『3人のアンヌ』公開記念―「ホン・サンスは巨匠の三種盛りだ!」菊地成孔氏トークイベントレポート

  • 2013年07月06日更新

ホン・サンス監督の新作『3人のアンヌ』の公開を記念し、2013年6月2日(日)オーディトリウム渋谷にて、トークイベント「ホン・サンス監督特集プラスワン ―ホン・サンス監督をこよなく愛する菊地成孔が語るホン・サンス」が行われました。音楽家・文筆家の菊地成孔さんと日本映画大学准教授の韓東賢(ハン・トンヒョン)さんによるトークは、ゴダールの名作から『麻雀放浪記』まで幅広く引用をしつつホン・サンスを語るという非常に内容の濃いものでした! 今回は、そんなイベントの様子をお届けします。



「ホン・サンスの作品は、笑っちゃう感じがするから好きです。」(韓東賢さん)
菊地成孔(以下、菊地:ホン・サンス監督は作品数が多い人ですよね。韓さんは全部ご覧になっているんですか?
韓東賢(以下、韓):2~3作品観ていないものがありますけど、ほとんど観ています。
菊地:私は、不勉強ながら5~6本しか観たことがないんですが、そのなかでも『次の朝は他人』(2011)は圧倒的に美しい。画面構成も美しいし、出てくる女の人は全員きれいだし、雪もキスもとてつもない美しさで、とにかく感動してしまう強さがあります。
韓:『次の朝は他人』は、グダグダ感が一番ない作品ですよね(笑)。私がホン・サンスを好きなのは、笑っちゃう感じがするからなんです。ラブコメといってもいいですが、基本的に行動がおかしいんです。ただ、『次の朝は他人』はあまりおかしいところがない。
菊地:シリアスですよね。
韓:冷静に考えてみると主人公の行動などはおかしいんですけれど、クールといいますか。
菊地:こういう言い方をしてしまうと安易にならざるを得ないですけれど、完成度が高いですよね。

「ゴダール×ロメール×ブニュエル=ホン・サンス」(菊地成孔さん)
菊地:ホン・サンス本人もたいへん厄介な人らしいですし、作品自体にもその厄介さが100パーセント出ています。ハッシュタグをつけて分類して落とし込みたいというような世の中の欲望に対して、真っ向から対立するというか。
韓:はい。
菊地:これは誰でも言っていることですけれど、ホン・サンスというのはジャン=リュック・ゴダールの寵児であり、エリック・ロメールの嫡子である。そして、『次の朝は他人』以降、ルイス・ブニュエルの影響もはっきりとあります。『3人のアンヌ』の劇場公開パンフレットに書いてあることですが、イザベル・ユペールはホン・サンスに1冊の本を渡されて、「台本とともに完読するように」と言われているんですよ。その本というのが、ブニュエルの自伝なんですよね。『次の朝は他人』では予兆ですが、『3人のアンヌ』では、ブニュエルに対して意識的であることが露骨になってきます。私から見ると、ホン・サンスは巨匠の「三種盛り」です(笑)。ゴダールの画面構築で、ストーリーがロメールで、物語構造に少しブニュエルが入っている。
韓:「三種盛り」の露骨さが嫌味な感じに表れていないのがホン・サンスのすごいところですよね。リテラシーがない者にすごく優しいというか、わからなくても拒絶された感じがしない。シネフィルではない人でも受け入れられる自然さがありますよね。
菊地:「三種盛り」の1つであるゴダールに関して言えば、「とにかく拒絶するんだ!」という感じで、観ると拒絶されたような気分になる作家です。一方で、ロメールというのは全く拒絶しない。あらゆる文化の国で、ロメールの映画をリメイクしようと思えばできるインターナショナルな感じがありますよね。例えば、山田洋次も好きだし黒沢清も好きだという監督がいて、それらが「二種盛り」になった場合、怖いんだか楽しいんだかわからないという風になってしまいますが、ホン・サンスの「三種盛り」は全く競合していない。ゴダール、ロメール、ブニュエルの「三種盛り」と言ってしまえば、下手をするとアジア人によるまがいものみたいに聞こえてしまうかもしれませんが、ホン・サンスの映画が怖いのは、ひょっとしたら「三種盛り」の本家を超えているのかもしれないと思わせるところですね。

