摩訶不思議な不条理コメディが世界を熱狂させる理由—『異物 -完全版-』宇賀那健一監督&主演・小出薫さんインタビュー
- 2022年01月14日更新
宇賀那健一監督の最新作、『異物 -完全版-』が2022年1月15日(土)より渋谷・ユーロスペース他で全国順次公開される。本作は、2019年に制作されたエロティック不条理コメディ『異物』と、2020年以降のコロナ禍に果敢に挑みながら完成させた『適応』『増殖』『消滅』の4つの短篇作品が繋がった長篇作品だ。すでに20ヵ国70以上の海外映画祭に入選し、11のグランプリを獲得、あらゆるジャンルの映画祭の多種多様な部門で入賞を果たしている話題作は、一体どんな映画なのか? 宇賀那監督と、『異物』『消滅』の主人公・カオルを体当たりで演じた小出薫さんに作品への思いを聞いた。
取材:富田旻(min) インタビュー撮影:ハルプードル 撮影協力:VANDALISM 渋谷
誰の人生も「平等に不条理」
— 人々の生活の中に突然現れ、いつの間にか増殖していく“異物” の存在は、新型コロナウイルスと重なる印象もありますが、四部作の最初の短篇である『異物』は日本で新型コロナが蔓延する前の2019年に撮られているんですね。どういった思いから制作が始まったのでしょうか。
宇賀那健一監督(以下、宇賀那監督):2011年以降、東日本大震災なども経験して「がんばれば報われる」という言葉ですべてを片付けるのは、ちょっと難しい時代になってきたと感じていたんです。そんな中で、「不条理コメディを撮りたい」という思いが強くありました。不条理なことも起こりながら前を向くというか、最終的には不条理なことを笑い飛ばせるような作品を撮りたかったんです。
— はじめから四部作として構想されていたのですか?
宇賀那監督:2019年の10月に『異物』を撮って、その時点では四部作にするつもりは全くなかったんです。でも、2020年になって新型コロナの感染拡大が騒がれるようになって、結局現実のほうが不条理なことが浮き出てきてしまった。作品としてもっと鮮明に、不条理さとそれに翻弄される人々の滑稽さみたいなものを描かなくてはいけないと思ったんです。結果、1年かけて一連の作品を撮りました。
— 奇しくも時代と合致した作品でもあるんですね。コロナ禍になって不条理さを感じる反面、不本意な人付き合いも減り、この生活にも慣れてどこか愛着さえ感じている部分もある。本作を観ながら自分自身の矛盾も強く感じました。いつの時代も戦争だったり、震災だったり、政治だったり、日常にすら不条理なことは度々あって、映画では“異物”という特別なものとして描かれてはいるけど、実はいつでも身近にあるものじゃないかとも、本作を観て思ったんです。
宇賀那監督:不条理なことが起きると、皆「不平等だ」と怒ったりするけど、「平等に不条理なんだよ」というのはすごく言いたかったんです。不幸が何かは別として、誰もが平等に厄災が降りかかる可能性は持っていると認識するのは、ある意味でポジティブなことだと思うんです。そういうことを目指したいなとは思いました。いろんなことが起きて、過ぎ去ったあとにちょっと前を向くような映画にしたかったんです。
コミュニケーションの断絶を描くことで
それを取り戻すことが描けた
— 『異物』には理不尽な人間関係や、選択の自由があるのに不本意な状況に留まってしまう人間の滑稽さなど、ある種の社会的テーマが描かれていますが、『異物』と『適応』と並べて観た時には、ラブストーリーとしてのおもしろさもすごく感じました。2組のカップルの間で “異物” の介在の仕方がまるで違っていて、片や会話というコミュニケーションが断たれたカップル、もう一方はカップルの関係性を会話劇で描く。その対比が皮肉も効いていて絶妙におもしろかったんです。
