6月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2024年06月04日更新

6月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

LINE UP
6/7(金)公開『あんのこと
6/7(金)公開『東京カウボーイ
6/7(金)公開『ハロルド・フライのまさかの旅立ち
6/14(金)公開『オールド・フォックス 11歳の選択
6/14(金)公開『蛇の道
6/15(土)公開『りりかの星
6/22(土)公開『初めての女
6/28(金)公開『チャーリー
6/28(金)公開『ふたごのユーとミー 忘れられない夏
6/29(土)公開『プロミスト・ランド


『あんのこと』

何の希望も見いだせない少女の現実を赤裸々に活写

家庭内暴力にヤングケアラー、性的搾取と、少女に降りかかるさまざまな今日的な問題を、『SR サイタマノラッパー』の入江悠監督がオリジナル脚本で骨太な作品に編み上げた。暴力的な母と障害者の祖母との3人で暮らす20歳の杏は、クスリとセックス漬けの日々に何の希望も見いだせないでいた。警察に補導された彼女は釈放後、取り調べを受けたベテラン刑事の多々羅からある施設を紹介される。そこは薬物中毒者が集まる自助グループだった。多々羅との出会いでかすかな光明が見えてきた杏だが、映画はその後、思いも寄らぬ方向へと進んでいく。現実にも少なくないと思われる杏のような少女に対し、果たしてわれわれは無関心でいてもいいのか。そんな深く難しい問いを、入江監督は見る者一人一人に突きつける。杏を演じた河合優実の驚くべき表現力とともに、スクリーンから一瞬も目を離せなかった。(藤井克郎)

2024年6月7日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/114分/PG12) 監督・脚本:入江悠 出演:河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎 ほか 配給:キノフィルムズ ©2023『あんのこと』製作委員会


『東京カウボーイ』

モンタナの牧場に和牛生産を持ちかける真面目な日本人

山田洋次監督に弟子入りを志願したことのあるアメリカ出身のマーク・マリオット監督初の長編劇映画で、出演者でもある藤谷文子が共同で脚本を務めた。日本の大手食品商社に勤める英輝は、会社が米モンタナ州に所有する経営不振の牧場を立て直すため、和牛の生産を提案する。和牛畜産の専門家を連れてモンタナに向かうが、牧場では西部かたぎの労働者たちに全く相手にしてもらえなかった。スーツ姿の真面目な日本人とロデオを愛する荒くれどもという対照的な立場が徐々に打ち解けていくという構図は類型的ながら、お互いが歩み寄りを探っていくという流れは世界中で起きている文化摩擦の解決の糸口になり得る視点だろう。戸惑いといら立ちを覚えつつ柔軟さも持ち合わせるという複雑な英輝役を井浦新が自然体で好演。目の覚めるようなモンタナの雄大な景色も相まって、見応えのあるさわやかなコメディーに仕上がっていた。(藤井克郎)

2024年6月7日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/アメリカ/118分)原題:TOKYO COWBOY 監督・原案:マーク・マリオット 出演:井浦新、ゴヤ・ロブレス、藤谷文子 ほか 配給:マジックアワー


『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』

イギリス中を巻き込む800キロの旅の理由

映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』メイン画像

英国マン・ブッカー賞にノミネートされた小説をジム・ブロードベント主演で映画化。定年退職後、妻と2人で暮らすハロルド・フライのもとに、元同僚クイーニーから、病気で先が長くはないという手紙が届く。返事を投函するために外出した彼だったが、ある言葉をきっかけに、そのまま800キロ先のホスピスまで手ぶらで旅を開始。どうしても彼女に伝えたいことがあったのだ。そして、その旅ははからずもイギリス中を巻き込んでいく。イギリスらしいなだらかな丘陵地や街並みを通り過ぎ、様々な人々と関わり合っていくなかで浮き彫りになるのは、ハロルドと、すでに心が離れている妻の苦しみや悔恨、罪の意識、そして彼が突然の旅に出た理由だ。停滞している毎日は足を前に出すことで動き出す。ハロルドの冒険は時に過酷だが、図らずも本当に大切なものは何かに気づくきっかけになる。その旅の先に横たわる安らぎに、いつまでも包まれていたくなった。(吉永くま)

2024年6月7日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/イギリス/108分)原題:The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry 監督:へティ・マクドナルド 出演:出演:ジム・ブロードベント、ペネロープ・ウィルトン、アール・ケイヴ ほか 配給:松竹 ©Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022


