8月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2023年07月31日更新

8月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

LINE UP
8/4(金)公開『インスペクション ここで生きる
8/4(金)公開『はこぶね
8/5(土)公開『ミャンマー・ダイアリーズ
8/11(金祝)公開『アウシュヴィッツの生還者
8/11(金祝)公開『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男
8/12(土)公開『キエフ裁判
8/18(金)公開『明ける夜に
8/18(金)公開『高野豆腐店の春
8/19(土)公開『オオカミの家
8/25(金)公開『エリザベート 1878
8/25(金)公開『君は行く先を知らない
8/25(金)公開『卒業~Tell the World I Love You~

更新情報:8月2日に『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』を追加掲載しました。


『インスペクション ここで生きる』

海兵隊を志す同性愛ホームレス青年の決意

2005年、アメリカ。10代で母親に見捨てられ、ホームレス生活を送ってきたフレンチは、自分の居場所を求めて海兵隊に志願することを決意する。出生証明書を書いてもらうため、久しぶりに母親のもとを訪ねるが、母親はどうしても息子が同性愛者であることを認めることができなかった。これが長編デビュー作となるエレガンス・ブラットン監督の実体験に基づいた作品で、ゲイの黒人である主人公が苛烈な海兵隊の訓練を経て成長していくさまが、リアリティーあふれる描写でつづられる。『フルメタル・ジャケット』の時代と変わらぬ不条理なしごきに耐えて晴れて海兵隊員になった息子の雄姿を、母は満面の笑みで迎える。と、次の瞬間の表現に、アメリカでさえもいまだに厳然と残る偏見と差別の根深さが痛切に伝わってきて悄然とした。(藤井克郎)

2023年8月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/アメリカ/95分/R15+)原題:THE INSPECTION 監督・脚本:エレガンス・ブラットン 出演:ジェレミー・ポープ、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーヨ ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.


『はこぶね』

目の見えない男の何気ない日常に寄せるさざ波

事故で視力を失った芳則は、地方の小さな港町に一人で暮らしていた。恩着せがましい伯母や認知症の祖父とときどき交流があるものの、代わり映えのしない穏やかな生活を送っていたある日、かつて一緒に通学していた幼なじみの碧と偶然に出会う。碧は東京で役者をしているはずだった。2022年の田辺・弁慶映画祭とTAMA NEW WAVEの両映画祭でグランプリに輝いた作品で、IT企業の営業から転身した大西諒監督の長編第1作に当たる。毎日、釣りを楽しみながらのんびりと生きる芳則が碧と再会したことで起きる心のさざ波が、繊細ながらも印象に残る音声で紡がれる。ワイドなシネスコサイズの画面に映し出された海辺の町並みはとりたてて特徴的なわけではないのに、芳則役を演じる木村知貴の自然なたたずまいとともにぐっと胸に迫ってくるから不思議だ。(藤井克郎)

2023年8月4日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/日本/99分) 監督・脚本:大西諒 出演:木村知貴、高見こころ、内田春菊 ほか 配給:空架 -soraca- film ©2022 空架 -soraca- film


『ミャンマー・ダイアリーズ』

匿名映画人の作品とSNS映像でつづる抵抗の記録

2021年2月1日に起きた軍事クーデターで、自由と民主主義が押さえつけられたミャンマー。この映画は、軍事政権に抵抗するミャンマーの若手作家たちが危険を顧みずに創作した作品に、一般大衆がSNSなどで発信した記録映像を織り交ぜて構成されている。冒頭、ベランダで日課のエクササイズをする女性の背景に軍隊が集結していく不穏な映像に始まり、デモ隊への銃撃や市民の連行など、政権による横暴が次から次へと映し出される。そんな現実の悲劇がちりばめられる中、匿名の映画人によるフィクションも作り手の怒り、悲しみがにじみ出て、胸に迫ってくる。恋人を失った男性が身を清めて自死の道を選ぶという1編は、現実か演出かを通り越して震えを覚えた。「私たちの声を聞いて」と訴えるミャンマーの人々の思いが、こういう映画になることで少しでも多くの人に伝わることを願うばかりだ。(藤井克郎)

