「映画ってかっこいい!」を目指して―『ミセス・ノイズィ』天野千尋監督

  • 2020年12月03日更新


2019年の東京国際映画祭をはじめ、海外のさまざまな映画祭で評判を呼んだ話題作が、いよいよ劇場公開される。2020年12月4日封切りの『ミセス・ノイズィ』は、本来なら5月にお目見えする予定だったが、新型コロナウイルスの影響で半年もの延期を余儀なくされた。手がけたのは、『フィガロの告白』(2012)や『どうしても触れたくない』(2014)などの天野千尋監督。構想から撮影まで3年を費やした執念の作品の晴れてのお披露目に「どう感じてもらえるか、緊張しかないですね」と気を引き締める。

【取材・撮影:藤井克郎】


人によって見え方の違いを楽しむ

―『ミセス・ノイズィ』はご近所トラブルを題材に、ユーモアと社会性を盛り込んだ非常にふくよかな作品になっていますね。映画化のきっかけは何だったのですか。

天野千尋(以下、天野):喧嘩の映画を撮りたいなと思ったのが最初でした。人と人が喧嘩をするというのは、構造的に考えるとディスコミュニケーションというか、それぞれ自分の立場からしか物事が見えない。そんな背景から始まるものだと思うんです。

それで喧嘩の題材が何かないかなと探していたら、15年くらい前にあった騒音おばさんの事件を思い出しました。あのときはマスコミが「すごいエキセントリックなおばさんがいるぞ」みたいにたたいていましたが、調べてみると、ネットの世界では意外にも、おばさんが「実は被害者だった」という、デマかもしれない噂が結構、広まっていたんです。むしろおばさんがヒロイン扱いされていて、「おばさんは娘を亡くしていた」とか、「病気の家族がいる」とか、何が本当かわからない。本当のことは本人たちにしかわからないし、本人たちもそれぞれの立場で見え方が全然違うのに、第三者が勝手にああだこうだと言って、善悪をつけようとしたり、ラベリングしようとしたりしているんですね。その構造を描きたいなというのが、まずアイデアとして生まれてきました。

-そういった社会性を帯びた題材をコメディーに仕立てるという発想が大胆でユニークですね。何か気をつけたことはありましたか。

天野:事件の加害者、被害者というのをあんまり押しつけがましくしたくはなかったんですよね。私自身、そういう作品を観ると、ちょっと引いてしまったりするところがあるものですから。悲しみに遭った人を悲しく描くというのではなく、もうちょっと楽しんでもらえるものとして作りたいなという思いがありました。

それと、黒澤明監督の『羅生門』(1950)みたいにしようという話は、最初から出ていました。ああいうふうに、人によって見方が違うみたいな。そこが一番の狙いだったので、脚本もそうですが、演出やカメラワークも工夫を凝らしました。実際、同じ場面を見ていても、「あの人、怒っていたよね」と言う人もいれば、「いや、むしろ困っていたよ」と言う人もいて、そういう部分をシーンにしたいと思いましたね。

-『羅生門』以外で、何か参考にした作品などはありますか。

天野:脚本を書いているときは、ロマン・ポランスキー監督の『おとなのけんか』(2011)を思い浮かべていました。近所の夫婦同士が、最初は仲がよくてお互いに気づかい合っているんだけど、徐々に悪化していくというストーリーで、どっちが悪いわけでもないのに喧嘩が深まっていくんです。しかもコメディーで面白くて、参考にしました。

それと、その年に好きだった映画で、オリヴィエ・アサイヤス監督の『アクトレス~女たちの舞台~』(2014)ですね。立場の違う3人の女性がいて、それぞれ間違っているわけではないけど、ディスコミュニケーションが生じて溝ができあがっていくというのが、すごく心に刺さりました。そういう部分に興味があったので、影響を受けていますね。

あらゆる情報が入ってくる苦痛

-女のバトルを繰り広げる真紀役の篠原ゆき子さんと美和子役の大高洋子さんが見事ですね。

天野:篠原さんはもともと知り合いだったのですが、大高さんはワークショップのオーディションで来てくれた方です。この映画のスタートが、まずワークショップをやって、そこから作品を作ろうという企画でした。オーディションに参加してくれた俳優さんには、ほかにも出演していただいています。

大高さんには、オーディション中からおばちゃん役をやってもらいたいなと当てをつけていて、脚本も同時に書いていたので、当て書きではないけれど、イメージしながら書くことができましたね。でも大高さんご本人は陽気な気のいい方なので、その感じが、ともするとたまに出てしまう(笑)。大変だったと思いますが、役づくりをしっかりされているなという印象がありました。

-コメディーの要素の一方で、マスコミやSNSの危うさといった社会的な側面も織り込んでいますね。情報過多の現代社会を揶揄するという意図もあったのですか。

天野:揶揄しているつもりはありません(笑)。事実を淡々と描こうというつもりでいました。

ただ私自身、SNSが苦手なんですよね。文字の情報量に限りがあるので、一面的にとらえられてしまう危険性がすごく高いなと思っています。怖くて、おいそれとは発信できないなって。コロナ禍での自粛期間中も、SNSで炎上したりしていろいろ問題になった事件もありましたし、ラベリングする風潮はすごく強くなっているなと個人的に感じています。それを取り入れたいという思いはありましたね。

