7月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2024年07月01日更新

7月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

LINE UP
7/5(金)公開『Shirley シャーリイ
7/5(金)公開『SCRAPPER/スクラッパー
7/12(金)公開『ある一生
7/12(金)公開『お母さんが一緒
7/12(金)公開『呪葬
7/12(金)公開『密輸 1970
7/19(金)公開『怨泊 ONPAKU
7/19(金)公開『墓泥棒と失われた女神
7/26(金)公開『DitO
7/26(金)公開『時々、私は考える
7/26(金)公開『ロイヤルホテル


『Shirley シャーリイ』

悪態、罵倒を繰り返す人気作家の内面に迫る

アメリカのゴシックホラー作家、シャーリイ・ジャクスンの伝記を基に、これが長編4作目となるジョゼフィン・デッカー監督が、現実と空想世界を交錯させて作家性の強い映像詩を編み上げた。夫がバーモント州の大学で教授補佐の職を得たローズは、夫とともにハイマン教授宅に住み込み、教授の妻のシャーリイの世話をすることになる。発表された短編小説が大ヒットとなったシャーリイは長編に取り組んでいたが、スランプから抜け出せず、ローズに対しても苛立ちを隠せない。デッカー監督は手持ちカメラのクロースアップを多用して、シャーリイとローズの相容れない内面に肉薄。打たれ強いローズの粘りに、徐々にシャーリイの気持ちがほぐれていくさまを多彩な映像表現で見せていく。悪態、罵倒を繰り返すシャーリイになり切ったエリザベス・モスの鬼気迫る演技も見逃せない。(藤井克郎

2024年7月5日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2019年/アメリカ/107分)原題:Shirley 監督:ジョゼフィン・デッカー 出演:エリザベス・モス、マイケル・スタールバーグ、ローガン・ラーマン、オデッサ・ヤング ほか 配給:サンリスフィルム © 2018 LAMF Shirley Inc. All Rights Reserved.


『SCRAPPER/スクラッパー』

孤独な少女の前に現れた初対面のチンピラ風父親

シングルマザーの母親を亡くし、アパートに一人で暮らす12歳のジョージ―は、自転車を盗んでは日銭を稼いで生き延びていた。そんな彼女の前に父親を名乗るジェイソンという男が現れる。見た目がいい加減でチンピラ風のジェイソンを、母を捨てて育児放棄した男だとジョージ―は毛嫌いするが、しつこくまとわりついてくる父親に徐々に心を開くようになる。今年30歳のイギリスの新鋭、シャーロット・リーガン監督は、お互いに不器用だけど寂しがり屋という初対面の父と娘が、特にしつけるでも甘えるでもなく、ただ一緒の時間を過ごすことでわずかに変化していく心の動きを乾いたタッチで切り取っていく。手持ちカメラによる大胆な映像に新世代のほとばしりが感じられて、ジョージ―を演じたローラ・キャンベルの粗削りな魅力ともども引きつけられた。(藤井克郎

2024年7月5日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/イギリス/84分)原題:SCRAPPER 監督・脚本:シャーロット・リーガン 出演:ローラ・キャンベル、ハリス・ディキンソン ほか 配給:ブロードメディア © Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022


『ある一生』

生と死の哲学が緩やかに心に染み込む

映画『ある一生』メイン画像

“世紀の小説”と称されたローベルト・ゼーターラーのベストセラーを映画化。激動の20世紀に生きた名もなき男の一生を描く。1900年頃のオーストリア・アルプス。孤児の少年アンドレアス・エッガーは、農場を営む遠い親戚に引き取られるが、安価な働き手として虐げられる毎日を送っていた。成長して農場を出た彼は、ロープウェーの建設作業員になり、最愛の人マリーと出会う。だが、幸せな時間は長くは続かなかった。その後第二次世界大戦が勃発し……。エッガーは、その80年にわたる生涯で、貧困や喪失、戦争など数々の試練に見舞われる。だからこそ美しい雄大な土地でのマリーとの短くも幸せな日々が、より強い輝きを放つ。運命に抗えず淡々と生きるしかない彼の姿を見ていると、人生において何が正解なのか、何のために生きるのかなど定義できなくなる。作品の根底に流れる生と死の哲学が、静かに緩やかに心に染み込んでいくような気がした。(吉永くま)

