【インタビュー】コロナ禍で発揮する映画の底力 『裏ゾッキ』篠原利恵監督、伊藤主税プロデューサー
- 2021年06月14日更新
メイキングの域をはるかに超えた作品と言えるだろう。全国で順次公開中の『裏ゾッキ』は、俳優の竹中直人、山田孝之、斎藤工(監督名は齊藤工)の3人が共同で監督を務めた『ゾッキ』の舞台裏を追ったドキュメンタリーだが、オールロケを行った愛知県蒲郡市の支援態勢からコロナ禍における配給、興行の混乱まで、映画を取り巻く現状がはしなくも浮き彫りになっている。劇場用映画は初めてという篠原利恵監督と、本編の製作にも名を連ねる伊藤主税プロデューサーは「観た人がそれぞれに思ってくれれば」と、この作品が投げかけた問いについて語る。
【取材・撮影:藤井克郎】
早くカメラを回さないともったいない
-『裏ゾッキ』は映画『ゾッキ』のメイキング映像ではあるけれど、ドキュメンタリーとしてさまざまな課題が内包されている作品になっていると思います。最初から劇場公開を意図していたのですか。
伊藤主税プロデューサー(以下、伊藤):そうですね。『ゾッキ』を企画したときに、すでに『裏ゾッキ』を撮ろうということは決めていました。前に僕と山田孝之さんがプロデュースした『デイアンドナイト』(2019年/藤井道人監督)のとき、山田さんのドキュメンタリー映画『No Pain, No Gain』をテレビマンユニオンの牧有太さんの監督で撮っていますが、舞台裏の奮闘や苦労を同時に伝えることで、お客さまにより深く浸透できるんじゃないかと思っていたんです。
それでどういうディレクターがいいのかという話になったとき、『ゾッキ』は監督が3人で、しかもかなり著名な方々ですし、話を聞きにくかったりするかもしれない。さらに愛知県蒲郡市で撮ることが決まっていて、そこに深く入り込んで愛情を注げる人がいいね、という中で、牧さんから新進気鋭の素晴らしい監督がいると、テレビマンユニオンの後輩に当たる篠原さんを推薦していただきました。牧さんのことは信頼していましたし、初めて篠原さんにお会いしたとき、企画に興味を持ってくれて、しかもこちらが話したことに対してどんどん取材してくるんです。明るいし、頭もいいし、テレビで社会的なドキュメンタリーを手がけていたし、いいものを作っていただけると思いましたね。
篠原利恵 監督(以下、篠原):映画になるとか、ドキュメンタリーとして独立させるといったことは置いといて、内容が本当に面白そうだったんです。伊藤さんの説明がまた面白くって、パン屋さんも居酒屋さんも映画づくりに参加するんです、って興奮して話してくださった。もうすでに面白いことが起きていて、早くカメラを回さないともったいないという気がしました。
もともと何か異色の組み合わせが大好きで、今回も単に場所を貸すだけではなく、地元の方がスタッフの一部として一緒に映画を作るというところにひかれました。こことここをかけ合わせると何が生まれるの? みたいな部分で、ドキュメンタリーとしても強度のあるものが撮れるだろうなという確信があったので、重大な役割だなと思いつつ、やりたいという気持ちが勝りましたね。
蒲郡で起こっていることの積み重ねで表現
-蒲郡は『ゾッキ』の原作者である漫画家の大橋裕之さんの出身地で、『ゾッキ』の撮影までかなりの時間をかけて準備を進めていたんですよね。篠原監督が依頼を受けたのはクランクインのどれくらい前だったのですか。
篠原:1か月くらいでしょうか。もちろん役者さんなり監督の演出論なりも追うんですけど、蒲郡で起こっているということが、この映画の場合、特別なことなんじゃないかと思いました。ただ最初からこういう町を描きたいという狙いはなくて、例えばほら貝を吹いている人とか、パン屋さんに集まるおばちゃんたちだとか、何か見つけてはその積み重ねで表現していった感じですね。そんな中から『裏ゾッキ』の中の蒲郡というものが出来上がっていったんじゃないかなという気がします。
-作品を観ると、たった1か月しか準備期間がなかったとは思えないほど、篠原監督が蒲郡の人々に溶け込んでいて驚きます。
伊藤:そこは篠原監督の努力だと思います。飲み会があったら顔を出したりしてコミュニケーションを取っていた。人柄もあるでしょうね。僕は2年かかりましたが、ホント、1か月ですもんね。