2023年8月5日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/オランダ、ミャンマー、ノルウェー/70分)原題:Myanmar Diaries 監督・制作:ミャンマー・フィルム・コレクティブ(匿名のミャンマー人監督たちによる制作) 配給:E.x.N ©The Myanmar Film Collective


『アウシュヴィッツの生還者』

ナチスの収容所を生き抜いたユダヤ人ボクサーの実話

ナチスのユダヤ人収容所から生還し、アメリカでボクサーとして活躍したハリー・ハフトの実話を、『レインマン』の名匠、バリー・レヴィンソン監督が創意あふれる描写で映画化した。1963年、妻子に恵まれ、静かな暮らしを送るハリーは、アウシュヴィッツでの苦く悲惨な体験と、戦後、ボクシングで名を上げたものの壁にぶち当たっていた苦難の過去を思い出していた。レヴィンソン監督は、3つの時代をモノクロとカラーの色味を変えて表現する。中でも驚くのは、ハリーを演じたベン・フォスターのなりきりぶりだ。がりがりの収容所時代と筋骨隆々のボクサー時代、そして中年太りになった今と、同一人物とは思えないほどの肉体改造で、ハリーが味わった艱難辛苦を具現化する。彼がどうやって生き抜いたかに鮮烈な反戦のメッセージが込められていて心に響いた。(藤井克郎)

2023年8月11日(金祝)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/カナダ、ハンガリー、アメリカ/129分)原題:The Survivor 監督:バリー・レヴィンソン 出演:ベン・フォスター、ヴィッキー・クリープス、ビリー・マグヌッセン ほか 配給:キノフィルムズ ©2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』

赤裸々に明かされる奇才タランティーノの素顔

映画『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』メイン画像クエンティン・タランティーノの素顔と創作の秘密に迫るドキュメンタリー。初監督作『レザボア・ドッグス』(1992)から第8作『ヘイトフル・エイト』(2015)までに出演した俳優、プロデューサー、スタッフらが彼との逸話を明かす。苛烈なバイオレンスとユーモア、過去作品へのオマージュといったタランティーノ作品の特徴的なシーンの裏側に加え、作品同士の意外な繋がりや、まだ無名だった彼に『レザボア・ドッグス』の出演をオファーされた際のマイケル・マドセンとティム・ロスの本音など、興味深いエピソードが山盛りだ。さらに、女性性への敬意や差別・権力への批判眼といったタランティーノ自身に根付く正義感をも紐解く。監督はリチャード・リンクレイターのドキュメンタリー映画でも評価されたタラ・ウッド。本作から見えたのは、ハリウッド随一の映画オタクで、純粋な興奮をもって作品を撮り続け、仲間たちへ深い愛情を示すタランティーノの姿。「長編映画を10本撮ったら映画監督を引退」と公言し、非公式ながら進捗の噂も聞こえ始めた今、唯一無二のその軌跡を振り返るのも一興だ。(富田旻)

2023年8月11日(金祝)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2019年/アメリカ/101分/R15+)原題:QT8: THE FIRST EIGHT 監督・脚本:タラ・ウッド 出演:ゾーイ・ベル、ブルース・ダーン、ロバート・フォスター ほか 配給:ショウゲート © 2019 Wood Entertainment

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『キエフ裁判』

言葉にできない絶望の言葉にならない証言

ベラルーシで生まれ、ウクライナで育った映画作家、セルゲイ・ロズニツァ監督のアーカイヴァル・ドキュメンタリー最新作。記録映像だけで構成された作品で、2021年の『バビ・ヤール』で描かれたナチスによるユダヤ人大量虐殺の戦争犯罪を裁く法廷の記録がつづられる。被告人や証人と検察官とのやり取りに場内を埋め尽くした傍聴人の表情から、ウクライナでどれだけむごたらしい出来事が起きたかが浮き彫りになる。中でも教会の神父が言葉にできないほどの絶望を体験した老婦人と出会ったときの証言はそれこそ言葉にならず、こんな極限の表現があるんだと戦争の恐ろしさを再確認した。キーウ市街地の広場での公開処刑の映像も生々しいが、ここで今、ロシア軍による激しい攻撃が行われているかと思うといたたまれない。都市空爆の映像でつづる『破壊の自然史』と同時上映。(藤井克郎)

