『ロストパラダイス・イン・トーキョー』

  • 2010年09月24日更新

lpmain

「別に死にたいわけじゃないけど、生きていたいのかも、よくわからない」と、ふとしたときに思うことが多々ある。三十路を終えようとしている独身の友人が、「長生きしたって面倒なだけだから、明日、死んでも構わない」と、半ば本気で言っていた姿が記憶によぎる。

日々、時間に追われて働き、食いぶちを稼ぐだけで精一杯。『ロストパラダイス・イン・トーキョー』の主人公・幹生も、「必死に生活してはいるけれど、希望の意味を忘れて久しい」、そんな人物だ。

知的障害を持つ兄の実生とふたりで暮らしている幹生は、不動産会社の営業として働いているが、業績は振るわない。あるとき、実生の性欲を処理させるため、幹生はデリヘル嬢のマリンを自宅へ呼んだ。マリンの本名は聡子。実生に対しても屈託なく接する彼女は、風俗嬢として働く傍ら、秋葉原でアングラ系アイドルとしても活動している。たくましくて、明るくて、「いつか、自分だけの島を買いたい」という夢を語るマリン。三人は、奇妙ながらも自然と、共同生活を送るようになっていった。

lp4

常に疲れていて虚無感に苛まれている幹生にしてみれば、マリンの絶対的な前向きさに違和感を覚えることもあるだろう。現に、マリンと出会った当初、幹生は彼女をうっとうしげに扱うこともしばしばだった。しかし、やがては、幹生の顔に笑みが浮かぶようになる。同時に、兄の実生を見る幹生のまなざしが、穏やかなものに変わっていく。

マリンは幹生と実生に変化をもたらすが、だからといって彼女は、太陽や女神のような存在ではない。幹生をはじめとした、現代の日本に生きる多くの人々と同じように、「将来や社会に、希望と信頼を預けることができない人間」であるように見える。彼女の過去には大きな傷があり、また、現在の仕事や生活に満足しているわけでもない。マリンの懸命さや笑顔は、なけなしの生命力にかろうじてすがってもがいた結果の産物であるように映る。「どうしてか、『生きづらくて』たまらない」 ― 日々の生活でそう感じたことがある者なら、マリンの在りかたに共感をいだくと同時に、「生きづらくても、生き続けること」への勇気を思い出させられるだろう。

lp1

この映画に厳然と漂っているのは、「生きること」に対する絶望感と諦観である。幹生たちが暮らしている土地には、1棟のタワー・マンションが空を突き刺すかのように建っているのだが、あの建物はまるで、社会の底辺でかつかつの暮らしをしている幹生たちを見て見ぬふりをする、狡猾な神のようだ。高所得者と低所得者の格差、努力が認められにくい環境、弱者に目を向けようとしない現状 ― あのタワー・マンションと幹生たちの対比は、現代の日本社会を象徴する縮図にも見える。「生きにくいから、生活を変えられないからといって、社会のせいにしてはいけない」と考えるかたもいるだろう。だが、幹生たちは社会に対して声高に現状を訴えているわけではない。それどころか、なにかを主張しようともしていない。能動的に行動する意欲を培うことすら難しい、そんな「一部の人々は、呼吸をするだけで、いっぱいいっぱい」なのが、現代の日本が持つ側面のひとつだ。

lp3

このような現実の中で、「人が人とつながることで、生まれてくる希望」が、幹生と実生、そして、マリンの関係から見えてくる。誰かと向きあったら、その誰かと一緒にいたいと、ほんのりとでも思ったとしたら、「生きていたいのか、わからない」、「明日、死んでも構わない」という感覚すら、自然と消滅していくものなのかもしれない。ことさら改善を求めなくても、社会に対して強く立ち向かわなくても、連絡を絶やしたくない相手がいるだけで、人は自ずと「生きていたい」と自覚するようになるのかもしれない。

エンド・ロールを迎えたときに、「あの三人に、少しでも幸せになってほしい」と、切に願うだろう。「あの三人」という言葉を、「自分」に置き換えてみるとよい。現代の日本は、確かに、誰もが生きやすい社会ではない。しかし、心に踏みこみたい、心に踏みこんでほしい、そんな相手を求めることすら、忘れてはいないだろうか。

そんな存在が既にいてくれるのに、目を逸らしてはいないだろうか。

lpsyoniti

《初日舞台挨拶リポート》

2010年9月18日(土)、立ち見も出るほど盛況なポレポレ東中野にて、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』の初日舞台挨拶がおこなわれました! 登壇者は小林且弥さん、内田慈さん、ウダタカキさん、そして、白石和彌監督の4人。←の写真、左から、白石監督、小林さん、内田さん、ウダさんです。

主人公の幹生を演じた小林さんは、役柄についての印象を訊ねられると、「撮影は1年半以上も前だったので憶えてないです(笑)。ただ撮影中から、『これはいい映画になるんじゃないか』と思っていた通り、素晴らしい作品に仕上がりました。白石監督のことを本当に尊敬しています」と答えました。

lp5

初めて映画でヒロインを務めたマリン役の内田さんは、「この日を迎えられて本当に嬉しいです。さっき(観客の)みなさんが入ってくるのを上から見ていて緊張してました(笑)。オーディションのときから脚本について話しあい、心から一緒に作ったと感じられる作品です。運命共同体と言えるような関わりができました」と話しました。

知的障害を持つ実生を演じたウダさんは、「レイトショーにもかかわらず、こんなにたくさんのかたに来ていただいて本当に嬉しいです。とても思い入れの深い作品です。他のふたりの共演者が自然な芝居ができるかたなので、一緒にやっていて勉強になりました」と語りました。

本作で監督デビューを飾った白石監督は、「つらいニュースが多い中で、『本当の幸せとはなにか?』を世の中に訴えたかった。そして、作品を作ることで少しでも世の中を救えれば、と思いました。この作品は、僕の映画を作りたいという思いが少しずつ周りを巻きこんだ形で完成しました。本当にいろいろな人に助けられたし、感謝しています」と挨拶をしました。

lp2

▼『ロストパラダイス・イン・トーキョー』
作品・公開情報

日本/2009年/115分
監督・脚本:白石和彌
プロデューサー:大日方教史
齋藤寛朗
脚本:高橋泉
撮影:辻智彦
照明:大久保礼司
録音:浦田和治
美術:今村力
音楽:安川午朗
出演:小林且弥 内田慈 ウダタカキ 奥田瑛二 他
製作:KOINOBORI PICTURES
制作協力:若松プロダクション/カズモ
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS
コピーライト:(C)2009 Cine Bazar
『ロストパラダイス・イン・トーキョー』公式サイト
※2010年9月18日(土)~10月8日(金)まで、ポレポレ東中野にてレイトショー。10月16日(土)より名古屋シネマスコーレ、2010年・晩秋より第七藝術劇場(大阪)他、全国順次公開予定。

▼関連記事
『ロストパラダイス・イン・トーキョー』 白石和彌監督 インタビュー

文:香ん乃

  • 2010年09月24日更新

トラックバックURL:http://mini-theater.com/2010/09/24/10623/trackback/