「『アバンチュールはパリで』は、パリに居る感じが全くしない映画」(菊地さん)
韓:ホン・サンスの映画は、あまり土着ではないように見えて、ロケーションしている場所や食べているもの、必ず焼酎を飲んでいるなど、割と韓国のベタな部分がありますね。その点が、「三種盛り」を感じさせない要素かなと思います。
菊地:(客席に向かって)とにかく、『アバンチュールはパリで』(2008)を観てください。これは、思い切り韓国色を取り去ることができる映画なんですけれど、全くパリに居る感じがしないですね。
韓:全員韓国人ですしね(笑)
菊地:あまつさえ北朝鮮の人が出てきて政治について議論しますからね(笑)。ゴダール作品の影響という点から見ると、『アバンチュールはパリで』は、ゴダールの『女と男のいる舗道』(1962)なんですよ。音楽もかなり意識していると思います。『女と男のいる舗道』では、ミシェル・ルグランに大量に書かせた音楽のうち、わずか4小節しか使わないというやり方をしています。その異様に美しい4小節が周期的に流れるだけなんですが、『アバンチュールはパリで』では、ベートーヴェンの有名な交響曲第7番の2楽章がその役割を担っています。

「美しさと切なさに身をゆだねている間に“ユニセックスなカメラワーク”が気にならなくなってきます。」(菊地さん)
菊地:『3人のアンヌ』という映画は、画面は90年代ゴダールですよ。一番つまらないやつ(笑)。美しくもなんともない町に、その国の国産車が入ってくる。要するに、ひとつも面白くないきつい画面構成に、ストーリーがロメールで、物語構造はブニュエルの反復であると。この反復性に気がつくかどうかというのはかなり大きいと思うんですよ。同じ夜が3回繰り返される多元宇宙の話なんですけれど、驚くべきことに、そこに気がついていない人が多いです。
韓:解釈がひらかれているというか。そこが、シネフィルに馬鹿にされないところというか。
菊地:カメラワークにしても、なぜか寄って必ずズームにしたあと横に振るという、今までどこにもなかったことをしている。
韓:あれ、面白いですよね(笑)
菊地:ホン・サンスはあのカメラワークを、「今までの映画では見たことがない中性的なショット」と言っています。つまり、男性的でもない、女性的でもない、東洋的でもない、ヨーロッパ的でもないという意味を含めてだと思うんですけれど。「ユニセックスなショットにしたくて必ずカメラをズームにして動かすようにしたんだ」と言っていますが、発言が真摯なのかブラフなのかわからない謎なところがある人なので(笑)。ひとつ重要なのは、あのショットを何度も目にしていると気にならなくなってしまうということですね。美しさと切なさに身をゆだねている間に自然になってしまうという力を、ホン・サンスは持っているし、リテラシーが発生するような引用をやっていないですよね。
韓:リテラシーの線引きを消そうとしているのが、もしかしたらズームなのかもしれないという感じはします。
菊地:あのカメラワークは、「三種盛り」の外にありますね。ものすごく研究していると思うんですよ。シネフィルが、必ずズームやパンなどカメラワークの話をするということに対するひとつの態度として、あのような撮影を行っているという可能性は、ゼロだとは思えないです。

「『冬のソナタ』に出ていた俳優もノーギャラで出演しています。」(菊地さん)
菊地:ホン・サンスの映画に出ている俳優さんたちはノーギャラで出ているんですよ。のんびりした映画に大スターがたくさん出てくるから、これはよっぽどギャラが大変だろうなと思っていたら、全員ノーギャラ。違う監督が(ホン・サンス作品に出ていた)役者さんに、「俺の映画でもノーギャラでいいよね」と言うのが、韓国ではネタになっているんですよね。搾取もないし利益もないゴダールの共産主義の時代が畳み込まれているという側面があることを言い添えておきたいですね。



《ミニシア恒例、靴チェック!》



















上:菊地さん/下:韓さん


▼『3人のアンヌ』作品・公開情報
監督・脚本:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、ユ・ジュンサン、チョン・ユミ、ユン・ヨジョン、ムン・ソリ、クォン・ヘヒョ、ムン・ソングン
2012年/韓国/ドルビーSRD/89分/配給:ビターズ・エンド
『3人のアンヌ』公式サイト

6月15日(土)より シネマート新宿他全国ロードショー

文・編集:南天 撮影:hal

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