『フィア・オブ・ミッシング・アウト』河内彰監督&小島彩乃さんインタビュー

  • 2021年07月27日更新


親友を亡くした女性の “とり残される怖さ” と悲しみ、その先に見えてくる光景を描いた物語『フィア・オブ・ミッシング・アウト』が、2021年7月31日(土)より池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開される。メガホンを執ったのは、本作でPFFアワード2020入選を果たし、瀬々敬久監督や真利子哲也監督も才能を高く評価する注目の新鋭・河内彰監督だ。そんな河内監督と、最愛の人を亡くした深い喪失感を儚くも美しく演じ切ったイ・ソン役の小島彩乃さんにインタビューをした。独特の映像美の中に普遍的な温もりと刹那を見事に紡ぎ上げた二人の思い、とは——。

(取材:min 撮影:ハルプードル)


小島さんに初めて会った時、映画的な魅力をひと目で感じた

— お二人の出会いは2018年の「はままつ映画祭」だそうですね。お互いの第一印象をお聞かせください。

河内彰監督(以下、河内):映画祭では、田口敬太監督の映画『小世界』と、僕の映画『幸福の目』が、同じプログラムで上映されまして、上映後に田口組の皆さんがご挨拶に来てくださったんです。その中に小島さんがいて、「なんて、美しい人なんだ」と思いました。力強くて、儚くて、美しくて、そこから映画が始まるような印象があって、映画的な魅力をひと目で感じました。

小島彩乃さん(以下、小島):(照れながら)ありがとうございます。私は『幸福の目』を拝見して、感覚的な表現ですが、そこにしっかり“人”がいる作品を撮られる方だなと思って……すごく好きだなぁと思いました。実際にお目にかかった時は、想像していたよりもおだやかそうでお若くて、少し意外な印象を持ちました。作品を観て、どこか達観しているような印象があったので、もっと年齢が上の方だと思っていたんです。

— そこから本作の出演オファーまでの経緯は?

河内:それから本作の撮影までけっこう時間が経っていたんですけど、映画祭での強烈な印象が残っていたんです。シナリオを構想している時点では、大人のイ・ソンは登場しない予定でしたが、書いているうちに必要だなと思って、真っ先に思い浮かんだのが小島さんでした。

小島:監督から「こういう作品をやりたいんです」とご連絡をいただいて、久しぶりにお話ししたのですが、人が生きることであったり、生活することであったり、河内監督の考えやお話に共感する部分がすごく多くて。「ぜひ、出たい!」と思いました。

イ・ソンとして画の中の一部分になったような気持ちでいた

映画『フィア・オブ・ミッシング・アウト』メイン画像— 実際に一緒に映画を作られて、現場での河内さんはどんな監督でしたか?

小島:すごく自然に撮られるんです。イ・ソンが泣くシーンも、何となく始まって、いつの間にかカメラが回っていた気がします。「撮っていますから」ってあとで言われたような……。

河内:どうやって撮っていましたっけ?

小島:1、2回テストはしましたけど……覚えてないですね(笑)。

河内:僕も覚えてない(笑)。

— 覚えていないほど自然に(笑)。どういう演出をされる監督さんなのか、作品を拝見しながらとても気になっていました。

小島:あまり指示をされる監督ではないですね。現場では風景もたくさん撮られていて、私はその一部になったような、画の中の一部分のような気持ちでそこにいました。

河内:僕の作品には、一般の方にもたくさん出てもらっているんですけど、演技経験がない方に「映画を観る方に、こう見えるように動いてください」と声かけするのと、プロの俳優さんに声をかけるのでは随分違うと思っていまして。小島さんには、「こういう出来事があって、こういう気持ちです」とだけお伝えして、彼女が泣き始めただけで、もう充分に引きのある画になるんです。きっと、誰が撮ってもすごくいい画になるだろうと思うくらい。あまり声をかけなかったのは、そういう部分もあったと思います。

— すばらしいですね、小島さん。どうやってイ・ソンになれたのでしょうか。

小島:もちろん役づくりの段階で、イ・ソンのバックグラウンドや気持ちや考えを想像することはします。そのイ・ソンの思いを持ったまま現場にいた、ということでしょうか……。

ローラー滑り台のシーンに溢れる多幸感。その撮影秘話とは?

—  イ・ソンが泣くシーンは、実際の台本にはどんな風に描かれていたのですか?