『オールド・フォックス 11歳の選択』

対照的な大人の間で揺れ動く少年の心

『オールド・フォックス 11歳の選択』メイン画像

ホウ・シャオシェン(侯孝賢)プロデュース、シャオ・ヤーチュエン監督による、心に染み入るヒューマンドラマ。台北の郊外で優しく誠実な父親と二人で暮らすリャオジエは、毎日倹約しながら母の夢だった理容店と家を買うことを夢見る少年だ。ある日、“腹黒いフォックス”と呼ばれる地主のシャと出会い、その「生き抜くためには他人を思いやるな」という父とは真逆の考えに衝撃を受ける。そして、バブルで不動産価格が高騰し、夢が遠のくのを見たリャオジエの心に、変化が現れる……。色味を抑えて映し出される1989年から1990年にかけての台湾の街並みや庶民の暮らしが郷愁を誘う一方、当時の不動産バブルによって浮かれる人々の周囲には、何ともいえない不穏な空気が漂う。全く対照的な父親とシャの間で揺れ動く11歳の少年の心が繊細かつ巧みに描かれ、幼い葛藤の行方に思わずため息が漏れた。なお、本作には門脇麦も父親の初恋の人役で出演し、陰のある艶やかな魅力を放っている。(吉永くま)

2024年6月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/台湾、日本/112分)原題:老狐狸 英題:OLD FOX 監督:シャオ・ヤーチュエン 出演:バイ・ルンイン、リウ・グァンティン、アキオ・チェン、ユージェニー・リウ、門脇麦 ほか 配給:東映ビデオ ©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED


『蛇の道』

黒沢清監督がセルフリメイクで挑んだ人間の心の闇

世界の黒沢清監督が1998年に哀川翔と香川照之の共演で撮った同名作品を原案に、柴咲コウの主演でフランスを舞台にセルフリメイクに挑んだ。パリで心療内科医として働く小夜子は、ジャーナリストのアルベールに協力して、ある財団の元会計係、ティボーを誘拐、監禁する。幼い娘が殺されたアルベールは「お前がやった」とティボーに詰め寄るが、彼は「何も知らない」と否定するばかり。やがて彼が口にした名前は……。黒沢監督お得意の人間の底知れぬ悪意、神秘性が研ぎ澄まされて強調され、乾いた絵面とも相まって独特の映像世界が広がる。中でも黒沢作品常連の西島秀俊演じる日本からの駐在員の存在が深い。異文化で暮らす現代人の心の闇を表現しているかのような意味ありげな登場がいかにも黒沢監督らしく、またも名匠の映画話術にまんまとはまった。フランス語を駆使してアクションもこなした柴咲の新境地も見逃せない。(藤井克郎)

2024年6月14日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/フランス、日本、ベルギー、ルクセンブルク/113分)原題:La voie du serpent 監督・脚本:黒沢清 出演:柴咲コウ、ダミアン・ボナール、マチュー・アマルリック ほか 配給:KADOKAWA © 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA


『りりかの星』

映画評論家が映画監督の主演で魅せる無声映画の美学

男手一つで娘を育ててきた泰造は、娘の萌が高校卒業を前に突然、ストリッパーになりたいと言い出して呆然とする。眠れぬ夜を過ごすうち、吸い寄せられるようにしてある場所へと迷い込むが……。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に創設当初から携わるなど幅広く活動する映画評論家の塩田時敏が初の映画監督に挑戦。ストリップを題材に、無声映画でせりふは字幕という超個性的な短編を作り上げた。主演の泰造役は『ヴァイブレータ』などの廣木隆一監督で、脇を固める三池崇史監督ともども、百戦錬磨の映画人ならではの重みが刻み込まれたしわが味わい深い。黒沢清作品をはじめ数多くの名作を手がけてきたベテラン撮影監督の芦澤明子によるカメラワークも見もので、ストリップの舞台を真上から捉えたショットは息をのむような美しさだ。映画美学に対する塩田監督の一つの回答のような気がした。(藤井克郎)

2024年6月15日(土)より全国順次公開 公式サイト
(2023年/日本/28分/R15+) 監督:塩田時敏 出演:廣木隆一、水戸かな、三池崇史 ほか 配給:ぴんくりんくフイルム、プロダクションGOZU © ぴんくりんくフイルム プロダクションGOZU 2023

◆オススメ記事:中川奈月監督『彼女はひとり』— 深田晃司監督、白石晃士監督……名だたる映画人19名からさらなる賛辞続出! 名キャメラマン・芦澤明子による場面写真も解禁!


『初めての女』

高山の古い街並みを背景に明治の香りを光と影で表現

岐阜県高山市出身の小説家で俳人の瀧井孝作が晩年に著した私小説『俳人仲間』の一編を基に高山市文化協会が制作。劇場映画はこれが初となる小平哲兵監督が手がけた。明治末期、丁稚奉公に出されていた孝作は、俳人の河東碧梧桐の句会をきっかけに俳句に没頭するようになる。やがて西洋料理屋の女中、玉と惹かれ合うが、2人で出かけた店で三味線芸者の鶴昇と出会い……。高山に今も残る古い家屋や街並みで撮影した映像は光と影のコントラストが見事で、当時の時代色を巧みに表現する。玉を演じた芋生悠が洋食屋のテーブルにたたずむ横顔に淡い照明が当たるショットなどは言葉を失うほどあでやかだ。ご当地映画というと観光名所や名産品を前面に押しがちだが、郷土が生んだ文化人の創作の発露を題材にするなんて、何とも粋な作品を作ったものだ。(藤井克郎)

