『信さん・炭坑町のセレナーデ』 平山秀幸監督 インタビュー

  • 2010年11月29日更新

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2010年11月27日(土)から絶賛公開中の、『信さん・炭坑町のセレナーデ』。昭和38年の福岡の炭坑町を舞台に、人々が慎ましくも肩を寄せあって懸命に生きている姿を描いた、胸にじんわりと沁みるヒューマン・ドラマです。

平山秀幸監督にとっては、長いキャリアにおいて初めて、故郷の福岡県でロケをおこなった作品でもあります。主演に小雪さんを迎えたハート・ウォーミングなこの作品について、平山監督にたっぷりとお話を伺ってまいりました。独占ロング・インタビュー、ゆっくりとお楽しみください。

― 本作は福岡県の炭坑町が舞台です。平山監督は福岡県北九州市のご出身で、長いキャリアにおいて故郷で映画を撮られたのは初めてということですが、いかがでしたか?

平山秀幸監督(以下、平山) 照れましたね。故郷には昭和38年の当時を知っている人が、まだたくさんいますし、特に自分の同級生の目は恐いです(笑)。
この映画は、2010年5月に福岡で先行上映をしたのですが、そのとき、僕は海外へ行っていたので、駆けつけることができませんでした。福岡で封切ってからは、一度も故郷へ帰っていないので、(帰郷する)今年の年末などは、ちょっと恐いですね(笑)。

― 辻内智貴さんの原作小説を読まれたときに、監督ご自身が育った世界に近いと感じられたそうですね。

「言葉のありかたや、人々の豪快さや短気な点などは、似通っている部分があると思います」

平山 辻内さんは飯塚市のご出身で、僕は北九州市なので、同じ北部九州ではあっても、場所によってそれぞれの色があるため、若干違います。ただ、言葉のありかたや、人々の豪快さや短気な点などは、似通っている部分があると思います。また、筑豊からあがった石炭を北九州の若松から出航するという石炭の流れもあったので、風土として近しい感覚もありました。
映画化の企画をいただいてから原作を読んだのですが、『愛を乞うひと』や『OUT』でご一緒した鄭義信さんが脚本に決まっていました。とても信頼をおけるかたで、「このかたのシナリオだったら、間違いない」と思えたので、脚本に関しては第1稿があがってくるまで、僕はほとんど口を出しませんでした。

― メインキャストの池松壮亮さん、光石研さん、中尾ミエさんは福岡県、中村大地さんは熊本県の、それぞれご出身ですね。キャスティングにあたって、九州のご出身であるということを意識なさったのですか?

平山 言葉の問題から、少し意識した部分はありました。大竹しのぶさんは東京のご出身ですが、(映画初出演作の)『青春の門』で、筑豊で撮影をしたご経験があるので、「40年ぶりに、筑豊に帰ってきた」という感じがあったようです。

― 主人公の辻内美智代は、東京から故郷の福岡へ帰ってくるという設定ですね。演じた小雪さんは、一見、モダンでスタイリッシュですが、一方で、昭和の庶民的な雰囲気に、際立ちながらも「すっ」と溶けこむ印象があります。監督から小雪さんに、演出上のご指示やアドバイスはなさったのですか?

「小雪さんには、『あまり意識しないで、炭住の風景の中に自然にいてください』とは言いました」

平山 際立って見えるということは、逆にいえば、「空気に少しなじまない、浮いて見える存在」ということでもあると思うんですね。ただ、それを意識しすぎて、「東京から戻ってきた」と妙に強調する感じになるのも違うと思ったので、小雪さんには、「あまり意識しないで、炭住の風景の中に自然にいてください」とは言いました。

― 小雪さんから、質問や要望などはありましたか?

平山 美智代は洋装店を経営しているという役なので、「衣装は自分で考えて選びたい」とおっしゃっていました。

― 現代の土地でロケをなさったにもかかわらず、昭和30年代の雰囲気がとても表れている映像でした。

「今はすべてCGで作れますが、そうではなくて完全なアナログで撮影できたので、とても貴重だったと思っています」

平山 福岡県の田川市に、松原炭住という住宅地が(当時のままに)残っていたので、そこで撮影をしました。あのような風景も今はすべてCGで作れますが、そうではなくて完全なアナログで撮影できたので、とても貴重だったと思っています。出演者たちも、楽しんでくれました。中尾さんは、「昔はこうでしたね。懐かしい」とおっしゃって。
あの住宅は、現在は取り壊されました。残っていた中の何棟かは、石炭の博物館に移されたようです。(取り壊されたのは残念ですが)残すとしたら、維持が大変なんです。僕らも、撮影をしているあいだは、夜間にガードマンを雇っていました。火事などがあったら大変ですから、そういうこともこちらで責任を持って、撮影に使わせていただいたんです。僕らが撮影をしたのは2週間程度ですが、予算的な意味も含めて、あのような場所を年単位で維持するのは、とても大変なことだと思います。

