9月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2024年08月31日更新

9月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

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9/6(金)公開『とりつくしま
9/6(金)公開『ナミビアの砂漠
9/13(金)公開『ぼくのお日さま
9/14(土)公開『あなたのおみとり
9/20(金)公開『ぼくが生きてる、ふたつの世界
9/20(金)公開『本日公休
9/21(土)公開『満月、世界
9/27(金)公開『憐れみの3章
9/27(金)公開『Cloud クラウド


『とりつくしま』

思いを残して死んだ人たちがとりついたモノとは

死んだ後に何かモノにとりつくことができたら。そんな東直子の小説を原作に、娘である『ほとぼりメルトサウンズ』の東かほり監督が、幻想的で心温まる映像世界を構築した。〈トリケラトプス〉は、交通事故で命を落とした若い妻のこはるが夫の大好きなトリケラトプスの絵が描かれたマグカップにとりつく。部屋の片隅から毎日、愛する夫の姿を見ていたが、ある日、夫が若い女性を伴って帰宅し……。ほかに幼稚園児が公園の青いジャングルジムにとりついた〈あおいの〉、祖母が孫に買ってあげたカメラにとりついた〈レンズ〉、母親が野球のマウンドで中学生の息子が手にする粉にとりついた〈ロージン〉と、それぞれのとりつきが情感豊かに描かれる。定点観測があったり、持ち主が変わったりと、4編はそれぞれ映像表現が異なり、ワークショップでキャスティングされた出演者の素朴な演技も相まって、懐かしくも切ない思いに駆られる。とりつくしま係として進行役を務める小泉今日子の優しいいざないも味わい深い。(藤井克郎)

2024年9月6日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/89分) 監督・脚本:東かほり 出演:橋本紡、磯西真喜、小泉今日子 ほか 配給:ENBUゼミナール ©ENBUゼミナール


『ナミビアの砂漠』

無軌道ながらも切実な現代の若者の内面に迫る

ぴあフィルムフェスティバルで話題を呼んだ『あみこ』の山中瑶子監督による本格長編第1作は、あの河合優実を主役に圧倒的な映像力で青春がほとばしる異色作だ。カンヌ国際映画祭の監督週間に選出され、国際映画批評家連盟賞に輝いている。美容脱毛サロンで働くカナは自由奔放に生きながら、どこか満たされない思いを抱いていた。自宅ではいつもカナに優しい同棲相手のホンダが待っていてくれるが、一方で刺激を求めてクリエイターのハヤシとも深い仲になっていく。山中監督は「自分の頭で考えられないやつばっか増えていく」といった刺激的なせりふをちりばめ、人間の深淵をのぞき見るような表現で無軌道ながらも切実なカナの内面に迫っていく。河合のはじけまくる演技力も相まって、映画とは別次元の新たな芸術形態が誕生している瞬間を目撃しているような興奮を覚えた。藤井克郎

2024年9月6日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/137分/PG12) 脚本・監督:山中瑶子 出演:河合優実、金子大地、寛一郎 ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ © 2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

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『ぼくのお日さま』

自己表現の苦手な少年が氷上で心を奪われた瞬間

『僕はイエス様が嫌い』で鮮烈なデビューを飾った奥山大史監督の待望の長編第2作。子どものころに経験したフィギュアスケートを題材に、自らの脚本、編集に撮影もこなして、思春期ならではの繊細な気持ちの揺れを白いリンクに刻み込んだ。自己表現が苦手な小学6年生のタクヤはアイスホッケーの練習中、フィギュアスケートに励む一つ年上のさくらの姿に心を奪われる。ホッケー用の靴でフィギュアのステップをまねるタクヤの思いに気づいたさくらのコーチ、荒川は、自分のスケート靴をタクヤに貸してあげるが……。スケート経験のある越山敬達、中西希亜良の主役2人が氷上で見せる微妙な心のひだを、まさにスケーター目線で自由自在に捉える奥山監督のカメラワークに目を見張る。美しくも残酷な青春の1ページを鮮やかに切り取った作劇の妙味にもうならされた。(藤井克郎)