宇賀那監督:長篇になってからラブストーリーと言われることが多くて、僕自身はすごく嬉しいんですけど、長篇化するまでは一切言われなかったんです。自分でも何となくそうだなとは思っていたんですけど、最終的にモントリオール・ヌーヴォー・シネマ映画祭の方が「この映画はロマンス映画だよね?」って聞いてくださって、「あ、確かにそうだな」と思って。
宇賀那監督:人間の孤独な部分に目線を向けるのは、これまでの作品でも僕がやりたかったことで、でも、なぜ孤独かというと、分かり合えない関係性が生まれているからで。そこに突然 “異物” が現れたことで変化が生じて、何か一つスッキリするというか。
“異物” 自体は良いものじゃないのかもしれないけど、それによって他者と分かり合えた人もいるかもしれない。それは震災だってコロナだってそうかもしれない。そういうポジティブな点を見付けることで、ラブストーリーと言ってくださる方が多くなったと思います。コミュニケーションの断絶を描くことによって、逆にそれを取り戻すことを描けたのは嬉しいし、そういう風に観ていただけるのもすごく嬉しいです。
— 『異物』のカオルとシュンスケ(田中俊介)は同じ空間にいるのに、二人の間には物理的にも心情的にもどうしても埋められない「すき間」がある。“異物” はそのすき間に貪欲に入り込んでくる。そういう立体的な空間を感覚的に描いた作品であるとも思いました。『増殖』ではロケーションも広がって、作品の雰囲気も変わりますね。
宇賀那監督:そうですね。『異物』は1つの家で起こった話、『適応』はカフェと外だけ、『増殖』はすごく広い世界を描いて、また最後に『消滅』で狭い世界に戻る。ミクロとマクロを同時に詰め込むというのも本作の1つのテーマでした。
複雑な感情を表情だけで魅せたニューヒロイン、小出薫の魅力
— 小出さんが『異物』で演じたカオルはセリフもほぼなく、表情のみで表現するという難役です。説明的な描かれ方が一切なく、観る方によって受け取り方も違うでしょうし、正解のない演技だと思うので、どのように役作りをされたのかがとても気になります。
小出薫さん(以下、小出):撮影前にカオルの気持ちになって何日間か過ごしたりしました。人と打ち解けられなかったり、思いを言えなかったり、自分の中のカオルに似ている部分をすくい取って並べて、日記や詩みたいなものを書いてみたり。その感情を自分の中に落とし込んでさらに染めていって、現場では自分が探し当てたものをそのまま出していきました。
宇賀那監督:僕は基本的にリハーサルをやらないんです。でも、今回は1回だけ撮影前に見せてもらって、現場ではほぼ完璧だったのであとは細かなところの感情の出方を調整するだけでしたね。
小出:その1回のリハーサルは、自分の中では大きかったです。他の女性たちがわーわー話している中にいる孤独な感覚とかを掴むことができましたし。実際の撮影も、他のキャストの方にとても助けられました。周囲がうるさくなればなるほど孤独になったし、シュンスケに冷たい表情でちらっと見られるほど、心がどんどん寂しくなるし。それを素直に出して、流れるプールに身を任せるような感覚で演じました。
— シュンスケの表情の冷たさといったら(笑)! 映像としてのカオルの孤独感の描き方もとてもユニークで、大袈裟な80年代風ファッションに身を包んだ女性たちは、モノクロ映像なのになぜかカラフルに映り、カオルだけが質素な服装で彩りのない世界を生きているようでした。クラシック映画の女優を彷彿とさせる強い瞳が印象的なのに、その瞳の奥には深い孤独や臆病さ、儚さが常に見えて、カオルの表情の一つひとつに胸を揺さぶられました。
小出:わぁ、嬉しいです……!