2023年8月12日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/オランダ、ウクライナ/106分)原題:The Kiev Trial 監督・脚本:セルゲイ・ロズニツァ 配給:サニーフィルム ©Atoms & Void


『明ける夜に』

夏の終わりの一夜を描く、なにげなくもエモーショナルな青春群像劇

映画『明ける夜に』メイン画像就活中の山ノ辺とキミ、元高校球児の秀一と野球部のマネージャーだった凛子、コンビニでアルバイト中の健斗とキョーコ、若者たちが過ごす8月31日から9月1日にかけての一夜を描く青春群像劇。田辺・弁慶映画祭ほか国内映画祭でグランプリ2冠を含む複数の賞に輝いた新鋭・堀内友貴監督による注目の長編デビュー作だ。大人になる手前のモラトリアムとその終幕を、一般的に学生の夏休み最終日である8月31日に重ね、あのなんとも言いがたい寂しさ、未知の日々への不安と期待が入り混じる感覚とともに描きだす。大きな展開こそないが、さりげなく繊細なキャラクター描写とオフビートなユーモアを散りばめた巧みな脚本に引き込まれた。夜道に光る自販機、海、花火、明けていく空、雨などの何気ないシーンも心の琴線に触れ、終盤はなぜか泣き笑いしたいような気持ちで鑑賞した。キミ役の花純あやのをはじめ、若者ならではのみずみずしさや初々しさを体現するキャスト陣もいい。(富田旻)

2023年8月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/95分)英題:All Summer Long 監督・脚本:堀内友貴 出演:五十嵐諒、花純あやの、としお理歩、米良まさひろ ほか 配給・宣伝:工藤憂哉、宮本陽香


『高野豆腐店の春』

穏やかで変わらぬ日々に訪れる新しい出会いの行方

尾道を舞台に、豆腐店を営む頑固な父親と明るく気立ての良い娘が織りなす物語。今年デビュー60周年を迎える藤竜也と麻生久美子が親子を演じている。風光明媚な港町の一角に店を構える高野(たかの)豆腐店。夜明け前からこだわりの大豆でおいしい豆腐を作り始めるのは、職人気質の父と町の人気者の春だ。2人は店の常連や昔ながらの仲間たちと穏やかで変わらない日々を過ごしているが、やがてそれぞれに新しい出会いが訪れる……。平成の終わり頃という時代設定だが、お節介で人情深い人々や昔ながらの商店など昭和の香りに溢れ、大きな水槽の中のぷるんとした豆腐、湯気が立ちのぼる豆乳も作品に魅力を添える。この温かい日常に“新しい出会い”という小石を落としたら、どんな変化が起こるのか。過去のつらい歴史も織り込まれた脚本に、平凡だが平和な日常のありがたさを身に染みて感じた。(吉永くま)

2023年8月18日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/120分)監督・脚本:三原光尋 出演:藤竜也、麻生久美子、中村久美 ほか 配給:東京テアトル ©2023「高野豆腐店の春」製作委員会


『オオカミの家』

立体と平面が交錯する革命的なアニメーション

南米チリのクリストバル・レオンとホアキン・コシーニャの両監督がストップモーション・アニメーションで創作した初の長編映画で、これまでに見たことのない革命的な映像世界が広がっていた。かつてチリに実在し、さまざまな犯罪の温床になっていたドイツ系移民のコロニーをモチーフにしている。厳しい罰に耐えきれず、ドイツ人集落を飛び出した少女マリアは、逃げ込んだ小屋で2匹の子ブタを手なずけるが……。人も動物も装飾も、無から形成し、無に崩していく過程を、立体と平面を交錯させながら見せていく手法が驚きのはるか上を行く。しかもカメラはズームイン、ズームアウトを繰り返し、見る者に呼吸を整わせる隙を与えない。気の遠くなるような手間を惜しまない無限の創造性に震えた。『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が製作を務めた短編『骨』と同時上映。(藤井克郎)

2023年8月19日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2018年/チリ/74分)原題:La Casa Lobo 英題:The Wolf House 監督・脚本・撮影:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ 声の出演:アマリア・カッサイ、ライナー・クラウゼ 配給:ザジフィルムズ ©Diluvio & Globo Rojo Films, 2018


