『タンタンと私』 小田島等さん×白根ゆたんぽさん トークショー―80年代のタンタンブームを体験したふたりの “タンタンと私” 。

  • 2012年02月26日更新

世界中から愛されるキャラクター、タンタン。その生みの親であるベルギーの漫画家、エルジェの波瀾万丈な人生を綴ったドキュメンタリー映画、『タンタンと私』が話題を呼んでいる。

そんな本作とタンタンの魅力に迫るトークショーが、2012年2月15日(水)の上映終了後、渋谷アップリンクにて行われた。ゲストに登場したのは、デザイナー、イラストレーター、漫画家として活躍されている小田島等さんと、イラストレーターの白根ゆたんぽさん。80年代のタンタンブームを体験したおふたりが、エルジェの創作性とタンタンの魅力について語った興味深い話題満載のトークショーにお邪魔してきました。(写真は、小田島等さん・左 白根ゆたんぽさん・右)

「戦前の漫画なのに、今読んでもまったく現代の感覚と遜色がないですよね」(小田島さん)

小田島等(以下、小田島) ゆたんぽさんが、タンタンを初めて知ったのはいつ頃ですか?

白根ゆたんぽ(以下、白根) 80年代ですね。まだ僕が桑沢デザイン研究所の学生だった頃に、ちょっとしたタンタンブームが来たんですよ。

小田島 当時の雑誌『MEN’S NON-NO(メンズノンノ)』や『オリーブ』でタンタンヘアがもてはやされたりしましたよね。

白根 僕も、最初は完全にタンタンヘアから入ったクチです。

小田島 うちは母が飲み屋をやっていたんですよ。そこにマガジンハウス関連の方が来ていて、うちの姉に『オリーブ』を持ってきてくださるようになって。だから、うちには80年代の『オリーブ』が全部揃っていたんです。そこにタンタンが載っていて、絵がキレイだなと思ったのが最初です。

白根 僕の中ではフランスっぽいイメージが強くて、カワイイもの好きの人たちのものという印象でした。だから僕自身は少し距離を取っていた感じでしたね。

小田島 ガーリーな印象はありましたね。だから、今回の映画を観てびっくりしたのは、タンタンが戦前の漫画だったということです。色の感じや編集された印象から、戦後の作品だと思っていたんですよ。

白根 ナチスが台頭する以前の作品ですものね。

小田島 『ブロンディ』や『ディック・トレイシー』、日本で言えば『のらくろ』の頃でしょ? その当時に、あそこまでデザイン性が高く、まとめられている感じには驚きましたね。今読んでもまったく現代の感覚と遜色がないですよね。

白根 今で言えば、上田三根子さんやわたせせいぞうさんのようなエッセンスと、変わらぬモダンさを持っているのがすごいと思います。

「エルジェは、本当に絵が好きな人たちに愛される作家だということが分かります」(白根さん)

小田島 この作品のチラシにコメントを寄せている江口寿史さんもおっしゃっていましたが、フランスのSF漫画家メビウスもタンタンに影響を受けていたんですよね。

白根 そういうことを聞くと、ファッションアイコンとしてではなく、本当に絵が好きな人たちに愛される作家なんだということが分かります。絵の上手さを追求する人が憧れる対象だったんだなと。

小田島 ゆたんぽさん自身は、エルジェの影響ってあるんですか?

白根 僕自身はエルジェに影響を受けた大友克洋さんとかにファーストウエーブとして影響を受けた世代ですので、エルジェは更に父親的な印象ですね。江口さんも最初はエルジェを知らなくて、メビウスがエルジェを好きというのを聞いて80年代の頃に知るんですよね。

小田島 江口さんの話でいうと『ストップ!!ひばりくん!』が連載を一時中止するするじゃないですか。その理由というのが、目の前に白いワニが出てくるので、漫画を描けないということで中断するんですよ。小学生の頃は「こんなことあるの!?」って衝撃を受けましたね。エルジェも白い風景ばかりを描くシーンがあるじゃないですか……。

白根 漫画家にとって“真っ白”はイコール、作業が進んでいないことの象徴にもなりますからね。

「逃げずに描いたのは、たゆまざるボーイスカウト精神の底力ですかね」(小田島さん)

「『タンタン』を読んだ後に仕事をすると、ちょっと絵が丁寧になるんですよ」(白根さん)

小田島 ゆたんぽさんは妻帯者でお子さんもいらっしゃるでしょ。エルジェみたいに、ほかの女性に目移りしちゃいけないという、恐怖心みたいなものはあるんですか? 家庭という美しい城を守らなくちゃみたいな。

白根 恐怖ではないですけど(笑)。家庭って決して美しいだけでは無いと思うし、誰もが一度や二度は離婚を考えたり、(現実から)逃げちゃおうかなと思うこともあると思うんです。でも、エルジェは結果的に逃げなかったから漫画を描き続けたわけでしょ?

