2月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2025年01月27日更新

2月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

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2/1(土)公開『オーガスト・マイ・ヘヴン
2/14(金)公開『コメント部隊
2/14(金)公開『聖なるイチジクの種
2/14(金)公開『恋脳Experiment
2/21(金)公開『あの歌を憶えている
2/21(金)公開『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと
2/21(金)公開『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない
2/22(土)公開『風に立つ愛子さん
2/28(金)公開『ANORA アノーラ
2/28(金)公開『石門


『オーガスト・マイ・ヘヴン』

代理出席屋の女性と2人の男性が織りなす奇跡の人間模様

利益還元型の映画配信サービス、Roadsteadのオリジナル映画第2弾で、『裸足で鳴らしてみせろ』の新鋭、工藤梨穂監督が奇跡の人間模様を独特の映像感覚で紡いだ。2024年のベルリン国際映画祭では第1弾の黒沢清監督『Chime』とともに上映され、話題を呼んだ。代理出席屋を生業とする譲は、代行の仕事で訪れた葬儀会場で見知らぬ男の薫に声をかけられる。譲のことを旧知のいづみと思い込んだ薫は、譲をある中華料理店に連れていくが、ここは譲に思いを寄せる南平が働く店だった。回転ジャングルジムの印象的なショットに始まり、3人の何とも形容しがたい関係性が緩急をつけた鮮やかなカメラワークで切り取られる。夜明け前のトンネルやコインランドリーのタイムカプセルなど、3人それぞれの心情がぐっと迫ってくる情景の連続で、アート作品として保有できるように開発されたRoadsteadレーベルにぴったりだと感じた(藤井克郎)

2025年2月1日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/40分) 監督・脚本:工藤梨穂 出演:村上由規乃、諏訪珠理、藤江琢磨 ほか 配給:Stranger ©Roadstead

◆オススメ記事:
『オーファンズ・ブルース』:永遠の夏のなかで、薄れゆく愛しき面影を探して(短評)
『裸足で鳴らしてみせろ』:誰とも引きつけ合わない2人が再現する世界の音(短評)


コメント部隊

世論が操作されるネットの闇

映画『コメント部隊』メイン画像

アン・グクジン監督、ソン・ソック主演の“オンライン世論操作”をテーマにした予測不可能な犯罪スリラー。社会部記者のイム・サンジンは大企業マンジョンの不正に関する特ダネ記事を出すが、誤報と判明し停職処分に。ある日、ネット世論操作を主導するコメント部隊「チームアレブ」のメンバーを自称する青年がサンジンの前に現れる……。「デマを流して競合映画を潰す」「目障りな人間の家族を叩く」などを目的に、コメント部隊がどう世論を操作するかが、現実さながらテンポ良く視覚的にも分かりやすく描かれる。だが、それらは同時に卑劣な“暴力”でもある。本作は、真実とフェイクが混在した情報に操られ、それらを自分の意見だと誤解し正義だと思い込む人々への警鐘といえるだろう。常日頃SNSで覚える居心地の悪さ、違和感の正体も露わになる。あまりにも身近で誰もが陥る可能性があるネットの罠とその闇の深さに、背筋が凍った。(吉永くま)

2025年2月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/韓国/109 分)原題:댓글부대 英題:TROLL FACTORY 監督・脚本:アン・グクジン 出演:ソン・ソック、キム・ソンチョル、キム・ドンフィ ほか 配給:クロックワークス ©2024 ACEMAKER MOVIEWORKS & KC VENTURES & CINEMATIC MOMENT All Rights Reserved.


『聖なるイチジクの種』

護身用の銃を紛失したことから起きる家族の崩壊

『悪は存在せず』のイラン出身、モハマド・ラスロフ監督による家族の崩壊をテーマにしたミステリータッチの娯楽作で、2024年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。ヒジャブ着用を巡る女性の不審死を発端とする抗議運動を絡めるなど社会性も高く、命懸けで出国したラスロフ監督は事実上の亡命生活を余儀なくされている。予審判事に昇進したイマンは抗議活動が激化する中、護身用に支給された銃を紛失してしまう。自宅でなくなったと主張するイマンは、妻と2人の娘に疑いの目を向けるが……。家族一人一人の本音と古い家父長制の考えがぶつかり合い、社会派一辺倒ではなく徐々にスリルとサスペンスの要素が畳みかけるように膨らんでいく構成が見事。娯楽映画の偉大な先達へのリスペクトがちりばめられた展開に加え、世界中で見受けられる女性差別への鋭い批判も込められており、ラスロフ監督の強い意志が伝わってきた。(藤井克郎)

