【インタビュー】「人間なんてみんな、罪人だ!」深く温かいまなざしで描き出す “罪”と“傷” ―『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督&山嵜晋平プロデューサー

  • 2024年02月25日更新

三島有紀子監督の長編映画第10作となる『一月の声に歓びを刻め』がテアトル新宿ほか全国で絶賛公開中だ。監督自身が幼少期に遭遇した性暴力をモチーフに、「洞爺湖 中島」「東京 八丈島」「大阪 堂島」の3つの島で生きる人々の“罪”と“傷”を深く温かいまなざしで見つめ、自主制作で完成させた本作。自らの心の深淵をのぞき続けながら物語を紡いだ三島監督と、自らも映画監督として活動しながらプロデューサーとして奔走した山嵜晋平さんに話を聞いた。(※2024年2月25日 10:10 一部加筆いたしました) 

(取材:富田旻 撮影:ハルプードル)

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幼い娘が性被害を苦に命を絶ち、自責の念から自身の性器を切除してトランスジェンダーとして生きるマキ(カルーセル麻紀)、妻の延命治療をやめたことへの罪悪感を背負って生きる牛飼いの誠(哀川翔)、過去の性暴力事件に苦しみ恋人と肌を合わせることができないれいこ(前田敦子)、3つの島を舞台にそれぞれが心に抱えた罪と傷からの再生を描いた本作。その起点となったのは、三島監督自身が6歳の頃から抱え続けてきた罪の意識だった――。

罪の意識とは何か。1年以上も自分を取材して描いたストーリー

― どのようにストーリーを紡いでいかれたのでしょうか。

三島有紀子監督(以下、三島):れいこのセリフとして書いた「なんで私が罪を感じなきゃいけないんだよ、やられたのは私じゃん」が私の中で核になっていました。被害者でありながら罪悪感に苦しむ人がいる。そういう人の家族はどんな思いなのか。罪を犯した側はどうなのか。三方向から罪の意識を見つめていきたいと思いました。


― 3つの物語の舞台となる場所はすぐに思いついたのですか。

三島:大阪の堂島で撮ることは一つ決めていましたが、“罪”という言葉から思い浮かんだのが、かつて罪人の流刑地だった八丈島でした。一度だけ行ったことがありましたが、私の印象はリゾート地というよりも、緑と黒をイメージさせる厳しい自然に囲まれた島。そこにはかつての流人たちの子孫も住んでいて、もちろん彼らは罪を犯したわけではないけれど、今もこの厳しい自然の中で生きている。そこに感じるものがあって、とりあえず行ってみることにしたんです。

― 山嵜プロデューサーのご意見も反映しながら描いていったのでしょうか。

三島:もちろんです。書いたものを読んでもらって、どこで撮るかも話し合いながら、基本的には二人で作っていきました。最初私はもう少し暴力的な話にするつもりで、八丈島に行った時にも「暴力的な行動に出る人が、暴力を捨てるのはどういう時だろう」みたいな話をしていたんです。その時に、怒りの衝動や攻撃的な気持ちを止めるのは、案外、不健康だと忌み嫌われているタバコやコーヒーみたいな嗜好品なんじゃないかという話をして。それを「罪を犯す側」の「罪を背負った島」でやったらどうだろうとか、島に立った時に具体的な色が見えてきて、そこから描いていきました。

― そこから誠が鉄パイプを持って港に向かうシーンや、親子連れにタバコをもらって吸うシーンにつながっていったんですね。

山嵜晋平プロデューサー(以下、山嵜):八丈島から具体的なストーリーが始まったので、そこからの距離感じゃないと、描けなかった映画かもしれないですね。

「人間なんてみんな、罪人だ!」このセリフを映画の真ん中にもってきたかった

― 大阪からストーリーを描き始めたものと想像していました。

三島:具体的なストーリーは八丈島から描き始めましたが、作品を撮ると決めた時から、大阪で過ごした時間やあの出来事が、自分の人生にどう影響したのかを、ずっと掘り下げていました。自分で自分を取材して、一つひとつを言語化して、それを物語としてどう構築していくかメモしていく……これは完全に一人の作業として、1年以上を費やしました。