— 宇賀那監督はどのような理由で小出さんに出演オファーをされたのでしょうか。
宇賀那監督:小出さんは2017年に行った僕のワークショップ(以下、WSと表記)に参加してくれて、その時のお芝居が良かったので、一緒にやりたいとはずっと思っていたんです。ただ、作品として合うものがこれまでなくて。『異物』の企画が浮かんだ時に、大事なことが2つあると思ったんです。1つはセリフがないので表情で表現できる技術がある人。もう1つはこの脚本を理解してくれる人。どんなに演技がうまくても、この脚本は分からない人には分からないと思うので。小出さんは、僕の監督作『サラバ静寂』(2018)の感想を話してくれたり、何度か会話した中で感覚的に近いものを持っていると感じていたんです。
最初に脚本を読んだ時は……「何、コレ!?」
小出:2017年のWS後に『サラバ〜』を観て胸に刺さるものがあって、絶対に宇賀那監督と一緒にお仕事がしたいと思っていました。でも、WSから時間も経っていたので、まさか声を掛けていただけるとは思っていなくて。急に「今度短篇を撮ろうと思っているんだけど」とご連絡をいただいて。それで、最初に脚本を読ませていただいて……
小出:最初に脚本を読んだ時は……「何、コレ!?」って(笑)。
一同:あはははは(爆笑)。
小出:『異物』短篇だけだったので、脚本といっても紙が数枚でセリフもないですし。最初は驚いたんですが、シンプルな展開の中に監督のやりたいことが全部書いてあって、「絶対にやりたい!」と思ったんです。正式にオファーをいただいた時は、「うそでしょ!?」という心境でした。
— 私自身は映像化された作品を観て、内容や雰囲気を把握して質問をしていますけど、小出さんはそのわずか数枚の脚本を読んで、監督の表現したい世界観を読み取られたのはすごいと思います。
宇賀那監督:「コーヒーを淹れるカオル」とかしか、書いていなかったですからね(笑)。
小出:そうなんですよ。そこで場面が変わって、セリフも「……」しかなくて(笑)。
— はじめは監督の頭の中だけにあるイメージを作品化するために、他のキャストやスタッフの方たちに共有していく作業が必要ですね。それはいかがでしたか。
宇賀那監督:むちゃくちゃおもしろかったです。キャストもこれまで僕の作品に出てくれた方や、信頼している方ばかりだったし、スタッフも気心が知れている仲間だから、全員が意外にスっと分かってくれたんですよね。
— おそるべし、宇賀那組(笑)。監督は観る方に対しても、説明的な映画を作りたくないとおっしゃっていましたね。
宇賀那監督:説明したくないというより、読み取る余白を残したいという思いのほうが強かったかもしれないですね。セリフを入れないこともそうですし、最後まで“異物”を説明しないというのは頑に守りました。周囲からは「最後にちゃんとオチを付けたほうがいいんじゃない」とも言われたんですけど、それでは意味がないし謎解きの物語ではないので、観客側に委ねる物語を作りたいと思いました。
納品された “異物” に監督もびっくり
— “異物” の見た目のインパクトがなかなかにエグいですよね(笑)。どうやってあの造形が出来上がったのですか。
小出:衝撃のビジュアルですよね(笑)。
宇賀那監督:触手は最初から必要だと思っていて、「タコみたいな」というオーダーはしていたんですけど、造形部と打ち合わせしていく中で出来上がっていきました。表情は分からないようにしたかったので、目は無くそうというのは決めていました。実際に納品された時は僕もびっくりしましたね(笑)。サイズもけっこう大きいので。
— 見た目の感触もぬめぬめしているような、乾いているような、有機物のような無機物のような……本当に不思議な造形です。
宇賀那監督:作品にサイバー要素はないんですけど、海外の映画祭ではサイバーパンクとおっしゃる方もいて、『鉄男』(塚本晋也監督/1989)の影響を感じると言われることも多かったので、無機質な印象があるんでしょうね。ただ、効果音はグチュグチュした音をつけていて、そこで有機物っぽいし、そういった微妙なバランスは意識しました。
時代感を80年代に寄せ、映画愛を詰め込んだ
— 敢えて “異物” に目を付けなかったとおっしゃっていましたが、観ているうちに不思議と表情が見えてくるんですよね。