『エリザベート 1878』

史実の合間にある知られざる葛藤

美貌で知られるハプスブルグ家最後の皇妃エリザベート。本作では、その波乱に満ちた人生のうちの1878年という1年、40歳の時の出来事に焦点を当てた。オーストリア皇妃エリザベートは、自分の容姿の衰えに敏感になっていた。公務にもますます窮屈さを覚え、夫の皇帝フランツ・ヨーゼフや娘とも距離を感じる毎日。情熱や刺激を求めて、かつての恋人や古い友人を訪ねる中、自分らしさを取り戻すためにある計画を思いつく……。クロイツァー監督と主演のヴィッキー・クリープスが、何とも独特なエリザベートを作り上げた。その欝々とした表情や投げやりな態度、心の隙間を埋めようとして行う言動にひりひりした痛みを感じる。若い頃のイメージを保つためにコルセットで身も心も締め付ける一方、人生の渇きを潤すために“何か”を求め時にエスカレートする皇女。有名な史実の合間の知られざる葛藤は、時代や国、社会的地位を超えて女性たちに共感をもたらすはずだ。(吉永くま)

2023年8月25日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/オーストリア、ルクセンブルク、ドイツ、フランス/114分/PG12) 原題:Corsage 監督・脚本:マリー・クロイツァー 出演:ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマイスター、カタリーナ・ローレンツ ほか  配給:トランスフォーマー、ミモザフィルムズ © 2022 FILM AG – SAMSA FILM – KOMPLIZEN FILM – KAZAK PRODUCTIONS – ORF FILM/FERNSEH-ABKOMMEN – ZDF/ARTE – ARTE FRANCE CINEMA


『君は行く先を知らない』

能天気に見える家族の意味深長なドライブ旅行

『白い風船』のイランの巨匠、ジャファル・パナヒ監督の長男、パナー・パナヒ監督の長編第1作で、ある家族のドライブ旅行を通して政治や社会をブラックな笑いで風刺した寓話的な作品になっている。砂漠の一本道を1台の車が走っていた。ハンドルを握るのは長男で、後部座席では足をけがしている父親が無邪気にはしゃぐ幼い次男に悪態をつく。助手席では母親がカーステレオから流れる歌謡曲に合わせて口ずさんでいる。道中、自転車レースの選手をはねて先頭集団近くまで乗せていくなど、一見、能天気そうに見えるドライブの目的は何なのか。家族の過去も未来も全く示されない中から、彼らが迎える別れと決意がにじみ出る演出が見事。離ればなれになる長男にあえて将来への気がかりについて尋ねた父親の胸の内など、意味深長な描写の数々に若い才能の片鱗を感じた。(藤井克郎)

2023年8月25日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/イラン/93分)英題:HIT THE ROAD 監督・脚本・製作:パナー・パナヒ 出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハ、ヤラン・サルラク、アミン・シミアル ほか 配給:フラッグ ©JP Film Production, 2021


『卒業~Tell the World I Love You~』

タイの若手イケメン勢ぞろいの青春アクション映画

奨学金で中国留学を目指す優等生のケンはある晩、チンピラ集団に暴行を受けていたボンを助ける。ボンはどうやら薬物を持ち逃げした疑いで組織から狙われていた。ケンは親友のタイの家に居候していたが、ボンの仲間とみなされ、タイの兄が営むチキンライス店も組織に襲われる。親友に迷惑をかけられないケンは、ボンの祖母が住む郊外の家に身を寄せるが……。これが39作目となるタイのポット・アーノン監督による青春映画で、大仰な音楽がのべつ幕なしに流れる中、激しいアクションが繰り広げられる。とほほなユーモアとつなぎの悪さはB級プログラムピクチャーの趣だが、出てくる役者がアイドルっぽい若手イケメンばかりで、恐らくタイ本国では彼らのファンが熱狂して見るのだろう。タイの大衆映画の現状を垣間見ることができて興味深い。(藤井克郎)

2023年8月25日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/タイ/107分)英題:Tell the World I Love You 監督・脚本:ポット・アーノン 出演:スラデット・ピニワット(バース)、タナポン・スクムパンタナーサーン(パース)、シラホップ・マニティクン(ネット) ほか 配給:ギャガ ©2021 FLIM GURU CO. LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

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