『こっぴどい猫』 今泉力哉監督 インタビュー

  • 2012年08月07日更新


若者たちのリアルな恋愛模様を独特の空気感で映し出し、今もっとも注目を浴びる若手監督のひとり、今泉力哉監督。2012年8月現在公開中の『こっぴどい猫』では、60歳のモト冬樹氏を主演に迎え、総勢15人の男女と7つの三角関係が交錯する究極のダメ恋愛群像劇を描き、またもや新たな才能を見せてくれた。奥様である今泉かおり監督の『聴こえてる、ふりをしただけ』も劇場公開を控え、ご夫婦ともどもお忙しいなか、ご愛息と一緒にインタビューにいらした今泉監督。時折パパの顔を覗かせながら、本作の制作にあたっての思いやエピソードを語っていただいた。


「モトさんが主演ということ以外は何をやっても良いというお話だったので、そんなチャンスはないと思った」

― 映画『こっぴどい猫』は、モト冬樹さん生誕60周年記念作品として制作されたということですが、どういったいきさつで撮ることになったのでしょうか。

今泉力哉監督(以下、今泉) モト冬樹さんの所属事務所の社長さんが普段から自主映画もご覧になる方で、モトさんの60歳を記念してディナーショーなども良いけど、何か形に残るものを作れないかということで映画を考えていたらしいんです。たまたまそのタイミングで知り合いの映画制作者が社長さんとお話しする機会があって「映画って簡単に作れるのかね?」って相談されたらしく、「できる人いますよ」って自分のことを話してくれて(笑)。実際に作品を観て気に入ってくださったんです。そこから正式にお話をいただきました。

― オファーを受けた時点では、モトさんに対してはどういった印象をお持ちだったのでしょうか。

今泉 その時点ではテレビで観ていたままの印象というか、アーティストとして歌っている姿や物まね番組でのイメージしか無かったですし、映画『ヅラ刑事』(2006)みたいな、いわゆるテレビが求めているモトさんのキャラクターというか、芝居っぽい役の印象が強かったですよね。ただ、今回はありがたいことに、モトさんが主演ということ以外は何をやっても良いというお話だったので、そんなチャンスはないと思いました。でも、社長さんは俺の作品を気に入ってくれたけれども、はたしてモトさん自身が俺の映画で良いと思ってくださるのかな、という不安はありました。

「自分が得意としているストーリーにモトさんの役が存在するという形で良いんだと思えて、やっと書き始めることができた」

― モトさんが演じられる役のアイデアや、脚本のイメージはすぐに浮かんだのでしょうか。

今泉 全然すぐには浮かばなかったです。というのは、これまで若者たちのダメ恋愛ばかり書いてきたので、どうしてもモトさんの年齢や今までのイメージのほうに着想が引っ張られていて書けなくて。このままではダメだと思って、「一回、モトさんと飲ませて欲しい」って頼んだんです。脚本が進んでいないことは本人にも伝わっていたし、飲んで(腹を割って)話さないと始まらないと思いました。それで初めて実際にお会いしたんですが、モトさんは俺の過去の作品などをちゃんと観ていてくれて、ある程度気に入っていただいていて。「自分にとっても生っぽい芝居は挑戦になるし、もし今回の作品で失敗したとしてもまたやれば良いじゃん!」って言ってくださって。それで凄く気持ちが楽になりましたし、自分が得意としているストーリーにモトさんの役が存在するという形で良いんだって思えて、やっと書き始めることができました。

― 実際に作品を撮り終えて、監督から見た俳優・モト冬樹の魅力とはどういったものですか。

今泉 今回の役は、いろいろなものを削ぎ落として演じていただいたと思うのですが、素で持っていらっしゃるスター性とか大人の色気が凄くありましたし、元々は歌手なので、声がとても魅力的だなと思いました。印象的だったのは、モトさんってずっと芸能界でご活躍されてきたベテランなのに、本当に柔軟な方なんです。8日間で撮影したのですが、毎日台本が差し変わっても対応してくださいましたし。「現場で起こることや思いついたことは、そっちの方が正しいよね」って言ってくださって。ある程度のいい加減さや適当さを許せるというところがお互い似ていて、凄くやりやすかったですし、ありがたかったですね。

― 細かい演出を付けられたりはしたのでしょうか。

今泉 あまり細かい説明はしなかったですね。唯一演出を付けたということでは、モトさんは普段の動きが、どちらかというとスピーディーなんです。自分の映画ではもう少しゆっくり動いてほしいというリクエストはしましたけど、それくらいですね。あとはほとんど、そのまま演じていただきました。

「オーディションにはたまたま凄く面白い人ばかり集まり、それぞれのキャラクター活かしで脚本を書いた」

― ほかのキャストもとても個性的でした。キャスティングについてお聞かせください。

今泉 今回、製作をモトさんの所属事務所であるDUDES(デューズ)と1gramix.(イチグラミックス)という団体でしているのですが、1gramix.では若手監督が俳優ワークショップを開催して、その参加者の中からキャストを選出して映画を作るということをしているんです。今回はこの映画でワークショップ兼オーディションの募集をかけて、その参加者の中からキャスティングをしました。オーディションをしている時点ではまだ脚本が無かったんですが、たまたま凄く面白い人ばかり集まって、それぞれのキャラクターに当て書きというか、もともとのキャラクター活かしで脚本を書いていったという感じです。

