『バンコクナイツ』― 圧倒的なスケールで魅せる果てなき桃源郷探し

  • 2017年02月25日更新

 
『バンコクナイツ』スベンジャ・ポンコン2011年公開の『サウダーヂ』で国内外の映画ファンに衝撃を与えた、映画制作集団「空族」の最新作がついに公開された。前作では山梨県甲府市を舞台に“移民・肉体労働者・ヒップホップ”というテーマで地方都市のリアルを俯瞰的に描ききったが、本作では“娼婦・楽園・植民地”をテーマに、タイの日本人向け歓楽街「タニヤ」で繰り広げられるタイ人娼婦たちと日本人の男たちの欲望渦巻く人間模様を描く。さらには、タイ東北地方のイサーン、ラオスへと舞台を広げ、東南アジアに色濃く残るベトナム戦争の痕跡と、それらの土地に脈々と流れる歴史文化をもスクリーンに映し出す。本作で富田克也監督は、初監督作の『雲の上』(2003)からのタッグとなる相澤虎之助と脚本を共著し、主役の一人である元自衛官のオザワを熱演。構想10年という、これまでの空族作品の制作で培った経験と思想と人脈をここに結実させたような、圧倒的なスケールの作品が誕生した。

バンコクの日本人向け歓楽街「タニヤ」で交差する男女の欲望

『バンコクナイツ』スベンジャ・ポンコンほかタイのバンコクにある歓楽街、タニヤ通り。ここは日本人の男にとっての楽園だ。「カラオケ」と呼ばれる日本式ホステスクラブでは、毎夜、ひな壇にズラリと並ぶタイ人の女たちが流暢な日本語で迎えてくれる。すべては金次第。男たちは日本で遊ぶよりもずっと安い料金で娼婦たちと一時の夢に溺れる。そんなタニヤの人気店「人魚」で人気NO.1のラックは、タイ東北地方のイサーンから出稼ぎに来て5年。日本人のヒモを連れまわし高級マンションで暮らす一方、ラオスとの国境を流れる雄大なメコン川のほとり、ノンカーイに暮らす大家族を支えている。

『バンコクナイツ』スベンジャ・ポンコン/富田克也ある晩、とある裏パーティーでラックは昔の恋人オザワと5年ぶりに再会する。オザワは、田舎から出て来たばかりのラックの初めての恋人だった。元自衛隊員のオザワは、今では日本を捨てバンコクで根無し草のようにネットゲームで小銭を稼ぐ沈没組。2人は互いに昔の思いを引きずりつつも、金が介在しない関係に戸惑いを隠せない。そんな折、オザワはかつての上官で現在はバンコクで店を営む富岡に、ラオスでの不動産調査を頼まれる。ラックとオザワ。いくつもの想いを胸に秘めたまま国境の村へと逃避行に出るが……。


故郷に楽園を見出せなかった男女の、果てなき桃源郷探し

『バンコクナイツ』本作は、さまざまな理由で自分の故郷を追われた人々の物語だ。日本に居場所を無くした男たち、金を稼ぐために田舎から都会へ出ざるを得なかった女たち。故郷に楽園を見出せなかった彼らは、欲望渦巻くバンコクの繁華街でそれぞれの桃源郷を探して彷徨い続ける。しかし、本作は繁華街の一角で繰り広げられる群像劇には留まらず、ラックとオワザの逃避行をきっかけにバンコクからイサーン、そしてラオスへと舞台を広げ、それぞれの土地に息づく戦争の傷跡や歴史文化などを描いていく。

『バンコクナイツ』総移動距離4000キロという距離的なスケール感と、過去からの壮大な時間の流れ。視覚的な映像表現、音楽や効果音による聴覚表現はそれらをさらに印象付ける。ラオスの大地に広がる爆撃跡を捉えた空撮映像と、彼方から響き渡る爆撃音は、ベトナム戦争の癒えぬ傷を生々しく甦らせ、ノンカーイの伝統的儀式がメコン川に映り込む荘厳なシーンや、オザワと“タイの戦闘的詩人”と呼ばれたチット・プーミサックの亡霊が出会うシーンなどは、幻想的でありながら古から受け継がれる歴史を観る者の心に刻む。イサーンの伝統音楽モーラム、ルークトゥン(歌謡演歌)、プア・チーウィット(人生のための歌)といった音楽は“抵抗の音楽”として本作に使用されているが、どこか懐かしさを感じると同時にユニークな響きを耳に残す。そして、これらの歴史は、現在を生きるラックの母親の心の闇や、兵士を目指す弟の夢、そしてラック自身が出稼ぎに出なければならない現状、元自衛官としてのオザワの生き方にも少なからず関係している。こうした伏線の描き方も実に繊細だ。


女性も気持ちを重ねて観ることができる作品

『バンコクナイツ』富田克也“男臭さ”がつきまとう空族作品だが、本作では女性主人公の物語としてラックの思いや、オザワとのラブストーリーに、女性たちも気持ちを重ねて観ることができるだろう。金で娼婦を買う男、そんな男たちを利用しながら生きる娼婦たち、逞しくしたたかな関係のなかにも、愛への幻想を捨てきれていない男女の複雑な思いが交差する。ラックとオザワ、2人は愛を見付けたのだろうか。たとえ、愛を見付けることができたとしても、そこには男と女の決して交わることのない性差が、悠久から流れを止めない川のように立ちはだかっているのかも知れない。本作は上映時間182分の長編だが、その時間は見応えと見事に一致する。スクリーンでしか観られない空族作品だけに、ぜひ劇場に足を運んでいただきたい。

 

『バンコクナイツ』富田克也ほか▼『バンコクナイツ』作品・公開情報
(2016年/日本・フランス・タイ・ラオス/182分)
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
出演:スベンジャ・ポンコン、スナン・プーウィセット、チュティパー・ポンピアン、タンヤラット・コンプー、サリンヤー・ヨンサワット、伊藤仁、川瀬陽太、田我流、富田克也ほか
配給: 空族
コピーライト:©Bangkok Nites Partners 2016

『バンコクナイツ』公式サイト

※2017年2月25 日(土)テアトル新宿ほか反撃のロードショー開始!全国順次公開

 

文:min

  • 2017年02月25日更新

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