-映画は2019年に完成していて、翌年に新型コロナウイルスの影響で、これほど情報に踊らされる世の中になるとは想像もつかなかったと思います。まるで時代を先取りしているかのようですが。

天野:やっぱり自粛すると人と会わなくなるから、メディアやネットで回ってくる情報に左右されやすいですよね。外に出られないのも相まって、とても息苦しい感じはします。家の中にいるのに、世界のあらゆる情報が入ってくる状況って、私は苦しいと思うんです。

情報がなければ何も選ばなくていいし、人と比較することもないし、実は幸せというか、のんきに生きられるんだろうなと思います。情報はあればあるほど便利に見えて、本当は自分たちを縛っている状況になっている。でも今さら止められないので、うまく付き合っていくしかないんでしょうね。

まだ映画監督とは名乗れない

-映画監督は子どものころから目指していたのですか。

天野:それが全然なかったんですよ。恥ずかしながら、20歳のころまでは本当に映画を観ていなくって。『インデペンデンス・デイ』(1996/ローランド・エメリッヒ監督)とか『タイタニック』(1997/ジェームズ・キャメロン監督)とか、ハリウッドの大作が映画だと思っていたんですよね。だからあまり興味を持てなくて、観ていなかったんです。

それが大学生のとき、深夜にたまたま夜更かししていたらテレビで白黒映画をやり始めて、これが面白くて、こんな映画もあるんだなと。思い返すとフェデリコ・フェリーニ監督の『道』(1954)だったんですが、面白かったから次の日も深夜の映画を観たんですよ。今度はキューバの映画で『バスを待ちながら』(2000/フアン・カルロス・タビオ監督)という作品で、それも面白くって。バスが全然来なくて、何時間か遅れてやっと来たと思ったら一人しか乗れない、という話だったんですが、こんな身近なテーマでも映画って撮れるんだなと思い、そこからいっぱい観始めました。

と同時に大学の映研に入ったんですが、1年間休学もしていたので、5年生のときだったんですよね。誰だ、この人、みたいな感じでしたが、友達を引き込んで自主映画を1本、作ったんですよ。それもすごく楽しくて、映画を撮るのっていいかもと思いながら、でも普通に就職して、地方に配属されて、営業の仕事をこなしていました。地方だから映画学校もないですし。そのあと何とか東京に異動できて、1~2年くらいして落ち着いてから、ENBUゼミナールの夜間の講座に通い始めたという経緯です。

-そこで将来の目指す方向が見つかったわけですか。

天野:いえ、まだ友達とわいわい作っているのが楽しくて、遊びながらやっているという感じでしたね。それと気持ちが若返るというか、日常の仕事を忘れられて、心のストレス発散になっていました。楽しいから、また撮り続けたいな、という思いですね。そうやって作った映画を映画祭に出すようになって、ぴあフィルムフェスティバルにも入選したことで、もっと本気でやろうと思った。それで会社を辞めて、貯金していた資金で自主映画を作るようになりました。

-映画監督を意識し始めたのはいつごろからですか。

天野:まだちょっと、私、映画監督です、とは言えません(笑)。よく職業欄を書くときも、映画監督って書けないです。映像制作とか、脚本とか書いています。監督と名乗っていいのかな、と思っているところがあるんでしょうね。『ミセス・ノイズィ』が公開されたら、ちゃんと名乗ろうかな(笑)。

-でも何本か監督を依頼されて撮っていますよね。

天野:お話をいただくとありがたいので、何でもやってみようという気持ちでやっていましたが、自分が本当に何を作りたいか、じっくり向き合わないまま走ってきた感じがあります。あれ、私ホントは何をやりたいんだっけ、と思ったときに、ちょうど出産したこともあって、仕事が全然来なくなった。赤ちゃんがいるし、というのもあったんでしょうが、そう言えば今まで、私はこれを撮るんだ、って核になるものを撮ってきたわけじゃなかったな、その弱さが響いてしまったんじゃないかな、と思ったんです。次に撮るものは、ちゃんと自分で考え抜いたものにしようと思って、それでこの『ミセス・ノイズィ』の脚本を書き始めました。なかなか撮る機会に恵まれないということもあって、構想から撮影までは3年くらいかかりましたね。

多くの才能で担保するクオリティー

-2019年の東京国際映画祭で披露されて、2020年5月には劇場公開が決まっていたのですが、そこからコロナ禍で延期になってしまったんですね。

天野:日々、情報が更新されるたびに、これは公開するのかしないのか、どきどきしながら待っている状態でした。ほかの作品が軒並み中止になっていくので、その空いているところに『ミセス・ノイズィ』があてがわれて、一時はすごい館数で上映することになっていたんです。でも結局、中止になって、ここまでが長かったですね。

