『ルック・オブ・サイレンス』〜慟哭のドキュメンタリー再び! 百万人の命を奪った「責任なき悪」のメカニズム

  • 2015年07月04日更新

「あなたはなぜ、兄を殺したのですか?」1965年、インドネシアで密かに100万人規模の歴史的大虐殺が行われた。そして今、遺族と殺人者の常識を覆す"対面"の場が設けられ、大虐殺に隠された"責任なき悪"のメカニズムが浮かび上がる! 2014年、日本でも公開され衝撃を与えたドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』を、今度は被害者側から見つめ返した慟哭のドキュメンタリー。息がつまる緊迫感と怒りを封じた苦悶の沈黙……。殺人という大罪を犯してもなお、なぜ彼らは罪の意識なく生きられるのか?
7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開 © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014


殺人者囲まれて暮らす恐怖、半世紀にわたって強いられ続けた沈黙。
本作はドキュメンタリーである。1965年インドネシアでクーデター未遂「9.30事件」が発生。その日から翌年にかけ「共産党員は悪」という"建前"のもと、100万人規模の大虐殺が行われた。ジョシュア・オッペンハイマー監督はこの歴史的事件を調べ遺族を取材するも、当局の妨害を受ける。そこであえて加害者側を取材し 、武勇伝として殺人場面を再現させ、ドキュメンタリーである前作『アクト・オブ・キリング』を撮影した。一方、被害者家族であるアディはこのインタビュー映像を見て、殺人を誇らしげに語る加害者たちの姿に衝撃を受ける。アディは兄・ラムリが殺害されたのちに生まれた青年だ。老いた母は同じ村に住む権力者(加害者)たちに怯えながら暮らし、認知症を患った父は、すでに家族の顔もわからないのに何かに怯え続けていた。アディは「亡き兄や今も怯えて暮らす両親のため、そして子供たちの将来ために、彼らに罪を認めさせたい」と決意。ジョシュアに「自分が加害者に会いに行き、その罪を直接問いかける」ことを提案。そして眼鏡技師でもあるアディは「無料の視力検査」を行うことで彼らの警戒を解く作戦をとる。彼らの視力を測りながら、徐々に核心をついた質問を投げかけてゆくアディ。同行したジョシュアのカメラが捉えたのは、加害者たちの言葉から浮かび上がる恐るべき”責任なき悪”のメカニズム。さらに、ジョシュアとアディが加害者を訪ね歩く中、母も知らなかったラムリの死についての新事実が明らかにされる……。


「責める気はない。ただ、罪を認めて欲しい」。アディの気迫の眼差し。
1965年に起きた恐るべき大量虐殺。これは長きにわたり「正義の行い」として語られ、小・中学校では子どもたちに「共産主義者は極悪な存在、だから殺されて当然」と教えてきたインドネシア社会。それから40年以上経っても、加害者(殺人者)は権力を握り、圧倒的優位な立場に踏みとどまった。一方、被害者遺族は、息子を殺され苦しみながらも、権力を握った加害者に囲まれているがために、怒りの声すら上げられず、半世紀にわたって「沈黙」を強いられ生きていた。本作は、そんな遺族の親子に密着。加害者に英雄的行動を再現させるという意表を突いた方法で罪をあらわにした前作『アクト・オブ・キリング』とは対照的に、通して感じられるのは「静けさ」だ。それははじめ、叫びや恐怖を奥に押しこめた、息の詰まる「強いられた沈黙」である。しかし、遺族アディの並外れた行動力によって、その沈黙はじわじわと破られていく。作り物ではない駆け引き。その緊迫感に、思わず身が固まってしまう。「あなたはなぜ、兄を殺したのですか?」と質問するアディに、殺害者本人やその家族は、怒り、取り乱し、様々な態度を見せる。開き直り、勝手な言い訳、かたくなな思い込み……。観ているだけで怒りがこみ上げてくる場面も多いが、当のアディは静かな口調で彼らに問い続ける。その気迫の眼差しは、本物の勇気とは何なのかを教えてくれる。


観客も第三者ではいられない。遺族の、被害者の「沈黙」に身を置く体験。
一方、アディに導かれるようにカメラを回したジョシュア・オッペンハイマー監督の、本作への姿勢も心を打つ。ジョシュア監督は、単純に歴史の悪を暴く満足や、犠牲者を聖人のように描いて涙を誘う「紋切り型ドキュメンタリー」を求めてはいない。遺族に寄り添い、彼らの「沈黙」自体を探求し、観客に差し出しているのだ。権力者によって「強いられてきた沈黙」、この撮影によって「破られる沈黙」、沈黙が破られたとき現れるトラウマ……ジョシュア監督によれば、本作はそういった「沈黙」にまつわるモニュメントであり、ポエムなのだという。立ち止まり、失われた命を認識し、そのことが生み出した沈黙に耳を傾けるべきだ、と作品を通して語りかけてくる。のんびりした自然の風景、忍耐と優しさを兼ね備えたアディの瞳、認知症である父親の口ずさむ歌、沈黙を守り通そうとする母の背中、被害者が殺害された静かな川の流れ。それらは、作品を哀しく美しく形作り、観ている者を彼らの沈黙へ導いて行く。作品を観ている間中ずっと、この深い沈黙の中をたゆたうような体験となるだろう。


▼『ルック・オブ・サイレンス』作品・公開情報
2014年/デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作/インドネシア語/103分/ビスタ/カラー/DCP/5.1ch/日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:倉沢愛子
原題:THE LOOK OF SILENCE
製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー
共同監督: 匿名 撮影:ラース・スクリー 製作総指揮:エロール・モリス『フォッグ・オブ・ウォー』 / ヴェルナー・ヘルツォーク『フィツカラルド』 / アンドレ・シンガー
●第71回ヴェネツィア国際映画祭5部門(審査員大賞・国際映画批評家連盟賞・ゴールデンマウス賞・ヨーロッパ映画批評家協会最優秀ヨーロッパ地中海映画賞・人権映画ネットワーク賞)受賞
●『ルック・オブ・サイレンス』公式HP
配給・トランスフォーマー 宣伝協力:ムヴィオラ
7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
© Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
文:市川はるひ

 

  • 2015年07月04日更新

トラックバックURL:https://mini-theater.com/2015/07/04/31684/trackback/