一瞬の奇跡をとらえたきらめき―『左様なら』石橋夕帆監督&芋生悠、祷キララインタビュー
- 2019年09月04日更新
いろんな奇跡が重なり合って生まれた映画だと言っていいだろう。2019年9月6日公開の『左様なら』は、芋生悠、祷キララという注目の若手女優2人が主役を務めた学園群像劇で、石橋夕帆監督の初長編となる。原作はツイッターなどで若い世代から絶大な人気を集めるイラストレーター、ごめんの短編漫画で、映画化も、主役2人の起用も、すべてが必然の奇跡に導かれていた。石橋監督と芋生、祷の3人が顔をそろえたインタビューも、ある意味、奇跡と言えるかもしれない。(写真左・芋生悠 右・祷キララ)
【取材:藤井克郎 撮影:ハルプードル】
今を逃しちゃいけない
— 映画は、芋生さん演じる由紀と祷さん演じる綾の2人を軸に、高校のクラスメイトの人間関係を濃密に描いています。2人だけでなく、クラス全員のキャラクターがしっかりと立っていることに驚きました。
石橋夕帆監督(以下、石橋):原作でちゃんとせりふがある人物は、主役の2人ともう1人の3人くらいなんです。綾は途中で亡くなりますが、その後のクラスの空気感ってどうだったんだろうというのを単純に描いてみたいと思いました。だからみんな同じ重要度で選んだし、同じくらいのボリュームでそれぞれの人物に設定をつけています。
芋生悠(以下、芋生):あらかじめ監督から1人ずつ、キャラクターの人生を書き込んで渡してあるんです。なんでそんな発言をしたか、といったことを、生い立ちとかから一人一人が読み込んで動いているから、そういう見方をしても面白いかもしれませんね。みんな抜かりなくやっているので(笑)。
祷キララ(以下、祷):私は初日だけでクラスの撮影は終わっているのですが、作品には綾の不在の存在みたいなものが現れていて、それはみんなの雰囲気とか教室の空気が生んでいるんですよね。
— 綾の不在の存在を印象づけているのが、直前の2人だけの浜辺のシーンだと思います。夕日を背にしたショットなど、非常に美しくて幻想的です。
石橋:あれは現場でも震えました。
芋生:あの一瞬は最初で最後という感じで、夕日が落ちて奇跡的な状況でしたね。現場でもきれいでしたが、それを本当にきれいな映像で撮っているんです。
石橋:これ絶対、今を逃しちゃいけない、というのが全員の共通認識でした。
祷:そうですね、あのシーンは忘れられません。
日常で息づく心の変化
— ごめんさんの原作を映画化することになったいきさつについて教えてください。
石橋:ごめんさんは、芋生さんの紹介で知り合いました。私は漫画がすごく好きなもので、映画化どうこうというのではなく、純粋にお会いして、ちょっとお茶してみましょうかというのが最初でした。
芋生:私はもともとごめんさんの作品がすごく好きで、映画的というか、登場人物の表情が結構リアルなんですよ。会ってみたいなと思って声をおかけして、その後すごく仲良くなって、何か一緒にコラボしましょうと、漫画の一コマを私の写真にするという作品を作りました。
石橋:芋生さんがそういうかかわり方をしているのを知ったうえで、ごめんさんにお会いしたんです。
— 芋生さんは、石橋監督の短編『それからのこと、これからのこと』(2016)に主演していますね。
芋生:ごめんさんとは、絶対に合うなと思いました(笑)。
石橋:会ってみて、厚かましいかもしれませんが、大切にしていることが一緒なんです。日常の中の息づかいというか、そういうささやかなものを描こうとしているなって。
芋生:ごめんさんの漫画って、普通に日常で息づくささやかな心の変化みたいなのが映っていて、同年代の若い子に響くんです。
石橋:そんな中から映画の企画が動き出したのですが、『左様なら』は、ごめんさんの作品の中で一番よくわからない作品だったんです。謎が多くて……。
芋生:ごめんさんって結構、断片的に描かれることが多いのですが、中でも断片的というか。
石橋:どれが答えというのがわからないから、すごく映画的だなと思って。後で聞いたら、ごめんさんはこういう映画を撮りたいんだけど、自分には映画を撮る力がないから漫画にしたとおっしゃっていました。そういう意味では、ごめんさんの中でも映画的な作品をやらせていただけたのかなと思っています。
2人でブランコに乗った写真
石橋:それこそ脚本の段階から頭の中にあったので、最初からあて書きしていましたね。祷さんは、小学生のときに主演した『Dressing Up』(2012/安川有果監督)を観て、なんだ、この子は、と思って(笑)。浮世離れしているというか、とんでもない子がいるなという感想でした。その後、どうしているか調べたことはなかったんですが、ごめんさんとお茶して、『左様なら』を映画化しましょうと決まった帰り道に電車でツイッターを見ていたら、芋生さんが祷さんと一緒に映っていて……。
芋生:そうなんです。当時、キララちゃんは大阪の実家に住んでいて、私が出ている映画を観にわざわざ東京に来てくれて、新宿武蔵野館のブランコに2人で乗っているところを撮りました。
祷:知り合いの俳優の方が同じ映画に出ていて、もしかしたら紹介してもらえるかもしれないと思って、舞台挨拶のある回に足を運びました。話したら初めて会った感じがしなくて、ずっと知っていたような気持ちになれた。芋生さんの人柄というか、言葉からにじみ出る個性に惹かれるものがあって、ずっと会ってみたいなと思っていたんです。
芋生:私も顔を見たときに、あれ、この子知ってる、ってなって。最初から、初めまして、みたいじゃなかったですね。
石橋:そういうのが写真に出ていたというか、多分、初対面なのにこの空気感ってすごいなと思って。原作のイメージとも合っていましたからね。