小出:そうなんです! 喜んでいる時は嬉しそうに見えるから、なんかかわいいと思ったり(笑)。『増殖』では“異物”が包帯を巻かれながらタバコを一服したりしていて、「変な映画だなぁ。私は今何を観ているんだろう」と思いました(笑)。
宇賀那監督:あははは(笑)。
— タバコを吸うシーンも随所に登場しますね。場所を選ばずに吸える時代の空気感や、女性たちのファッションなど、全篇を通して80年代後半〜90年代初頭を彷彿とさせるシーンが多く、その時代に特に注目を浴びた映画監督や作品へのオマージュも節々に感じました。デビッド・クローネンバーグっぽい “異物” のグロさだったり、『適応』の会話劇はジム・ジャームッシュ作品っぽかったり。今まで観たことのない作品なのに、どこか懐かしさも感じて、そういった部分にも不思議な味わいがありました。
宇賀那監督:『適応』は、「コーヒー&シガレッツ*&異物」って現場では言っていましたね。
*『コーヒー&シガレッツ』(ジム・ジャームッシュ監督/2003)
— モノクロ映像の雰囲気と、吉村界人さんの話し声がちょっとトム・ウェイツっぽいですよね。『増殖』には『E.T.』(スティーブン・スピルバーグ監督/1982)のパロディシーンも出てきました(笑)。ファッションについてはいかがですか。
宇賀那監督:まさに、衣装は「80年代の○○のような感じで」と発注していました。モノクロ映像も含めて、今作は時代感をすっ飛ばして描いたほうがおもしろいと思ったし、80年代に寄せることでファンタジー感をより出せると思ったんです。ジャームッシュとかスピルバーグは単純に自分が好きというのもありますけど、『魔法少年☆ワイルドバージン』(2019)以降、自分がこの作品が好きというのをちゃんと示していこうと思っていて。オマージュというよりも単純に僕の映画愛です。観て分かる人は笑ってくれるだろなという部分も含めて、詰め込みました。
温かさと熱狂で迎えられた海外映画祭
— 海外映画祭では、すでに20ヵ国70以上の映画祭に入選し、11のグランプリを獲得されています。すごい反響ですね。
宇賀那監督:海外の映画祭を視野に入れて作った作品ではあったのですが、正直驚いています。映画祭で本作を観た別の映画祭のプログラマーが招待してくださったり、他の映画祭のプログラマーに推薦してくれたり、とても光栄に思っています。
— 各国の映画祭ではどんな感想が多く寄せられましたか。
宇賀那監督:レビューも含めた感想でいうと、演出の部分ではやはり『鉄男』や『ポゼッション』(アンジェイ・ズラウスキー監督/1981)、ジャームッシュやクローネンバーグ作品の引用などもたくさんありましたね。あとは、葛飾北斎の『蛸と海女』という海女が巨大な蛸と性交している春画の引用もありました。
小出:『北斎漫画』(新藤兼人監督/1981)という映画で、樋口可南子さんがその海女に扮しているんですけど、私もその作品は拝見しました。
宇賀那監督:テーマ的な部分だと「コミュニケーションの断絶を描いている」とか、移民の話と絡めて書いてあるレビューもありました。外に向かって発言しない日本人ならではの思いと書かれていることも多かったですね。実際に現地に行ったのは、イタリアのトリノ映画祭カナダのモントリオール・ヌーヴォー・シネマ映画祭の2カ所ですけど、めちゃくちゃ温かく迎えられました。
小出:舞台挨拶をしている時も、観客の皆さんがニコニコしながら話を聞いてくださるんです。たどたどしいイタリア語の挨拶でも、英語のつたない挨拶にも、うんうんってうなずいてくださって。受け入れていただいている感じが、すごく嬉しかったですね。
— コロナ禍で現地に行くのも大変だったと思いますが、貴重な機会になられて本当によかったですね!
宇賀那監督:大変だったのは隔離期間があったことと、小出さんは他の映画の撮影スケジュールとの兼ね合いがあったので、その調整の部分ですね。
小出:撮影中の作品にご迷惑をかけないよう、何回か宇賀那監督にもお断りしたんですけど、別作品のスタッフさんたちが「映画に関わっている僕たちにとっても、海外の映画祭は夢だから行かせてあげたい」と、撮影スケジュールをわざわざ変更してくださったんです。すごく嬉しかったですし、せっかくなので体感してこよう、楽しんでこようと思い直して同行させていただきました。
映画祭の上映はほぼ全ジャンルを制覇!
「35年間でベストの映画」!?