小島:台本は見ていないんです。私はあとから撮影に参加したのもあって、今までに撮られたシーンを見せていただいて、絵コンテを拝見して……それだけです。最初に企画書を拝見していましたけど。あ、でも、夜の公園のシーンは台本をいただきました。

— ローラー滑り台のシーンですね。韓国語のセリフは発音がすごく難しそうでした。

小島:ちゃんと言えているのか、自信はないですが……。

河内:PFF(ぴあフィルムフェスティバル)で作品を観てくれた韓国の方は、違和感なかったって言っていましたよ。

小島:そういえば、監督から一つだけ指示をいただいたのも、ローラー滑り台のシーンでした。“映画”という遊びのシーンで、普通にすごくおもしろくて笑っていたら、「笑い過ぎです」って(笑)。

— あのシーンのイ・ソンの笑い声、ほんとうにおかしくて楽しくてたまらないという感じで、旦那さんと一緒にいる時の幸福感が伝わってきて印象的でした。声はあとで録音されたのですか?

河内:イ・ソンが笑っているシーンだけをあとから抜きで撮ったんですけど、旦那さん役のサトウヒロキくんが「僕が笑わせますよ」って、小島さんの前に立って変な動きをしたりして(笑)。彼はすごくエンターテイナーなんですよ。

小島:本当におもしろくて(笑)。普通にすごく笑ってしまいました。

— 映画のシーンそのものの、なごやかな空気が伝わってくるエピソードですね。

主演のユジンさんの健康的な魅力から物語を着想

— 河内監督は、主演の方との出会いからインスピレーションを受けたり、物語を思いついて映画を撮られたりすることが多いそうですが、本作のストーリーはどのように着想を得られたのでしょうか。

河内:おっしゃる通りで、本作で主人公を演じたYujin Lee(以下、ユジンと表記)さんとの出会いがあって、彼女の印象から物語を作り始めたんですけど、映画の終わり方を「良いのか悪いのかはわからないけれど、なんか良かった」と思えるようなものにしたいというのは、今作でやりたいことの一つとして最初からありました。

韓国語という要素を入れたのは彼女が韓国の方と知ってからですが、韓国語と日本語の壁を使えば、そういった終わり方ができるんじゃないかと思いつきました。

— ユジンさんのどんなところに魅力を感じて、声をかけられたのですか?

河内:仕事の現場でお会いして、働く姿を拝見した時に「なんて魅力的な方だ」と思って。美しい方ですが、それ以上に健康的なところにすごく魅力を感じました。というのも、かわいそうな人を映画で描くということに、自分自身で少し嫌気がさしている時だったので、おこがましいですが自分の映画にヘルシーな人が出てきた時に、自分がどうアプローチできるかが気になっていたんです。そんな時にユジンさんに出会って、映画のはじまりを感じました。

どれだけ詩的になるか、そのための表現を常に探っている

— 河内監督の作品は、ストーリーとともに、独特の映像美や視覚表現が高く評価されていますね。本作でも、深い喪失と誰かを思う温かな感覚の共存といった言葉で表し難い繊細な心象風景を、夜闇や光の表現、俯瞰や長回しといったカメラワークで巧みに表現されています。

河内:映画を映画たらしめるアプローチとして、僕はそこに人が映っていなくても伝えられる何かがあるんじゃないかと思っていて、人物がたくさん映っている映画が多い中、自分は風景から感じることも日々多いんです。そういったことを映画の中に持ち込めないかとか、しっかりある絵コンテの中で自分が求めている映画表現がどこまでできるかというのを実験的にやっていきました。常に手探りなので、どういうカタチになるのか実は最初にあまり考えていないんですけど、皆さんのおかげできちんとパッケージできて、すごくよかったと思っています。

— ストーリーと映像表現は、どのように構築していくのですか? 例えば、ストーリーに合わせた映像表現を考えるのか、映像表現ありきで、それに合わせてストーリーを動かしていくのか……。

河内:大まかなあらすじは作りますが、どちらかというと画の要素が大きいと思います。例えば、サトウヒロキくん演じる刑事が、ビルの屋上で逃走する犯人(演:安楽涼)を射った時に、犯人がどんどん若返って、最後はその母親に銃口を向けているというシーンは、以前から温めていたものです。この作品じゃなくても使えたと思いますが、サトウくん自身がすごく正義感の強い人なので、刑事役ならそのトリックが使えると思って入れこみました。

自分にとって、あらすじはそんなに必要なことじゃなくて、“その人”が映ってくれていれば画としては成功で、演者には「ここでこういうことを話してほしい」ということだけを伝えます。あとは、全体がどれだけ詩的になるかを考えてシーンを紡いでいきます。

作家として一貫して表現したいテーマは「思い出」

— 河内監督が作品を通して、最も表現したいと思っていることは何でしょうか。

河内:僕は、映画は「思い出」だと思っていて、作家として一貫して自分が表現したいテーマでもあるんです。

— 「思い出」?