篠原:伊藤さんが『裏ゾッキ』のことをきちんと説明して、『ゾッキ』並みに皆さんのことがショーアップされるいい機会だと浸透させてくれていましたから。環境が整っていたということもあると思います。
あと、私がちっちゃなビデオカメラで、うぃーっす、とか現れても、まともな撮影だと思っていないので、みんな油断していたんじゃないでしょうか。ただのおしゃべりくらいの感じで、本当に映画になるなんて思っていなかったと思うんです。
伊藤:映画業界の方々ではないので、『ゾッキ』と『裏ゾッキ』という作品がどういうふうに世に出ていくのかわからないんですね。だから今後、作品として観たときに実感が湧いてきて、こういうことを自分たちはやってきたんだ、こういうことを町でできたんだ、という証明になるんじゃないかと思います。すでに『裏ゾッキ』を観た市民の方には、私たちの宝物だと言ってくださっています。
映画のおかげで町の人々が再び一つに
-カメラには、映画のよさと町のよさの両方が映り込んでいますね。
篠原:撮影中、すごくたくさんの出来事が起きたので、最初はそれらを全部入れ込んで編集していたのですが、そうすると窮屈になって、何か『裏ゾッキ』っぽくないなと思ったんです。私が見た町の風景とか、愛すべき通行人とか、そこにいた動物とかももうちょっと入れてみようと。『裏ゾッキ』を観ることで、蒲郡に行ったような感じになったらいいなと思っています。
伊藤:私はすぐ隣の豊橋の出身なのですが、蒲郡ってもともと繊維産業で発達して、温泉もいくつかあって観光でもにぎわったんですが、わかりやすく衰退していった地域でもあるんです。ただ景観や食べ物も含めて、町の人たちは自分たちの町のことが大好きなんですよ。その大好きな町を守りたい、盛り上げたい、人をいっぱい呼びたい、という思いが根幹にあって、それが映画との相性のよさにつながった。『ゾッキ』をきっかけに、その後4作品くらいロケが来ているみたいですよ。
-『ゾッキ』の撮影が行われたのが2020年2月で、『裏ゾッキ』にはその後、新型コロナウイルスの感染拡大で予定が大幅に狂っていき、蒲郡の人々の映画に対するスタンスに温度差が出てきた部分なども映っています。図らずもコロナ後の映画のあり方、町のあり方が浮かび上がってきた気がします。
篠原:山田孝之さんがインタビューで「いらないものなんてない」とおっしゃっていますが、人それぞれ必要なものは違いますし、コロナ禍は蒲郡の人一人一人にとって映画との付き合い方が変わってくるポイントだったと思います。
映画を撮っているときは半狂乱の毎日で、細かいことは考えず、楽しさを味わう幸せな日々だった。でもコロナのせいで現実を突きつけられ、人それぞれ大切なものの優先順位が変わってしまうというのはその通りだなって思うんです。中には作品に出てくる居酒屋の笹野弘明さんのように休業中のお店でレシピを開発するということができる人もいれば、生活に余裕がなくなって何もやる気が起きなくなる人もいる。でもそんな中で最後に監督とキャストの皆さんが蒲郡に帰ってくるとき、映画にかかわっていた地元の人たちがほぼ全員参加で集まった。それって映画のおかげだし、その姿を撮っているだけで何か考えさせられましたね。
お客さんがいてこそ映画は完成
-人々を一つにするのに、映画など文化芸術が持つ力は大きいということでしょうか。
篠原:映画は必要なのかということに関しては、観た人がそれぞれ思ってくれればいいなと思っています。ただ私個人としては、必要なのかという問いってすごく怖いことだと感じていて、必要なものと必要でないものとを分けてしまうわけですからね。もちろん人命の方が大事だっていうのはわかるし、コロナを収束させなきゃいけないというのは大前提だけど、必要か必要じゃないかで、こんなにも人が夢中になっているものをほかの人が判断するのってすごく怖いことですよね。
-これまではテレビのドキュメンタリー番組を手がけてきましたが、初の劇場用映画を撮って、改めて映画の魅力に気づいたことなどはありますか。
篠原:映画もテレビも一生懸命にドキュメンタリーを作るという点では同じですが、劇場公開後の違いにびっくりしています。お客さんが映画館という場所に集まって、暗闇の中でチャンネルも変えずに、こんなに積極的に見てくれるんだというのが驚きです。感想もさまざまだし、私が意図していないことを読み取ってくださったりして、映画ってお客さんがいて完成するんだなと気づかされる日々です。