2024年7月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/ドイツ、オーストリア/115分)原題:Ein Ganzes Leben 英題:A Whole Life 監督:ハンス・シュタインビッヒラー 出演:シュテファン・ゴルスキー、アウグスト・ツィルナー、アンドレアス・ルスト ほか 配給:アット エンタテインメント ©2023 EPO Film Wien/ TOBIS Filmproduktion Munchen


『お母さんが一緒』

母親を温泉に連れてきた三姉妹のどろどろした修羅場

演劇ユニット「ブス会*」を主宰するペヤンヌマキの舞台を『恋人たち』の橋口亮輔監督が映画化。自分勝手な母親を連れて温泉旅行にやってきた三姉妹のどろどろした人間模様を、皮肉な笑いをたっぷりと盛り込んでつづった。誕生日祝いに母親を温泉に連れてきた弥生、愛美、清美の三姉妹だが、到着早々、長女の弥生は次女の愛美が選んだ旅館への文句を口にする。なるべく母親と一緒にいたくない3人は、入れ替わり立ち替わり別の部屋にやってきては言い合いになり……。主役の母親は一切姿を見せず、三姉妹に三女、清美の恋人を加えた4人だけのアンサンブルで、母親への不平や三姉妹間の嫉妬が渦巻いていく構成が見事。なるべくカットを割らず、クロースアップを多用したカメラワークと長ぜりふで表現する修羅場は、大いに見応えがある。化粧が崩れるほどぐじゅぐじゅの江口のりこ、内田慈、古川琴音の表情に役者魂を感じた。(藤井克郎

2024年7月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/106分) 監督・脚色:橋口亮輔 出演:江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ) 配給:クロックワークス ©2024松⽵ブロードキャスティング


『呪葬』

不快な空気が肌にまとわりつく台湾ホラー

映画『呪葬』メイン画像

死者の魂が家に帰ってくるといわれる「初七日」前後に起こる恐怖を描いた台湾ホラー。チュンファは娘のチェンシェンとともに、優しかった祖父の葬儀のため、疎遠だった実家に戻る。相変わらず冷たい家族に失望した彼女だったが、叔父の助けもあり、初七日まで過ごそうと決意。だが、母娘は不気味な悪夢を見始め、家で起こる怪異にもおののくようになる。やがて、さらなる想像を絶する恐怖に巻き込まれていく……。古い家を覆う不穏な影やぎこちない家族の態度への違和感が徐々に強くなり、不快な空気が肌にまとわりつくような感覚に陥る。愛と憎悪という紙一重のものから生み出される「呪い」。その恐ろしさのなかに切なさと一抹の希望が残され、作品に深みを与えている。(吉永くま)

2024年7月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022/台湾/103分)原題:頭七 英題:The Funeral 監督:シェン・ダングイ 出演:セリーナ・レン、チェン・イーウェン、ナードウ ほか 配給:ファインフィルムズ ©2022 PINOCCHIO FILM CO., LTD. TAIWAN MOBILE CO., LTD. Macchiato Digital Imaging Co., Ltd PEGASUS ENTERTAINMENT CO., LTD. MUWAV DIGITAL STUDIO CO.,LTD