― 自分の内面を掘り下げる作業を1年以上も……辛くなかったのでしょうか。

三島:自分自身は小学生の時にクリアーしているので辛くはないです。客観的に自分の過去を見つめたら、何が出てくるのかを検証しているような感じでした。その一つが “罪の意識” だったということです。犯罪を犯す人だけではなく、あらゆる人が抱えている罪の意識。自分自身を振り返っても、ネットを見ていても、いま起こっている事件を見ていても、日本でも世界でも、なんらかの罪の意識を抱えている人が多いのではないかと思いました。自分の生命存在に対する罪の意識が強くて、他者を攻撃したり気持ちが生まれたりすることもあるのかなと。だから、八丈島で海(松本妃代)が叫ぶ「人間なんてみんな、罪人だ!」というセリフをこの映画の真ん中にもってくることが、私の中ではすごく重要だったんです。
みんな、そうだよ、と。


― 山を背負うような構図で、妊婦の海が仁王立ちで叫ぶ。その画の力強さも好きでした。

三島:海が母親になる女性だということも、この章で描きたかったことです。大阪のれいこはセックスが受け入れられず、洞爺湖のれいこは自分を否定して死を選んでしまった。でも、海は大好きな人とセックスをして新たな命を授かっている。それは、本当はすごく豊かで幸せなことのはずです。けれど一方では、自分の言葉がきっかけで父親が母の延命治療をやめてしまったことに罪の意識を持ち、自分が幸せになっていい人間なのか悩み、自分のお腹の中にいるのが罪人の子であるという意識もどこかで背負って彷徨っている。
本当はすごく素敵なことを、素直に素敵だと思いたい……それは、れいこと海に寄せた私自身の想いでもあるんです。

― 自ら罪の意識にとらわれて、素敵なことを素直に感じられない。そのような感覚を持っている人は意外と多いような気がします。

三島:れいこは性的な負の経験があるせいで、素敵なこともオセロの石を返すように黒になっていっているところもあると思います。6歳の時に自分が性的な対象に見られた経験で、性についての感度が高くなっているんですね。でも、黒い石が全部なくなって真っ白になる日は、来ると信じて生きているからこそ、ある瞬間に、自分や他者を赦せたりするんじゃないかとも思うんです。だからこそ、ラストに、捨てて、食べて、歌えたんだと。罪の意識と同時に、“性”と“生”にもがく人間たちも見つめる……そんな観点で3つの物語を描きました。

心から信頼している役者たちが、積み重ねた時間まで表現してくれた

― 登場人物たちの心の傷が描かれる中で、個人的には片岡礼子さん演じる亡くなったれいこの姉・美砂子に共感しました。本当に長い間、小さくも鋭い痛みを心に重ねてきたのだろうということが、美砂子とマキの何気ない会話から伝わってきたからです

三島:そうですね。片岡さんの繊細な「間」の取り方が、今までの傷の積み重ねを雄弁に表現してくださっていますよね。

― 例えば、マキは美砂子の年齢は覚えていないのに、れいこが亡くなってからの年数を尋ねると即答する。マキが澱みなく答えたその年数は、美砂子が傷を重ねてきた年月でもあるのに……。そうやって、大きな痛みの前で見過ごされてしまうような痛みや、無自覚に誰かを傷つけてしまう人間の業にも、三島監督は丁寧に目を向けられていました。本作を観て、そこに救われる方もきっと多いと思います。

三島:そうだと嬉しいです。丁寧に一緒に芝居を作っていってくれる役者さんたちのおかげですね。片岡さんや宇野(祥平)さんやカルーセルさんや長田(詩音)さん、みんなで時間をかけて、丁寧に積み上げていきました。無自覚に傷つけたり、紙ですっと切れたような小さな傷を受けたり、空気を読んで気遣ったり……、これまでの積み重ねの時間も含めて表現してくださいました。
美砂子は、50歳過ぎて、自分自身に一番近い年齢の立ち位置の人でした。心がどこか不安定な更年期で、嫌われるようなことをわざわざ言ってしまったりする。子どもは自立して母を冷静に見ていたりして、夫も妻の自分を見ていなかったりして、どんどん孤独においやられていく。そんな時に無条件の親の愛情に飢えているような感覚があったと思うんです。そんな時期だからこそ、過敏に反応する。それを、片岡さんが美砂子という人に静かに憑依してくださって、言い方や「間」の取り方を考えて、伝わるように演じてくださった。心から信頼している役者さんに演じてもらえてとても幸せでした。


― 本当に、片岡さんの息遣いやセリフの行間からも、心の機微が痛いほど伝わってきました。

山嵜:そうやってこの映画を観て、最終的にはどこに行き着いたんですか。

― 逆インタビューみたいになっていて恐縮ですが……八丈太鼓のことを、この映画で初めて知ったんです。第二章の冒頭で「島の家々には太鼓があって、辛い時に叩くと隣人がやってきて一緒に叩いてくれる」という字幕を読んだ時に、すごく素敵だと思いました。そういう風習があるという事実だけで、心が救われたような感覚になったんです。

