『悪童日記』〜戦時下を生き抜く、無垢な魂をもつ双子。アゴタ・クリストフ衝撃のベストセラーがついに映画化〜

  • 2014年10月04日更新

亡命作家と呼ばれるハンガリー出身のアゴタ・クリストフ。その衝撃のベストセラーがついに映画化された。原作者アゴタ自らの体験をモチーフに書かれた、戦時下に生きる無垢な魂をもった双子の物語。戦争で親元を離れた双子の兄弟は、過酷な環境にさらされる中、したたかに冷酷に変化していく。「殺すこと」すらいとわなくなった2人は恐るべき行動を起こし、その日々を淡々と日記に綴る。戦時下を生き抜くため、果敢に現実に立ち向かう双子の姿が、倫理を超え、魂を揺さぶる感動作。
Ⓒ 2013 INTUIT PICTURES – HUNNIA FILMSTUDIO – AMOUR FOU VIENNA – DOLCE VITA FILMS
10月3日、TOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテほか全国ロードショー。



「汝殺すなかれ」っていうけど、みんな殺してる。
第二次世界大戦末期のハンガリー。双子の「僕ら」(アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント)は、国境近くの小さな町に疎開させられる。父(ウルリッヒ・マテス)は「真実を書き記せ」と日記帳を渡し、母(ギョングベール・ボグナル)は「勉強を続けて」と告げ去ってしまう。疎開先は「魔女」と呼ばれる粗野で冷酷な祖母(ピロシュカ・モルナール)の不潔な家。彼女は双子を「牝犬の子」と呼び、仕事を課し、満足な食事も与えない。郵便配達や酒場の大人は、理由もなく双子を殴りつける。そんな過酷な環境の中で「傷みや寒さ、空腹にも負けたくない」と願う2人は鍛錬と称して、お互いを殴り合い、ののしり合って心身を鍛えようとする。さらに「お母さんを思い出すと、心が痛くなる」と母の写真や手紙を焼き捨てる。人間同士が殺し合い、弱きものが死にゆく戦時下の非情な世界を見つめながら、2人はしたたかに、生き抜く術と冷酷な判断力を身につけていく。そして父にもらった日記帳に、淡々と真実だけを書き記す。やがてある夜、ついに母が双子を迎えにやってくる…。



恐るべきストイックさで、より原作の純度を上げた奇跡の映画化。
ベストセラーとして世界中に愛読者をもつアゴタ・クリストフの小説『悪童日記』。作家の意図によりあえて具体性を欠くこの小説は、映像化権を転々と移しながら、今まで映像化を実現できずにきたという。ハンガリー出身のヤーノシュ・サース監督は、映像化の権利を獲得するとすぐに原作者アゴタとセッションを重ねて設定を決めていった。原作をひも解くように構築されたこの映画は、原作のイメージを損なうことなく、その奥にあるものを探りあてている。おそらく多くの原作ファンにも、より作品の純度を上げたという印象を与えることができるだろう。キャスティングも絶妙で、なんといっても双子を見事に体現しているジェーマント兄弟を見つけ出せたことが、この作品を成功に導いている。双子に複雑な思いを抱く祖母役のピロシュカ・モルナールの共鳴も素晴らしい。どの登場人物も空虚と苦しみが入り交じるような表情をもち、戦時下の過酷な環境が胸に迫ってくる。



戦争が子どもに残すものとは…? 私たちは双子を通して、心理的に戦争を追体験することになる。
『悪童日記』は恐ろしい物語だ。主人公の兄弟は、倫理的には完全に誤った行動に走ってしまう。しかし、その行動はすべて筋が通っている、ある意味、正義ですらある……多くの人々が、そう納得せざるを得ない自分を発見するだろう。両親の愛情のもとでは、正しい子どもであったはずの双子は、衣食住にあぶれ、戦争に染まった大人から理不尽な目に遭わされるうちに、目覚めていく。きっかけは「負けたくない、強くなりたい」と願っただけのことだった。死にゆく人たちと双子の違いは、はじめは紙一重であったのだ。他人から見れば滑稽ですらある独自の鍛錬の方法を編み出し、生き抜こうとする2人 。いくばくかの素養と双子である「互いの存在」を強みにして、2人はやがてとてつもない「強さ」を身につけてゆく。誰もがそのしたたかさの奥に、鈍く光る輝きを見いだし、魅了されてしまうだろう。そして戦争を知らない私たちも、この物語を通し、心理的に戦争を追体験することになる。



▼『悪童日記』作品・公開情報
2013年/ドイツ・ハンガリー合作/ハンガリー語/デジタル5.1ch/シネマスコープ/111分/PG-12
仏題:LE GRAND CAHIER
原作:アゴタ・クリストフ 『悪童日記』ハヤカワepi文庫
監督:ヤーノシュ・サース
撮影:クリスティアン・ベルガー
出演:アンドラーシュ・ジェーマント、ラースロー・ジェーマント、ピロシュカ・モルナール、ウルリッヒ・トムセン、ウルリッヒ・マテス、 ギョングベール・ボグナル、オルソルヤ・トス、ザビン・タンブレア、ペーター・アンドライ ほか
提供:ニューセレクト/ショウゲート
配給:アルバトロス・フィルム
宣伝:Lem

『悪童日記』公式サイト
Ⓒ 2013 INTUIT PICTURES – HUNNIA FILMSTUDIO – AMOUR FOU VIENNA – DOLCE VITA FILMS
10月3日、TOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテほか全国ロードショー。

文:市川はるひ

  • 2014年10月04日更新

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