『道草』片山享監督インタビュー―片山享が見つめる「価値観」の不確かさと難しさ
- 2022年12月09日更新
片山享監督の今年5作目となる劇場公開作『道草』が、2022年12月月9日(金)よりシモキタ – エキマエ – シネマ『K2』で公開される。俳優事務所のハイエンドが製作を手掛ける映画の第2弾となる本作は、画家の青年が他人の価値観に翻弄されていく姿を通じて、「自分らしさとは何か」「価値とは何か」という普遍的なテーマを描く物語だ。
主人公の榎木道雄役には『河童の女』で映画初出演にして主演に抜擢された青野竜平。ヒロインの富田サチ役は映画・テレビ・舞台と話題作への出演が相次ぐ田中真琴。さらに、モデル・俳優として注目されるTao、片山組に欠かせぬ名バイプレイヤーの大宮将司、谷仲恵輔、山本晃大、入江崇志ら魅力と実力を兼ね備えたキャストが集結する。そんな本作について、片山監督に話を聞いた。
(取材:富田旻 写真:中村賢志)
片山監督自身が体験した「価値観」への違和感を作品に
― 本作のストーリーはどういったところから着想を得たのでしょうか。
片山享監督(以下、片山監督):役者だけをやっていた頃は、自分の「価値」を上げることに躍起になっていました。まぁ、思うほど上がることはなかったわけですが……で、35歳を越えた頃に「もう好きなことを好きなようにやるべきだ」と思って、ずっとやりたかった映画を撮ることを始めました。
― 以前のインタビューで、「役者が監督をやるとほかの監督に嫌われると思って、それが怖かった」っておっしゃっていましたよね。そこの価値観というか思い込みが吹っ切れたんですね。
片山監督:はい。それで初の長編映画『轟音』を撮ったのですが、この作品の公開を機に少しずつ周囲の変化を感じていきました。ほかの方から見た自分の価値が、明らかに上がっていくんです。知り合いからも、知らない方からも……。ありがたいことですけど、そこに戸惑いというか疑問も感じました。なぜなら、僕自身は何も変わってなかったからです。経済的な状況も、考えていることも、考え方も……。そのときに、「こうやって自分が自分でいられなくなっていくんだな」って思ったんです。他人から見た自分の価値が、僕自身の価値になるんだと。そのことがずっと頭にあって、「価値」というものを一度ちゃんと描いてみたいと思ったんです。
「道草」の絵は青野竜平の直筆! 光る大宮将司の存在感!―キャスティングの裏側
― 俳優事務所のハイエンド製作作品ということで、俳優さんの演技や魅力を活かす作品づくりを意識されているかと思いますが、脚本は基本的に当て書きだったのでしょうか。
片山監督:当て書きはほぼないです。武藤役の大宮将司さんくらいですね。他の役は脚本を書いてからキャスティングしています。
― 脚本が先行だったんですね。大宮さんはハイエンド作品第1弾『わかりません』に続き、今作でも気の良い豪快なおじさん役で抜群の存在感を発揮していらっしゃいますね。
片山監督:大宮さんは『わかりません』の企画メンバー5人(事務所代表でプロデューサーの大松高、俳優のボブ鈴木、木原勝利、大宮将司、および片山享)の中の一人だったんですが、前作がボブさんときーちゃん(木原)が主役だったので、第2弾は大宮さんにもう少し前に出る役をやってほしくて、そこだけは当て書きでした。
片山監督:脚本の初稿ができて、前述の企画メンバー5人で道雄役を考えているときに僕が提案したんです。青野は『わかりません』にも少しだけ出てもらっているんですが、その印象がすごくよかったのと、朴訥な感じが道雄役に合っている気がしたんです。
― お顔とか声や話し方なども、すごく道雄のキャラクターに合っていると思いました。
片山監督:ただ、画家の役なので少しでも絵が描けないとまずいよねって話にはなって。映画のことには触れずに青野にラインして「青野、絵って描けるの?」って聞いたんです。そしたら「これくらいなら」と送られてきた絵がびっくりするくらい上手で。満場一致で「これは青野だね」ってなりました。一応、撮影前には絵画教室にも通ってもらいました。撮影時には手つきから何から「画家だ!」って思うほどになっていました。青野は大変だったと思います。感謝です。本作のメインビジュアルの絵は青野自身が描いた絵なんです。
― そうだったんですね! ほかにもカフェや個展のシーンなどにいろいろな絵が映っていますが、エンドロールの絵画提供には思っていた以上にたくさんのお名前が記載されていて驚きました。
片山監督:絵画提供者は合計16人で、作品の点数は70点以上あったと思います。
田中真琴が生きたサチは、とてもとても魅力的だった
― サチ役の田中真琴さんはオーディションで選ばれたそうですが、片山監督作品でキャストのオーディションをしたことって、これまでないですよね?