まだコロナ禍は続きますし、劇場公開を広げていくことに困難な部分はあるでしょうが、幸いこのチームは暗い雰囲気じゃない。知恵と工夫で乗り切ろう、みたいな感じが後押ししている感じがします。
プロフィール
【篠原利恵(しのはら・りえ)】
茨城県出身。1987年生まれ。早稲田大学を卒業後、一橋大学大学院で文化人類学専攻。2013年、テレビマンユニオンに入り、NHKやフジテレビなど数々のテレビドキュメンタリーを手がける。2016年にはNHK BS1ドキュメンタリーWAVE『子どもたちの“リアル”を取り戻せ 韓国ネット依存治療最前線』でATP(全日本テレビ番組製作者連盟)優秀新人賞を受賞した。元受刑者、選択的シングルマザー、時代遅れのロックンローラー、大相撲界など、社会のなかで一見”異質”とされる人や場所に入り込んで取材することを興味とする。
【伊藤主税(いとう・ちから)】
愛知県出身。1978年生まれ。主なプロデュース作品に、藤井道人監督『青の帰り道』(2018)、同監督『デイアンドナイト』(2019)、津田肇監督『Daughters』(2020)など。ほかに36人のクリエイターによる短編オムニバス映画を4シーズンに分けて製作する『MIRRORLIAR FILMS』が待機中。映画製作をきっかけとした地域活性化プロジェクトや俳優向け演技ワークショップ、プラットフォーム開発にも尽力。
作品&公開情報
▼ドキュメンタリー映画『裏ゾッキ』
(2021年/日本/116分)
撮影・編集・監督:篠原利恵
企画:伊藤主税、山田孝之 プロデューサー:牧有太
音楽:重盛康平 題字:大橋裕之
出演:蒲郡市の皆さん、竹中直人、山田孝之、齊藤工 ほか ナレーション:松井玲奈
主題歌:竹原ピストル「全て身に覚えのある痛みだろう?」(ビクターエンタテインメント)
製作:映画「裏ゾッキ」製作委員会
株式会社and pictures/株式会社ライツキューブ/株式会社テレビマンユニオン
制作:テレビマンユニオン 制作協力:and pictures
支援:映画「ゾッキ」製作委員会/映画「ゾッキ」蒲郡プロジェクト委員会
後援:蒲郡市
配給:イオンエンターテイメント
Ⓒ2020「裏ゾッキ」製作委員会
【作品解説】竹中直人・山田孝之・齊藤工がメガホンを執り、漫画家・大橋裕之の短編集を実写化する映画、『ゾッキ』。制作が開始される2020年、ロケ地である愛知県・蒲郡市の人々は喜びに沸いた。蒲郡では 8 年前から町の有志による映画誘致活動を続けており、念願が叶って蒲郡市も巻き込み『ゾッキ』を市民総出で全面バックアップすることになったからだ。平穏だった蒲郡で巻き起こる、ハプニングの数々。豪華キャスト・スタッフによる一筋縄ではいかない映画制作。そして、素人集団がどうにか映画を盛り上げようと奮闘する姿。その模様を追った『裏ゾッキ』は、ひとつの映画制作に集結した人々の”裏側”を描く物語……のはずだった。
ロケ終了後、コロナウイルスの猛威が世界中を襲った。4、5月に発令された緊急事態宣言で、映画館は2ヶ月の休館。これは戦後初めての事態だ。映画を生業にしていた監督陣の生活も一変。蒲郡の町も悲鳴をあげ、映画に心をくだいてきた人々は、それぞれ苦境に追い込まれる。さらに2021年3月の公開直前、コロナウイルス第二波が世界を襲う。目標にしてきた「作品を届けること」がおびやかされる今。ひとつの映画とともに重なり合った人々の現在進行形の記録——。
※映画『ゾッキ』と併映で全国順次公開中。
藤井克郎(ふじい・かつろう) 1985年、フジ新聞社に入社。夕刊フジの後、産経新聞で映画を担当する。社会部次長、札幌支局長などを経て、2013年から文化部編集委員を務め、19年に退職。facebookに映画情報ページ「Withscreen.press」を開設し、同年12月にはwebサイト版「Withscreen.press」をオープン。ほか執筆は週刊朝日、赤旗新聞、劇場用映画パンフレット等。
- 2021年06月14日更新
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