おしゃれでポップなベトナム―『サイゴン・クチュール』のグエン・ケイ監督インタビュー

  • 2019年12月20日更新


ベトナムから思いっきりファッショナブルでキュートな映画がやってくる。2019年12月21日公開の『サイゴン・クチュール』は、1969年のサイゴン(現ホーチミン)から現代にタイムスリップした仕立て屋の娘の出会いと冒険を描くスタイリッシュなSFファンタジーだ。ベトナムの伝統文化と最先端ファッションを融合して特上の娯楽作に織り上げたのは、脚本家やプロデューサーとしても活躍する若手女性監督のグエン・ケイ。来日した監督に、映画の見どころ、ベトナム映画界の現状など幅広く話を聞いた。【取材・撮影:藤井克郎】


花柄や水玉模様のアオザイ

-『サイゴン・クチュール』は、華やかな最新ファッションと1969年の時代色が溶け合った楽しい作品ですが、最初からタイムスリップものを意識していたのですか。

グエン・ケイ監督(以下、グエン):60年代のサイゴンは希望に満ちた時代でした。街にはロックンロールの音楽が流れ、ポップアートが全盛期を迎えていた。ベトナム固有の文化に植民地時代のフランス文化、その後のアメリカ文化と、さまざまな文化が入り混じったメルティングポット(坩堝)で、とてもホットな場所でした。私にとっては憧れの時代であり、その時代をベースに、タイムスリップというファンタジーの要素を入れることで、集客に結びつくかも、という思いもありましたね。

-現在の新しいベトナム文化も見せたかったということでしょうか。

グエン:そうです。ベトナムという国は人口の70%が30歳以下というとても若い国で、どこに行っても若者に出会います。若い人たちというのはエネルギッシュで新しいものを好みますが、一方で古いものは敬遠する傾向がある。だから若い人の興味を引くような現代の新しい文化も描きました。これらはとても自然な流れで発生した文化であり、もちろん私も大好きです。

-主人公のニュイはベトナムの民族服、アオザイの仕立て屋の娘ですが、現代の場面ではとてもおしゃれでポップなアオザイが登場しますね。

グエン:アオザイはベトナムの伝統的なファッションですが、現代的な要素を入れることで新しい見せ方もできると思うんです。今回ラッキーだったのは、ベトナムで活躍するファッションデザイナーのトゥイ・グエンさんがいらっしゃったこと。彼女はウクライナの大学で美術の修士号を取得している人で、画家でもあります。彼女は、フランス植民地時代にはやった花柄のタイルや、60年代の象徴だった水玉模様をアオザイに取り入れようと提案して、映画のためにすばらしいアオザイのコレクションを作ってくれました。映画には、モダンでもあり、クラシックでもあるすてきなファッションがいっぱい出てきます。

反戦の意図も押しつけはしない

-ベトナムの伝統のよさも若い人に伝えたかったのでしょうか。

グエン:その通りです。幸運にもこの映画の後、アオザイがファッショントレンドになりました。映画でモチーフにした花柄や水玉のアオザイが人気になり、アオザイが若い人にとってとても身近な存在になりました。伝統のファッションを若者がかっこいいと感じて着るようになったことは、私にとってもとてもうれしいことです。

-60年代のベトナムというと、どうしてもベトナム戦争のことを思い浮かべますが、この映画では戦争の影は出てきません。あえて描かなかったのでしょうか。

グエン:この映画で描いたのは、主に女性たちです。母と娘、姉と妹といった女性同士の関係がテーマになっています。戦争で最もつらいのは戦場に駆り出される男性でしょうが、留守を預かる人も生きるためには働かなくてはなりません。私はあえて母と娘、姉と妹を描くことで、反戦の意味を込めました。たとえ戦争のただ中でも、それでも人生は続くのです。女性たちは伝統を守って、次の世代につないでいかなければならない。そんなことを伝えたいと思いました。

-ベトナムの観客は、グエンさんの意図を理解してくれましたか。

グエン:この映画は主に若い人たちが観にきてくれましたが、彼らは外見しか観ていないことが多い。ファッションがすてき、とか、楽しかった、といった感想しか持っていない人もいるでしょう。一方で批評家の中には、どうして男が出てこないんだとコメントする人もいました。戦争についてどう感じるかは世代でも違うでしょうし、この映画を観にきてくれた若い世代は、戦争について理解するにはまだ早すぎるかもしれません。でも、だから残念とか寂しいというわけではありません。1本の映画を観にくる客層はさまざまで、それぞれで理解度は違ってきます。その人なりの理解の仕方をしてくれればいいし、若い人がこの映画を楽しいなと思って、そこから広がっていけばそれでいい。無理やり反戦を訴えたいということはありません。

