『恋に至る病』 ― ある日、性器が入れ替わった生徒と教師の、恋のゆくえ。
- 2012年10月14日更新
思春期には、誰もが、恋やセックスにまつわる都合のいい妄想を、頭のなかで繰り広げた経験があるだろう。本作の主人公ツブラ(我妻三輪子)も、「大好きなひとと性器交換をしたい」という奇想天外な妄想を抱いている。その妄想が現実になってしまったことで、ツブラを取り巻くひとたちの関係に、様々な変化が生じていくのだ。
第21回ぴあフィルムフェスティバルのスカラシップを得て製作された本作は、1986年生まれの新人、木村承子監督の長編デビュー作である。ゲーム音楽のような電子音が挿入されたり、コミカルなセリフが頻出したり、ポップな印象を受けるのだが、能天気な恋物語では決してない。中心を成す4人の登場人物は、ときにシビアな言葉で、互いの欠落した部分をえぐるのだ。登場人物たちの滑稽な行動に笑ってしまう一方で、コミュニケーションのあり方についての鋭い指摘が、観ている者の心に生々しく響く。緊張と緩和の連続は、中毒性が高く、何度でも観たくなる作品だ。
極端な価値観を持った男女4人が、ひとつ屋根の下で起こす騒動。
女子高生のツブラは、腐らない体を手に入れるために、防腐剤入りの食べものしか口にしない。それは、死んだあと、跡形もなく忘れられてしまうのを恐れているからだ。そんなツブラが恋する生物教師のマドカ(斉藤陽一郎)は、他人との接触を極端に避けて生きている。授業中、マドカをうっとりと見つめながら、生物のノートに、マドカと性器交換する妄想を描くツブラ。「誰もいらない先生と、誰かが欲しいあたしが混じったら、きっと丁度いい」。
ある日の放課後、生物準備室で、ツブラが強引に肉体関係を迫り、その拍子にツブラの妄想が現実になってしまう。パニックに陥ったマドカは、ツブラを連れて、いまは誰も住んでいない実家へと向かう。そこに、ツブラを慕うエン(佐津川愛美)と、エンを追ってきたマル(染谷将太)が加わり、四角関係の奇妙な共同生活が始まる ― 。
ぴあフィルムフェスティバルの自主製作映画のコンペティション、「PFFアワード2009」で、「無視することができない才能を感じさせるつくり手」に対して贈られる、審査員特別賞を受賞した、木村承子監督。PFFアワードのあと、受賞者を対象に行われた企画コンペを勝ち抜き、スカラシップを得て完成させたのが、この、『恋に至る病』である。
本作は、第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品を果たし、第36回香港国際映画祭では審査員特別賞を受賞した。1986年生まれの木村監督に対して、ベルリンの観客からは、「若いひとが映画を作ることは嬉しい。これからもたくさん映画を作ってください」というメッセージが寄せられたという。
ストレートに「好き」と言えない、4人の不器用な愛情表現に注目!
ツブラ、マドカ、エン、マル。4人の登場人物の名前は、すべて、「円」という漢字の読み方から付けられている。「円満」や「和」という言葉を想起させる漢字であるが、4人の想いはそれぞれ一方通行であり、直線的だ。この個性的な4人を演じた俳優たちの、細かい感情表現が見どころである。彼らの演技によって、物語が進むにつれて、「男女の性器が入れ替わる」という奇抜な設定よりも、登場人物の心の動きが気になってくる。
特に、冴えない生物教師であるマドカを演じた、斉藤陽一郎がいい。近年のテレビドラマや漫画では、教師らしくない教師が、学校では教えてくれない人生の酸いや甘いを説くような物語が主流だが、自分の殻に閉じこもっているマドカは、生徒に対してなにも働きかけない。他人をおどおどと見つめる眼は、まるで、思春期の少年のようだ。しかし、ツブラに外側から殻を小突かれ続けて、ようやく、少し大人らしい表情を見せるようになる。ツブラとマドカが、食べ物を巡ってやりとりする台所のシーンは、息を凝らして観てほしい。他人と適度な距離感を保てない彼らが、不器用に愛情を表現する姿に、きっと、愛おしさが込み上げてくるだろう。
▼『恋に至る病』作品・公開情報
出演:我妻美輪子 斉藤陽一郎 佐津川愛美 染谷将太
監督・脚本:木村承子
プロデューサー:天野真弓
撮影:月永雄太
音楽:アーバンギャルド
主題歌:アーバンギャルド『子どもの恋愛』(ユニバーサルJ)
録音・整音:村越宏之
美術:井上心平
編集:増永純一
助監督:菊地健雄
制作担当:和氣俊之
配給:マジックアワー
宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS
2011/HD/16:9/116分/カラー/PFFパートナーズ(ぴあ、TBS、IMAGICA)提携作品
コピーライト:(C)PFFパートナーズ
●『恋に至る病』公式サイト
※10/13より、渋谷ユーロスペース他、全国順次ロードショー!
文:南天
- 2012年10月14日更新
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