『ブレイク・ビーターズ』-冷戦時代末期、東ドイツの若者たちはブレイクダンスに自由と希望を見た

  • 2016年06月25日更新

1980年代末、東欧諸国の社会主義体制が次々と終わりを告げ、40年以上続いた東西冷戦は終結する。東西ドイツを隔てていたベルリンの壁の崩壊は、その象徴ともいえる出来事だった。

その数年前、東ドイツに流入してブームを巻き起こしたのは、アメリカ発のブレイクダンスだ。本作の主役は、ブレイクダンスに魅せられたダンスチームの若者たち。チームは政府の監視・統制下に置かれるが、彼らはその状況に疑問を持つようになる。自由と希望を追い求める彼らの姿は、自分の好きなことに妥協しないことの素晴らしさを教えてくれるだろう。

ブレイクダンスを社会主義化!?
1985年の東ドイツ。西側のテレビ番組とアメリカ映画『ビート・ストリート』を観て、ブレイクダンスの虜になった18歳のフランクは、同世代のアレックス、マティナ、ミヒェルとともにチームを組み、路上で踊るようになる。国内の若者の間でブームが巻き起こる中、社会主義政府は革命に発展することを恐れ、路上で踊ることを禁止し、ダンサーを逮捕し始めるのだった。

それでも熱狂は冷めず、政府の「娯楽芸術委員会」はブレイクダンスを社会主義化し、若者へのプロパガンダとして利用しようとする。フランクのチーム「ブレイク・ビーターズ」は国家認定の人民芸術集団として人気を集めるが、模範的演技を押し付けられ、国の操り人形のようなチームとなっていく……。

今だから笑える権力側の“センスのずれ”
当時の東ドイツは、“鉄のカーテン”の向う側にあるヴェールに包まれた国だった。監督のヤン・マルティン・シャルフは1974年旧西ドイツ生まれ。10代半ばでドイツ統一を経験したことになるが、それまで東ドイツには年に1度親戚を訪れるぐらいだったという。

そのため、スタッフは当時東ドイツに住んでいた40代のスタッフをそろえ、徹底的なリサーチを行った。スタッフは私物の小道具を用意。ほとんどの衣装を作り、当時の町のセットを組むなどリアリティを追求している。シュタージ(国家保安省)が取り調べを行う個室やオーディション会場となる「娯楽芸術委員会」の会議室の壁には、独裁者エーリッヒ・ホーネッカー国家評議会議長の写真。その威光を笠に着て、フランクたちを威圧する権力側の人間には、そこはかとなく小物感が漂う。

自分のやりたいことを好きなスタイルでする大切さ
フランクたちのブレイクダンスは“アクロバティック・ショーダンス”と名前を変えられ、サークルの中で各自の得意技を自由に披露するのではなく、メンバーが皆同じダンスを踊るように命じられる。テレビ番組出演時の衣装は、どこから発想を得たのか金色に煌めくジャケット。30年経った今だからこそ、そのずれた感覚を笑うことができるが、当時実際に政府にライセンスを与えられ、管理されていたダンスチームは15~20ほどあったらしい。

他のダンスチームからも軽蔑され始めたフランクたち。やがて彼らの眼には、自分達らしさを取り戻そうとする決意の光が宿っていく。一方、フランクと何かと対立していた父の心の変化も見逃せない。

国家に抑圧された不満は老若男女皆同じ。直接のつながりは描かれていないが、民衆の鬱屈したエネルギーはこの数年後噴出し、世界の情勢を劇的に変化させることになる。

作品でシャルフ監督が伝えたかったのは、「好きなことがあったらやろう」ということだ。政治的弾圧とは無縁の日本に安住しながら、「この国は息苦しくて、やりたいことができない」と不満をもらしている人がいるとしたら、それは自分で自分の心の中に壁を作っているだけではないだろうか。



▼『ブレイク・ビーターズ』作品・公開情報
ドイツ/2014年/ドイツ語/カラー/90分
監督:ヤン・マルティン・シャルフ
脚本:ルート・トーマ
出演:ゴードン・ケメラー、ゾーニャ・ゲルハルト、オリバー・コニエツニー、セバスチャン・イェーガー
後援:ドイツ連邦共和国大使館、日本ストリートダンス協会
配給:アニモプロデュース
●『ブレイク・ビーターズ』公式ウェブサイト
6月25(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

文:吉永くま

  • 2016年06月25日更新

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