2024年6月22日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/113分) 監督・脚本:小平哲兵 出演:髙橋雄祐、芋生悠、三輪晴香 ほか 配給:TRYDENT PICTURES ©TRYDENT PICTURES 2024

◆オススメ記事:一瞬の奇跡をとらえたきらめき―『左様なら』石橋夕帆監督&芋生悠、祷キララインタビュー


『チャーリー』

南インドからヒマラヤまで、やんちゃな犬との二人旅

南インドのカンナダ語による映画で、キランラージ・K監督の初長編作品。偏屈な男といたずら好きの犬との友情がテンポよく描かれる。職場でも近所でも孤立しているダルマの家に、一匹のラブラドールレトリバーの子犬が迷い込んでくる。犬嫌いのダルマは追い払おうとするが、ずかずかと生活に踏み込んでくる犬に振り回されっぱなしのダルマは、やがて大好きなチャールズ・チャップリンの映画からチャーリーと名付けて一緒に暮らすようになる。だがチャーリーが病魔に侵されていることを知り……。コメディータッチの前半から一転、サイドカーにチャーリーを乗せて雪のヒマラヤを目指す後半は、動物保護という社会性や人間らしい生き方という哲学などを目いっぱい詰め込んで展開。「人は変わることができる」といった数々の至言に、北上するにつれて刻々と姿を変えるインドの風景も心に残るが、何よりもチャーリーの愛らしい表情に射抜かれた。(藤井克郎)

2024年6月28日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/インド/164分)原題:777 Charlie 監督・脚本:キランラージ・K 出演:チャーリー、ラクシット・シェッティ、サンギータ・シュリンゲーリ ほか 配給:インターフィルム © 2022 Paramvah Studios All Rights Reserved.


『ふたごのユーとミー 忘れられない夏』

性格もそっくりな仲良し姉妹が直面する心のずれ

1999年のタイを舞台に、中学生になった双子の姉妹のひと夏の体験を、実際に双子の姉妹である新鋭、ワンウェーウとウェーウワンのホンウィワット監督がみずみずしい映像でつづった。一卵性双生児のユーとミーは、夏休みを田舎町の祖母の家で過ごすことになる。生まれたときからずっと一緒で、どんなこともシェアしてきた2人だったが、マークというハーフの少年と出会ったことでお互いの心にずれが生じてくる。どちらかが先に死ぬなんて考えられない、というほど仲良しの2人が、些細なきっかけから徐々に距離ができていく過程を、Y2K問題やノストラダムスの大予言など時代性を加味して溌溂と活写。性格もそっくりながら積極的なユーにしっかり者のミーと微妙に違いのある2人だが、そんな姉妹を一人二役で演じ分けた新星、ティティヤー・ジラポーンシンの変幻自在な表現に度肝を抜かれた。(藤井克郎)

2024年6月28日(金)より全国順次公開 公式サイト 特報動画
(2023年/タイ/122分)原題:เธอกับฉันกับฉัน 英題:You&Me&Me 監督・脚本:ワンウェーウ&ウェーウワン・ホンウィワット姉妹 出演:ティティヤー・ジラポーンシン、アンソニー・ブイサレー、スパクソーン・チャイモンコン ほか 配給:リアリーライクフィルムズ ©2023 GDH 559 Co., Ltd. All Rights Reserved / ReallyLikeFilms


『プロミスト・ランド』

若い2人のマタギが熊狩りに向かう道程をじっと見つめる

100年後に残したい「良い日」を映画で伝えるYOIHI PROJECTの第2弾。第1弾の『せかいのおきく』を手がけた阪本順治監督の下で修業を積んだ飯島将史監督が、1983年に発表された飯嶋和一の小説を原作に初の商業映画に挑んだ。舞台はマタギの伝統を受け継ぐ東北の山あいの村。その年は保護を理由に環境庁から熊狩りを禁止する通達が届いていた。だが熊撃ちに誇りを持つ礼二郎は納得がいかず、まだ20歳の信行を無理やり誘い、雪山へと向かう。映画は、若いマタギ2人が熊を探して山を分け入っていく道程を延々と映し出す。奥深くになるにしたがって傾斜はきつくなり、信行は最後、ほとんど垂直とも思える急斜面を、猟銃を背に息を切らして登っていく。そんな過酷な撮影に臨んだ杉田雷麟、寛一郎の2人の極限とも言える表情がすさまじく、覚悟と迫力が伝わってくる。撮影スタッフの苦労も相当なはずで、マタギという自然に根差した生きる力、土地の力がそのまま映り込んでいる画面にはすごみを覚えた。(藤井克郎)

2024年6月29日(土)より全国順次公開。14日(金)、MOVIE ONやまがた、鶴岡まちなかキネマで先行公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/89分) 脚本・監督:飯島将史 出演:杉田雷麟、寛一郎、小林薫 ほか 配給:マジックアワー、リトルモア ©飯嶋和一/小学館/FANTASIA

ページトップへ戻る

  • 2024年06月04日更新

トラックバックURL:https://mini-theater.com/2024/06/04/6-new-movies-in-theaters-7/trackback/