河内:はい。僕の映画の恩師で、実験映画の作家である末岡一郎さんが、映画に関する語源を紐解いていくと“心象風景”という意味も含まれているというようなお話をされたことがあって。「誰かの思い出は、その人だけの映画と言えるかもしれない」とおっしゃっていたんです。学術的なお話だったのですが、僕はそれをすごくロマンティックな意味にとらえて。

自分が普段観ている映画は誰かの生活だし、街なかで見かける何気ない光景が好きなのは、そこに自分が映画を感じている気がしているからで。そういう感覚も、映画から教えてもらった美しい光景も、広い意味で「映画は思い出」という言葉でくくっているんです。そういう映画が撮れたらと、日々心を砕いています。

— その広い意味での“誰かの思い出”を、より情緒的に感覚的に再現する手段として、“人を映す”ことや、“心象風景を視覚化する映像表現” に心を込めていらっしゃる、ということでしょうか。

小島:だから、共感とか共有みたいなものを感じられるんですね。

河内:だと、ありがたいです(笑)。

— 私の感想で恐縮ですが、本作を観ている間、自分が映画の中にいたような気がしていました。着地場所をなくした感情の浮遊感や、夜のパーキングエリアの蒸した空気と排ガスの混じった匂い、陽の光の中だからこそハッキリと見えるものもあるけど、夜闇に浮かび上がるやわらかな街灯りの一つひとつの中に、見知らぬ誰かの営みを感じたり……。そういった自分自身の記憶の断片を重ね合わせていたし、映画を観終わってもしばらくその中に佇んでいるような感覚がありました。

河内:うれしいです。ありがとうございます。

時間の経過と共に揺れ動く悲しみを、経験をもとに体現


— イ・ソンの悲しみや喪失感を体現された小島さんは、あらためてどんな思いでこの役に向かわれたのでしょうか。

小島:映画の企画を聞いた時に、自分自身も大切な人のことを思いましたし、自分の経験した感情が作品の中で生きたらいいなという思いはすごくありました。例えば、誰かと別れたり、大切な人いなくなった時って、その時よりも、しばらく経ってからその人がいないっていう感覚が自分の体に入ってきて、まるで自分の体が減ったような感じがあったりして。そんな風になって、また何ヶ月かして、突然人生で一番悲しい日がくるような……。そんな感じを伝えたかったように思います。

— その感覚、とても分かる気がします……。

河内:撮影前に小島さんから、「夫を亡くしてから、どれくらい月日が経っていますか?」と質問されたんです。それによって、イ・ソンの泣き方もどんな悲しみに触れているのかも違ってくるからと。さすがだなと思いましたね。すごく印象に残っています。

小島:監督は、半年とか数ヶ月は経っているイメージだとおっしゃられて、なるほどと思って。夫を亡くした直後や、もう少し早い時期の設定だったら、もっと大泣きしていたと思います。

演じる人の持っているものを借りて映画にしている

— 本作では、小島さんの顔を真正面から大きくとらえたシーンが多くあるわけではないのに、小島さんの美しさや表情がとても印象に残りました。監督が意識してそう見せようとされたのか分からないですが……。

河内:人は後ろ向きに歩くと時間が逆戻るという噂がありまして。なので、イ・ソンがだんだん逆戻っていって暗闇に消えていくシーンを入れたんですが、あのシーンには、小島さんに最初に会った時に感じた儚さや、暗闇に消えていきそうな印象を真正面からとらえたいという思いがありました。顔をアップにしようというのは当日急に決めたことですが、そこだけはしっかり、小島さんの顔を撮るぞというのは決めていました。

周りの方からも「小島さんがよかったね」とすごく褒めていただきますが、僕自身はご本人の持っているものを借りて映画にしていると思っていますので、それはやはり映画というよりも、この作品を理解してくださった小島さんのすばらしさだと思います。

— 小島さんの豊かな感性と、監督の演出の妙とで生まれたシーンの数々だったのですね。ポスタービジュアルには、どどーんと小島さんの横顔が描かれていますが。

小島:見た時はびっくりしました(笑)。わぁ、おっきい! って。でもすごくうれしかったです。

— なぜか私もうれしかったです。うわぁ、小島さんだぁ!! って(笑)。

河内小島:あははははは(爆笑)。

“フィア・オブ・ミッシング・アウト” に込めた思い

— 小島さんは、完成した作品をご覧になって、率直にどんな感想を持ちましたか?