— イタリアの国営放送「Rai4」の映画番組『Wonderland』にも、お二人でご出演されたとか。
宇賀那監督:司会の方が「35年間番組をやっていて、その中のベストだ」とおっしゃってくれたんです。その理由が「こんな映画観たことない」って(笑)。
— 最高の賛辞じゃないですか!
宇賀那監督:嬉しいですね。不思議ですけど、いろいろな自分の映画愛を詰め込んだら、結果観たことのない作品になったようで(笑)。でも、上映していただいた映画祭のジャンルも部門も、ドラマ、ホラー、サイコ、エロティック、コメディ、SF……と、ほぼ全部のジャンルを制覇したんじゃないかと思うくらい、多種多様なんです(笑)。
— そんな作品、ありそうでないですよね。小出さんも、カオルのような役を演じることは、今後もなかなかないでしょうね(笑)。
小出:なかなかないと思います(笑)。私は『異物』で全精神力を使い果たしたので、あとから『消滅』の出演オファーをいただいた時は、「どうしよう!?」と思いました。すでにカオルは『異物』で成仏させたつもりでいたので、「もう残ってないよ」と一瞬は思ったんですけど。でも、いざ現場に入ると、共演の田辺桃子さんの演技にすごく助けられて、「ああ、これで本当に成仏できるんだな」と感じられたので、結果的に演じられてよかったと思えました。
— 田辺さんの表情がまたすごいですよね。慈悲深いというかなんというか。
小出:そうなんです! もう引き込まれてしまって。目と目が合っているだけで、込み上げてくるものがあって。本当に涙が出てくるようで、不思議な方だなと思いました。
— でもそのあとのカオルの表情がまたすごく良くて。最後まで観たら、無性に感動している自分がいて。まさか、この作品でこんな感情を抱くとは思いませんでしたよ(笑)。
宇賀那監督:あははは(爆笑)。この映画には僕の『怒り』と『愛』と『祈り』を込めていて、それらが強くなればなるほど、圧倒的にくだらないものを目指したんです。
私の中を “異物” が通り過ぎて行き、役者人生が変わった
— 小出さんは、全精力を使い果たすほど尽力されて、この作品の出る前とあとで、ご自身の中で変化したことはありますか。
小出:あります! 私はもともと映画が好きで、映画に出たくて21歳の時に役者を志したんです。今は36歳なんですけど、これまでオーディションを受けてもなかなか受からないし、嬉しいことよりも、悔しいことのほうが圧倒的に多くて。人と自分を比べて落ち込んで、「夢は叶わない」と思いながら、どうして続けているんだろうと悩んでもいたんです。でも、『異物』で自分の中のものを100パーセント絞り出すことができて、そこで何かがパーンと抜けて、それ以来、人と自分を比べることがなくなりました。
— 大きな達成感を得て、何か突き抜けたんですね。
小出:自分に対して俯瞰的な目線も手に入れることができるようになりました。人によって時間軸は違うし、どこで成功するかも何を成功と呼ぶのかも、人それぞれで。私のペースで一歩ずつ進んでいくことができたら、自分でそれを正解としてあげようという気持ちになって。不思議なことに、それ以降オーディションにも受かるようになったんです! 自分の役者人生を変えてくれた作品だと思っています。映画の中だけじゃなく、実際に私の中を“異物”が通り過ぎて行ったんだと思っています。
— 今、お話を聞きながら、四部作の最終章、『消滅』のカオルの姿と、目の前にいる小出さんの姿が頭の中でリアルに重なりました。それと、“浄化” という言葉が思い浮かびました。これまで、この作品を観たあとの感情をうまく言葉にできずにいたけど、私が抱いた感情は “浄化” という感覚に近いのかもしれません。
宇賀那監督:嬉しいですね。『異物』『適応』『増殖』ときて『消滅』を描いて、僕自身も “異物” が消滅するという意味で作っていましたけど、今の話を聞きながら、ここ描いた “消滅” は、“異物” とは違うものだなと思いました。“異物” が増殖したことによって、それまで持っていた何かしらの孤独が消滅していくのかなと、僕も今、思いました。
絶対に映画館で体感してほしい映画!