ただラッキーなのかどうか、自粛期間中にノベライズの話が来て、公開に合わせて小説を出版することになりました。主演の篠原さんも、テレビドラマの『相棒』(テレビ朝日系)の出演が決まったりして、上昇気流に乗っている感じがしますね。ただ上映館数は元の数字に戻ってしまって、東京都内は3館です(笑)。

-小説に初挑戦してみて、映画以外の表現もやってみようという思いはどうですか。

天野:そうですね、映画はどうしてもシーンとして演じてもらったものを撮るという表現になりますが、小説だともうちょっと心の中の声なり背景なりを詳しく書き込めたりするので、改めてこの作品に向き合うことができました。文字に落とすという作業はつらかったけど、楽しんでできましたね。

ただ私は多分、芸術性はもともとそんなに秀でた才能があるわけではないし、特別に何かユニークなものがあるような気はしないんです。だけど映画って、私の力量じゃなくても、ほかのたくさんの方々の力をお借りして、自分が考えもしなかったようなものを作ることができる。それは映画ならではの魅力でしょうね。

今回の小説も一から書いていたら全然できなかったと思うのですが、最初に映画があって、そこでキャストが演じていたものを取り入れることで、話がふくらんでいったり、人物ができていったりしたことがたくさんあった。撮影現場では、自分が想像もしなかったアイデアがたくさん出てきて、いいなと思ったらすぐに取り入れます。それが楽しいんですよね。

-コロナ禍でステイホームでの映画の楽しみ方を知った人も多く、ますます映画館離れが心配されますが、どう思いますか。

天野:私は劇場が好きですし、多くの人に来てもらいたいですが、時代の流れである程度、離れていってしまうのは仕方がない部分はあると思います。ただアウトプットの形がどうであれ、映画はたくさんのスタッフだったり俳優さんだったりが集うことでできるクオリティーが絶対にある。そのクオリティーの部分を担保にして、面白いものを作っていくしかないですよね。

それとやっぱり、映画ってかっこいいな、というのがどこかにあってほしい。映画館に行くという行為が、家で配信のドラマを観るのとはちょっと違う、何か特別なカルチャーの一つになるといいな、という思いがありますね。かっこいい映画がいっぱい作られていけば、きっとそうなっていくんじゃないでしょうか。

プロフィール&靴チェック!

【天野千尋(あまの・ちひろ)】
愛知県出身。1982年生まれ。
約5年の会社勤めを経て、映画制作の道へ。
ぴあフィルムフェスティバル、田辺・弁慶映画祭をはじめ、国内外の数々の映画祭に入選、入賞を果たす。主な監督作に『フィガロの告白』(2012)、『どうしても触れたくない』(2014)、『うるう年の少女』(2014)など。ノベライズ小説『ミセス・ノイズィ』(実業之日本社文庫)が12月4日に刊行。


『ミセス・ノイズィ』でさまざまな海外の映画祭に招待されたが、実際に参加できたのはコロナ禍の影響が出る前のアムステルダム・シネマジア映画祭(オランダ)とヘルシンキ・シネアジア映画祭(フィンランド)の2か所だけだった。そのときに履いていったのが、ファビオルスコーニのお気に入りのこの靴。歩きやすい上に舞台挨拶もそのままできると思ったが、「ヘルシンキってものすごく寒くて、あなたもっと温かい靴はないの、と向こうの人に心配されました(笑)」。

 

作品&公開情報

『ミセス・ノイズィ』(2019年/日本/106分)
監督・脚本:天野千尋
製作:井出清美、植村泰之 企画:貝津幸典
エグゼクティブ・プロデューサー:鍋島壽夫、横山勇人
プロデューサー:高橋正弥 脚本監修:加藤正人
共同脚本:松枝佳紀 撮影監督:田中一成
録音:星野裕雄 編集:櫻木絵理
音楽:田中庸介&熊谷太輔
主題歌:植田真梨恵「WHAT’s」(GIZA studio)
配給:アークエンタテインメント
出演:篠原ゆき子、大高洋子、長尾卓磨、新津ちせ、宮崎太一、米本来輝、洞口依子、和田雅成、縄田かのん、田中要次、風祭ゆき ほか

【ストーリー】一児の母でもあるスランプ中の小説家、吉岡真紀は、マンションの隣の住人、若田美和子によるけたたましい騒音に悩まされるようになる。その嫌がらせは日に日に激しくなり、真紀のストレスはたまる一方で、家族ともぎくしゃくしていく。怒り心頭に発した真紀は、美和子を小説のネタに書くことで反撃に出るが……。
© 「ミセス・ノイズィ」製作委員会

『ミセス・ノイズィ』公式サイト

※2020年12月4日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開

◎ゲストライター
藤井克郎(ふじい・かつろう) 1985年、フジ新聞社に入社。夕刊フジの後、産経新聞で映画を担当する。社会部次長、札幌支局長などを経て、2013年から文化部編集委員を務め、19年に退職。facebookに映画情報ページ「Withscreen.press」を開設し、同年12月にはwebサイト版「Withscreen.press」をオープン。

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  • 2020年12月03日更新

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