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『海辺の生と死』『月子』と、今年すでに2本の長編映画が公開された越川道夫監督が、2017年の最後に放つのは佐伯一麦の同名小説を基に描く大人のラブストーリーだ。東北の小さな街を舞台に、過去の記憶を失くした男と震災の辛い記憶を忘れたい女が惹かれ合う姿を、W主演を務める井浦新と黒川芽以が濃厚なベッドシーンを交えて繊細に演じきる。
撮影は『月子』に続き越川監督とタッグを組む名キャメラマンの山崎裕。音楽は『アレノ』以来の越川組となる澁谷浩次。深い孤独の中に優しい光を灯すような、叙情的な映像と音楽が心に染み入る。第30回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門出品作品。2017年12月23日（土）よりテアトル新宿ほか全国順次公開。

震災で心に傷を負った男女が出会い、心と体を寄り添い合わせる

震災による津波ですべてを失った由実は、福島県いわき市で工務店を営む叔母の家に身を寄せている。心の傷を心配する叔母から外に出るよう促され、路地裏の小さな飲み屋で働き始めた由実は、どこか謎めいた店主の杉谷に心惹かれていく。しかし、彼は過去の記憶を失い、自分がどこの誰ともわかず常に孤独に怯えていた。新しい名前で暮らし始めて8年。料理をしていた身体的な記憶だけを頼りに小料理屋を切り盛りし、倒れていた自分を保護した福祉課の木村や気のいい常連客など、温かな人々に囲まれながらも虚無感が拭えない杉谷。傷ついた魂を持つ2人は月と波のように引き寄せ合い、心と体を寄り添い合わせるようになる……。

体は心の空洞を埋められるのか――？

心に空いた大きな空洞を埋めるように、2人は何度も体を重ねる。相手の体温と体の重み、神経の隅々まで目覚めさせる悦び、それらの身体感覚は自らが存在していることを生々しく思い出させる。しかし、どんなに互いを貪っても心の空腹を完全に満たすことは難しい。由実は杉谷の記憶が戻れば自分の元を去るかも知れないと畏れ、杉谷は新たな生活を受け入れることで過去の自分を完全に失うことを畏れる。相手を思い、きつく抱きしめ合っても、2人の心は微妙にすれ違っていく。

心と体の不思議な繋がりにみる、人間の底力

劇中には、心と体の不思議な繋がりを示すエピソードがいくつか登場する。山田真歩演じる義足の女性は、失った足に鍼を打つと体がそれに反応すると言う。物理的な肉体を伴わなくても、目には見えなくても、確かに存在するものがそこには描かれる。そして杉谷もまた、過去の記憶を失いながらも、包丁使いや“ふぐの捌き方”を手の感覚で記憶している。頭部を切り落とされたふぐがパクパクと口を動かすのは筋肉の収縮運動に過ぎないかも知れないが、視覚から受け取るのは鮮烈な命への執着だ。一見、淡々とした静かな物語だが、ところどころに散りばめられた生々しい性と生に、人間の逞しさと底力を感じずにはいられない。
そして、どんなに心と体がちぐはぐなままでも、時間だけは絶えず積み重なっていく。積み重ねたその時間が、少しずつ悲しみを癒していくこともある。薄い皿のような月も夜空を明るく照らすように、古の人々が月の中に三尊の姿を見出したように、大きな喪失感の中で生きる人々の心が前を向くことを願いたい。二十六夜の細い月も、本当は何一つ欠けていない、まんまるの月なのだ。

▼『二十六夜待ち』作品・公開情報
（2017年／日本／124分／R-18+）
監督・脚本：越川道夫
原作：佐伯一麦「二十六夜待ち」（扶桑社刊『光の闇』所収）
撮影：山崎裕
音楽：澁谷浩次
出演：井浦新、黒川芽以、天衣織女、鈴木晋介、杉山ひこひこ、内田周作、嶺豪一、信太昌之、玄覺悠子、足立智充、岡部尚、潟山セイキ、新名基浩、岩﨑愛、吉岡睦雄、礒部泰宏、井村空美、宮本なつ／山田真歩、鈴木慶一／諏訪太朗
配給：スローラーナー、フルモテルモ
©2017 佐伯一麦／ 『二十六夜待ち』製作委員会

●『二十六夜待ち』公式twitter　

※2017年12月23日（土）よりテアトル新宿ほか全国順次公開

文：min

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