『生きる街』― それでも人は生き、人とともに街は生きる

  • 2018年03月03日更新

映画『生きる街』メイン東北の海辺の街を舞台に、東日本大震災で心に深い傷を負った家族の再生と周囲の人々の姿を描くヒューマンドラマ。『捨てがたき人々』『アリーキャット』の榊英雄監督がメガホンを執り、約10年ぶりの映画主演となる夏木マリが、津波にさらわれた夫を待ち続ける女性を演じる。
抗うことのできない脅威によって“当たり前の日常”を突然失い、行き場のない悲しみや大きな虚無感を抱えた人々。その内面を優しく鋭く見詰め、繊細に描き出す本作は、「家族」や「故郷」といった普遍的な価値と、「生きる」「生き続ける」とは何かを観る者に投げかける。

東日本大震災から5年後の街で、止まっていた家族の時間が動き出す

映画『生きる街』サブ1映画『生きる街』サブ3夏木が演じる千恵子は、田舎に暮らす平凡な主婦だ。2011年3月11日の大震災によって生活が一変するまでは、生まれ育った海辺の街で漁師の夫と2人の子どもと暮らし、日々を穏やかに営んでいた。しかし、地震による津波で、夫は行方不明となる……。

以来、千恵子は夫の帰りを諦めきれずに地元での生活を続け、子どもたちは震災の記憶から逃げるように他の地に移り住むものの、それぞれが心に癒えない傷を抱えていた。自分の子どもを持つことを恐れる娘の香苗(佐津川愛美)と、何もかもを震災のせいにして人生から逃げる息子の哲也(堀井新太)。そして、一見明るく逞しく生きている千恵子もまた、過去にとらわれながら生きている。

しかし、そんな家族の前に、かつて同じ街に住んでいた青年ドヒョン(イ・ジョンヒョン)が、韓国から一通の手紙を携えてやって来る。それは、ドヒョンの亡き父親が、千恵子の夫に宛てた感謝の手紙だった。その出会いをきっかけに、止まっていた家族の時間はゆっくりと動き出す……。

それでも人は生き、人とともに街は生きる

映画『生きる街』サブ7本作の撮影は震災から5年以上が経過した2016年の11月に宮城県石巻市で行われた。スクリーンに映し出される景色は一見穏やかで美しくもあり、同時にガランとした寒々しさも漂う。そこに見てとれるのは、失われたものの大きさと、それでも絶え間なく続いていく人々の日常だ。被災者たちから、たくさんの“当たり前”を奪い去った未曾有の大震災。千恵子や子どもたちがそうであるように、多くのものを失くし、再び心から幸せを感じて生きることは決して容易ではない。しかし、悲しみに打ちひしがれた自分の心と真っすぐに対峙することなく、前を向いて生きることはできないのだ。

映画『生きる街』サブ2街に残る者、街を出て行く者、街に再び戻ってくる者。それぞれの選択をしながらも人は生き、人とともに街は生き続ける。故郷の風景は変わっても、深く心に刻まれた「家族」や「故郷」の存在と温かさは決して消えることはない。千恵子の夫の残した温かな思いが、海を越えて再び家族の元へ戻ってきたように、形を失っても人の思いは意思のあるところに生き続ける。そして、人の思いがやがてまた「街」という形あるものを造り、新しい命にとっての「故郷」となっていく。

夏木マリの圧倒的な表現力と才能あふれる若手俳優たち、そして音楽のチカラ

映画『生きる街』サブ4今年で芸能生活45周年という節目を迎え、歌、芝居、踊り、声優とますますエネルギッシュに活動する夏木。自らも復興者支援に尽力してきたという彼女は、本作では都会的でスタイリッシュなイメージを封印し、生まれ育った故郷と家族を愛し続ける等身大の女性を圧倒的な表現力で演じる。夫の帰りを待ちながら一人でゲストハウスを切り盛りし、明るくおおらかな笑顔と素朴な方言で訪れる人々を包み込む千恵子。しかし、その心にはかすかな希望と底知れぬ悲しみが同居しており、時おり見せる憂いを帯びた表情に胸を締め付けられる。

映画『生きる街』イ・ジョンヒョン本作では才能あふれる若手俳優たちの演技にも注目だ。娘の香苗と息子の哲也を演じた佐津川愛美と堀井新太、香苗の夫役の吉沢悠、勝ち気な哲也のガールフレンドを演じた岡野真也。実力派と謳われる面々ではあるが、言葉にできぬ感情を滲ませる演技が光り、榊監督による演出の妙を感じさせる。

さらに、本作のキーマンとなる青年ドヒョンを演じるイ・ジョンヒョンを忘れてはならない。当サイトのインタビューにも登場してくれたジョンヒョンは、幼少期の数年を日本で過ごし、4歳の時に京都で阪神淡路大震災を経験している。物静かなたたずまい、強い意志と温かさを同時に感じさせる眼差し、そして違和感のない日本語のセリフ。出演シーンこそ多くはないが、この役は彼のためにあると言ってもいいだろう。韓国では人気ロックバンド「CNBLUE」で作詞作曲も手掛けるジョンヒョン。彼が書き下ろした挿入歌「ひかりのまちで」は、傷ついた人々を柔らかな光で包むような優しさに満ちている。BRAHMANによる主題歌の「ナミノウタゲ」もエモーショナルで、本作の余韻を一層深いものにしている。

 

映画『生きる街』メインビジュアル▼『生きる街』作品・公開情報
(2017年/日本/122 分)
監督:榊英雄
出演:夏木マリ、佐津川愛美、堀井新太、イ・ジョンヒョン(CNBLUE)、岡野真也、吉沢悠、石田法嗣、小柳友、ラサール石井、斎藤工、内田理央、新津ちせ、菅原大吉、石倉三郎(写真の出演)、仲間由紀恵(声の出演)/原日出子、升毅
主題歌:BRAHMAN「ナミノウタゲ」
挿入歌:イ・ジョンヒョン(from CNBLUE)「ひかりのまちで」
題字:ジョージ秋山
配給:アークエンタテインメント、太秦
©2018「生きる街」製作委員会

『生きる街』公式サイト

※2018年3月3日より新宿武蔵野館、ユーロスペース、イオンシネマ石巻ほか全国順次公開

文:min

 

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