2024年9月13日(金)より全国順次公開。9月6日(金)より東京・テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテで3日間限定先行公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/90分) 監督・撮影・脚本・編集:奥山大史 出演:越山敬達、中西希亜良、池松壮亮 ほか 配給:東京テアトル © 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

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『あなたのおみとり』

自宅で過ごす父と母の最後の日々を見つめる

末期がんに侵された父を、母は自宅で看取ることにする。そんな両親の最後の日々を『東京干潟』などの村上浩康監督が淡々とカメラに収めたドキュメンタリーで、一家族の単なる記録映像が普遍性を伴った実に深みのある映画になっていた。実家に戻ってきた父はベッドから動けないものの、満足そうな表情で母に食事を食べさせてもらう。介護士や看護師らの手際のよいサポートぶりに、母は感謝の言葉とともに「みんな月給が安くてかわいそう」とつぶやく。徐々に衰えていく父の姿、母がぽつりぽつりと語る思い出話など、映っているのは極めて個人的な情景なのに、現在の日本の高齢者介護の実態を如実に物語る。社会が抱えるさまざまな矛盾と、それでも決してなくならない人の温かさといったものが浮き彫りになっていて、じんと胸に迫ってくると同時に切実な思いにとらわれた。(藤井克郎

2024年9月14日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/95分) 製作・監督・撮影・編集:村上浩康 出演:村上壮、村上幸子 配給:リガード ©EIGA no MURA


『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

コーダの一人息子と母親との28年間のリアルな軌跡

耳の聞こえない両親から生まれた子どものことを指すコーダ(CODA)の青年の葛藤と成長を、『そこのみにて光輝く』の呉美保監督が吉沢亮の主演で力強くも丁寧に織り上げた。原作はコーダの作家、五十嵐大の自伝的エッセイで、主人公の両親役を実際に聾者の俳優の忍足亜希子と今井彰人が演じている。宮城県の港町に暮らす大は、小さいころから両親の耳代わりになってきた。思春期を迎え、大好きだった母を避けるようになった大は、やがて鬱屈した日々から逃げるように上京。手話のグループと知り合い、小さな編集プロダクションで働くうちに、徐々に家族への思いが変化していく。呉監督は、大が生まれてから28年間の家族の物語を、現実感のある誠実な描写でじっくりと見つめる。中学時代から登場する吉沢の違和感のなさもさることながら、母親を演じた忍足のあまりにもリアルな28年間の軌跡にぐっと胸が詰まった。(藤井克郎)

2024年9月20日(金)より全国順次公開。9月13日(金)より宮城県先行公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/105分) 監督:呉美保 出演:吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人 ほか 配給:ギャガ ©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

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『本日公休』

緩やかに変化する日常を街が柔らかく包む

映画『本日公休』メイン画像

台湾のフー・ティエンユー監督が、素朴な理髪店を営む母とその家族の日常を優しく紡いだ。台中で常連客相手に理髪店を40年間切り盛りするアールイ。女手ひとつで育てた子供たちは実家にあまり顔を出さず、次女の別れた夫だけが頻繁に気にかけてくれる。ある日彼女は遠方の常連客が病に伏していることを知り、店に「本日公休」の札を出して古びた車でその町に向かう……。家族それぞれが抱える葛藤も、変わらないようでいて緩やかに変化する毎日も、誰にでも訪れる老いも、ノスタルジックな雰囲気と人情が溶け合うこの街が柔らかく包み込む。手や櫛、ハサミで頭や髪に触れることはその人の人生にも触れること。病に伏す遠方の常連客の家まで足を運び、以前と同じように髪を整えるアールイの人情味溢れる誠実な人柄に、心がほぐれていく。ささやかに見える市井の人々の暮らしをこんなにも情緒豊かに描き出した物語の余韻に、いつまでも浸っていたくなった。(吉永くま)

