<MIRRORLIAR FILMS Season2> “映画の神様” を呼び寄せた静かな情熱—『インペリアル大阪堂島出入橋』三島有紀子監督&佐藤浩市さんインタビュー

  • 2022年02月19日更新

“だれでも映画を撮れる時代”に、年齢や性別、肩書きやキャリアの垣根を越え、総勢36名の監督がメガホンを執る短編映画制作プロジェクト、「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」。2022年2月18日(金)より公開される『MIRRORLIAR FILMS Season2』では、Season1に引き続き、「変化」をテーマに個性豊かな9名の監督たちが集結する。

その中の一篇『インペリアル大阪堂島出入橋』は、三島有紀子監督が故郷の大阪堂島を舞台に、変わりゆくものへの思いを綴った作品だ。佐藤浩市さん演じる、閉店したレストランの店主が、自身の人生を振り返りながら夜明け前の街を歩く姿を長回しで映し出す。本作に込めた三島監督の思い、佐藤さんが挑んだ驚異のワンカット撮影の裏側などを聞いた。

※2022年2月21日に一部加筆・修正しました。


今を生きている人間の心情や人生を記録したい

— 本作のストーリーはどのようにして生まれたのでしょうか。

三島有紀子監督(以下、三島監督):92歳になる私の⺟が、ある日「インペリアルのハンバーグが食べたい」と言ったんです。インペリアルとは、私の故郷である大阪の堂島にある洋食店で、2代目の店主は私の幼馴染みでもあります。ところが、久しぶりに行ってみると、コロナ禍で街は様変わりしていて、店には“閉店のご挨拶”と張り紙があり、中はがらんどうでした。

母のためにハンバーグを作ってほしいと幼馴染みに連絡をすると、「デミグラスソースは作り続けているので、作ります」と言ってくれたんです。母が喜んでハンバーグを食べる顔を見ながら、じきに店が取り壊しになること、創業から55年間も続いたデミグラスソースだけは店を閉めても作り続けているという言葉を聞いて、「ここで映画を撮りたい」と強く思い、脚本を書き始めました。

MIRRORLIAR FILMS Season2『インペリアル大阪堂島出入橋』— 十数分という短い作品の中に、積み上げられてきた長い年月と、移ろいゆく物事の儚さとが同時に描かれていました。愛おしいものへの惜別や、それを映像として残しておきたいという監督ご自身の強い思いを感じましたが、いかがですか。

三島監督:そうですね。新型コロナの流行もあって、街の風景がいつ完全に変わってもおかしくないという状況を目の当たりにしたので、今を記録したいということと、今を生きている人間の心情や人生を記録したいということが最初に浮かびました。

— 劇中には、三島監督のお母様がモデルと思しき女性、トヨコさんが登場しますね。彼女のセリフには、娘に対して抱いていた一抹の寂しさや、亡くなられたご主人への深い愛情が垣間見えます。

三島監督:いろいろ親不孝もしましたので、母がこんな思いで過ごしていたのではと思いながら描きました。他界した父親から毎日手紙が来ると話すシーンは、実際に母親が言ったことです。もちろん亡くなった人から手紙が来るはずはないですが、きっと母にとってハンバーグを食べる行為は父親との会話だったのだと思い、脚本に入れたんです。

— エンドロールのクレジットにも、お母様のお名前を入れられていますね。どんなお気持ちを込められたのでしょうか。

三島監督:実は、この作品を編集している時に母親が少し体調を悪くして倒れまして、意識が戻るか戻らなかという時に、耳元で「堂島の実家の近くで佐藤浩市さんと映画撮ったよ」と言ったら目を開けたんです。今は容態も安定しているので心配はないのですが、当時、その話を本作のプロデューサーであり、普段は映画監督としてご活躍されている山嵜晋平さんにお話ししたところ、エンドロールに母の名前をそっと入れてくださったんです。ありがたいなあと思い、素直に母と名前を並べさせていただいたんです。

「映画の神様がいた」。そう言えたのがすべて

— 佐藤さんは、何と言っても長回しのシーンが印象的でした。インペリアルの店主・川上次郎が、自身の人生を言葉にして振り返りながら夜明け前の街を延々と歩く。車も走っていて、信号もある公道で、いったいどうやってノンストップで撮ったのだろうということと、脚本の時点でこの画が想像できていたのかなど、さまざまな疑問が浮かびます。

佐藤浩市さん(以下、佐藤):正直、長年の経験から「この長回しは無理だ」と思いましたし、最初に三島さんにもお伝えしました。現場に行って、時間や状況やいろんなことを計算して脚本の流れにはめ込んで、それをワンカットで演じることは長年のキャリアでできるけれど、街を歩いていくなかで、何よりもまず川上次郎という人物の背景が見えてこないといけない。それができるのかが脚本の時点では分からなかったんです。

— 監督はそう言われて、どのようなアプローチで佐藤さんを説得されたのでしょうか。

三島監督:もちろん、自分が考えていることをいろいろと話そうとはしていましたが、その時はとても緊張していて、「そうですよねぇ」と言いながら、ただひたすら耐え忍んだといいますか……。