小田島 逃げずに描いたのは、たゆまざるボーイスカウト精神の底力ですかね 。

白根 相当悩んではいたみたいだけれど、すごくまじめな人だったんですね。

小田島 ゆたんぽさんも、ゆるぎない画力が有るのはもちろんのこと、頼まれた仕事に対して100%応え切るという姿勢と、なおかつ爽やかさがある。それで、今回のゲストにぜひ来ていただきたいと思ったんですが、タンタンにはそんなに影響を受けていないとおっしゃって……。

白根 そうですね。それで慌てて勉強しました。いくつか読んだ中でも『タンタン チベットをゆく』は友達を救いに行くだけの話なんだけど、それが良くて。かなり好きになりました。これからどんどんマネするかもしれない(笑)。エルジェは本当にキレイに破綻なく描いていて、読んだ後に仕事をすると、ちょっと絵が丁寧になるんですよ。

「僕もキャラクターに自己投影をする。タンタンは、エルジェにとって優等生の自分なんでしょうね。」(小田島さん)

「エルジェは精神的な成長が遅い人だったのだろうと思います」(白根さん)

小田島 絵を描く人って、キャラクターに自己投影をすることがあると思うけれど、僕が描くキャラクターにも投影プラス理想形みたいなのはあるんですよ。そこには自己分析も済んでいて。ゆたんぽさんはどうですか?

白根 僕はあまり無いですね。特に女性を描く時は脳内での理想というか、こんな人は現実にいないだろうなと思って描いていますね。

小田島 タンタンは、きっとエルジェにとって優等生の自分なんでしょうね。

白根 エルジェは精神的な成長が遅い人だったのだろうと思います。ワレ神父*の手のひらの中でずっと漫画だけを描いていて、(世間との)交流もあまり無いからキャラクターを描くことに関して引き出しがすごく少なかった。そういう場合って、自分を描くしかない。 だから、タンタンには完全に自分が投影されているんじゃないかな。
*ノルベール・ワレ神父:『タンタン』が連載されていたベルギーの新聞“Le Petit Vingtieme”(『プチ20世紀』)のディレクター。エルジェの庇護者でもあった。

小田島 それはあると思いますね。周辺キャラクターのハドック船長やデュポンとデュボンとかにもどこか自己投影があるんでしょうね。

白根 僕はスティーヴン・スピルバーグ監督の『タンタンの冒険』(2011)も観に行ったんですよ。プロデューサーがピーター・ジャクソンで、僕にとっては映画界の2大変態が手を組んで、よりによってタンタンというのがおもしろくて。スピルバーグって、アクションシーンではかなり人をいじめたりするんですけど、エルジェのダークゾーンみたいなところに、そのふたりが一周して結びついたような感じがあって、今回の映画を観てすごく合点がいったんです。

小田島 (※ここで、トークショー終了時間の指示をうけて)まだまだこの映画については語れますね。エルジェは、時代背景的にもいろいろと大変な思いをしてきたけれども、今は日本も大変な時代じゃないですか。こんな時にこの映画が公開されるというのは、考えさせられますよね。

白根 まとめましたね(笑)。

▼ ゲスト プロフィール

小田島等さん
1972年東京生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。1990年に「ザ・チョイス」入選。95年よりCD、広告物、書籍装幀、アートディレクションを多数手がける。同時に漫画家、イラストレーターとして活動。2010年には自身のアーカイブ的作品集『ANONYMOUS POP』を上梓した。近年では展示活動も精力的に行う。
小田島等さん 公式サイト

白根ゆたんぽさん
1968年埼玉県深谷市生まれ。イラストレーター。雑誌やweb、広告、その他様々なメディアに作品を提供している。代表作にフリーペーパーGOMES での連載「ナマぬル」、マイケルムーア「アホでマヌケなアメリカ白人」装画。映画方面で関わった仕事として「血を吸う宇宙」ポスターなど。
白根ゆたんぽさん 公式サイト

▼『タンタンと私』作品・上映情報
2003年/デンマーク、ベルギー、フランス、スイス、スウェーデン/75分
原題:Tintin et Moi
監督・脚本:アンダース・オステルガルド
プロデューサー:ピーター・ベック
出演:エルジェ(ジョルジュ・レミ)、ヌマ・サドゥール、マイケル・ファー、ハリー・トンプソン、アンディ・ウォーホル、ファニー・ロドウェル ほか
配給:アップリンク
コピーライト:(C)2011 Angel Production, Moulinsart
『タンタンと私』公式サイト
※2012年2月4日(土)から、渋谷アップリンク、新宿K’scinema ほか全国順次公開中

取材・編集・文:min スチール撮影:hal(トークショー)

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