— 最後に、宇賀那監督から読者に向けてメッセージをいただけますか。
宇賀那監督:「コロナ禍だから劇場に足を運んでくださいと言いにくい」と多くの映画関係者がおっしゃるんですけど、僕は絶対的に劇場で観てくださいと言いたいです。もちろん100パーセント安全とは言い切れないですが、それはどこでも同じです。消毒や換気など、劇場の方は感染症対策に全力を尽くしてくださっています。僕もキャストもスタッフも映画を作るために集って、映画館で観るための仕掛けも入れています。今作で言えば、音響がモノラルから急に5.1chになったりします。
映画って、見ず知らずの人たちと並んで1〜2時間暗闇に拘束されて、予告篇で何をやっていたとか、映画を観る前に何をしていたかとか、いろんなことで気分も左右されるかもしれない。だけどその映画の時間だけは観る方の時間を完全に奪っているんです。その空間で観るのが僕は映画だと思っているので、ぜひ映画館で体感していただきたいです。
プロフィール
監督・脚本/宇賀那健一(うがな・けんいち)
神奈川県出身。1984年生まれ。高校のころから俳優活動を始め、舞台『地雷を踏んだらサヨウナラ 魂夢』(2001)、映画『着信アリfinal』(2006/麻生学監督)、テレビドラマ『龍馬伝』(2010/NHK)などに出演。2008年、映画『発狂』で初監督。長篇映画に『黒い暴動♥』(2016)、『サラバ静寂』(2018)、『魔法少年☆ワイルドバージン』(2019)、『転がるビー玉』(2020)がある。
カオル役/小出薫(こいで・かおる)
1985年10月8日生まれ、埼玉県出身。大学在学中に女優デビュー。
以降、映画、ドラマ、CM、モデル、舞台など幅広く活動。主な出演作品は『サラリーマンNEO劇場版(笑)』、『神様のカルテ2』など。2017年日本映画テレビプロデューサー協会主催のアクターズセミナー賞選定オーディションにて「アクターズセミナー賞」を受賞。
作品・公開情報
【STORY】何かが噛み合わないカップル、カオル(小出薫)とシュンスケ(田中俊介)。そんな日々に不満を抱えているカオルのもとへ突然 “異物” がやってくる。そして最終的には二人のもとへ……。
その頃、トモミ(石田桃香)の働くカフェには、元恋人同士のコウダイ(吉村界人)とミナ(田中真琴)が訪れる。煙草をくゆらせながら神妙な面持ちで話をしはじめる二人……。
それから数カ月後、工場で働くリュウ(宮崎秋人)はとあるものを見つけ、事務員であるミサト(高梨瑞樹)とともに工場長のタケシ(ダンカン)にとあるお願いをしに向かうのだった。
そうして気が付けば、カオルのもとに “異物” が現れてから一年が経過していた。
一年前とうって変わって何かが吹っ切れた様子でとあるバーへ出かけたカオルは、謎の女(田辺桃子)と出会う……。
▼『異物 –完全版-』
監督・脚本:宇賀那健一
出演:小出薫、田中俊介、石田桃香、吉村界人、田中真琴、宮崎秋人、ダンカン、高梨瑞樹、田辺桃子
佐倉仁菜、春野恵、璃乃、宮藤あどね、樹智子、オクヤマ・ウイ、フカミ・アスミ、ムラタ・ヒナギク
エグゼクティブプロデューサー:中原隆(サウスキャット)
撮影・編集:小美野昌史 照明:加藤大輝、本間光平
録音・整音・効果:紫藤佑弥 音楽:小野川浩幸
助監督:平波亘、伊藤祥、猫目はち、工藤渉
スタイリスト:松田稜平、小笠原吉恵 ヘアメイク:中村まみ、寺沢ルミ、くつみ綾音
特殊造型:千葉美生、遠藤斗貴彦 VFX:若松みゆき
ポスタースチール:James Ozawa 製作:『異物-完全版-』製作委員会
配給:Vandalism ©『異物-完全版-』製作委員会
※2022年1月15日(土)ユーロスペース渋谷ほか全国順次公開
◆関連記事
- 2022年01月14日更新
トラックバックURL:https://mini-theater.com/2022/01/14/52082/trackback/