無名の人物から届いた脚本が始まり―フィンランド映画祭2010 『ヤコブへの手紙』 クラウス・ハロ監督 ティーチ・イン
- 2010年11月12日更新
2010年10月に、恵比寿ガーデンシネマで開催されたフィンランド映画祭2010。10月31日(日)の『ヤコブへの手紙』上映後、クラウス・ハロ監督によるティーチ・インが開催されました。
2011年のお正月第2弾で日本公開が決定しているこの作品は、盲目の牧師・ヤコブと、刑務所から出所したレイラの物語。レイラの仕事は、ヤコブのもとに届く手紙を読んで、返事を書く手伝いをすること。悩める人々から送られてくるそれらの手紙は、ヤコブの生きがいです。しかし、ある日を境に、手紙が一通も届かなくなったため、ヤコブは落ち込んで憔悴してしまいます。そんな彼の姿を見たレイラの心に、変化が起こるのですが……。
本作の脚本はハロ監督が手がけていますが、原案はヤーナ・マッコネンさんという女性によるものです。 マッコネンさんの原案と出会った驚くべき経緯を、ハロ監督は詳しく語りました。さて、その経緯とは?
「(原案の)脚本を読み進めたら、主人公の男女を演じる役者の顔が思い浮かびました」
クラウス・ハロ監督(以下、ハロ) (本作と関わることになった)当時、私はスウェーデンで、スウェーデン語の映画を製作している最中でしたが、映画化は難しいのではないか、と挫折していた上に、ひどい風邪をひいて寝込んでいました。自分はまったく役に立たない人間だと落ち込んでいたので、(今にして思えば)『ヤコブへの手紙』のヤコブ牧師と重なるところがありました。
そんなとき、まったく無名のJ・マッコネンという人から、1本の脚本が郵便で届きました。私の住所は一般に公開していないので、どこから住所を手に入れたのかと驚きましたが、更にびっくりしたのは、その脚本に一筆添えられていないことでした。
このような形で脚本を受け取ることはときどきありますが、たとえば「作品に感動しました」等、嬉しいことが書き添えられてあるものです。しかし、この脚本には、J・マッコネンという名前と電話番号しか添えられていませんでした。(正直なところ)「失礼な人だ」という印象を受けました。
風邪で寝込んでいて、特にすることがなかったのもあり、その脚本を2ページだけ読もうと決めて、手にとりました。ですが、つい読み進めてしまい 、「どのような展開になるのだろう?」と知りたくてたまらなくなりました。20ページほど読んだときに、主人公の牧師と女性のふたりを演じる役者の顔が思い浮かびました。彼らが出演してくれたら、とてもよい映画ができるのではないか、という思いが生じたのです。
「マッコネンさんに電話をかけたとき、私が本物のクラウス・ハロだと彼女に信じてもらえるまで、かなり時間がかかりました」
ハロ 結局、まったく読むつもりがなかった脚本を読破しただけでなく、ものすごく感動してしまいました。このような物語を自分で思いつかなかったのが悔しくなったほどだったので、迷った挙句、マッコネンさんに電話をかけることにしたのです。
私は興奮状態で彼女に電話をかけましたが、(てっきり男性だと思い込んでいたので)彼女が女性だということに、とても驚きました。当時、マッコネンさんは40代前半の元ソーシャル・ワーカーで、仕事に疲れて休みをとって通っていたシナリオの学校で、くだんの脚本を卒業作品として書いたのだそうです。
実は、脚本に感動したと伝える前に、「こんなに失礼な形で脚本を送ってくるものではない」と、まずは礼儀を教えるつもりでした。しかし、マッコネンさんは学校の先生に、「この脚本をクラウス・ハロが気に入るかもしれないから、送ってみなさい」と言われて、しかたなく郵送したので、私から電話があるとは考えてもいなかったのです。そのため、私が本物のクラウス・ハロだと彼女に信じてもらえるまで、かなり時間がかかりました。(観客笑)
その後、マッコネンさんに会って、「あなたの脚本に手を加えて、映画を作ってもよいか」と訊ねたら、「お役に立てるのなら、自由に使ってください」と許可を得ることができました。
「まるで、なにごとも報告してくる子供に対して、親が「もう聞きたくないよ」と答える状況のようでした」
ハロ いざ私が脚本に手を加え始めてからは、変更をするたびに、マッコネンさんに報告をしました。しかし、彼女は一切、返事をしてこなかったので、「気を悪くしたのだろうか」と心配になって電話をすると、「好きなように変えて構わないし、変更内容を報告してくれなくてよい」と言われてしまいました。(観客笑) まるで、なにごとも報告してくる子供に対して、親が「もう聞きたくないよ」と答える状況のようでした。
クランク・インしてから、撮影現場を見学に来るようマッコネンさんに声をかけました。しかし、「役者さんの邪魔になるので(行きません)」と返事があり、また、映画が完成して初上映が決まったときに、「一緒に舞台挨拶をしてほしい」とお願いしたら、「注目されたくないので、スポットライトは浴びたくないし、取材も受けたくありません。地元の映画館にひっそりと観に行くだけで満足です」と言われてしまいました。
実際、本作の公開初日に、彼女は自宅に近い映画館の最後列で映画を観て、主人公のヤコブとレイラに「さようなら」をしたそうです。
「この脚本を読んだときに、自分にとって最後の監督作になろうとも、絶対に作らなければならない、と思いました」
ハロ マッコネンさんがなぜ、このような一連の(控えめな)態度をとったかというと、彼女にとっては、この脚本が映画化されるのは二の次だったからです。
自分の中にあったさまざまな思いを脚本として表現し、それを世に出せたことで満足した彼女は、そこで「自分の役割は終わった」と考えました。人のためではなく、あくまでも自分のために書いた脚本だったので、(映画化にあたっては)ある意味、自身を部外者だと思いたかったようなのです。
マッコネンさんの脚本がなければ、私は本作を作ろうとは思いませんでした。この脚本を読んだときに、自分にとって最後の監督作になろうとも、絶対に作らなければならない、という気持ちになりました。
そういった個人的なニーズからできあがった作品ですが、みなさまに観ていただいて、なにか感じていただけるものがあったら、非常に嬉しいです。
観客からの質問に答えるはずのティーチ・インは、ハロ監督の独壇場となりました。この映画の誕生秘話がユーモアを交えて面白おかしく語られ、観客からは、「監督とマッコネンさんとのエピソードを映画化する予定はないのか?」という質問も出るほどでした。ハロ監督の温かで真摯な人柄と、日本の多くの人に映画を観てもらえることへの感動と感謝で興奮している様子は、観客の心を温かくし、会場の一体感を強くするものでした。
※当サイトでは、ハロ監督にインタビューをおこないました! 『ヤコブへの手紙』の日本公開に合わせて掲載予定です。お楽しみに!
▼『ヤコブへの手紙』
作品・公開情報
フィンランド/2009年/75分
原題:”Postia pappi Jaakobille”
監督・脚本:クラウス・ハロ
原案:ヤーナ・マッコネン
出演:カーリナ・ハザード
ヘイッキ・ノウシアイネン 他
配給:アルシネテラン
※2011年1月、銀座テアトルシネマほか全国順次公開。
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取材・編集・文:秋月直子 スチール撮影:みどり
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