5月公開映画 短評 ―New Movies in Theaters―

  • 2023年05月01日更新

5月公開映画の中から、ミニシアライターが気になった作品をまとめてピックアップ! あなたが観たいのは、どの映画!?

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5/5(金祝)公開『EO イーオー
5/5(金祝)公開『ウィ、シェフ!
5/12(金)公開『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像
5/12(金)公開『TAR/ター
5/12(金)公開『ライフ・イズ・クライミング!
5/20(土)公開『あの子の夢を水に流して
5/20(土)公開『老ナルキソス
5/26(金)公開『aftersun/アフターサン
5/26(金)公開『波紋
5/27(土)公開『ぼくたちの哲学教室


『EO イーオー』

意思を持たないロバに翻弄される人間の悲喜劇

『出発』『アンナと過ごした4日間』などで知られるポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督が、ロバが主人公のロードムービーという唯一無二の衝撃作を世に問うた。サーカス団で飼われていたロバのEOは、動物愛護団体の抗議で、最愛のパートナーであるカサンドラと引き裂かれてしまう。村から村へとさまようEOは、いななきでサッカーの勝敗を決し、孤独なトラック運転手の話し相手になるなど、さまざまな人間に喜び、怒り、悲しみをもたらす。特に意思があるわけではないEOに、人間の側が思惑を持って接触し、翻弄される。いわばEOは自然の営みの代弁者で、人間がコントロールした気になっても、実はロバに踊らされているだけだという寓意性が小気味よい。スコリモフスキ監督の80歳を超えてなお若々しいチャレンジ精神に感服した。(藤井克郎)

2023年5月5日(金祝)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/ポーランド、イタリア/88分)原題:EO 監督・脚本・製作:イエジー・スコリモフスキ 出演:サンドラ・ジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、イザベル・ユペール ほか 配給:ファインフィルムズ © 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED


『ウィ、シェフ!』

移民問題と美食を絡めた社会派コメディ

映画『ウィ、シェフ!』メイン画像移民の子供たちを調理師として育成しようとするシェフの姿を描く、フランスの社会派コメディ。⼀流レストランのスーシェフ(副料理長)カティはスターシェフと⼤ゲンカして店を⾶び出す。ようやく⾒つけた職場は、移⺠の少年たちが暮らす⾃⽴⽀援施設。まともな⾷材も器材もなく不満をぶつけるカティに、施設⻑のロレンゾは少年たちを調理アシスタントにするアイデアを提案する……。移民の保護・自立という難しい問題を、フランスの美食と絡めて明るく描くことで、このテーマへの意識をさらに喚起する。また、強制送還の可能性もある少年たちの苦難の過去やその後など、ビターな現実も浮き彫りに。魂が込められた料理は人々の心を動かすという、人と食が持つ可能性を示してくれる作品。日本語タイトルでもある「ウィ、シェフ!」という言葉がもたらす士気や一体感が清々しい。(吉永くま)

2023年5月5日(金祝)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/フランス/97分) 原題:La Brigade 英題:Kitchen Brigade 監督:ルイ=ジュリアン・プティ 出演:オドレイ・ラミー、フランソワ・クリュゼ、シャンタル・ヌーヴィル ほか 配給:アルバトロス・フィルム © Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution – France 3 Cinéma – Pictanovo -Elemiah- Charlie Films 2022


『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』

祖父の言葉を胸に刻んで生きる少年の成長物語

1980年代のニューヨーク。公立の小学校に通うユダヤ系の少年、12歳のポールは、黒人のクラスメート、ジョニーと仲良くなる。だが2人のちょっとした悪さが学校で問題になり、ポールは私立学校への転校を余儀なくされる。厳格な両親に優秀な兄と、家の中で疎外感を抱くポールにとって唯一の理解者は、いつも優しく耳を傾けてくれる祖父だった。『アド・アストラ』などのジェームズ・グレイ監督による自伝的な作品で、差別問題など社会性も絡ませて、現代にも通じる普遍的な成長物語に仕立てた。アンソニー・ホプキンス演じる祖父の「高潔な人間であれ」という言葉が、それまで真剣に物事に対峙することを避けてきたポールの心に鋭く突き刺さる。取り返しのつかない心の傷を抱えてどう生きるのか、と観客の一人一人に問いかける監督の思いに心が震えた。(藤井克郎)

2023年5月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/アメリカ、ブラジル/115分/PG12)原題:Armageddon Time 製作・監督・脚本:ジェームズ・グレイ 出演:アン・ハサウェイ、ジェレミー・ストロング、バンクス・レペタ、アンソニー・ホプキンス ほか 配給:パルコ ユニバーサル映画 © 2022 Focus Features, LLC.