― 個人的には崇役の平井正吾さんが凄くいい味を出していて、気になりました。

今泉 彼だけは役者経験のない普通の大学生で、なぜか応募してきたんですよ。でも、自分は(彼の芝居が)凄く好きですね。ただ、選んだ時は社長さんも「……平井くん、大丈夫か?」みたいなこともおっしゃっていて。芝居が初めてということもだし、品行的にも(笑)。別に暴れたりするわけじゃないけど、なんかおかしいんですよ(笑)。「映画公開前に捕まったりしないよね?」みたいなことを冗談で言われていて(笑)。それくらい平井くんは現場でも愛されキャラでした。ワークショップの時に、怒る芝居を平井くんが全然できなかったので「もっと怒って!もっと!」って言っていたら、急に「こらぁ!」って。「こらぁ」って何だよって(笑)。3日間のワークショップだったんですが、最終日には自分が平井くんをイジって皆がそれを見て笑っているというくらい打ち解けていました。

― カップル役の後藤ユウミさんとの掛け合いが本当におもしろかったです。

今泉 後藤さんが凄く芝居ができるので、そこは平井くんと後藤さんをセットにしたらハマるだろうなというのは考えてキャスティングしました。実は昨日も、このカップルのスピンオフで『ターポリン』という短編を撮影していたんです。

― 以前に拝見した監督のインタビューの中で、いつか素人からベテラン俳優まで含め、自分の好きなキャストを集めて作品を撮りたいということをおっしゃっていましたが、今回の作品ではそれを実現されたのかなと思っていました。

今泉 今回、オーディションはしていますけど、ある種それが叶ったという感じです。モトさんみたいな有名な方から演技経験の無い大学生まで、ほぼ自分の選んだ役者で映画を作ることができて、しかも低予算とはいえ制作費や監督ギャラまでいただいて。逆にこれだけ好きにやって映画がつまらなければ全責任は俺にあるっていうことになりますけど。恵まれた機会をいただいたと思っています。

「気まずいシチュエーションとか、真剣にやっているけどおかしいとかのほうが笑えると思っているので、そういったものにこだわって撮り続けていきたい」

― コメディにこだわって作品を撮りたいとおっしゃっていましたが、「笑い」という部分でダメ恋愛を題材に作り続けている理由は何でしょうか。

今泉 恋愛ものばかり書いている理由は、それしか書けないというのもあるんですけど、好きという感情って本当に曖昧なことだと思っているので、そのへんが人間の持つ滑稽さみたいなものに繋がりやすいのかなと思います。自分にとっては、分かりやすく笑わせるということよりも、例えば気まずいシチュエーションとか、真剣にやっているけどおかしいとかのほうが笑えると思っているので、そういったものにこだわって撮り続けていきたいですね。

― 笑いといえば、大阪のNSC(吉本総合芸能学院)に通われていたとか。

今泉 名古屋の大学で映画を勉強したのですが、卒業制作で撮った作品が全然だめで。「俺には映画は作れないんだ」と思って1度映画から離れて、大阪の吉本芸人学校に1年間だけ通いました。

「(ホスト時代の源氏名は) “マサオ” です(笑)」

― 大阪時代にホストをされていたというのは本当でしょうか……。

今泉 うわー、すごーい(笑)。取材で初めて聞かれた(笑)。大阪で最初にバイトを探した時に、求人雑誌で「夜の飲み屋バイト 時給1500円」というのを見つけて、面接に行ったらホストクラブだったんです。基本的に誰でも採用する店だったので、働くことになったんですが、初日にこりゃヤバいと思って。別に悪質な店とかではないけど、夜の店ってペットボトルのウーロン茶をタンブラーに入れたら2000円になるみたいな世界で、俺には無理だなと思って。初日に辞めるって言ったんですが、お店の契約で1ヶ月働かないと給料が出ないというのがあったのと、店が難波の心斎橋付近で、NSCに通っているとその店のキャッチをやっている人とかに必ず道で会うので、イヤな辞め方はできないと思って1ヶ月は働きました。やる気の無いホストだったので全然人気は無かったですけどね。

― 円満に辞めるために1ヶ月きちんと働いたんですね(笑)。ちなみに源氏名は……。

今泉 それがですね、「マサオ」でやっていたんです(笑)。リキヤの方がよっぽどホストっぽいんですけど(笑)。

― えー! ホストで「マサオ」って(笑)。なんでまた……。

今泉 実は映画にちょっとリンクしているんですが、『微温』(2007)とか『最低』(2009)に出てくる「正雄」も、小・中学校と同級生だったアンドウ マサオくんの名前から取っているんです。アンドウくんと自分って背がひょろっとしてパッと見のタイプが似ているんですが、向こうのほうが運動神経も良くて人気もあったので、憧れとまではいかないけど羨ましいのがあって、それで何かにつけ「マサオ」って名前を使っていたんだと思いますね。ずっと忘れていて、今思い出したんですけど。そのホストクラブは本当におもしろいキャラクター揃いでドラマみたいでした。いろいろ思い出しますね。うわー懐かしい(笑)。

