『ひそひそ星』〜アンドロイドが見つめる、絶滅種となった人々の姿…鬼才・園子温の、作家性むき出しの静かな意欲作〜

  • 2016年05月14日更新

鬼才・園子温監督が、20代で書き留めていたオリジナルの物語を、今を映す作品にして、満を持して撮りあげたモノクロSF映画。3.11の傷あと濃い、福島県の双葉郡富岡町・浪江町、南相馬市でロケを敢行。人間が絶滅種となった世界の記憶と時間、距離への焦燥を、“ひそひそ”と声のトーンを落としたセリフで描く。園子温作品に欠かせぬ女優・神楽坂恵をメインに、ミュージシャンの遠藤賢司なども出演。2016年5月14日(土)新宿シネマカリテほかロードショー ※大島新監督ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』と同時期ロードショー © SION PRODUCTION

 


昭和レトロな宇宙船で、人間へ宅急便を届けるアンドロイド「鈴木洋子」の旅
遠い未来。人類は何度となく大きな失敗を繰り返し、その度に人口は減り、宇宙は静かな平和に包まれていた。機械が宇宙を支配し、すでに人間は滅びていく絶滅種と認定されている。宅配便配達員であるアンドロイド「鈴木洋子」は、好んで選んだ昭和の古いパートのような内装の宇宙船に乗り込み、子どものような声をもつ相棒のコンピューター「きかい6・7・マーM」と星を巡り、人間へと荷物を届ける旅をしている。何年もかかる長旅の間、洋子は日々の出来事をオープンリールテープに録音したり、掃除や洗濯し、日本茶を飲んで過ごしている。人間に届ける荷物は、帽子、えんぴつ、洋服とたわいもないものばかり。洋子は「なぜ人間は、テレポーテーションを使わず、数年もの時間をかけて荷物を届けてもらいたがるのだろう?」と、疑問を抱いている。洋子は星に降り立ち、かつて人々でにぎわった街や海辺に荷物を届けていく。そして受けとる誰もがとても大切そうに、洋子の訪問に他人を懐かしんで、荷物をひきとっていく…。

 


福島の街や海岸を、数少ない人間の住む星のロケ地に
セットを組んだという、昭和アパートそのものである宇宙船。アンドロイドであるが、旧式の道具で掃除をし、情緒を理解し穏やかに人と交流する鈴木洋子。すべての設定は、奇をてらったものではなく、滅びゆく人類を描くうえで必須であったと、多くの日本人に感じさせるだろう。そして園子温監督が25年もの間温めてきた「滅びゆく人類」という設定の物語が、東日本大震災という大きな出来事を経て、リアルになってしまった今、まさに「今撮るべき」「今観るべき」作品となった。また、最後に登場する、ひそひそ星の世界は、懐かしい味わいの影絵で表現され、幻想的で美術品のような美しさだ。



私たちの住む星、住む国を映し出すモノクロ映像
モノクロで映し出される、ほとんど無人の福島の街。実際に日本人が3.11で失った、その風景の切なさが胸に迫る。この作品の世界で「人類が失ったもの、失いつつあるもの」が、色なく、ひそやかに描かれる分だけ、切実に心の奥底まで切り込んでくる。この痛みは、繰り返し何度もこの作品を観ても、薄れることがないのではないのだろうか。まさに詩のような、祈りのような作品である。

また、同時期上映となった大島新監督のドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』では、本作の撮影風景も収められている。メイキングに興味を持たれたかたは、併せてご覧になることをおすすめする。さらに東京都渋谷区「ワタリウム美術館」では、本作で描ききれなかったものを空間作品に発展させ『園子温展 ひそひそ星』で展示中(2016年7月10日まで)。




▼『ひそひそ星』作品・公開情報
(2016年/日本/モノクロ<パートカラー>/ビスタ/100分)
監督・脚本・プロデュース:園子温
出演:神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子、福島県双葉郡浪江町・富岡町の皆様、福島県南相馬市の皆様
プロデューサー:鈴木剛、園いづみ、企画・制作:シオンプロダクション、撮影:山本英夫、照明:小野晃、美術:清水剛、整音:小宮元、編集:伊藤潤一
●『ひそひそ星』公式サイト

配給:日活
© SION PRODUCTION

文:市川はるひ

 

  • 2016年05月14日更新

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