2025年2月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/フランス、ドイツ、イラン/167分)原題:The Seed of the Sacred Fig 監督:モハマド・ラスロフ 出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ ほか 配給:ギャガ ©Films Boutique


恋脳Experiment

アートの可能性を追究した革新的な社会派コメディー

アニメーション作品の『Journey to the 母性の目覚め』が2021年のぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞した岡田詩歌監督が、PFFスカラシップで撮影した実写映画。創作ダンスや現代美術、のど自慢などさまざまな芸術表現を駆使し、アートの可能性をテーマに社会性を盛り込んだ意欲的なコメディーに仕上がっている。子どものころから絵を描くのが好きだった山田仕草は、やがて美術大学に進学。卒業後はデザイン事務所に就職するが、それぞれの局面で独善的な男性に翻弄される。短い章立てで組み立てられる構造は一見、脈絡がないように見えて、仕草という一人の女性の信念に貫かれていてハッとさせられる。着地点が全く見えない展開とともに、岡田監督と主演の祷キララが構築する息の合った創造世界が絶妙なさじ加減で、何とも革新的な芸術形態の芽吹きにぞくぞくさせられた。藤井克郎

2025年2月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/110分)英題:Kisspeptin Chronicles 監督・脚本・アニメーション:岡田詩歌 出演:祷キララ、平井亜門、中島歩 ほか 配給:ストロール ©2023 ぴあ、ホリプロ、電通、博報堂DYメディアパートナーズ、一般社団法人PFF

◆オススメ記事:一瞬の奇跡をとらえたきらめき―『左様なら』石橋夕帆監督&芋生悠、祷キララインタビュー


『あの歌を憶えている』

壮絶な過去を抱えた男女の再生

映画『あの歌を憶えている』メイン画像

「記憶」に翻弄される男女が、お互いの痛みを分かち合うことで、新しい人生と向き合うヒューマンドラマ。『或る終焉』『ニューオーダー』のミシェル・フランコ監督作。プロコル・ハルムの「青い影」のノスタルジックな旋律が物語を彩る。13歳の娘とNYで暮らすシルヴィアは、若年性認知症のソールと高校の同窓会で出会う。ソールの家族に頼まれ、彼の面倒を見るようになったシルヴィアは、彼の穏やかな人柄とその哀しみに触れ、に惹かれていく。だが、彼女もまた過去の傷にとらわれていた……。シルヴィアを演じたジェシカ・チャステインの温度の低い演技が、その壮絶な秘密が明らかになるクライマックスまで、不穏な空気を煽り続ける。生きづらさを抱えるシルヴィアとソールの鉛色の世界が色づき始め、厄介で手に負えなかった「記憶」が緩やかに変わっていく兆しが嬉しい。(吉永くま)

2025年2月21 日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/アメリカ・メキシコ/103 分)原題:MEMORY 監督・脚本:ミシェル・フランコ 出演:ジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガード、メリット・ウェヴァー ほか 配給:セテラ・インターナショナル ©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023

◆オススメ記事:『ニューオーダー』:華やかな結婚パーティーに襲いかかる悪夢(短評)


『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』

戦場に取り残された動物たちを思う人々の使命感

戦争で犠牲になるのは人間だけじゃない。犬や猫といったペットも悲惨な状況にある。『犬に名前をつける日』など動物の命をテーマに映画づくりを続ける山田あかね監督が、2022年2月のロシアによる侵攻の約1カ月後からたびたびウクライナを訪れ、戦場のもう一つの真実を映像に収めた。激しい爆撃のあったボロディアンカでは保護シェルターが放置され、約500匹の犬が閉じ込められた。その救出に当たった職員らが語る壮絶な記憶は、犬好きでなくとも心を揺さぶられる。ダムの決壊で川が氾濫したヘルソンの町を、危険が迫る中、暗くなるまで迷い犬を探して車を走らせるボランティアの人たちの奮闘は、随行する山田監督ら撮影クルーともども使命感に満ちていて、単に犬好きという一言では片付けられない。動物を大事に思う気持ちがあれば、戦争など起こらないはず。言葉には出さないが、そんな信念が映画からにじみ出ていた。(藤井克郎)

2025年2月21日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/109分) 監督・プロデューサー:山田あかね ナレーション:東出昌大 配給:スターサンズ © 『犬と戦争』製作委員会