― 舞台などではゴージャスなイメージのある中尾さんですが、今回の渡辺久仁子役は、いわゆる「煙草屋のおばさん」という庶民的なキャラクターでした。

平山 子供たちに、「ばあちゃん、ばあちゃん」と呼ばれる役だったので、嫌だったのではないかと思うんですけどね(笑)。中尾さんと光石さんのシーンは、ネイティブな北九州弁でやりとりをしてくれたので、見ている僕は抱腹絶倒で、(冗談で)「字幕が必要じゃないか」というくらいの勢いでした。おふたりのやりとりを見ていて、「昔の口喧嘩はこうだったなぁ」と思い出しました。
撮影の当初、中尾さんは和服に前かけをつけた衣装で出てこられたんです。でも、まるで料亭の女将さんのような、上品でお金持ちの雰囲気になってしまうんですね。それでは久仁子のイメージと違うので、「やはり、洋服にしましょうか」と言ったら、中尾さんが、「『あっぱっぱー』でいいですね」とおっしゃったので、そのようにお願いしたんです。
「あっぱっぱー」というのは、夏の簡単服という意味なんですが、現場では、中尾さんと僕にしかわからなかったようです(笑)。結果、久仁子らしい「あっぱっぱー」なイメージの洋服で登場してくれました。故郷の言葉が通じるので、話が早くて助かりました。

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― 本作には、生き生きとした子供たちが大勢登場します。その多くは、現地のオーディションで選ばれた一般の子供たちということですが、たくさんの子供たちとご一緒に仕事をするこつは?

「『悲しい』や『淋しい』、『おもしろい』など、単純な言葉だけを伝えるようにしています」

平山 僕は以前、『学校の怪談』というシリーズの映画で大勢の子供たちと仕事をしましたが、その当時から、子供とのつきあいかたや方法論は変わっていません。子供は、とてもおもしろいんです。たとえば、「走れ!」と言ったら、「止まれ!」と言うまで、下手をしたら1日中走っていますからね(笑)。そんな調子ですから、子供たちは疲れるのも早いですけど、とにかく一生懸命で、常に全力なんです。「この枠の中だったら、好きに過ごしていいよ」という感じで、ちょっと自由にさせるんです。
子供に、「きみは今、こんな気持ちだよ」と難しく説明しても、わかってはもらえません。俳優として教育を受けていれば、少しはわかるかもしれませんが、それよりも、「悲しい」や「淋しい」、「おもしろい」など、単純な言葉だけを伝えるようにしています。

― 本作の撮影中、監督が「味のある老人がほしい」と言ったら、イメージ通りの一般のかたが出演してくださったそうですね。また、「味のある」という意味では、野良犬たちも登場しています。

平山 炭坑町の古い資料を見たら、ふんどし1枚の姿で将棋を打っている老人の写真がありました。それを見たときに、「これだ!」と思ったんです。そうしたら、かつて松原炭住に住んでおられた年配の男性をスタッフが見つけてきてくれたので、写真と同じように、ふんどし1枚の姿で出演していただくことができました。
犬たちは、炭坑の守り神でもあるんですね。現代では、犬はリードをつけられて散歩をして、糞は飼い主がかたづけますが、当時は犬が自由に動きまわっていて、糞も放置されていました。昭和30年代を表現にするにあたって、そういうディテールも大切だな、と思ったんです。

― 昭和30年代は過去ではありますが、たとえば江戸時代などを舞台にするのとは違って、現在でも当時を知っているかたが多いですね。一方、出演者や観客には、平成生まれで、昭和をまったく知らないかたもいらっしゃいます。

「あの時代はあの時代として、ちゃんとあったのだ、ということを描きたかったので、ノスタルジーのつもりはありません」

平山 本作の舞台は炭坑町なので、「なんと汚かったのだろう」と感じるかたも、たくさんいらっしゃるでしょう。同じ昭和でも、東京が舞台だとモダンですので、まったく別の形になります。
本作では、少々荒っぽい人々が、汚い炭坑町で一生懸命に生きています。現代の人々には暑苦しく映るかもしれませんし、「なぜ、周囲とこのように濃密につきあわなくてはならないのだろう」と感じるかもしれません。とはいえ、「当時は、濃密でよかったね」と言うつもりはないんです。あの時代はあの時代として、ちゃんとあったのだ、ということを描きたかったので、ノスタルジーのつもりはありません。
ただ、劇中に登場する守と美代の関係などは、現代にもあると思うんですね。「好きと言えなくて、身悶えてしまう」というような感情は。町の情景や人々の服装が違っても、誰かを恋しいと想ったり、嫌だと感じたりする気持ちは、時代が移っても変わらないと思います。

― 2010年に『必死剣 鳥刺し』と『信さん・炭坑町のセレナーデ』、2011年2月に『太平洋の奇跡 ―フォックスと呼ばれた男―』と、監督作の公開が続きますが、今後のご予定は?

