ホラーコメディーに青春群像に―『魔法少年☆ワイルドバージン』『転がるビー玉』の宇賀那健一監督インタビュー

  • 2019年12月03日更新

宇賀那健一監督インタビュー
2018年に『サラバ静寂』が評判を呼んだ宇賀那健一監督は、マルチな活動で知られるクリエイターだ。高校生のころから俳優として舞台に立ち、2014年には会社を設立。自ら配給、宣伝を手がけたり、東京・渋谷にダイニングバーを開いたり、志向性の幅は極めて広い。年末から年明けにかけて『魔法少年☆ワイルドバージン』『転がるビー玉』と監督作が相次いで公開されるが、これがまたガラッと趣の異なる作品で驚かされる。この多様性、バイタリティーはどこからくるのか。

【取材・撮影:藤井克郎】


血ヘドはサム・ライミへのオマージュ

—『魔法少年☆ワイルドバージン』は、30歳の童貞男が主人公のコメディーであり、ヒーローものであり、純愛映画でもあるという破天荒な娯楽作で、大いに笑わせてもらいました。前作の『サラバ静寂』が、娯楽の禁じられた世界を描いた社会派の音楽映画で、その振れ幅の大きさにびっくりしたのですが。

宇賀那健一監督(以下、宇賀那)もともと「30歳を超えた童貞が魔法使いになる」という都市伝説があったんです。数年前、初長編の『黒い暴動♥』である映画祭に呼んでいただいたとき、飲み会で「低予算だからこういったことはできないよね」といった話が続いていて、聞きながら「そうじゃないでしょ」と思っていた。それでその都市伝説を例に出して、僕はこういう映画を撮りたい、と言ったら、みんなから「それいいじゃん」と言われたのが最初ですね。そこから企画を練って、絶対に面白いから信じてください、と売り込みました。熱意で押し切った感じですね。

— 参考にした作品などはあるのですか。

宇賀那:うちの母親が、僕が21歳のときに子宮頸がんで死んでいるんです。母親はホラーコメディーが大好きで、小さいころ、よく一緒にビデオを借りて観ていました。僕は幼稚園にも行かずに一人で遊んでいるような子どもだったんですが、今は映画を通じてたくさんの人と楽しく遊んでいる。それを母親に伝えたいという思いもあって、だから母親が好きだったホラーコメディー的なものをやりたいなと思ったんです。ヒロインが血ヘドを吐くのは、サム・ライミ監督作へのオマージュです。『死霊のはらわた』(1981)とか、どことなくかわいらしいじゃないですか。造形物への愛というか、何かそういうふうなものができたらいいなという思いはありましたね。

童貞のヒーローを演じるのが前野朋哉さんというのも絶妙なキャスティングですね。

宇賀那前野くんは僕の1歳下の同世代だし、憧れていたヒーローが仮面ライダーBLACK RXって、僕もそうだったんですよ。それこそ乗りに乗ってやってくれたし、自分で監督もしているので映画のことをよくわかっている。奇抜なコメディーではあるけれど、笑いを取りにいったらダメなような気がして、前野くんはそれを言わなくてもちゃんとやってくれていました。

若い人が一生懸命にもがく姿は美しい

— 年明けには『転がるビー玉』も公開されますが、また全く毛色の違った作品ですね。こちらは20歳くらいの女性3人が主人公で、変わりゆく渋谷の街を背景に今の時代の色が自然とにじみ出ていて心を打たれます。

映画『転がるビー玉』場面写真宇賀那これも僕が企画を持っていった作品で、今年(2019年)の7月に撮りました。最近、演技のワークショップで若い役者さんと会うんですが、彼女らは一生懸命にもがいている。結果はどうあれ、その姿自体は美しいなと思っていて、それを描きたいというのが発端です。僕は今35歳で同世代ではないが、彼女たちの気持ちもちょっとわかるし、なおかつ親みたいな思いでも見ている。それがいい塩梅にブレンドされたのかな、という気がします。彼女たちのリアルを描きつつ、うまくいかなくても大丈夫だよ、見ている人はいるからね、というメッセージでしょうか。

— 渋谷の街の風景が非常に印象的ですが、撮影はすべて渋谷で行ったのですか。

宇賀那3人が暮らす部屋は別の場所で撮ったのですが、ほぼ渋谷ですね。7月に撮影して来年1月に公開されるわけですが、これが来年の7月公開だったら、また見え方が全然違うと思うんです。渋谷も変わっているし、新国立競技場もできているだろうし。さらに5年後とか10年後には、どう観られるのか。オリンピックが成功か失敗かにもよるし、渋谷がどう変わっていくかにもよるし、映画自体は変わらないけど、すごく楽しみでもあります。

マルチな作業はストレス解消に

— 幅の広さはどこから来ているのでしょう。

宇賀那同じような作品を撮ってしまうと、下手するとそういう映画しか撮れなくなるのかもしれないという怖さをいつも抱えています。同時に、自分の中で違う映画を撮りたいという欲がある。1つのイメージにくくられたくないなという気持ちがあるんですよね。

宇賀那健一監督インタビュー— やりたい企画が次から次へと湧いてくるんですか。

宇賀那そうですね、聞かれれば何かしらあって、今も3本くらい脚本を書いています。ただ撮ると言って撮れないことも多いですからね。初長編の『黒い暴動♥』までが本当に撮れなかった。7年くらい動かしていた企画があったんですが、数か月後にクランクインという形でずっと延期だったので、いつ撮れなくなるかわからないというのが身についているんです。だから撮れるうちに、やりたいことができるうちにやらなきゃと思っています。