片山監督:今作が初めてですね。これまでオーディションをしてこなかった理由は、作品の規模感のことが大きいですが、もう一つあって、僕も役者なのでオーディションでコミュニケーションをとってしまうと、情が湧いて落選させるのが辛くなってしまうんです。役者がどんな気持ちでオーディションに臨んでいるかは、手に取るようにわかりますからね。監督としてそんなこと言っていちゃダメなんですが……。でも今回はハイエンド作品の第2弾ということもあり、新しい人に出会って映画の幅も広げたかったので、事務所代表の大松の力を借りてオーディションをさせて頂いたんです。
― オーディションはどんな内容だったのですか。
片山監督:参加者全員に2回芝居をして頂いて、1回目は「とにかく自分の感情に素直にやってください。脚本から逸れても無理に軌道修正をする必要もありませんので、そのまま続けてください」と伝えました。その演技をふまえて、2回目は僕が演出をしました。演出というよりは「1回目はどう思っていましたか」と聞いたうえで、脚本通りにいっていれば話し合い更に演出を加えていき、逸れていた方には脚本の方向にいくには何を演出したらいいか考え膨らまし、話し合うことをしました。
― なぜ、そのような内容にしたのですか。
片山監督:僕は芝居で嘘をついてほしくないんです。いま言っている嘘というのは「脚本に書いてあるからこうしないと」とか「監督はきっとこう考えている」と考えて、自分の感性とは違うけど無理矢理そっちに持っていくみたいなことです。
― そのオーディションで、田中さんのどんなところに魅力を感じられましたか。
片山監督:1回目の田中真琴さんがとにかく素晴らしくて。脚本からは見事に逸れて、全然戻ってこなかったんです。狙いでやっているのではなく、そのとき思ったことを素直にやっているように感じました。だからずっと見ていられたんです。2回目は、1回目の素直な感性は持ち合わせたままで脚本通りにシーンを演じてくれました。これでもう田中さんしかいないって思いました。もう一つ田中さんを選んだ理由がありますが、ネタバレになるのでここでは伏せます。
― サチは、とても素敵な女性でした。田中さんご自身の素の魅力が大きく反映されているようにも見えましたが、監督が脚本で描いていたサチを、田中さんが実際に演じられたときはどんな印象を持ちましたか?
片山監督:オーディションで選ばせて頂いたので、脚本段階でのサチのイメージに近い人ではあったと思います。ただ、容姿は少し違いました。でも、前述の通り芝居が素晴らしく、そして愛嬌がありました。出演を決めさせていただいた時点で、脚本のイメージのサチを貫くのではなく、田中自身が持っている魅力というものをサチに盛り込んでいこうと思いました。まぁその辺はいつもの演出方法と似ていることかもしれません。田中さんが生きてくれたサチは、とてもとても魅力的でした。
正解がないんじゃない。不正解がないんだ
― 「芸術の価値」という不明瞭なものを通して、創作に携わる人間はもちろん、誰にも通じる幸せの価値観や同調意識を描いている作品です。なぜこのテーマを選ばれたのですか。
片山監督:人の価値が自分の価値になることが嫌だからです。でも、僕は人の価値が自分の価値になりやすい人でもあるんです。そんな自分が嫌なんです。人は人、俺は俺でいいじゃないかって思うんですが、どうしても無理なときがあるんです。だからかもしれません。ただ、人の好きなものを自分も好きになるってのは素敵だと思っていて。……いやぁ価値観とは難しいです。それも価値観か。
― 道雄の知り合いの売れっ子アーティストの天野(山本晃大)は見た目がシュッとしていて、個展を訪れるファンはなぜかサブカル好き風女子ばかりだったり、絵画コレクターの岡崎(入江崇史)は結局本当にわかっていたのかな? と思わせるシーンがあったり、価値観に対するアイロニーというかブラックユーモアが描かれているところがおもしろかったです。何かしらの実体験やモデル、監督の日々の想いなどが反映されているのでしょうか。
片山監督:特にモデルになっている人や出来事はないのですが、僕は自分の哲学を持っている人が好きなんです。僕が言うところの哲学は自分なりの考えのことで、それが間違っていようがいまいが、「自分はこう思っている、こうしたい」っていう人です。正解はないほうが楽しい。怖いけど。だから価値の共有が生まれるんだと思いますが。でも、それも間違っているとは言いたくないんです。みんな間違ってない。みんな正しい。それでいい。
― なるほど。
片山監督:あ、でも、人を傷つけることは間違っていると思っています。そこだけは不正解が自分の中にはあります。あ、そうだ! 今思い出しました。若い頃に口癖のように言っていたことがありました。「正解がないんじゃない。不正解がないんだ」それかもです。言いたいのは。
ある人がゴミだと言った物が、ある人にとってはかけがえのない宝物になるかもしれない
― 生活していくことと夢や創作を追い求めること。『わかりません』とも共通するテーマですが、片山監督ご自身も同様の苦悩を抱えたことはありますか?