— 佐藤さんはそこからよく、監督の思いを汲み取られましたね。

佐藤:「インペリアル」から目的地の橋までの800メートル、その中でちょっとした出会いもあるけど、この800メートルを独白だけで繋げるか。この怖さ、どうします(笑)?
でも、出来上がったものを観て、「ああ、映画の神様がいたね」と。そう言えたのが結局はすべてですよ。きっと「映画の神様」を呼んだのは三島さんの執念ですよね。それがいろいろな偶然を運んでくれたのだと思います。

映画『インペリアル大阪堂島出入橋』インタビュー 三島有紀子監督

— 映画の神様……! 素敵ですね。

佐藤:とはいえ、あとから朝4時過ぎに猛スピードで走り抜けていく車の映像を見て、正直ゾッとしましたけどね(笑)。

三島監督:一応私たちスタッフは計算もして、赤色灯を持って、何かあった時には対応できるようにしていたんですが……。ほんとにすみません。でも、映画の神様を呼んでくださったのは浩市さんだと私は思っています。子どもの頃から浩市さんの映画を観てきて、私からすると浩市さんご自身が映画の神様かというくらい、ずっと映画の国の住人として存在していらして。そんな方が本番前に静かにそして深く集中されているのを見て、それこそが映画の神様を呼んでくれたんだと思いました。

佐藤:一発勝負感というかね、久々にピリピリした部分はありましたね。

三島監督の揺るぎない情熱と、佐藤浩市の役者魂が生んだ手ごたえ

— 撮影は1回で終わられたんですか?

佐藤:いえ、撮影日が2日間あって、1日目に1回撮ってみてダメだったんです。ダメと言っても完走はしたんですよ。僕に言わせれば、微妙な空の明るさなどは映像処理でもできますし、スタート地点にも10分で戻れる。自分としてはもう1回勝負したいという気持ちはあったんですが、監督が頑に「次の日にしたい」とおっしゃって。それで、実際に次の日にやってみたら良かったんです。

— なぜ、そこまでこだわられたのですか。

三島監督:その一瞬にしかうつしとれない光りの時間こそがこの映画が目指すことだと、揺るぎない思いがあったんです。

MIRRORLIAR FILMS Season2『インペリアル大阪堂島出入橋』佐藤:そこに賭けた監督の思いと、空が明けきる前の微かな光と。やはり、それこそが60歳を過ぎた男の“明日”なんですよ。これが、30代とかなら夜は完全に明けているでしょう。わかりやすく今日があって、明日もきっとそこにあるはずですから。

— あのにわかに白みかけた空を見たときに、希望と呼ぶには少し頼りないけれど、安堵のような何とも言えない感情が押し寄せてきました。空の微妙な明るさ以外にも、1日目と2日目とでは何かが違っていたのですか?

三島監督:あらゆることが違いましたよね。

佐藤:ええ。すべてが違っていたんだと思います。自分でも2日目の撮影が終わった時に、いろいろな要素が合わさって「よっしゃ!」という感覚がありました。長年のキャリアの中で得た、うまくいった時の手ごたえがあったんです。

— 監督の揺るぎない情熱と、佐藤さんが長いキャリアの中で培われた感覚と、その両方が奇跡のように重なり合ったんですね。それにしても、決まった尺の中に収めるのは大変だったのではないでしょうか。

佐藤:尺に収めるためというのもありますが、僕が急に走り出すのも、話の中で必然性はないんです。だけど、映画的に見るとそれ以上の理屈が、彼が走るところにあるんですよ。

— 脚本に走ると書いてあったのですか?

三島監督:書いてはいますが、どこで走るかは浩市さんにお任せしていたんです。信号が変わりそうなので走るという部分もありましたが、「心情の中で走りたくなったら走ってください」とお話ししていました。

佐藤:違和感はないけど、よく考えるとなぜこの人は走っているんだろうと。必ずしも、目的と行為が合致しないという理屈にうまくはまったと、そんな気がしました。

三島監督:この年代の方が走るっておもしろいと思いませんか(笑)? 生きていると、走ったり止まったり寝転んだり、いろんなことをする。それが、一つの道のりの中で見えたらいいなと思いました。

佐藤:自分の人生を振り返って、セリフにしながら走りたいというのもありました。ノンモン(無音)で走るのではなくて。

800メートル分の「OK」の意味と大きさ

映画『インペリアル大阪堂島出入橋』三島有紀子監督&佐藤浩市さんインタビュー
— セリフを覚えて、感情移入をして、その人物としての感覚になり切って、タイミングも計りながら長い道のりを歩き、走り……簡単なことではないですよね。

三島監督:本当にすごいことですよ。脚本を読んでいただくと分かりますが、書かれている情報はとても少ないんです。また、人生を語るセリフも、客観的なシンプルなことしか言っていません。その言葉に、肉体を通して厚みを持たせてくださるのが、役者さんの表現力であり、その言葉が生まれるまでのプロセスまで感じさせてくださるのは、そう簡単にできることではないはずです。

