『スケッチ・オブ・ミャーク』 ― 第64回ロカルノ国際映画祭で熱い拍手を受けた、宮古島の神事と音楽の素描。

  • 2012年09月11日更新

 文字に残すでもなく、口承でのみ伝えられてきた唄。沖縄県宮古島では、「神歌(かみうた)」と「古謡(アーグ)」という2つの唄が、古くから歌い継がれてきた。これらの唄には、神への信仰や厳しい労働生活など、静謐な願いや痛切な想いが織り込まれている。本作は、宮古島で密かに守られてきた神事と音楽を追うことで、原初の風景と時代の介入を併せもつこの島の姿を切り取ったドキュメンタリーだ。近年、継承が危ぶまれる島の文化を、ひっそりと衰弱させるのではなく、記録することで継いでいこうとするひとびとの想いを感じてほしい。

東京の小さな会場を震わせる、壮大な自然のなかで生まれた唄。

「宮古」とは、「自分自身の住んでいる所」という意味の方言名「ミャーク(ミヤク)」に当てられた言葉である。ミャークで産まれ育ってきた老人たちは、陽に焼けた顔をカメラに向け、しわだらけの唇でゆっくりと言葉をつむぐ ― 100年ほど前まで人頭税に苦しめられてきた島の歴史、畑のなかで子供を産んで自ら包丁でへその緒を切ったこと、ミャークの神様のこと。

 また、島の神事を司るのは女性の役割だ。石造りの御嶽(うたき)のなかで歌われる神歌は、バイブレーションのような不思議な響きを帯びる。そして、1年に1度開催される祭り「ミャークヅツ」では、男性が中心となって町なかを踊り歩く。

 こうした貴重な唄や踊りが島で守られているだけではいけないと、2009年7月に、東京・赤坂の草月ホールで初めてのコンサートが行われた。本作には、そのコンサートの模様が映されている。ステージに立つひとびとの表情は恥ずかしげではあるが、歌声は堂々としたものだ。終演後、ステージで歌った老婆のひとりが、東京タワーを見つめて、「生きていてよかった」と呟く。壮大で美しいミャークの自然のなかで暮らしてきた老婆が、都会の夜景に感動する姿に、きっとじわりと込み上げてくるものがあるはずだ。

音楽家・久保田麻琴がミャークの唄と出会い、本作が作られるきっかけとなった。

 本作の原案と監修を行ったのは、音楽家・久保田麻琴である。ロックバンド「裸のラリーズ」のメンバーとして、音楽家としてのキャリアをスタートした久保田は、これまで、国内外の様々なアーティストのプロデュースや曲のアレンジを行ってきた。そうした音楽活動のなかでミャークの唄を知り、唄のなかに残る島の言語やブルースのような響きに衝撃を受けて、これを残していきたいと思ったと、久保田は作中で話している。

 久保田がミャークの唄に惹かれたきっかけは、1970年代に録音されたレコードであるという。

 このレコードの歌い手である嵩原清氏は、本作の撮影中、病院に入院していた。久保田はその病室を訪れて、寝たきりの状態の嵩原氏に明るく声をかける。そして、嵩原氏の歌声に波の音などを重ねてアレンジを施した曲を流す。すると、はじめは眠たそうに顔を背けていた嵩原氏が、次第に音楽に耳を傾けていき、最後には久保田を抱き寄せようと両腕を差し伸べるのだ。島民以外のひとがミャークの文化に介入すること。そのなかで息を吹き返すものや、新しく芽吹くものもあるのだと感じられる1場面である。

狭い通路に立ち、踊り、歌い、顔を見合わせ笑いあう。

 ミャークでは、唄とともに神事の存続も危ぶまれており、たとえば宮古島の北端に位置する狩俣地区では、神事が途絶えて13年になるという。しかし、唄や神事を継ぐ子どもがいなくなったわけではない。そんな希望を感じさせてくれるのは、本作に登場する、ガキ大将のような風貌の少年である。この少年が、三線を弾きながら落ち着き払った表情で歌う姿と、コンサートのステージ上で見せる子供らしい姿とのギャップが微笑ましく、ぜひ注目して観てほしい出演者の1人だ。

 赤坂でのコンサートの最後、「さあ、踊りましょう」とステージから観客へ誘いをかける場面が映される。ミャークにゆかりがあるひともそうでないひとも、おずおずと立ち上がった観客が、次第に自由に踊り始める姿からは、まるで神事を行っているようなエネルギーの広がりを感じる。ミャークで長いこと守られ続けて祀られてきた神様とは、皆で集い、唄い、分かち合う、そんな生命の熱を象徴するものなのかもしれない。

▼『スケッチ・オブ・ミャーク』作品・公開情報
監督:大西功一
原案・監修・整音:久保田麻琴
出演者:久保田麻琴/長崎トヨ/高良マツ/村山キヨ/盛島宏/友利サダ/本村キミ/ハーニーズ佐良浜/浜川春子/譜久島雄太/宮国ヒデ/狩俣ヒデ/嵩原清 ほか
協力:東京[無形文化]祭
後援:沖縄県/宮古島市/宮古島市教育委員会/エフエム沖縄/沖縄タイムス社/沖縄テレビ放送/宮古新報/宮古テレビ/宮古毎日新聞社/ラジオ沖縄/琉球朝日放送/琉球新報社/琉球放送 (順不同)
特別協賛:特定非営利活動法人 美ぎ島宮古島/日本トランスオーシャン航空株式会社/有限会社 宮古ビル管理(順不同)
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分
配給:太秦
コピーライト:(c) Koichi Onishi 2011
『スケッチ・オブ・ミャーク』公式サイト
『スケッチ・オブ・ミャーク』公式facebookページ
『スケッチ・オブ・ミャーク』公式twiiter
※9月15日(土)より東京都写真美術館ホールにてロードショー 他全国順次公開

文:南天


  • 2012年09月11日更新

トラックバックURL:https://mini-theater.com/2012/09/11/som/trackback/