— 『魔法少年☆ワイルドバージン』では自ら配給、宣伝も手がけていて、超人的なバイタリティーだと思うのですが。

宇賀那でも同じ作業をずっとやるのはきついけど、逆にストレス解消になりますね。配給関係でメール作業に追われた後に『転がるビー玉』の宣伝で取材を受けて、新作の編集をして、別の企画を考えてって、違う作業なので割とリフレッシュできるんです。ただ配給などは、できれば僕がやらない方が作品にとってはいいのかなと思います。『魔法少年☆ワイルドバージン』に関しては何とか広めたいという強い思いがあって、いろんな人にコメントをもらったりしました。作品によってやり方を変えていかないといけないなと思っています。

押しつけから新たな出会いも

— 映画づくりのほか、Vandalismという会社を設立し、渋谷のセンター街で「ALTERNATIVEカフェ&ダイニングVANDALISM渋谷」というお店も経営しています。スクリーンで映画も上映できる空間ですね。

宇賀那健一監督インタビュー宇賀那来年の3月でお店ができて5年が経ちます。以前と比べて、映画上映の企画がすごく増えたとかすごく減ったということはないのですが、映画人が集まる場所にはなっているかなと思いますね。2年くらい前には、ここを拠点に「始発待ちアンダーグラウンド」という女性3人のアイドルユニットもデビューして、最近はありがたいことに外部でのライブが多くなっています。Vandalism一社出資の映画を作りたいなという望みもあって、僕の過去の作品に出演してくれた人だとか、ワークショップを受けてくれた人たちが絡んで、あの店だけの話を作るということをやってみたいのですが、いかんせん先のスケジュールが不透明で、なかなか踏み切れないんです。

その前に、まずは『魔法少年☆ワイルドバージン』の公開ですね。

宇賀那お客さんの入りとか、どういう反応かも含めて未知数ですが、ジャンル映画ではあってもすごく普遍的な内容なので、幅広い層に見ていただきたいですね。前作の『サラバ静寂』同様、今回もかなり音を作っているし、ほかのお客さんと一緒に笑い合うという、劇場で体感する映画になっていると思います。今は音楽でもYouTubeなどが勝手に自分に合ったお勧めを選んでくれる時代ですが、かつてはいい意味での押しつけから新たな出会いがあった。見る人がいないと撮る人も出てこなくなるし、コメディーとかホラーといったジャンル映画はできる限り撮っていきたいなと思っています。

 

プロフィール&ミニシア名物「靴チェック」!

宇賀那健一監督インタビュー 【宇賀那健一(うがな・けんいち)】
神奈川県出身。1984年生まれ。高校のころから俳優活動を始め、舞台『地雷を踏んだらサヨウナラ 魂夢』(2001)、映画『着信アリfinal』(2006/麻生学監督)、テレビドラマ『龍馬伝』(2010/NHK)などに出演。2008年、映画『発狂』で初監督。長編映画に『黒い暴動♥』(2016)、『サラバ静寂』(2018)。

靴はいつもコンバースのスニーカー、オールスターだそう。ほぼ毎日、履いていて、オールスターだけで40種類は持っているという。「カート・コバーンだったり、ラモーンズだったり、そんな音のにおいがするので好きですね」

 

作品・公開情報

『魔法少年☆ワイルドバージン』

(2019年/日本/103分)
監督:宇賀那健一
プロデューサー:司慎一郎、小野川浩幸
共同プロデューサー:小美野昌史
脚本:宇賀那健一、今田健太郎、今村竜士
撮影:八重樫肇春 照明:加藤大輝
録音:Keefar 助監督:平波亘 美術:岡田匡未
スタイリスト:松田稜平 ヘアメイク:中村まみ
特殊造形:土肥良成 VFX:若松みゆき
出演:前野朋哉、佐野ひなこ、芹澤興人、田中真琴、濱津隆之、斎藤工 ほか
配給:Vandalism © cinepoison ●公式サイト

【ストーリー】29歳で一度も恋愛経験のない星村(前野朋哉)は、会社での営業成績も最下位と、何をやってもうまくいかない。そんなある日、秋山(佐野ひなこ)というかわいい女性が入社してきて、星村が大好きなヒーローのファンであることを知る。

※2019年12月6日(金)より新宿バルト9ほか全国順次公開


『転がるビー玉』

(2020年/日本/94分)
監督:宇賀那健一 プロデューサー:戸川貴詞
共同プロデューサー:小美野昌史
キャスティングプロデューサー:當間咲耶香
脚本:宇賀那健一、加藤法子
音楽:佐藤千亜妃 撮影:古屋幸一
照明:加藤大輝 録音:茂木祐介
助監督:平波亘 美術:横張総
スタイリスト:小笠原吉恵 ヘアメイク:寺沢ルミ
出演:吉川愛、萩原みのり、今泉佑唯、笠松将、大野いと、冨手麻妙、大下ヒロト、日南響子、田辺桃子、神尾楓珠、中島歩、徳永えり、大西信満、山中崇 ほか
配給:パルコ © 映画『転がるビー玉』製作委員会 ●公式サイト

【ストーリー】再開発が進む渋谷にたたずむ古いシェアハウスで共同生活を送る愛(吉川愛)、瑞穂(萩原みのり)、恵梨香(今泉佑唯)の3人。モデル、雑誌編集、ミュージシャンとそれぞれの夢を追いながら、もがき悩む日々を送っていた。

※2020年1月31日(金)より渋谷WHITE CINE QUINTOほか全国順次公開

◎ゲストライター
藤井克郎(ふじい・かつろう) 1985年、フジ新聞社に入社。夕刊フジの後、産経新聞で映画を担当する。社会部次長、札幌支局長などを経て、2013年から文化部編集委員を務め、19年に退職。facebookに映画情報ページ「Withscreen.press」を開設し、同年12月にはwebサイト版「Withscreen.press」をオープン。

 

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