撮っている間中、圧倒されました。特に本番のOKテイクは、言葉も表情も、その一つひとつすべてに対して、心の中で「OK!」「OK!」「OK!」と思いながら一緒に走っていました。その「OK」の積み重ねが800メートル分あって、最後にこのカットの本当のOKを出した時の「OK!」に対する言葉の意味、大きさを自分の中で感じました。

— 監督も並走されていたんですね。

三島監督:キャメラはもちろん、撮影スタッフ全員が走っていました。何があっても撮影を止めないというのは決めていたので、全員が食らいついて走るなか、浩市さんの熱量と、撮っている側の熱量が混じり合っていくのを感じるんです。それは800メートル、11分という長さがあったからこそ、このプロセスを見届けられたんです。車が来るとか、信号が変わるとかは気にしながらも、基本的には浩市さんのお芝居を一瞬でも見逃さないようにするのが監督としての私の仕事なので、熱量が一つに混じり合っていくのを体験できたのは、監督として本当に幸せなことでした。

佐藤:セリフを言い出すポイントは約束事として決めましたが、信号をうまく渡っていけるかどうかはタイミング次第なので、もしここが赤だった場合はこっちに行って渡るよ、とキャメラマンにはあらかじめ言っておいて。そこまでに自分が気持ちの段取りをうまくできるかどうか、そういうことも含めて、2日目はすべてうまくいきましたね。デミグラスソースがうまく手に付くかとか(笑)。

— 皆さんの情熱と、その情熱が呼び寄せた「映画の神様」の寵愛を受けながら作り上げられたのですね。佐藤さんご自身も、川上次郎のように自分の人生を振り返ることはありますか。

佐藤:人生を振り返るなんて言うと、なんか死んでしまいそうですけど(笑)。それはもちろんありますよ。その時々に、必要な出会いがあって救われてきたので、とてもツイていたと思います。なんだか好々爺みたいになってしまうけど、息子によく言うのは、出会いが一番大事だということ。人、作品、本なども含めて、出会うことの大切さは強く感じます。でも、その時は当たり前に思ってしまって、感謝はあとになって気付くものですから、その時々の出会いを大切にしたほうがいいとは、よく話しています。

— 本作と出会えて、取材の機会をいただけたことを、私自身もとても幸せに感じています。本作をはじめ、『MIRRORLIAR FILMS Season2』の作品たちとの出会いも、多くの方にとって素晴らしいものになりそうですね。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

プロフィール

三島有紀子(みしま・ゆきこ)/監督・脚本
1969年、大阪市生まれ。 18歳からインディーズ映画を撮り始める。大学卒業後、NHKに入局してドキュメンタリー番組などの制作に携わる。20
03年、劇映画を撮るために独立。フリーの助監督として活動後、『しあわせのパン』(2012)、『ぶどうのなみだ』(14)とオリジナル脚本・監督で作品を発表。撮影後に、同名小説を上梓。以降、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)などを手掛け、『幼な子われらに生まれ』(17)で第41回モントリオール世界映画祭で最高賞に次ぐ審査員特別大賞、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞の監督賞を受賞。2022年3月9日より、監督作『Red』(仏タイトル『Red(THE HOUSEWIFE)』)のフランス劇場公開が決定している。


佐藤浩市(さとう・こういち)/川上次郎役
1960年生まれ、東京都出身。1980年に俳優デビュー。翌年に映画『青春の門』でブルーリボン賞新人賞を受賞。以降、数多くの映画やドラマに出演。『忠臣蔵外伝 四谷怪談』と『64-ロクヨン-前編』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞したほか、多数の受賞歴を誇る。2021年12月にはキャリア初のヴォーカル・アルバム『役者唄 60 ALIVE』(ユニバーサル ミュージック)を発売。2022年公開の映画出演作に『IMPERIAL大阪堂島出入橋』『20歳のソウル』などがある。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に上総広常役で出演中。

作品・公開情報

『インペリアル大阪堂島出入橋』
監督・脚本:三島有紀子 出演:佐藤浩市、宮⽥圭⼦、下元史朗、和⽥光沙

【STORY】監督⾃⾝の思い出の店である⼤阪・堂島の洋⾷レストランの閉店をきっかけに、在りし⽇の店を“記録”として残そうとした私⼩説的な⼀篇。佐藤浩市扮する、35年間店と共に歴史を積み重ねてきたシェフが再び希望を⾒いだす⼀夜を、圧巻の⻑回しで魅せる。


▼『MIRRORLIAR FILMS Season2』
MIRRORLIAR FILMS Season2_メイン画像(2022年/日本/121分)
監督:Azumi Hasegawa、阿部進之介、紀里谷和明、駒谷揚、志尊淳、柴咲コウ、柴田有麿、三島有紀子、山田佳奈(五十音順)

出演:板谷由夏、片岡礼子、佐藤浩市、サンディー海、柴咲コウ、しゅはまはるみ、永野宗典、中本賢、藤谷理子、松本まりか、矢部俐帆、山崎樹範、山田孝之(五十音順)

配給:イオンエンターテイメント
© 2021 MIRRORLIAR FILMS PROJECT

短編映画製作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」公式サイト

※2022年2月18日(金)より全国順次公開

(取材:min インタビュー撮影:ハルプードル)

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