『雪の轍(わだち)』-冬のカッパドキアのホテルを舞台にした重厚な人間ドラマ。パルドール受賞作

  • 2015年06月27日更新

夏は観光客で賑わうが、冬は閑散とするカッパドキアのホテル・オセロ。閉塞感に覆われた空間で、「夫と妻」「兄と妹」間の軋轢が、哲学的要素を含む会話を通して表面化していく。一方、主人公である裕福な家主と貧しい借主一家との対照的な暮らしと、そこから生じる両者の言い分や考え方のずれも、シビアに描かれる。監督はトルコ映画界の巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン。チェーホフの短編3作が発想源だという。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。




雪に閉ざされた空間で吹き出した鬱屈した思い
トルコの人気観光地で洞窟ホテルを営み、裕福な生活を送る元舞台俳優のアイドゥン。だが、若く美しい妻や、離婚して出戻った妹との関係はぎくしゃくし、貸家の家賃を滞納している一家からは恨みをかっている。やがて冬になり、寒さでホテルに缶詰めになると、それまで彼らの中にくすぶっていた思いが噴出。お互い心をさらけだし辛辣な言葉を投げつけるが、彼らは相手を理解するどころかさらにすれ違いは深まるばかり。やがて、アイドゥンはある決意をする。


自尊心が激しくぶつかりあう会話劇
家事も人任せで毎日目的なく暮らすアイドゥンの妹のネジラは、彼が地元の新聞に書いているコラムを批判し、八つ当たりとしか思えない態度で議論を吹っかける。一方、ホテルの雑務を手伝うこともなく、アイドゥンの資産を使って慈善活動を行う妻のニハルもまた、ひとりよがりの論理をこねくり回し、夫にひどい言葉を投げつける。

そんな彼女たちに時には苛立ちながらも、なるべく声を荒げず鷹揚に接するアイドゥン。監督はこの2つのシーンで、彼女たちの身勝手さとアイドゥンの余裕のある寛容さを対比させる。なぜ、彼女たちは勝手な言い分をヒステリックに主張し続けるのかが疑問だったが、長い会話劇を追ううちに、彼女たちへの嫌悪感がやがて憐れみに変わっていく。

街を出たことさえない田舎の女性たちとは異なり、ネジラやニハルには外国やイスタンブールで過ごした経験があり外の世界を知っている。また、言葉の端々に知的さも漂わせている。だから、今の暮らしの中で、何の生産性もなく単調な日常生活を送っていることがもどかしく、自分の存在意義を感じられないことに焦燥感を覚えている。ニハルの場合は、夫の資産を使った慈善活動が唯一の心の拠り所なのだ。そして困ったことに両女性とも自尊心がかなり高いのである。

自尊心にこだわるのは、アルコール中毒者で逮捕歴のある家の借主イスマイルも同じこと。家賃滞納で強制執行人に家具を持ち出され、息子の前で警官に殴られたことは、イスマイルのプライドをずたずたにする。そのためアイドゥンを恨んでいる。

皆自尊心はあるのに、それに見合う人生を送っていないから不満が噴出し、攻撃的になるのだろう。一方、アイドゥンはどうなのか? 誰もが羨む生活をし、自分でもある程度人生に満足している。彼の自尊心は、脆さも秘めるが自己肯定感に満ちており、その姿が家族やイスマイルの心を逆なでするのかもしれない。


彼らはいったいどこに向かおうとしているのか
上映時間は3時間16分。まるで自分たちがこの奇岩をくり抜いたホテルでひと冬過ごし、濃密な人間模様を目の当たりにしたような感覚に陥る。
この地の冬の空のようにどんよりとした気持ちのまま、彼らはいったいどこに向かおうとしているのか。完全にすれ違ってしまった心は交わることはあるのか。だが、未来がないわけではない。雪に閉ざされた世界の中、一筋の光となるようなアイドゥンのある行動に、私たちの心も救われるだろう。

この人間ドラマに癒しを与えるのは、シューベルトのピアノソナタ第20番。重厚な作品を柔らかく美しい雰囲気に仕上げている。


▼『雪の轍(わだち)』作品・公開情報
原題:Kış Uykusu
トルコ・仏・独/2014年/196分/カラー/シネマスコープ
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
脚本:エブル・ジェイラン、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:ハルク・ビルギネル、メリサ・ソゼン、デメット・アクバァ、アイベルク・ペクジャン、セルハット・クルッチ、ネジャット・イシレル
提供:ビターズ・エンド、KADOKAWA、サードストリート
配給:ビターズ・エンド
●『雪の轍(わだち)』公式サイト

© 2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinema NBC Film

6月27日(土)より、角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

文:吉永くま

 

 

  • 2015年06月27日更新

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