三島:私も太鼓のお話を知った時に、独特で、八丈だからこそ生まれたすごく素晴らしいコミュニケーションだなと思いました。

― はい。軽トラの荷台で誠が太鼓を叩いていて、家では海が反対側から太鼓を叩いているシーンでは、別の場所にいる二人の太鼓が共鳴し、親子が互いを深く思い合っていることが伝わってきて、涙が溢れました。心の傷が消える日は来なくても、自分が望むようなかたちで救われることはなくても、自分が叩いた太鼓を反対側から誰かが叩いてくれたら、それはきっと生きる希望になる。この映画が、そんなふうに傷を負った人たちに寄り添ってくれていることを感じて、心がふっと軽くなったんです。

三島:ぜひ、そのまま書いてください。

映画『一月の声に歓びを刻め』作品画像

自主映画として純粋に作る機会を設けなければダメだと思った

― 近年の三島監督は、PFFアワードや東京学生映画祭ほか、若手監督の登竜門的な映画祭で審査員としてもご活躍されています。今作を自主映画として制作されたのは、後進に背中を見せるというような意味もあったのでしょうか。

三島:背中を見せるなんて、そんなえらそうなつもりはないです。みなさんの方が才能豊かですし。ただ、私が映画にいろんなものをいただいているから、映画に関わることで自分が人の役に立てるのなら何でもやるという気持ちで審査員もやらせていただいています。もちろん、若い人たちが、自分たちで資金を集め、本当に作りたいものに向き合っている姿を見ていると、純度の高いものというのは、届く力も強いなと感じますね。

山嵜さんも『なん・なんだ』という映画を自主で作っていますし、山嵜さんが助監督としてついている瀬々敬久監督や自主映画を撮られている周りの方たちを見ていて、私も作家として作りたいものを純粋に作る機会を設けていかなければダメなんじゃないかという思いもずっとあったんです。商業映画に作家性が全く入れられないとは思っていないですが、決められた枠が何もない中でどういう作品が生まれるのかを、ここまで商業でやってきた人間が長編10本目としてやってみてもいいんじゃないかと思いました。そして、「やってみたら」と言ってくれる山嵜さんのような人に背中を押されて、撮り始めることができました。

― 山嵜さんが自主映画制作を三島監督に勧められた理由はなんですか。

山嵜:理由は……なんとなくですねぇ。まあ、三島さんが、ずっと撮ってなかった大阪で撮ったらなんか見えてくることもあるでしょうし、誰にも撮れないものが撮れるかもと。

―『IMPERIAL大阪堂島出入橋』に続き、今作のプロデューサーとして、どういったご苦労がありましたか。

山嵜:それを語り出したら、一冊の本ができますね(笑)。

三島:まちがいないですね(笑)。監督として自分の作品も撮りつつプロデュース業務をやるというのは、いろんな意味でしんどかったと思いますよ。

山嵜:つゆのあとさき』(山嵜晋平監督/2024年公開予定)の撮影3日前に八丈島ロケハンしていましたからね。

三島:ありがとうございます。そんな状況で撮られていましたけど、『つゆのあとさき』、傑作なんですよ。

―  山嵜さんの監督作、とても楽しみにしています!

「三島さんの映画は地上10センチぐらい上にある感じ」お互いにないものが刺激に

― 山嵜さんから見た三島作品とは?

山嵜:三島さんの映画って地上10センチぐらい上にある感じがするんです。僕は地上の話を0.1〜0.2ミリぐらい上でちょっとデフォルメして整えているわけですが、三島さんの映画はよくわからないこともいっぱいあるわけですよ。この作品でも突然、踊りだしたりしますし。

三島:私の中では現実や日常の延長なんですけどね。でも、そういった指摘をもらえるから、観ていただく方により伝わるよう描くにはどうしたらいいのかを、スタッフみんなで考えていけているんだと思います。

― 地上10センチ……なるほど。地べたを這うような現実を実直に描く映画の力ももちろん知っているつもりですが、映画的誇張だったりファンタジー要素だったり、リアルを少しだけ逸脱しているからこそ、感情のひだに触れたり、すっと心に響いてくるものもあると思うんです。地上10センチの世界のリアル。