『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』

イスラエル軍や入植者たちの横暴を命懸けで収めた記録

イスラエル軍による激しい攻撃が続いたガザとともにパレスチナ人居住区となっているヨルダン川西岸で撮影されたドキュメンタリー。2024年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界各地で話題を呼んでいる。西岸地区のマサーフェル・ヤッタに100年以上前から暮らすパレスチナ人一家の青年、バーセル・アドラーは、イスラエル軍の横暴を子どものころから映像に収めてきた。演習場になるから退去せよとの命令に住民は反発するが、入植者たちがどんどん侵入してきて暴力を振るう。イスラエル人ジャーナリストのユヴァル・アブラハームが勇気を出してバーセルたちに協力するが、入植者はユヴァルにスマホを向け、「この画像をSNSでさらしたら、裏切り者として非難が殺到するだろう」と脅迫する。当事者だからこその命懸けの映像に衝撃を受けると同時に、パレスチナ問題の根深さをまざまざと見せつけられた。(藤井克郎)

2025年2月21日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/ノルウェー、パレスチナ/95分)原題:NO OTHER LAND 監督・脚本:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール 配給:トランスフォーマー ©2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA


『風に立つ愛子さん』

東日本大震災で被災したある女性を見つめ続けた8年間

2011年の東日本大震災で被災者の避難所となった宮城県石巻市の湊小学校を訪れた藤川佳三監督は、津波で自宅を流された一人暮らしの村上愛子さんと出会う。避難所の模様は『石巻市立湊小学校避難所』というドキュメンタリー映画になり、2012年に公開されたが、藤川監督はその後もたびたび愛子さんを訪ね、交流を重ねた。その8年間にわたる記録がこの作品だ。仮設住宅に住む愛子さんは藤川監督を前に、問わず語りで自分史をつぶやく。30代は母親の介護で自由がなく、39歳からは仙台で飲食店を開いていたなどと、とりとめもなく話す愛子さんの姿をカメラは延々と映し出す。ようやく最後、復興住宅に移り住むことができたが、その半年後に愛子さんはこの世を去る。転居の場面が強烈過ぎて映像の持つ力を感じるが、その力とは何なのか。われわれ見る側も、藤川監督さえもはっきりとつかめていないような異色のドキュメンタリーだ。(藤井克郎)

2025年2月22日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/79分) 監督:藤川佳三 配給:ブライトホース・フィルム © 2024 IN&OUT


『ANORA アノーラ』

疾走感、謎解き、無言の描写と多様な構成のコメディー

序盤の目くるめく疾走感から中盤の謎解きの妙、終盤の無言の心情描写と、一つの作品でこんなにも多様なスタイルで構成された映画はそうそうお目にかかるまい。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のショーン・ベイカー監督の新作はびっくり箱を開けたような驚きに満ちていて、2024年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝くなど大評判を呼んでいる。主人公はニューヨークのストリップダンサー、アノーラ。クラブで出会ったロシアの大富豪の御曹司、イヴァンに見初められ、勢いで結婚するが、イヴァンの両親が遣わした見張り役が乗り込んできて……。アノーラを演じたマイキー・マディソンのおちゃめさと早口のせりふ回しには目を見張るが、人物造形は一昔前の男性目線というのが気になった。移民やLGBTQへの揶揄も露骨だが、大時代的なコメディーの中で今日的な社会問題への視線を持ち込ませようという深謀遠慮があるとしたらたいしたものだ藤井克郎

2025年2月28日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/アメリカ/139分/R18+)原題:Anora 監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー 出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ ほか 配給:ビターズ・エンド、ユニバーサル映画 ©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures


『石門』

妊娠が発覚した女性が莫大な慰謝料の代わりに払う代償

中国出身のホアン・ジーと日本人の大塚竜治の夫婦監督による日本資本の作品で、湖南省長沙市を舞台に中国語のせりふで紡がれる。2023年の台湾・金馬奨では日本作品として初めて最優秀作品賞を受賞した。大学で客室乗務員のコースを専攻しているリンは、英語を極めたいという高い意識を持っていた。だが図らずも妊娠が発覚し、恋人と別れたばかりの彼女は産むかどうかを決めかねる。そんなとき、実家の診療所で死産した妊婦の親族から莫大な慰謝料を要求され、リンはある決心をする。化粧品のマルチまがい商法や代理母のアルバイトなど、女性を巡る怪しげなトピックが次々と登場する展開はどたばたコメディーの趣だが、映像はほとんどが固定カメラのロングショットで、じっとりとリンのたたずまいを見つめる。彼女の身に起こるのっぴきならない状況をあえて突き放して戯画化することで、女性への強い共感性を示しているように感じた。(藤井克郎)

2025年2月28日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/日本/148分)原題:石門 英題:Stonewalling 監督・脚本・美術:ホアン・ジー、大塚竜治 出演:ヤオ・ホングイ、リウ・ロン、シャオ・ズーロン ほか 配給:ラビットハウス ©YGP-FILM

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