『密輸 1970』

金儲けを巡る海女とクズ男たちの駆け引き

映画『密輸 1970』メイン画像

『モガディシュ 脱出までの14日間』のリュ・スンワン監督が手掛ける、海洋クライム・アクション。1970年代半ばの韓国の漁村。化学工場の廃棄物により海産物が採れなくなった海女チームは困窮し、海底の密輸品を引き上げる仕事を請け負うことになる。だが税関の摘発に遭い、チームのリーダーのジンスクをはじめ海女たちは刑務所送りに、彼女の親友チュンジャだけ逃亡した。2年後、村に舞い戻ってきたチュンジャは、出所したジンスクに新たな密輸の儲け話を持ちかけるが……。見事に再現された70年代レトロの空気感のもと、海女、密輸王、チンピラ、税関、そしてサメまでもが入り乱れる賑やかさ。ノワールの世界に生きるクズっぷりが止まらない男たちと、虐げられてきた平凡な海女さんたちという強者と弱者の騙し合い、駆け引きにドキドキする。男たちにはない“武器”を持つ海の女たちが連帯し、彼らに立ち向かう展開は痛快で、胸のすく思いがした。(吉永くま)

2024年7月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/韓国/129分)原題:밀수 英題:SMUGGLERS 監督:リュ・スンワン 出演:キム・ヘス、ヨム・ジョンア、チョ・インソン ほか 配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス ©2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.

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『怨泊 ONPAKU』

不気味な仕掛けが容赦なく押し寄せるオカルトホラー

超擬態人間』の藤井秀剛監督が香港のスター、ジョシー・ホーを主役に迎え、東京を舞台に超絶恐怖のオカルトホラーを織り上げた。香港で不動産会社を経営するサラは東京の土地を購入する目的で来日するが、元恋人のショーンが手配したホテルは手違いで予約されておらず、民泊として活用されている古びた屋敷に連れていかれる。老婦人の絹代の案内で湿っぽい畳の部屋に通されるが、サラの不安は的中し……。ほとんどモノクロのようなくすんだ色味に、カメラアングルも衣装も音楽も恐怖感をあおりにあおる仕掛けが満載で、息つく暇を与えない。絹代を演じた白川和子や刑事役の高橋和也をはじめ、カエル、虫、お面など、出てくる人物、物体、建物とことごとく不気味極まりなく、よくぞここまで徹底したものだと感心する。この容赦のなさはあっけに取られるばかりだ。(藤井克郎

2024年7月19日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/中国(香港)/99分/PG12)原題:怨泊 ONPAKU 監督・脚本・編集:藤井秀剛 出演:ジョシー・ホー(何超儀)、ローレンス・チョウ(周俊偉)、高橋和也 ほか 配給:フリーマン・オフィス ©2022 852 Films Limited. All Rights Reserved.

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『墓泥棒と失われた女神』

逆二股の人型を模した木の枝が導く普遍の愛

幸福なラザロ』が評判を呼んだイタリアのアリーチェ・ロルヴァケル監督が、ギリシャ神話をモチーフにまたも普遍の愛をファンタジーあふれる物語に込めた。刑務所を出所したイギリス人のアーサーは、特殊な能力で古代の墓のありかを見つけ出すことができた。墓泥棒の一味に頼られて発掘した墓には、美しい女神像など貴重な宝が眠っていたが、彼が憎からず思っていた移民女性のイタリアには「死んだ人から盗むのはよくない」とたしなめられる。アーサーが墓の場所を探す際に用いる木の枝など逆二股の人型というキービジュアルが天地逆転の映像など創意工夫に満ちたカメラワークで描き出され、謎めいた展開にさらに謎が重なる。ギリシャ神話の素養がなくても、作品内だけで完結する巧みな構成で十分に楽しめる。特にラストの意外な帰結には思わずうならされた。(藤井克郎

2024年7月19日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/イタリア、フランス、スイス/131分)原題:La Chimera 監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル 出演:ジョシュ・オコナー、イザベラ・ロッセリーニ、アルバ・ロルヴァケル、カロル・ドゥアルテ ほか 配給:ビターズ・エンド © 2023 tempesta srl, Ad Vitam Production, Amka Films Productions, Arte France Cinéma