『TAR/ター』

わが世の春の天才女性指揮者に忍び寄る暗雲

俳優出身のトッド・フィールド監督が、『リトル・チルドレン』以来16年ぶりに手がけた話題作で、ベネチア国際映画祭で女優賞に輝いた主役のケイト・ブランシェットの鬼気迫る熱演には、驚異を通り越して感動を覚える。世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルの首席指揮者を務めるリディア・ターは、才能の赴くままにわが世の春を謳歌していた。ジュリアード音楽院の講義でも、指揮者の卵を相手に容赦なく厳しい言葉を浴びせるが、そんな楽壇の女王に暗雲が忍び寄る。とにかくブランシェットのなりきりぶりがすさまじく、ドイツ語を駆使して見事なタクトさばきを見せるリハーサル風景をはじめ、本物の天才指揮者にしか見えない。破滅的な結末へと突き進む衝撃の展開に加え、演奏場面は見た目も音楽も完璧で、フィールド監督の徹底ぶりに舌を巻いた。(藤井克郎)

2023年5月12日(金)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/アメリカ/159分)原題:TÁR 監督・脚本・製作:トッド・フィールド 出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス ほか 配給:ギャガ © 2022 FOCUS FEATURES LLC.


『ライフ・イズ・クライミング!』

目の見えないクライマーが目指す驚異の壁

パラクライミングの視覚障害クラスで世界選手権4連覇を成し遂げたコバこと小林幸一郎さんと、その目となってサポートするサイトガイドのナオヤこと鈴木直也さんの2人の挑戦に密着したドキュメンタリー。これが劇場映画初となるテレビ畑の中原想吉監督が手がけた。16歳でフリークライミングと出合ったコバさんは28歳のときに目の進行性難病を発症。今は全く視力を失っているが、ナオヤさんのガイドで競技用の壁だけでなく、自然の岩山にも挑み続ける。そんな2人が目指したのは、米ユタ州の砂漠地帯に突き出たフィッシャー・タワーズだった。ドローンも駆使して間近に捉える崖の映像は迫力満点で、こんな驚異の壁を目の見えない中、どうして登ることができるのか。見る側の想像力を最大限にかき立てる異色のドキュメンタリーの誕生に興奮した。(藤井克郎)

2023年5月12日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/89分) 監督:中原想吉 出演:小林幸一郎、鈴木直也、西山清文、エリック・ヴァイエンマイヤー ほか 配給:シンカ © Life Is Climbing 製作委員会


『あの子の夢を水に流して』

子を亡くして帰省した女性がたどる豪雨被災地

映画作家だけでなく、アートプロジェクトの企画を手がけるなど幅広く活躍する遠山昇司監督が、2020年の豪雨災害で被災した故郷の熊本県八代市を舞台に、地域と暮らしを見つめる心象風景を織り上げた。生まれて間もない息子を亡くした瑞波は、10年ぶりに生まれ故郷の八代に帰ってくる。幼なじみの恵介と良太に再会した瑞波は、3人で豪雨災害の傷跡が残る球磨川を巡り歩くが……。ストーリーを追うというよりも、水害でダメージを受けた風景と、遠山監督が紡ぎ出す言葉が絡み合って、流域に暮らす人々の思いの一端が浮かび上がってくる。瑞波役の内田慈がリュックを前に抱えて、まるで赤ん坊をあやすように優しく触れるしぐさなど、表現力の巧みな俳優だからこそ醸し出される空気感が、今までにないテイストの劇映画たらしめていた。(藤井克郎)

2023年5月20日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/日本/70分) 脚本・監督:遠山昇司 出演:内田慈、玉置玲央、山崎皓司 ほか 配給:bench ©「あの子の夢を水に流して」製作委員会


『老ナルキソス』

粋がって生きてきた孤独な高齢同性愛者の再生

ゲイの絵本作家でナルシストの山崎は、寄る年波に孤独感を募らせていた。ある日、男娼のゲイボーイ、レオと出会った山崎は、その若さと美しさのとりこになり、恋心を抱く。だがレオには隼人という同棲中のパートナーがいた。トランスジェンダーの女性が主人公の短編『片袖の魚』が話題を呼んだ東海林毅監督が、2017年の同名短編作品を長編化。パートナーシップ制度や同性婚の動きなど、性的マイノリティーに関する社会情勢も盛り込んで、高齢の同性愛者が味わう孤独と悲しみを、娯楽性をたっぷりと詰め込んで描いた。自己愛だけで粋がってきたこれまでの人生をちょっぴり反省して、何とか前向きに生きていこうと再生を試みる老人の思いが胸を打つ。老いらくの恋をできるだけ美しく撮りたいという意図がにじみ出ていて好感を抱いた。(藤井克郎)