海外からのビデオテープでとりこに

-グエンさん自身、小さいころから映画に親しんでいたのですか。

グエン:ええ、映画は大好きでした。私は1984年の生まれですが、10歳になるまでアメリカによる経済制裁が続いていて、食べるものにも事欠くという困難な時代でした。そんな中でも私の家族はベトナムの伝統を守ることに意識が高く、たくさん本を読み、たくさん映画を観ることができました。戦争後のベトナムでそういう生活ができたのは、とても恵まれていたと思います。

-子どものころに観ていたのは、どんな映画ですか。

グエン:外国に住んでいた親戚がビデオテープを送ってくれて、それで映画をいっぱい観ることができました。アメリカとフランスに住んでいたので、主にアメリカ映画が中心でしたね。ベトナム映画もあったのですが、大体が戦争を賛美するような内容で、子どものころには観ていません。

-映画監督を目指したのはいつごろからですか。

グエン:奨学金をもらってアメリカに留学したときは、美術を学ぶのが目的でした。映画が好きだったので、本当は映画づくりを勉強したかったのですが、当時は映画撮影用のカメラすら見たことがありませんでした。ただラッキーなことに、19歳のとき、海外に住んでいるベトナム人で映画を作っている人たちと知り合うことができた。彼らが企画していたのが、ベトナムの北から南まで旅をしながら娯楽映画を作るというもので、その映画に脚本と助監督で参加することができました。それが私の映画人としての第一歩です。

週に1回は映画を観にいく若者たち

-その後、脚本家として活動を始め、「エータイプマシン」という脚本家集団も結成していますね。今回もそのエータイプマシンの脚本ですが。

グエン:脚本はペンと紙さえあれば自分の考えを伝えることができます。監督になるには経験もなかったし、アメリカなど外国で修業を積む必要もありました。それに脚本は映画づくりの中で一番大切なものだと思うんです。最初によいストーリーがなければ映画は成り立たないし、生きてきた中で培った経験、たくさんの本を読んで得た知識を脚本に反映することができます。

-今回の『サイゴン・クチュール』は、ニュイの母親役で出演している女優のゴ・タイン・バンさんが設立したスタジオの製作ですね。ベトナムではこのように新しい映画スタジオがどんどん誕生しているのでしょうか。

グエン:ええ、本当にたくさんできています。エイターテインメント業界は今、ベトナムで急成長しています。映画館の数もものすごく増えているし、若い人たちは週に1回は映画を観るために映画館に足を運びます。映画産業はとても活気があると言っていいでしょう。

グエン・ケイ監督来日時には、監督を囲んで最新アオザイのファッションショーも開かれた=2019年11月11日、笹塚ボウル

グエン・ケイ監督来日時には、ミュージシャンの野宮真貴、タレントのデビット伊東とのトークショーも開かれた=2019年11月11日、笹塚ボウル

プロフィール

【グエン・ケイ(Nguyễn Kay)】
ベトナム・ホーチミン出身。1984年生まれ。アメリカ、日本、イギリスで実績を積み、2013年にベトナムに帰国。脚本家集団「エータイプマシン」を創設する。脚本を手がけたアクション映画『ハイ・フォン:ママは元ギャング』(2019/レ・ヴァン・キエット監督)は歴代興行成績を塗り替える大ヒットとなっている。

 

作品&公開情報

▼『サイゴン・クチュール』
(2017年/ベトナム/100分)
原題:Cô Ba Sài Gòn 英題:The Tailor
監督:グエン・ケイ、チャン・ビュー・ロック
脚本:エータイプマシン
製作:ゴ・タイン・バン、トゥイ・グエン
主題歌:ドン・ニー
配給:ムービー・アクト・プロジェクト © STUDIO68
出演:ニン・ズーン・ラン・ゴック、ホン・ヴァン、ジエム・ミー、オアン・キエウ、S.T、ジエム・ミー9X、ゴ・タイン・バン ほか

【ストーリー】1969年、サイゴン。老舗アオザイ店の娘、ニュイは、60年代の最新ファッションに夢中で、伝統を守ろうとする母親と対立していた。ある日、母が仕立てたアオザイを遊び心で着てみたニュイは、現代にタイムスリップ。目の前に現れたのは、パッとしない年老いた自分自身だった。

『サイゴン・クチュール』公式サイト

※2019年12月21日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開

◎ゲストライター
藤井克郎(ふじい・かつろう) 1985年、フジ新聞社に入社。夕刊フジの後、産経新聞で映画を担当する。社会部次長、札幌支局長などを経て、2013年から文化部編集委員を務め、19年に退職。facebookに映画情報ページ「Withscreen.press」を開設。

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