喜びの歌の裏に秘められた心の闇。今日の中国の姿に重なっています―『二重生活』ロウ・イエ監督インタビュー

  • 2015年02月16日更新

武漢を舞台に、豊かな生活を送りながらも精神的に満たされない現代中国中産階級の人々の光と闇をミステリータッチで描く『二重生活』。仕事もプライベートも充実している男性ヨン・チャオには家族に見せることがないもう一つの顔があった。愛人との生活、浮気相手の存在。ヨン・チャオの裏の顔が生み出す事件とは?『天安門、恋人たち』の制作により5年間中国での映画製作を禁じられていたロウ・イエ監督に『二重生活』についてたっぷり伺ってきました。道徳観を超えた人間性に迫る監督の制作現場をお楽しみください。

 

チン・ハオさんは当初、この役に乗り気ではありませでした。こういう悪い男のイメージがついてしまうのではないかと尻込みしていました。
―中国で五年間の映画製作禁止を経ての作品となりますが、その五年間で影響を受けたことやきっかけになったことはありますか。
ロウ・イエ監督(以下ロウ・イエ):五年の間に二本の作品を撮影しました。一本目の『スプリング・フィーバー』は初めてデジタルのホームビデオで撮った作品です。二本目の『パリ、ただよう花』は初めてのパリで撮影した作品です。この二本の経験が活きています。

―『スプリング・フィーバー』にも出演されていたチン・ハオさんは正式な妻と二人目の妻もいるうえに浮気をしているという役です。チン・ハオさんはそれぞれの女性に「あなただけを愛している」と思わせる自然な演技が印象的でした。この役についてチン・ハオさんにどのように説明をされましたか。
ロウ・イエ:チン・ハオさんは当初この役に乗り気ではありませでした。こういう悪い男のイメージがついてしまうのではないかと尻込みしていました。彼には「君の今の道徳観でこの人物を判断してはいけない。この人物には苦悩があってやむなく、(二重生活を)していることもあるわけだからその人物の視点に立って考えるべきだ」といいました。チン・ハオさんは役作りをしっかりやってくれたと思います。正妻であるルー・ジエといるとき、愛人であるサン・チーと関係、それぞれ違った雰囲気を出してうまく演じわけていました。チン・ハオさんは中国の中産階級の男性を非常にうまくやりきったと思います。



中国の中産階級の人々が最も目を向けているのは“お金”。それでも自分がなにを求めているのかさえ分からない

―中国における中産階級とは具体的にどのような人物でしょうか。
ロウ・イエ:家があり、車を持って、家庭を持ち、会社を経営し、お金に不自由していない。これが中国の中産階級の現状です。ただし精神的には80年代末の動乱を経験している人たちなので、割と冷めた目で世の中をみているところがあります。彼らが最も目を向けているのは“お金”です。その中で、ヨン・チャオのように困惑しています。自分がなにを求めているのかさえ分からないのがヨン・チャオの姿です。

―正妻であるルー・ジエ、愛人であるサン・チー、を通して、女性の愛情深さ、愛人への復讐心など女性の顔をみることができるのですが、監督が女性キャラクターを描くうえでこだわった点を教えてください。
ロウ・イエ:ルー・ジエは愛に疲れています。一方、サン・チーは一人の男性を独占できないため、愛に対して情熱を持っている人物です。クラインインの前にスタッフ会議で言ったのはこの映画に出てくる人々はみんな「必死に自分を守っている」ということです。自分を守るというのは正当な行為です。しかし正当な行為でありながら、何の罪もない他人を犠牲にしていきます。他人の犠牲の上に自分を守ろうとした結末としてこの物語があります。


―サン・チーの息子は婚外子ですが、中国の中産階級では婚外子を持つ人は多いのでしょうか。
ロウ・イエ:ヨン・チャオはマザコンタイプの男性です。サン・チーと偶然の結果生まれた男の子との二重の家庭を持つというのは母親のためということになっています。ヨン・チャオと愛人サン・チーとの間には愛情が存在しています。その一方で家庭を守りたい気持ちがある。そういう中国の中産階級の男性を比較的多いのではないでしょうか。いくら過去にどんなことがあっても様々な手を使って両方を守っていきたい。中国は歴史上、延々と二つの家庭を持つことを続けてきたのではないでしょうか。時代は変わっても男は変わりません。道徳観をはずしてみると、複数の人に恋愛感情を抱くのは割と自然な行為だと思われます。そして中国社会においてはそこから憎悪や暴力が起こって物語が始まります。



喜びの歌の裏に秘められた心の闇。今日の中国の姿に重なっています。
―作品中にベートーヴェンの『喜びの歌』が何度か使われていますが、この曲を使われた意図をお聞かせください。
ロウ・イエ:中国社会を表現するのにふさわしい曲だと思ったからです。今の中国は情熱があり、富もあり喜びにあふれています。非常に楽観的な空気が流れて、喜びに満ち溢れているといわれていますが、その下には暗い闇があります。この映画では喜びの歌の裏に秘められた心の闇を描いているのですが、今日の中国の姿に重なっています。中国語の意味は「輝かしい光の下で私たちは楽しく暮らしている」という歌詞がついています。その裏に隠された闇。『喜びの歌』は三回使われ、そのあとに闇が描かれる重要なシーンにつながります。高らかに歌えば歌うほど闇は深いということです。社会も個人もそういう状況だと思います。


ロウ・イエ監督靴チェック
前回の靴チェックを覚えていてくれた監督。今回は黒のスニーカーです。前回はこんな靴でしたよ。







▼『二重生活』作品・公開情報
(2012年/中国、フランス/98分)
監督・脚本:ロウ・イエ
脚本:メイ・フォン、ユ・ファン
撮影:ツアン・チアン
編集:シモン・ジャケ
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
出演:ハオ・レイ、チン・ハオ、チー・シー、ズー・フォン、ジョウ・イエワン、チャン・ファンユアン、チュー・イン
配給・宣伝:アップリンク
●二重生活公式サイト

文:白玉

  • 2015年02月16日更新

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