平山 映画の企画というものは、やるつもりでいても、ぱっとなくなってしまうこともありますから(苦笑)。逆に、予定外に「ぽん」と飛びこんでくる企画もあります。
『必死剣 鳥刺し』と『太平洋の奇跡 ―フォックスと呼ばれた男―』は、飛びこんできた企画でした。『必死剣 鳥刺し』の企画を電話でいただいたときは、最初、「焼き鳥のグルメ映画だろうか」と思ったものでした(笑)。『太平洋の奇跡 ―フォックスと呼ばれた男―』は、ドン・ジョーンズさんの原作が” OBA,THE LAST SAMURAI”なので、初めて聞いたときには、時代劇なのかと思っていました。

― もし、企画があらかじめ存在しなくて、「自由に映画を撮ってよい」と言われたら、どういう作品を撮りたいですか?

平山 〆切がないと仕事ができないタイプなので、「なんでもやってよい」と言われるのが、一番苦手なんです(笑)。
〆切と、クランクアップの日にちが決まっているから、それを楽しみに前へ進むことができます。クランクインの3ヶ月くらい前が最も自由な時期なので、妄想に酔っているうちにクランクインが迫ってきて、予算やスケジュールなど、現実的な話になってきてしまうんですけれど(笑)。

― これから映画界で活躍したいと思っている若手の監督や映画人へ、アドバイスはありますか?

「映画監督という土俵で言えば、全員がライバルです」

平山 自主制作でも、大作でも、既に映画を撮られているかたは、「監督」という同じポジションです。僕はたまたま、若いかたより何本か多く撮っていますけれど、映画監督という土俵で言えば、全員がライバルです。アドバイスを言える立場ではありません。

― 『信さん・炭坑町のセレナーデ』をご覧になるかたへ、メッセージをお願いします。

平山 よく聞かれることですが、メッセージはないんですよ(笑)。僕らが作った昭和38年のある地方の人たちの映画を、現代のお客さんにどのように観ていただけるか、ということに興味があるので、「こう観てください。こう観てほしい」というのはありません。
否定的なご感想もあるでしょうから、観てくださったかた全員が「素晴らしかった」とおっしゃったとしたら、気持ち悪いです。とはいえ、五分五分でもつまらないので、6対4や7対3くらいで賛同してくださるかたがいらっしゃれば、映画として健康かな、と思っています。

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▼平山秀幸監督 プロフィール
1950年、福岡県生まれ。大学卒業後、数々の映画の助監督を務め、1990年に『マリアの胃袋』で監督デビュー。『ザ・中学教師』(1992)で日本映画監督協会新人賞を受賞。1995年より公開の『学校の怪談』シリーズなどヒット作を生み出し、『愛を乞うひと』(1998)は国内外で高く評価され、モントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞をはじめ数々の賞を受賞する。以後、『ターン』(2001)、『OUT』(2002)、『レディ・ジョーカー』(2004)、『しゃべれども しゃべれども』(2007)、『やじきた道中 てれすこ』(2007)、『必死剣 鳥刺し』(2010)など、幅広いジャンルにわたって話題作を発表。2011年2月に、『太平洋の奇跡 ―フォックスと呼ばれた男―』の公開が控えている。

▼『信さん・炭坑町のセレナーデ』作品・公開情報
日本/2010年/108分
監督:平山秀幸
脚本:鄭義信
原作:辻内智貴 『信さん』(小学館刊)
出演:小雪 池松壮亮 石田卓也 柄本時生 小林廉 中村大地
金澤美穂 光石研 村上淳 中尾ミエ 岸部一徳 大竹しのぶ 他
配給:ゴールドラッシュ・ピクチャーズ
コピーライト:(C)「信さん・炭坑町のセレナーデ」製作委員会
『信さん・炭坑町のセレナーデ』公式サイト(注:音が出ます)
※2010年11月27日(土)より、新宿ミラノ、銀座シネパトスほか全国ロードショー!

《原作小説》

信さん (小学館文庫)

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『信さん・炭坑町のセレナーデ』 作品紹介

取材・編集・文:香ん乃
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