2024年9月20日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/台湾/106分)原題:本日公休 英題:Day Off 監督・脚本:フー・ティエンユー 出演:ルー・シャオフェン、フー・モンボー、ファン・ジーヨウ ほか 配給:ザジフィルムズ / オリオフィルムズ  © 2023 Bole Film Co., Ltd. ASOBI Production Co., Ltd. All Rights Reserved


『満月、世界』

中学生の心の揺れを繊細な感性で紡いだ小品集

田辺・弁慶映画祭で4冠に輝いた『空(カラ)の味』の塚田万理奈監督が、16ミリフィルムで10年をかけて子どもたちを撮影するプロジェクト『刻』での出会いから誕生した短編2本をオムニバス映画として上映する。『満月』の主人公、満月(みつき)は、小説を書いたりアイドルの歌を聴いたりするのが好きな中学生。人と接するのがあまり得意ではなく、夜中にカエルの声に耳を傾けたりする彼女の、将来が見えないことに焦りを感じてもいる些細な心の揺れを、しっとりとした映像で紡ぎ出す。一方の『世界』も中学生の秋が主人公で、吃音を抱え、寝たきりの祖母と暮らす彼女の日常と、シンガーソングライターのゆうみの活動を並行して描く中で、それぞれが持つ「世界」が浮かび上がってくる。どちらも塚田監督ならではの繊細な感性が光る小品で、『刻』の完成が今から楽しみだ。(藤井克郎)

2024年9月21日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/66分) 監督・脚本:塚田万理奈 出演:満月、涌井秋、玉井夕海 ほか 配給:Foggy


『憐れみの3章』

ちょっとおかしな人たちのおかしな物語を演じ分け

『哀れなるものたち』など常に世界をあっと言わせてきたギリシャ出身の鬼才、ヨルゴス・ランティモス監督が、またも奇妙奇天烈な傑作を世に問うた。3つの章で構成されるが、設定もストーリーも関連はない。登場人物も1人を除いて接点がないが、主立った役を演じる俳優は3本とも出演しているという凝りようだ。『R.M.F.の死』は、食事も性生活もすべて上司の指示に従ってきたロバートが、初めて拒否したことから起こる悲喜劇を不条理に描き出す。続く『R.M.F.は飛ぶ』『R.M.F.サンドイッチを食べる』もちょっとおかしな人たちのおかしな物語が進行するが、見ているうちにむしろおかしいのは見ているこちらかもと思えてくるから不思議だ。極端なクロースアップにピアノだけによる不協和音と、独特の演出も癖になる。エマ・ストーンやウィレム・デフォーら芸達者が別人格を嬉々として演じ分けているのも楽しい。藤井克郎

2024年9月27日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/イギリス、アメリカ/164分/R15+)原題:KINDS OF KINDNESS 脚本・監督・製作:ヨルゴス・ランティモス 出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー ほか 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

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『Cloud クラウド』

ネット転売で日銭を稼ぐ男を襲うおぞましい事態

今年3作品が劇場公開される黒沢清監督の3本目は、インターネットに依存する現代社会の病巣と人間の底知れぬ不気味さを極上の娯楽性で味付けし、文句なしに面白い作品に仕上げた。ベネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に選出されている。ネットを利用した転売で日銭を稼いでいる吉井は、勤務先のクリーニング工場を退職。郊外の湖畔に住居兼事務所を構え、恋人の秋子と新しい生活を始める。だが転売業で大きく儲けようとしていた矢先、吉井の周りで不審な出来事が相次ぐようになり……。菅田将暉演じる吉井をはじめ、出てくる人物がことごとく善悪や愛憎のバランスが狂っていて、こんなおぞましい事態を引き起こすという予想外の展開にぐいぐい引き込まれる。心の中の不確かさをバイオレンスという形で提示した黒沢監督の創造性には、改めて舌を巻くばかりだ。(藤井克郎)

2024年9月27日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2024年/日本/123分) 監督・脚本:黒沢清 出演:菅田将暉、古川琴音、窪田正孝 ほか 配給:日活、東京テアトル ©2024「Cloud」製作委員会

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