『月子』― 月のように静かに満ちていく“ふたりぼっち”の心
- 2017年08月26日更新
映画プロデューサーとして『海炭市叙景』『かぞくのくに』『ゲゲゲの女房』ほか多くの佳作を世に送り出し、『アレノ』『海辺の生と死』でメガホンを執った越川道夫監督の長編第3作は、唯一の肉親である父の死で生き場所をなくした青年と、障がい者施設から逃げ出してきた少女の旅路を描くロードムービーだ。
ドラマ『鈴木先生』や映画『私たちのハァハァ』などの演技で注目を浴び、歌唱力でも高い評価を得る三浦透子がヒロインの月子を演じ、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』や紅茶飲料のCMで話題を集める井之脇海が孤独な青年・タイチを演じる。若手俳優ふたりのピュアな存在感とともに、『永い言い訳』などの名カメラマン山崎裕の映像、宇波拓の情緒的な音楽、劇中に流れる賛美歌「天には栄え」を歌う森ゆにの透き通る声が、切なくも深く優しい余韻を心に残す。
孤独な青年と少女の“ふたりぼっち”の旅路
タイチの父が首を吊った。山間の小さな町で荒んだ生活を送っていた父を良く思う人はおらず、遺されたタイチにも父親殺しの噂が流れる。仕事も生きる場所もなくし、ひとりで父を見送った日、タイチは施設から逃げ出してきた知的障害の少女・月子と出会う。生まれた家に帰ろうと、何度も施設を飛び出しては連れ戻されているらしい月子。彼女の背中に傷があるのを目撃し、施設での虐待を疑ったタイチは、追ってくる職員たちを振り切って月子を親元に送っていくことにする。しかし、分かっているのは彼女の生家が「海の音の聞こえる場所」ということだけ。鳥の声に導かれるように、月子とタイチは“ふたりぼっち”の旅に出る……。
胸を震わす三浦透子と井之脇海の演技と繊細な演出
月子とタイチを取り巻く現実は、厳しく残酷だ。理不尽なこの世界に突然放り出され、たったひとりで生きていくには、彼らはまだ精神的に幼く頼りない。孤独な魂が引き合うかのように、タイチは月子の言葉に耳を傾け、その心を理解しようとする。そして、そんな彼の思いを、月子はまっすぐな心で感じ取っていく。
月子がタイチに触れる手、かすかなまなざし、投げかけられる言葉、名前を呼ぶ声……月のように静かに満ちていくふたりの絆と、それを描写する繊細な表現に胸が震える。それらを体現した三浦と井之脇の演技が素晴らしいのはもちろん、彼らの魂をそっと抱きしめるような映像と音楽の力にも感動せずにはいられない。同時に、現実世界にどこか生き辛さを感じている自分の心も癒されていくような気がして、ふと涙が溢れた。
その土地ごとに聞こえてくる“音”が映し出す景色
本作の撮影は、2016年初秋の奥多摩に始まり、渋谷、北茨城の大津港、福島県いわき市を経て、双葉郡富岡町へとふたりの足取りを追うように進められたという。スクリーンを見つめる観客と感情を同期するように、撮影クルーもまた、ふたりの旅路を見守っていたのかと、どこか温かい気持ちになる。
本作では、その土地ごとに聞こえてくる“音”も印象的だ。鳥のさえずり、風の音、虫の声、都会の喧噪、閑散とした被災地に響く工事現場の音、潮騒……。それらは、ときに景色以上にその土地を鮮やかに映し出す。気付けばふたりの幸せを切に祈りながら、少し後ろを歩いているような気持ちになっていた。
本作を観てからしばらく経った今も、時おり、この映画の先にあるストーリーに想いを馳せる。この若者たちがまっすぐな心を失わずに生きていけますようにと。そして、この小さな宝石のような物語が、多くの人の心に届きますようにと。
▼『月子』作品・公開情報
(2017年/日本/122分)
監督・脚本:越川道夫
撮影:山崎裕
音楽・音響:宇波拓
挿入歌:「天には栄え」歌/森ゆに、ギター演奏/宇波拓
出演:三浦透子、井之脇海、奥野瑛太、信太昌之、鈴木晋介、杉山ひこひこ、大地泰仁、信川清順、吉岡睦雄、内田周作、礒部泰宏、岡田陽恵、川瀬陽太
配給:スローラーナー、フルモテルモ
©2017 株式会社ユマニテ
※2017年8月26日(土)より新宿K’S cinameほか全国順次公開
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文:min
- 2017年08月26日更新
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