザ』の沖縄出身、平一紘監督が自らの脚色で映画化。銃弾が飛び交う激しい戦闘場面や、鬱蒼とした密林での潜伏の様子など、映画ならではのリアルな描写で織り上げる。中でも2人が木に登るまでの経緯は戦争の悲惨さをこれでもかと見せつける強烈なもので、ガマ(洞窟)の入り口が砲撃される映像表現は筆舌に尽くしがたい。安慶名役の山田裕貴、上官役の堤真一の二人芝居になってからも、恐怖と諦念が錯綜する表情がすさまじく、改めて戦争の無意味さ、無慈悲さを噛み締めた。(藤井克郎)
2025年7月25日(金)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2025年/日本/128分) 監督・脚本:平一紘 出演:堤真一、山田裕貴 ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2025「⽊の上の軍隊」製作委員会
『ROPE』
夢中になることを恐れる青年の謝礼金目当ての人探し
曾祖父も祖父も父も成功を目前に急死したことから、何かに夢中になることを恐れている青年、修二は、行方不明捜索の張り紙に書かれていた謝礼金10万円を目当てに、失踪者の翠を探し始める。ようやく見つけ出した翠は屈託のない振る舞いとは裏腹に、壮絶な過去を背負っていた。修二を演じた俳優の樹がプロデューサーを務め、同じ20代の八木伶音監督と組んで、夢も目標もなく毎日を過ごす現代の若者像を淡々とした描写でつづった。修二は女性に対して積極的でもなく、お金がなくても焦るでなく、でも常に自死のイメージにとらわれている。周りにいる人間関係に疲れた今どきの若者に共感しながらも、決して深く関わろうとしないというのがいかにも今風で、青春ものとしては他に類を見ないふわっとした空気感をもたらす。翠役の芋生悠をはじめ、倉悠貴、前田旺志郎、大東駿介といったお茶の間でおなじみの芸達者ぞろいの配役にも八木監督への期待感がうかがえる。(藤井克郎)
2025年7月25日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/93分) 監督・脚本:八木伶音 出演:樹、芋生悠、藤江琢磨、中尾有伽 ほか 配給:S・D・P ©映画「ROPE」
『私たちが光と想うすべて』
女性が一人で生きる困難さを優しい色使いで見つめる
インドのムンバイで看護師をしているプラバは、親が結婚を決めた夫が仕事を求めてドイツに行ったきり音沙汰がなく、寂しい毎日を送っていた。一緒に暮らす若い同僚のアヌは明るく陽気な性格だが、イスラム教徒の恋人がいることは親には内緒にしている。そんな中、病院の食堂で働くパルヴァティが部屋の立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村に帰ることになる。ムンバイ出身のパヤル・カパーリヤー監督の初の長編劇映画で、2024年のカンヌ国際映画祭ではパルムドールに次ぐグランプリを獲得。雑然としたムンバイの街並みと浜辺の穏やかな風景を好対照に描きながら、どちらも優しい色使いでとてもいとおしく感じられる。決して威圧的な男性が出てくるわけでもないのに、今の時代に女性が一人で生きていくことの困難さ、孤独感がしみじみと伝わってきて、深く心に染み入ってくる。これまでのインド映画のイメージを塗り替える新たな才能の誕生に瞠目した。(藤井克郎)
2025年7月25日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク/118分/PG12)原題:All We Imagine as Light 監督・脚本:パヤル・カパーリヤー 出演:カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム ほか 配給:セテラ・インターナショナル ©PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024
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