片山監督:結局は自分が何を欲しているかによるのかなって思います。売れることなのか、好きなことをやっていればいいってことなのか、お金持ちになりたいのか、みたいな。そういう意味では役者だけやっているときは苦悩ばかりでした。元来好きなことだけをやって生活したい人間なので、役者って呼んで頂かないと好きなことできないので。だから今は能動的に作ることができるから楽しいです。もちろん産みの苦しみは無茶苦茶ありますが。
― 役者として受け身だった立場から、監督として能動的に動くようになって苦悩の折り合いがついたって感じですかね?
片山監督:折り合いはつけているんですかね(笑)。どうなんだろう。僕みたいな人間はダメですよ。生活を犠牲にできてしまうから。すみません、答えになってなくて。あ、でも、若い時は苦悩していたんだと思います。それこそ『道草』じゃないけど、自分の好きなことをやったもん勝ちだと思っています。商売としてうまくいこうがいかなかろうが。人生は一回や!
― たしかに、人生は一回や(笑)! 片山監督は本作を含め、今年5本もの映画を劇場公開されています。作品を世に出すことは、自分の価値観を世の中に曝け出すことでもあり、感想や批評として他者の意見や価値観を受け取ることでもあります。そうした声に感謝すると同時に、自身の価値観が揺らいだりすることもありますか?
片山監督:揺らぎまくりですよ! 嫌になるくらいに揺らぎます(笑)。でもその揺らぎは新たな自分を見つけるきっかけにもなります。諦めたくはないので、思考することを。他人の価値観を目の当たりにしたときに良いことがあって、客観視ができるようになります。自分の価値観すらも。ただ難しいのはムカついてしまったとき。すべてが主観視になります。そうならないように心がけて、少しでも前に進みたいですね。なかなかうまくはいきませんが。
― 自分の表現を続けるというのは、結局はそこの繰り返しですよね。
片山監督:映画をつくればつくるほどに自分の恥部が露呈していきます。その恥部が人の糧になることがある。とある人がゴミだと言った物が、またとある人にとってはかけがえのない宝物になったりする。僕の恥部もそうして他人の目に触れることで、誰かの宝物になったら嬉しいなって思います。
プロフィール
【片山享(かたやま・りょう)/ 監督】
1980年福井県鯖江市生まれ。大学卒業後から俳優活動を開始。また2017年より映画監督しても活動を開始。
初長編映画『轟音』は、北米最大の日本映画祭であるJAPANCUTSに日本代表として選出、またシッチェス映画祭でもブリガドーン部門にノミネートされた。
安楽涼監督と共同監督をつとめた『まっぱだか』では主演津田晴香がおおさかシネマフェスティバルにて新人女優賞を獲得した。本作が今年5本目の劇場公開作となる。
予告編・作品情報
遠回りの先に、描いたもの。
【STORY】画家の榎本道雄は、日の目を浴びたキャリアもなく、ごみ収集のバイトで生計を立てている。しかし、その生活に満足していた。ひょんなことから出会った富田サチは道雄の絵が好きだと言い、二人は付き合い始める。幸せな日々がきっかけとなり、それまで思い描いたこともなかった画家としての成功を意識するようになっていくが、道雄の絵は売れない。焦燥感に駆られていたある日、道雄がごみ収集に向かうと自分の作風とは全く異なる激しいタッチの抽象画が捨てられていた……。
▼『道草』
(2022年/日本/122分/アメリカンビスタ/5.1ch/DCP)
監督・脚本:片山享
出演:青野竜平、田中真琴、Tao、谷仲恵輔、山本晃大、大宮将司、入江崇史
プロデューサー:大松高
撮影:深谷祐次 照明:松島翔平 録音:坂元就・杉本崇志
制作:山田夏子 監督補佐:安楽涼 助監督:風間英春
ヘアメイク:谷口里奈、富田貴代
スタイリスト:磯﨑亜矢子・青山新 カラリスト:深谷祐次 整音:坂元就 絵画提供:大前光平
美術協力:sinden inc.・大門佑輔 宣伝デザイン:あおときinc. 櫻井孝佑
制作プロダクション:ハナ映像社
配給・宣伝協力:夢何生
企画・製作:ハイエンド合同会社
※2022年12月月9日(金)よりシモキタ – エキマエ – シネマ『K2』にて公開
- 2022年12月09日更新
トラックバックURL:https://mini-theater.com/2022/12/09/56516/trackback/