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『DitO』

フィリピンで再起を図る日本人ボクサーの執念と葛藤

『オボの声』など数多くの映画に出演する俳優の結城貴史が、フィリピンを舞台に自らの主演で初監督に挑んだ意欲作。ボクサーの神山は妻子を日本に残し、フィリピンで再起を図るべく孤独にトレーニングを積んでいた。そんな神山の前に、成長した一人娘の桃子が現れる。映画は、40歳を迎えてもまだボクシングにしがみつく神山の執念と、父親の思いを理解できない娘との葛藤を軸に、フィリピンのぎらぎらした陽光を反映したどぎつい色味で紡いでいく。結城監督は、神山の「負けるよりもここから逃げるのが怖い」というせりふを体現するかのように、ボクサー役として自身の肉体を鍛え上げ、迫力のファイティングシーンを創出した。伝説の世界チャンピオン、マニー・パッキャオの特別出演など、フィリピン人キャストとの自然な絡みにも注目だ。藤井克郎

2024年7月26日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本、フィリピン/117分) 監督:結城貴史 出演:結城貴史、田辺桃子、尾野真千子 ほか 配給:マジックアワー ©DitO製作委員会 Photo by Jumpei Tainaka


『時々、私は考える』

人付き合いが苦手な女性が空想する大らかな死の影

舞台は坂の多い寂しい河口の町、オレゴン州アストリア。小さな会社に勤めるフランは人付き合いが苦手で、楽しみと言えば空想にふけることだった。そんなある日、職場に新しい同僚、ロバートが加わる。今まで働いたことがないなど何かと話しかけてくるロバートに、フランは少しずつ興味を抱くようになるが……。フラン役を演じるデイジー・リドリーがプロデューサーを務め、これが長編4作目となるレイチェル・ランバート監督が静謐な中にも革新性と諧謔味をたたえた人間ドラマに仕立て上げた。仲良しクラブのような職場の雰囲気も不思議なおかしみがあるが、そんな中で一人浮きまくるフランが空想するのはオフィスに居座る大蛇や肌をはいずり回る小さな虫たちだ。死の影がちらつきながらもどこか大らかな世界観に、このままずっと眺めていたい衝動に駆られた。藤井克郎

2024年7月26日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/アメリカ/93分)原題:Sometimes I Think About Dying 監督:レイチェル・ランバート 出演:デイジー・リドリー、デイヴ・メルヘジ、パーヴェシュ・チーナ ほか 配給:樂舎 ©2023 HTBH, LLC ALL RIGHTS RESERVED.


『ロイヤルホテル』

砂漠のパブで働くバックパッカー2人が受けた恐怖

性暴力を題材にした衝撃作『アシスタント』のキティ・グリーン監督が、またも実話から着想を得てハラスメントがモチーフの問題作を世に問うた。カナダからオーストラリアに旅行に来たバックパッカーのハンナとリブは所持金が底をつき、砂漠の中にぽつんとたたずむパブ「ロイヤルホテル」で、住み込みで働くことにする。飲んだくれのオーナーは高圧的で、近くの炭鉱で働く男たちが大半を占める客はデリカシーのかけらもない。初日から「もう帰りたい」と泣き言を口にするハンナに対し、リブは「文化の違いも冒険だ」と諭すが……。客たちの振る舞いは特段、誇張しているわけではなく、恐らく世界中で見受けられる光景だが、ハンナたちにとってはホラー以外の何物でもなく、その恐怖が見る側にストレートに伝わってくるグリーン監督の演出が光る。ハンナの毅然とした態度には思わず目頭が熱くなった。藤井克郎

2024年7月26日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/オーストラリア/91分)原題:The Royal Hotel 監督・脚本:キティ・グリーン 出演:ジュリア・ガーナー、ジェシカ・ヘンウィック、ヒューゴ・ウィーヴィング ほか 配給:アンプラグド © 2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW

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