― 是非いつかホスト時代のエピソードも作品の中で拝見したいです(笑)。

「深みはあるけど変な映画ではありたい、というのが今後の課題」

― 最近の作品の中には、変わらずダメ恋愛を描きつつもちょっと良い話というか、深さみたいなものも要素としてあると思うのですが、監督ご自身が精神的に変化してきている部分があるのでしょうか。

今泉 以前、「ふかや映画祭」で作品が入選したときに、審査員の鈴木卓爾監督から「今泉くんは、良い話から逃げているとは言わないけど、そういうのは歳取ったらいつでもできると思っているでしょう」みたいなことを言われて。そうは思っていなかったんですが自分には書けないと思っていると答えたら「もう良い話を作ってもいいんじゃないの?」って。言われた時はあまりピンと来ていなかったんですが、そういう影響もちょっとずつあって自分自身が変わってきているのかもしれないですね。まぁ、単純に良い話というとちょっと語弊はありますけど、山場の作り方も少しずつ変わってきているし、きちんとオチのあるものを作るようになってきましたね。ただ、ともすると自分らしさという部分が希薄になっていくんじゃないかという怖さもあって、深みはあるけど変な映画ではありたいというか、オリジナリティは残していきたいというのが今後の課題でもあります。

― ご結婚やお子さんできたことが作品に影響はされていますか。

今泉 自分の意識としてはあまり変わってないと思っていたのですが、結婚して嫁(今泉かおり監督)に作品の相談などもするようになって、そこでアドバイスされたことが影響しているのはあると思います。嫁のほうが自分よりもまとまりのある話を書ける人なので。

― そこで意見がぶつかったりはしないのでしょうか。

今泉 まぁ、ケンカはしていますよね(笑)。作品についての相談でケンカもしますけど、最近は俺が作品の数を作り過ぎていて、脚本が書けなくてイライラして八つ当たりしていて。嫁はずっと映画を撮っているわけではなくて普段は看護士をしているんですが、今は育児休暇で家にいるので自分が書いている横で子どもの服を作っていたりすると、「なにを呑気にミシンなんてかけてんじゃい!」とか、本当に八つ当たりです。それで家に居づらくなって漫画喫茶にこもったりして。

「原作ものや最初から役者が決まっている作品を自分がやれるのか? やるのか? という壁にぶつかっている」

― 漫画を読んで映画化をしてみたいと思うんですか?

今泉 いや、漫画喫茶では基本的に脚本を書くために行くので漫画は読まないですね。……あ、いや、ちょっと読むかな(笑)。でも漫画ははじめから絵が付いているのであまり自分が絵を付けようとは思わないですね。どちらかというと数は読まないですが小説のほうが、映画にしたらどうだろうと思うことはあります。

― 今後はどういった作品を撮っていきたいのでしょうか。

今泉 また商業映画もやりたいですし、もう少し予算が大きいものもやってみたいです。実際に原作ものの話もいただいているんですが、今まではオリジナルしか撮ったことがないので、原作ものや最初から役者が決まっている作品を果たして自分がやれるのか? やるのか? という壁にぶつかっています。もちろん今回のように好き勝手にやれることもそう無いでしょうから。

― 原作ものを撮ることにはやはり抵抗があるのでしょうか。

今泉 そんなことを言っていたら監督として食べていくのは無理だよ、と言われるかもしれないけど、基本的に原作ものはそれを本当に好きな人がやれば良いとは思っています。自分がそんなに興味を持てなくても引き受ける状況が今後は出てくるとは思いますが、その時に本当におもしろいものが作れるのかという不安はあります。……でも、まぁやるでしょうね。それと同じくらいオリジナルとか、好きな原作にもこだわりたいので、自主も作り続けていきたいですね。

― 今後の作品がとても楽しみです! 本日はありがとうございました。

《ミニシア恒例の靴チェック!》
▼今泉力哉監督 プロフィール
1981年福島県生まれ。自主映画『微温』『最低』がそれぞれ映画祭でグランプリを受賞。2010年『たまの映画』で商業デビュー、2011年『終わってる』を発表。2012年には音楽×映画をテーマにした映画祭「MOOSIC LAB」で審査員グランプリと監督賞をW受賞。近作にオムニバス映画『ヴァージン』に収録の『くちばっか』などがある。

▼『こっぴどい猫』作品・上映情報
2012年/日本/130分
監督・脚本・編集:今泉力哉
製作:手島昭一
エグゼクティブプロデューサー:小西亮一
出演:モト冬樹、小宮一葉、内村遥、三浦英、小石川祐子、平井正吾、後藤ユウミ、今泉力哉ほか
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
コピーライト:©2012 DUDES
『こっぴどい猫』公式ホームページ
※2012年7月28日(土)より新宿K’s cinemaにてレイトショー

取材・編集・文:min スチール撮影:仲宗根美幸

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