『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』-悲劇は仕組まれた罠か、人智を超えた存在によるものか? 奇才監督が放つ不条理サスペンス

  • 2018年03月03日更新

前作『ロブスター』では、“結婚できない男女は動物に変えられてしまう”というシュールな設定で、強烈なインパクトを残したヨルゴス・ランティモス監督。ここでもその独特な世界観は健在。仕事にも家族にも恵まれた男の身に降りかかる、不可思議で身の毛がよだつ悲劇を描く。第70回カンヌ映画祭脚本賞受賞作品。

 

 

大切な家族に迫る不穏な影
心臓外科医のスティーブンは、美しい妻と健康な2人の子どもとともに、郊外の豪邸に暮らしている。彼はある理由から、時々マーティンという少年と会っていた。父親をすでに亡くしている彼に、腕時計をプレゼントするなど気遣いを見せるスティーブン。

だが、マーティンを家に招待し家族に紹介した日から、異様なことが起こり始めた。子どもたちが突然歩けなくなり這って移動するようになる、食事を拒否する……。追い詰められたスティーブンはついに容赦ない究極の選択を迫られる。

追い詰められた人間はエゴを剥き出しにする
序盤、主人公の人生はうまく回っているように見える。医師という社会的地域のある仕事、美しい眼科医の妻、反抗期だが可愛い子どもたち、裕福な生活。だがそれは裏を返せば、やがて失われる、いつまでもこの幸せが続くはずがないという暗示でもある。

謎の少年マーティンの存在に対しても、漠然とした不安がまとわりつく。不気味な雰囲気を持つこの少年が、いつまでも従順なはずがない、と。少年に好意を持つスティーブンの娘の不安定さに胸騒ぎを抑えられない。いったい少年は何者なのか?

その不安は的中し、毎日当然のように営まれていた生活が音を立てて崩れ始める。豪邸は幸せの象徴から恐怖と絶望が渦巻く空間になった。スティーブンの人生を形作っていた者たちは動揺し、今まで見せなかったエゴを露呈させるが、その先には衝撃的な結末が待っている。

異世界に放り込まれるような感覚
復讐劇という普遍的な形を取りながら、現実感が薄く、得体の知れない浮遊感を覚える本作。不穏を増幅させる音楽やカメラワーク、人間の力が及ばない現象を扱ったストーリーによって、異世界に放り込まれたような気分にもなる。『ロブスター』に引き続き主役を演じるコリン・ファレルは、監督の作る不条理空間と何とも相性が良い。

この感覚を楽しむには、すべてを理解しようとせず、ランティモス・ワールドに身を委ねることをおすすめしたい。

 

▼『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』作品・公開情報
原題:THE KILLING OF A SACRED DEER
(2017/イギリス、アイルランド/カラー/英語/121分)
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
出演:コリン・ファレル、ニコール・キッドマン、バリー・コーガン、ラフィー・キャシディ、アリシア・シルヴァーストーン
配給:ファインフィルムズ
©2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア公式サイト

※2018年3月3日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開

文:吉永くま

 

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