三島:山嵜さんとは作品性も違うんでしょうね。私は映画が大好きですけど、この映画監督みたいに撮りたいと思うと同時に、絵画や写真を見てこういう視点で撮れる人になりたい、環境音を聴いていてこんな音をベースに作りたいと思うことが多いんです。木村伊兵衛と土門拳の写真を比較した写真集があるんですが、それを見るたびに、土門拳の写真は山嵜晋平に近く、木村伊兵衛の写真は自分に近いなと思うんですよ。違いを例えるならですけど。なんかえらそうな例えですみません。

山嵜:僕は主人公をどう追いかけ回すかというところにばかりに興味がありますからね。

三島:人間を追いかけたいのは二人とも同じですけど、私にとってはその人が立っている環境や、周りでその人を見ている人も含めてのその人なんです。ただ、私は撮影スタイルとして、木村伊兵衛さんみたいにさらっとは撮れないですが。我々には、その違いがすごくあって、お互いにないものだから刺激にもなっているのかもしれないですね。

山嵜:そうかもしれないですね。

― お二人の目線が違うからこそ、今作も生まれたのですね。

山嵜:そういえば、この映画の企画の話を最初にした大阪のカフェは、いま花屋になっていますね。

三島:「花を贈ればいいよ」っていう歌詞で終わっていく映画の始まりの場所が、花屋さんになっているって、なんか運命的ですね。

 

PROFILE

映画『インペリアル大阪堂島出入橋』インタビュー 三島有紀子監督三島有紀子(みしま・ゆきこ)
大阪市生まれ。 18歳からインディーズ映画を撮り始める。大学卒業後、NHKに入局してドキュメンタリー番組などの制作に携わる。2003年、劇映画を撮るために独立し、東映京都撮影所などでフリーの助監督として活動。監督作『幼な子われらに生まれ』(17)で第41回モントリオール世界映画祭 最高賞に次ぐ審査員特別大賞、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞の監督賞を受賞。他の代表作に、『しあわせのパン』(12)、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)、『Red(20 )、短編『よろこびのうた Ode to Joy(21 DIVOC-12)、『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(22 MIRRORLIAR FILMS Season2、コロナ禍での緊急事態宣言下の感情を記録したセミドキュメンタリー映画『東京組曲2020(23)など。公式サイト


山嵜晋平(やまさき・しんぺい)
1980年2月24日生まれ。奈良県奈良市出身。日本映画学校卒業後、(有)楽映舎にて制作部としてキャリアをスタート。『十三人の刺客』『一命』『藁の楯』『土竜の唄』など三池崇史監督のもとで鍛えられる。その他、『東京オアシス』『ヘヴンズ ストーリー』『アントキノイノチ』など多くの監督・プロダクション作品で制作部として活躍後、緒方明監督の元、演出部に転身。『友だちと歩こう』『菊とギロチン』『バットオンリーラブ』など瀬々敬久監督、三島有紀子監督等の元で助監督として活躍。主な映画監督作に『骨の奥』 (12)、『ヴァンパイアナイト』(17)、『FIND』(19)、『テイクオーバーゾーン』(20)、『なん・なんだ』(22)などがある。
2024年『蒲団』つゆのあとさき』が公開予定。

予告編・作品概要

美しく、凄惨な、罪の歌

▼『一月の声に歓びを刻め』
(2023年/日本/カラー・モノクロ/シネマスコープ/118分)
出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔
坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二、松本妃代、とよた真帆 ほか
脚本・監督:三島有紀子
プロデューサー:山嵜晋平、三島有紀子
製作:ブーケガルニフィルム
配給:東京テアトル
© bouquet garni films

『一月の声に歓びを刻め』公式サイト

【STORY】北海道・洞爺湖。お正月を迎え、一人暮らしのマキの家に家族が集まった。マキが丁寧に作った御節料理を囲んだ一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。マキはかつて次女のれいこを亡くしていたのだった。それ以降女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子は完全には受け入れていない。家族が帰り、静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる。
東京・八丈島。大昔に罪人が流されたという島に暮らす牛飼いの誠。妊娠した娘の海が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に心中穏やかでない。海のいない部屋に入った誠は、そこで手紙に同封された離婚届を発見してしまう。
大阪・堂島。ほんの数日前まで電話で話していた元恋人の葬儀に駆け付けるため、れいこは故郷を訪れた。茫然自失のまま歩いていると、橋から飛び降り自殺しようとする女性と出くわす。そのとき、「トト・モレッティ」というレンタル彼氏をしている男がれいこに声をかけてきた。過去のトラウマから誰にも触れることができなくなっていたれいこは、そんな自分を変えるため、その男と一晩過ごすことを決意する。
やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく。

※テアトル新宿ほか全国公開中

  • 2024年02月25日更新

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