ショートショートフィルムフェスティバル&アジア 2011―未来の映像業界を目指せ! 犬童一心監督が語るクリエイター志望必聴セミナーレポート

  • 2011年06月26日更新

「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア 2011」のプログラムとして、若手映像作家の育成を目的としたセミナーが表参道ヒルズのスペースオーで2011年6月18日(土)に開催された。
ゲストに迎えられたのは『ジョゼと虎と魚たち』(2003)や『メゾン・ド・ヒミコ』(2005)で注目を浴び、2009年には『ゼロの焦点』で日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞を受賞した犬童一心監督。長編映画デビューのきっかけとなったショートフィルム『金魚の一生』の上映をまじえながら、映像業界を目指す若者達への熱いメッセージが語られた。↑写真は進行役をつとめたフェスティバルディレクターの東野正剛氏(左)と犬童一心監督(右)

— はじめに映画に興味を持ったきっかけを教えてください。

「(映画館では)誰も目の前に座ってほしくなくて、いつも最前列で観ていました」

犬童一心監督(以下、犬童) 決定的だったのは、小学5年生ごろにテレビの洋画番組で観たビリー・ワイルダー監督の『ワン・ツー・スリー』(1961)という作品です。あまりにも面白くて、はじめて監督の名前を意識して覚えました。同時に、映画にはストーリーだけではなくもっと奥深い面白さがあるのではないかと思いはじめて、ちゃんと映画を観るようになりましたね。中学生になると名画座に通い、サム・ペキンパー監督やベルナルド・ベルトリッチ監督、深作欣二監督の作品などを観ました。誰も目の前に座ってほしくなくて、いつも最前列で観ていました。

— 映画ファンから実際に映画製作をはじめることになった経緯をお聞かせください。

「映画を観ることや制作することは、『映画』という存在に自分が近づいて行くような感覚」

犬童 今でも僕にとって映画を観ることや制作することは、「映画」という存在に自分が近づいて行くような感覚です。高校生のころ家に父親の8ミリカメラがあって、自分が撮ることでもっと映画に近づけるのではないかと思った。もう一つは、自分がいま17歳や18歳であることがすごく重要で、この時間はすぐに終わってしまうという感覚です。だから、記録しておかなければと強く思っていました。そのころ聴いていた「はっぴーえんど」や「荒井由美」の音楽的な影響や少女漫画を読んだことも大きかった。その日のその瞬間や季節を物語の中ですごく大事にしていて、その世界観に衝撃を受けました。
そこで最初に撮ろうと思ったのが、1978年のキャンディーズ解散コンサートに集まる若者達でした。芸能人が普通の女の子に戻る、そのことに日本中の若者が盛り上がっているのが面白かった。それで、その日を物語にした作品を撮ったんです。
大学時代には「ぴあフィルムフェスティバル」で入選し、そのパーティーで黒沢清さんや、手塚眞くん、塩田明彦くんなど自主映画を撮っている仲間に出会って、自分もほかの人の映画に出たり一緒に映画を撮ったりしましたね。

— 進路を決める時に映画監督になろうとは思わなかったのですか?

犬童 当時(1980年代前半)は自主制作映画を撮っているところから映画監督になるという道筋がまだ確立されていなかったし、日本映画が興行的にそんなに盛り上がっている時代じゃなかった。それで現在も働いている広告会社に就職して、広告映像の制作に関わるようになりました。

— CMの世界とは、あらためてどういったものですか?

「(CMを演出することで)自分が知らない自分を発見することができる。後に映画を撮る時に感覚的にどう撮ればいいかが自然とわかるようになった」

犬童 自主映画を作るのは自分の趣味嗜好で行われるものですが、CMの場合はある商品があって、それを演出することを「やらされる」わけです。でもそれにはメリットもあって、自分が知らない自分を発見することができる。たとえば、おもちゃやお菓子のCMではアニメーションを多用するので、アニメーションの演出ができるようになったこともそうですし、CMでは人を踊らせたり歌わせたりすることが多いので自分の中に音楽的思考があるということがわかった。もう一つは映像をスチールとしてとらえるという演出が自分の中に身に付いたことです。これはスチール写真を撮るということではなくて、映像として一瞬を切り取るという時に役者に何もさせない方が、かえってその人自身の魅力が強く残る場合があるということです。
そういったことが実践的に学べたのは大きかったし、後に映画を撮る時に感覚的にどう撮ればいいかが自然とわかるようになった。

— そこから、映画デビューへはどう繋がって行ったのでしょうか?

犬童 『金魚の一生』という短編アニメーション作品が1993年のキリンコンテンポラリー・アワードで最優秀作品賞になって、その授賞式で久しぶり大阪に行ったとき、まるで異国のようなすごく魅力的な場所に思えた。それで大阪を舞台にした映画にしようと決め、女性漫才師の青春を描いた『二人が喋ってる。』を撮りました。この作品が評価を受けたことで、少しずつ映画界に自分の存在を知ってもらうことができました。

—映画界に限ったことでは無いと思いますが、成功して行くには何が必要だと思いますか?

「自分を評価してくれる人に出会えた時に躊躇せず自信をもってそれに応えられるように実力を身につけておくこと。そして、感謝の気持ちを真摯に返すことが大切」

犬童 実はこの映画が評価を受けるきっかけを与えてくださったのは、故・市川準さんでした。『二人が喋ってる。』は東京での公開予定は無かったのですが、偶然にこの映画を観てくださった市川さんが直接連絡をくれて「この映画は公開しなきゃだめだ」と言って後押しをしてくれたんです。そして、ご自身が監督された映画『大阪物語』(1999)の脚本をお願いされました。それをきっかけに、『黄泉がえり』(2003)の脚本や監督としての商業映画デビュー作『金髪の草原』(2000)へと繋がって行きました。
市川さんのように、実績のない若手に仕事を頼むのはすごく勇気のいることだと思うんです。大切なのは、そういう人に出会えた時に躊躇せず自信をもってそれに応えられるように実力を身につけておくことだと思います。そして、感謝の気持ちを真摯に返すことが大切なことだと思います。

約2時間におよんだセミナーで感じたのは、犬童監督の映画への純粋な愛情と、どんな仕事からもより多くを学び自分のスキルに変えて行くバランス感覚の鋭さでした。セミナーの後のサイン会ではたくさんの人が列を作り、一人一人と対話をされていた犬童監督。あらためてその人気の高さと、作品の魅力の秘密を垣間見たものとなりました。

▼犬童一心監督 プロフィール
高校時代より自主映画の監督・制作をスタート。さまざまなテレビCMを手掛けると同時に多くの広告賞を受賞。1995年『二人が喋ってる。』で長編デビュー。

ショートショートフィルムフェスティバル&アジア 2011公式サイト

取材・編集・文:min スチール撮影:荒木理臣

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