芋生:そのときは連絡先を交換しなかったんですよね。また必然で会えるんだろうなって。
祷:きっと作品で出会えるときが来るんじゃないかという確信みたいなものがありました。そんな中でのオファーで、何か運命なのかなって驚きでしたね。
個人のささやかな救いに
— 最後に映画に対するそれぞれの思いを聞かせてもらえますか。
芋生:私は映画に救われたということがよくあって、今は映画に生かされていると感じています。映画の現場って、スタッフも役者もみんな平等だし、大の大人が本気で夜な夜な遊んでいる。そんな中でぶつかり合いながらも1つの作品が出来上がって、それをいろんな人が見て感動して、また明日生きようと思える人がいて、そんな世界って最高じゃんって思うんです。そんな映画の魅力を世界に届けていけるように、これからも本気で遊びたいと思っています。
祷:私も映画からこの世界に入ったこともあって、映画にはすごく思い入れがあります。映画って、同じ作品でも去年観たときは全然わからなかったのに、今年観るとなぜか感動して涙が出てきたということもあるし、だからすごく深くて、ずっと追いかけていきたいものです。『左様なら』も、観るときの気持ちで受け取り方が変わる作品だし、いろんな人の中で咀嚼されて広がっていけばいいですね。
石橋:映画で世界は変えられないし、平和にできるわけでもない。ただ映画を観たことで少し変わって感じるというか、そういう個人のささやかな救いになりうるというのが、私は魅力的だなと思っています。テレビドラマや漫画にもあるかもしれませんが、映画館を出た後は特別その感覚が強いような気がします。そういう素敵な感覚を持ち帰ることができるような作品を今後も撮れればいいなと感じています。
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横浜市出身。1990年生まれ。東洋学園大学在学中に映画作りを始める。ニュー・シネマ・ワークショップで学び、『フレッケリは浮く。』(2012)を監督。続く『ぼくらのさいご』(2014)が翌15年の田辺・弁慶映画祭に選出され、映画.com賞を受賞したほか、数々の映画祭で入選、上映される。ほかに『それからのこと、これからのこと』(2016)、『atmosphere』(2017)、『水面は遥か遠く』(同年)など。2018年、初長編の『左様なら』がMOOSIC LAB2018で上映される。
【芋生悠(いもう・はるか)】
熊本県出身。1997年生まれ。15歳から女優活動を始める。映画は『マスタードガス・バタフライ』(2016/広瀬有紀監督)、『朝をこえて、星をこえて』(2017/野本梢監督)などに主演。2018年の『あの群青の向こうへ』(廣賢一郎監督)では門真国際映画祭最優秀主演女優賞を受賞する。公開待機作に『ソワレ』(外山文治監督)、『浮かぶ』(吉田奈津美監督)、『37Seconds』(HIKARI監督)などがある。2度目の舞台となった「後家安とその妹」(豊原功補演出・小泉今日子プロデュース)ではヒロイン役を演じた。
【祷キララ(いのり・きらら)】
大阪府出身。2000年生まれ。9歳で映画『堀川中立売』(2010/柴田剛監督)でデビュー。主演を務めた『Dressing Up』(2012/安川有果監督)のほか、『ハッピーアワー』(2015/濱口竜介監督)、『脱脱脱脱17』(2016/松本花奈監督)などに出演。公開待機作として『アイネクライネナハトムジーク』(今泉力哉監督)、『楽園』(瀬々敬久監督)、『やまぶき』(山崎樹一郎監督)などがある。舞台では、ヨーロッパ企画「ギョエー!旧校舎の77不思議」(上田誠作・演出)にゲスト出演中。
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▼『左様なら』作品・公開情報
(2018年/日本/86分)
監督・脚本:石橋夕帆
原作:ごめん
撮影:萩原脩 照明:中島浩一
録音:柳田耕佑 美術:中村哲太郎
編集:小笠原風 音楽:POSA
出演:芋生悠、祷キララ、平井亜門、日高七海、夏目志乃、白戸達也、石川瑠華、大原海輝、加藤才紀子、武内おと、森タクト、近藤笑菜、安倍乙、栗林藍希、田辺歩、武田一馬、田中爽一郎、本田拓海、高橋あゆみ、日向夏、塩田倭聖、タカハシシンノスケ、籾木芳仁、小沢まゆ、こだまたいち
企画協力:直井卓俊
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
©2018映画「左様なら」製作委員会
【ストーリー】海辺の町に住む高校生の由紀(芋生悠)は、中学からの同級生、綾(祷キララ)から引っ越すことを告げられる。その翌日、綾は突然にこの世を去る。自殺ではないかとの噂が広がる中、クラスメイトの人間関係にも波紋が広がり、由紀も周囲から距離を置かれるようになるが……。
※2019年9月6日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
藤井克郎(ふじい・かつろう) 1960年、福井県生まれ。85年、東京外国語大学卒業後、フジ新聞社に入社。夕刊フジ報道部から産経新聞に異動し、文化部記者として映画を担当する。社会部次長、札幌支局長などを経て、2013年から文化部編集委員を務め、19年に退職。文化部時代の1997年から1年半、映画ジャーナリズムを学びに米ロサンゼルスに留学する。共著に「戦後史開封」(扶桑社)、「新ライバル物語」(柏書房)など。
- 2019年09月04日更新
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