『追憶と、踊りながら』-文化も言葉も異なる母と息子の恋人ををつなぐのは、愛する人を失った悲しみだった

  • 2015年05月23日更新

ロンドンに住む中国人女性と、息子の恋人であるイギリス人青年の心の軌跡と葛藤を描く。『007』シリーズのQ役などで、今最も注目を集めるイギリス人俳優ベン・ウィショー主演。悲しみと静かな情熱を胸に秘めた彼の演技が心を打つ。






息子は真実を告げられないまま母の前から去った
29年前、息子の将来のために夫とロンドンに移住し、今は介護ホームに一人で暮らすカンボジア系中国人のジュン。英語が話せない彼女は、優しく美しい青年に成長した息子カイの面会を心待ちにしている。だがカイは、自分がゲイであり、リチャードという恋人がいることを彼女に告げられずに悩んでいた。そんな折、カイの身に悲劇がふりかかる。リチャードはカイの友人だと偽り、ジュンの面倒を見ようとするが、文化も世代も言葉も異なる二人の距離は、同じ思いを抱えていても、なかなか縮まらなかった……。

美しい記憶だからこそ痛みも深い
カンボジアと中国の血を引く監督のホン・カウは、「悲しみは共通言語」だと言う。ここでは、美しい記憶があるからこそ深い痛みを抱える2人の心と、そこには存在しないカイの思いがオーバーラップする。真実を母親に言えなかったカイの後悔と、本心とは裏腹に施設に入れた罪悪感は深く、悲しみの三重奏を奏でるのだ。

頑なにリチャードを拒んでいたジュンの心は、やがて解けていく。ある出来事から「彼が息子の恋人だ」と気づいたときの彼女の表情は秀逸だ。傷は癒えることはないが、何かが変わったと思える瞬間である。

主人公の周りは優しさにあふれている
イギリス社会に順応せず英語も話せないジュンと、マイノリティーといわれるリチャードとカイのカップル。どちらかといえば内向きになりがちな彼らの状況だが、ジュンに思いを寄せる施設の仲間のアランと、通訳係のヴァンが彼らに寄り添い、閉鎖性に風穴を開ける。孤独を強く感じているジュンとリチャードの周りは、感情の行き違いこそあれ優しさにあふれているのだ。作品全体を包む温かさがじんわりと伝わってくる。

美しい物語であり、介護ホーム内のレトロな雰囲気や、日本人にも馴染みの深い李香蘭(山口淑子)の“夜来香”などの挿入歌が、さらに花を添えている。


▼『追憶と、踊りながら』作品・公開情報
原題:LILTING
2014年/イギリス/英語&北京語/カラー/86分
監督・脚本:ホン・カウ
出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオン、モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズ
主題歌:「夜来香」(李香蘭)
(c) LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ムヴィオラ
●『追憶と、踊りながら』公式サイト

5月23日(土)より、新宿武蔵野館、シネマ・ジャック&ベティほか全国順次ロードショー

文:吉永くま

  • 2015年05月23日更新

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