小島:率直に、おもしろかったです。感情を細かく説明するわけではないけど、じわじわ感じる部分があって、最後に胸がきゅっとして。いろんな気持ちにさせてくる映画だなと思って。それと、映像ってすごいなと心から思いました。映像とシーンを重ねていくとこういうものができるんだ……って、うまく説明できないですが……すみません。

河内:いやいや、説明しづらい映画ですよね。すみません(笑)。

— 説明するのは難しいけれど、見やすい作品ではあると思います。きっと誰もが感じたことのある普遍的な感情や、記憶が描かれていると思いますので……。最後に今さらですが、本作のタイトルはどのように決められたのですか?

河内:実は、最後にタイトルを付けまして。『フィア・オブ・ミッシング・アウト(Fear of missing out』を直訳すると「取り残されることへの恐れ」なんですけど、英語の頭文字をとった「FOMO(フォーモ)」というネットスラングがあって、そのスラング自体はわりとチャラけた意味なんです。例えば、「私がいない間にパーティーで盛り上がっていたんじゃないの? 私、FOMOだわー」みたいに使うらしいんですけど。

けど、言葉だけを見た時はすごく悲しいんですよね。日本語だと、例えば太陽の「陽」という文字だけを見てもいろいろな意味があるじゃないですか。英語にしたのは、ストレートでシンプルに元の意味だけが強く残る言葉がいいと思って。なおかつ、実際に使われている意味とは違うものがいいと思って。そう思っていた時に、偶然この言葉を知って、これだと思いました。

— そうだったんですね。きっとこの映画を観終わったあと、このタイトルもじわじわ心に沁みてくると思います。ぜひ、多くの方に劇場でご覧になっていただきたいです。本日は、貴重なお話をありがとうございました!

河内小島:ありがとうございました。

 

プロフィール

河内彰(かわち・あきら)
1988年兵庫県出身。主に都内でCrashi Films(クラッシュアイ フィルムズ)として映画の制作を行う。2017年に真理子哲也、瀬々敬久らに選出されCHOFU SHORT FILM COMPETITION 19thにて、映画『光関係』でグランプリを受賞、注目を集める。2019年 池袋シネマ・ロサ「二人の作家 河内彰×松本剛」にて二週間の特集上映で劇場公開デビュー。2020年『Fear of missing out』がぴあフィルムフェスティバル(PFF)ほか各映画祭にて上映、話題となる。


小島彩乃(こじま・あやの)
​1984年生まれ、神奈川県藤沢市出身。大学在学中に小劇場舞台に出演し、ドラマデビュー。以後舞台、映画、CMなどに出演。近年の出演作に『恋愛依存症の女』(2017年/木村聡志監督)『誰もいない部屋』主演(2019年/田口啓太監督)『Red』(2020年/三島有紀子監督)『マニブスの種』(2021年/芦原健介監督)などがある。趣味は野球観戦。特技はドラム。

 

作品 & 公開情報

『フィア・オブ・ミッシング・アウト』
【STORY】親友のイ・ソンを亡くしたユジンは、彼女の残したボイスレコードを発見する。ここにいない友と通じ触れながら、ユジンは思い出と現在の時空を行き交い始める。街のネオン、夜のとばり、彼女の車が向かう先は——。

(2019 年/36 分/日本/カラー/DCP)
監督・脚本・編集・撮影:河内彰
出演:Yujin Lee、高石昂、小島彩乃、スニョン、サトウヒロキ、レベッカ、藤岡真衣、横尾宏美、安楽涼、鏑木悠利、三田村龍伸
協力:金子尚景 音楽:mu h 宣伝デザイン:Do Ho Kieu Diem
配給:Cinemago 配給協力:ギグリーボックス
製作:Crashi Films
© Crashi Films

▼同時上映(※一部劇場)
『IMAGINATION DRAGON』
(2020年/15分/日本/日本語/カラー/DCP)
監督・脚本・編集・撮影:河内彰
出演:YUUJI KIKUTA、YUUNA KANEOYA、KEISUKE KAWASAKI、A-BOW、NONO
協力:3331 Arts Chiyoda 英訳:Emily McDowel 音楽:mu h
配給:Cinemago 配給協力:ギグリーボックス
© Crashi Films

『フィア・オブ・ミッシング・アウト』公式サイト

※2021年7月31日(土)より池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

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