『旅人は夢を奏でる』 〜哀愁の音楽と脱力系ユーモア。 観応えたっぷりの北欧ロードムービー〜

  • 2014年01月11日更新

愛すべきペテン師の父と、几帳面でストイックなピアニストの中年息子。35年ぶりに顔を合わせた対照的なふたりが、車で北を目指す旅に出る。ゆる〜く流れる北欧時間を濃厚に熟成させる素晴らしきキャストと音楽を配し、脱力&ブラック・ユーモアたっぷりに仕上げた人生讃歌!「音楽」と「ロードムービー」という、ミカ・カウリスマキ監督が得意とする絶好の組み合わせに、大小の仕掛けもぬかりなし。観応えたっぷりの作品だ。2014年1月11日(土)、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開 配給:アルシネテラン (C)Road North



ストイックなピアニストの前に現れた、とてつもなく胡散臭い父
今をときめくピアニストとして成功を収めているが、私生活はグズグズになってしまった中年男ティモ(サムリ・エデルマン )。音楽に全てを捧げるティモのストイックな生活についていけない妻は、幼い娘を連れて家を出て行ってしまい、ティモはマイホームすら売りに出そうとしていた。そんなティモの前に、3歳で別れたきり35年間も音信不通だった父レオ(ヴェサ・マッティ・ロイリ)が突然現れる。調子がよく、胡散臭さ全開のレオは「お前の母違いの姉に会いに行こう」と強引にティモを引っ張り出し、コンサート出演もキャンセルさせて、どこで手に入れたとも知れない車で旅に出発してしまう。人好きするペテン師の父レオに、真面目すぎて人とうまくつきあえない息子ティモ。本当の目的も行き先もはぐらかされたまま始まった父子のふたり旅は、ティモにとって自分のルーツを探る旅となる。はじめは反発しか感じなかったレオに対し、ティモは次第に共感し、少しずつ自分の中にも「人生への愛」を見いだしてゆく。そして旅の終わりにレオがティモに明かす「真実」とは……。



フィンランドが誇るミュージシャンたち、その味わい深いキャラクター
父親レオを演じる ヴェサ・マッティ・ロイリ は、フィンランドきっての個性派俳優でありながら、トラッドやジャズを中心とした国民的ミュージシャン。役柄のレオ同様、波瀾万丈で破天荒な人生を歩み、現実に糖尿病を患って映画俳優は休業していた。しかし、今回、自ら映画出演を申し出たという。ロイリ氏本人の生き様が投影されているのだろうか、演じるキャラクターは味わい深く、作品全体をスミからスミまで、遠赤外線のようにじんわり温めてくれる。一方、息子役の サムリ・エデルマンは、ハリウッド映画にも出演している人気俳優だが、やはりロック&ポップスミュージシャンとしての顔を持つ。音楽活動ではまったくジャンルの違うふたりだが、劇中ではセッションを聴かせる。そのサウンドには、レオの過去やティモの中で起こりつつある変化がほんのり漂い、立ちのぼるよう。コミカルかつ哀愁を帯びた歌声はムードたっぷりだ。また、このシーンでは、本作のサントラの多くの曲を担当したフィンランドの人気バンド、カイホン・カラヴァーニが、ふたりの音に引き寄せられるように集うバックバンドとして登場、歌をさらに盛り上げる。ほかにも、ティモのコンサートシーン、旅路を彩る楽曲など、全編に聴き応えのある幅広いジャンルの音楽がちりばめられている。



グレーの空の下、人生をしみじみと噛み締めて
ロードムービーの醍醐味といえば景色の美しさがある。この作品では、車で旅するティモ&レオとともに、フィンランドの風景を存分に味わえる。森や湖、草原の広がる壮大な自然と、独特なグレーの空の組み合わせは、美しく叙情的だ。人生の悲哀も温もりも、丸ごとはらんでいるようである。ティモとレオをとりまく人々は、世代も違い、おのおのが強烈にユニークだけれど、彼らの暮らしや流れゆく時間を包みこむように、しっくりと風景が馴染んでいる。この美しい自然と曇った空の下、北へ向かうふたり。もともとティモが生真面目な性格に陥ったのは、自分を捨てた放蕩オヤジ、レオへの反発が大きく作用していた。そんなティモがレオと過ごしながら、キレたり叫んだりあきらめたりしているうちに、いい具合にテキトーになり、人間くささを取り戻していく様がとてもいい。この作品が母国フィンランドで大ヒットした理由のひとつには、登場人物たちの歩んできた人生に、観客が自分自身の現実を重ね、多くの反響や共感を呼んだこともあるようだ(北欧ではよりよい人生を求め、離婚や再婚を経て、親の違うきょうだいがともに暮らす家族関係は珍しくないという)。特に、父と息子という関係に引っかかりがある人には、特別な想いを抱かせるだろう。人生の悲哀も喜びも、丸ごと一緒に抱き込んで「生きてるっていーなー…」と、しみじみ感じ入ることができる、そんな愛しい作品である。



▼『旅人は夢を奏でる』作品・公開情報
2012年/フィンランド/フィンランド語/113分
原題:Tie pohjoiseen(英題:ROAD NORTH)
監督・脚本・製作:ミカ・カウリスマキ
出演:ヴェサ・マッティ・ロイリ/サムリ・エデルマン/ピーター・フランゼン/マリ・ペランコスキ/レア・マウラネン/イーリナ・ビョルクルンド
音楽:イラリ・エデルマン/サムリ・エデルマン/ユッカ・ニッカネン/カイホン・カラヴァーニ
配給:アルシネテラン
※2013年 フィンランド・アカデミー賞 最優秀主演男優賞・最優秀助演男優賞 ノミネート作品
※フィンランド興行収入初登場から2週連続第1位
●『旅人は夢を奏でる』公式サイト
2014年1月11日(土)、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開
(C)Road North
文:市川はるひ

  • 2014年01月11日更新

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