2023年5月20日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/日本/110分/R15+) 脚本・監督:東海林毅 出演:田村泰二郎、水石亜飛夢、寺山武志 ほか 配給:オンリー・ハーツ © 2022 老ナルキソス製作委員会

◆関連記事:『偏愛ビジュアリスト/東海林毅ショートフィルム選』— 異色にして珠玉の短編4作を一挙上映!


『aftersun/アフターサン』

父とリゾート地で過ごしたひと夏のいとおしい瞬間

20年前、11歳のソフィは、離れて暮らす父親と2人で、夏休みをトルコのリゾート地で過ごした。ホテルの手違いから、予約していたツインではなく、一緒のベッドで寝ることになったソフィは、31歳と若い父親との微妙な距離を感じつつ、親密で貴重な時間を共有する。だが最後の日、別々の行動を取ったソフィが部屋に戻ると……。スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督の初長編作品で、31歳のソフィが過去を思い起こすという形で、ひと夏の切なくもいとおしい瞬間がつづられる。一切の説明的なせりふを排し、ぶつ切りのショットによる情景描写と出演者の表情だけで表現する手法から、父娘2人の心の揺れとソフィの成熟がひしひしと伝わってくる。トルコの印象的な風景とホームビデオの粗い画像との対比など、若い監督の映像センスにもしびれた。(藤井克郎)

2023年5月26日(金)より全国公開 公式サイト 予告編動画
(2022年/イギリス、アメリカ/101分)原題:aftersun 監督・脚本:シャーロット・ウェルズ 出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール ほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ © Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022


『波紋』

狂気と凄みを孕む演技に戦慄

『かもめ食堂』の荻上直子監督が歴代最高の脚本と自負するオリジナル作品。波紋、聖水、プール、雨など“水”をキーワードに、放射能や介護、新興宗教、障害者差別など深刻な社会問題を織り込んだ。依子は毎日枯山水の庭を手入れしながら新興宗教を信仰し、ひとり穏やかに暮らしている。ある日長い間失踪していた夫が突然帰宅。高額のがん治療費用を出してほしいと頼まれる。そして家を出た息子からは障害のある彼女を結婚相手として紹介される。依子は次々と降りかかる出来事を受け止めきれず、さらに宗教にのめりこみ、黒い感情を抑えつけようとするが……。自分の意志とは裏腹に増幅する負の感情。張り付いた笑顔や虚ろな目、歪んだ表情でそれらを表現する依子役の筒井真理子の演技は狂気と凄みを孕み、時に戦慄を覚えるほどだ。依子の中で何かが弾け、抑圧から解放へと移行する瞬間を、鮮やかに華やかに見せる監督の手腕にも感服する。(吉永くま)

2023年5月26日(金)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2023年/日本/120分) 監督・脚本:荻上直⼦ 出演:筒井真理⼦、光⽯研、磯村勇⽃ ほか 配給:ショウゲート © 2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ


『ぼくたちの哲学教室』

深く思考することで始まる紛争解決への一歩

北アイルランド紛争の対立が長く続いたベルファストにあるホーリークロス男子小学校で行われている哲学の授業を、数年間にわたって見つめたドキュメンタリーで、アイルランドのナーサ・ニ・キアナン監督とベルファスト出身のデクラン・マッグラ監督が共同で務めた。哲学といっても、「やられたらやり返すのか」といった身近なテーマで、子どもたち同士で賛否を論じさせるというもの。陣頭指揮を執るケヴィン・マカリーヴィー校長は、エルヴィス・プレスリーをこよなく愛する人情味あふれる先生で、暴力が暴力を生んだ紛争への反省から、いじめや喧嘩には厳しい態度で臨む。何か問題が生じると、まずは落ち着かせて深く思考させる。それこそが哲学だと語るケヴィン校長の平和を希求する信念が痛切に伝わってきて、心に染みた。(藤井克郎)

2023年5月27日(土)より全国順次公開 公式サイト 予告編動画
(2021年/アイルランド、イギリス、ベルギー、フランス/102分)原題:Young Plato 監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ 出演:ケヴィン・マカリーヴィーとホーリークロス男子小学校の子どもたち 配給:doodler © Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

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