海外映画祭が注目。アカデミー賞外国語映画賞部門日本代表に選ばれた『かぞくのくに』 ジャパンプレミアをレポート

  • 2012年09月08日更新

ドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』で海外から高い評価を得ているヤン・ヨンヒ監督。ヤン監督の実体験を基に描く初のフィクション映画『かぞくのくに』は帰国事業で北朝鮮に移住した兄ソンホの25年ぶりの帰国を迎える家族の物語だ。政治的な背景を持ちながら、どこにでもある普遍的な家族の姿を安藤サクラさん、井浦新さんが好演。また北朝鮮の影を感じさせる監視役のヤン・イクチュンさんの存在感にも注目が集まる。モントリオール世界映画祭、釜山国際映画祭を始めとする12の海外映画祭へ正式出品され、ベルリン国際映画祭フォーラム部門C.I.C.A.E.<国際アートシアター連盟>賞受賞の快挙を果たした。さらに第85回米国アカデミー賞外国語映画賞部門の日本代表作品に選出され、『おくりびと』に続くアカデミー賞受賞が期待されている。今回は7月に行われたヤン・ヨンヒ監督、安藤サクラさん、井浦新さん、ヤン・イクチュンさん登壇のジャパンプレミアの模様をレポートします。


話のベースは私の実体験ですが、私の実体験を超える作品になったと思います。(ヤン監督)
- ジャパンプレミアを迎えた今の気持ちを教えてください。
安藤サクラ(以下安藤):安藤サクラです。去年の夏に撮影をしていました。モデルになったのが監督なのでその思いにこたえようと必死になっていていました。監督がどうにかして伝えたいと思っていたことを今日お披露目するということで特別な日だと実感しています。

井浦新(以下井浦):ソンホ役を演じた井浦新です。本日はありがとうございます。僕が演じたソンホという役は監督の3人のお兄様を一つにしたような役柄です。撮影中は監督の思いを受け、サクラさんと共に兄妹という関係を築きながら、いい意味で監督を裏切り、監督の想像を飛び越えるようと、戦い続ける15日間でした。ヤン・ヨンヒ組というものが15日間だけは家族となってこの作品を皆で作っていった感じです。

ヤン・イクチュン(以下イクチュン):飛行機に乗らず、海の上を走って来ました。僕にはそういった能力があったんですね。ちょうど撮影をしてから一年ぐらいになります。実は私は善良な人間なので、ソンホを監視してはいけないのですが、映画の中では北(朝鮮)からソンホを日本に連れてくるヤン同志の役を演じました。現場にいる時に、ソンホとリエの関係を見て、本当に当時はこうだったのではないか、当時の記憶や事実はこうだったのではないかと感じました。現場で感じた私の思いというのは今回の映画の中に入っていますので、皆さんから良い反応を頂ければ嬉しいです。このプロモーションが終わったら一生懸命また韓国に走って帰ります。

ヤン・ヨンヒ監督(以下ヤン監督):本当にありがとうございます。二本ドキュメンタリーを作った時には、日本映画として認識して頂けなかったのですが、今回はしっかりと日本映画として仲間に入れていただけたような気もしています。話のベースは私の実体験ですが、私の実体験を超える作品になったと思います。というのは、私と北(朝鮮)にいる兄は実の兄弟ですが、遠慮があります。心の中のどこかで、もっとガツンと言い合いたい、もっと引き留めたい、もっと会いたい、そういう感情をどこかで殺している部分があるのかなと二人の演技を見て思い知らされました。実際のベースになっている本人達の心の中に隠している感情さえも二人が演じてくれて、それを引き出す役目をヤン・イクチュンさんが演じてくれました。劇映画を初めて撮りましたが世界中で「素晴らしいキャスティングだ」と大絶賛を受けております。映画というのは観ていただき、観客の方のフィードバックを頂いてやっと完成しますので、一番大事な日本での誕生日を皆さんと祝えたのがうれしいです。今日は本当にありがとうございます。


(ラストシーンは)二日間かかりましたね。やればやるほど迷宮に入って(井浦)
井浦新さんよりこの4人が揃う事はなかなかないことなので観客の皆様からお話頂きたいと提案があり、急きょ、ティーチンへと突入しました。

-あのような帰国事業があることは認識していましたが、ご家族の気持ちや内面のものと言ったものを初めて拝見して胸にきました。何も予告なしに帰国命令が出るというのは日常的にあることなのでしょうか?

ヤン監督:突然帰国命令が出るというのは実際ありました。未だに理由が分からないのですが。(実際の)私はなにもできなくて呆然と立っていました。(撮影では)その呆然と立っているバージョンで一度撮ったのですが、これで終わるのかというのが悔しくて、サクラちゃんに「行かせたくない気持ちをアクションで表現して」と投げて、勝手にやっていただきました。演じたというより、一人一人が役を生きてくださって、その時その人だったらどうしただろうということで行動していましたね。私もモニターでハラハラしながら見ていました。

井浦:あのシーンは二日間かかりましたね。やればやるほど迷宮に入って

安藤:本番始まったら一発二発でしたね。


私自身に大きな傷をつけてくれた作品です。未だに思い出すだけで悔しい気持ちになります。(安藤)
-ヤン・ヨンヒ監督を演じるにあたり色々話をされたと思いますが、ラストシーンは熱が入りましたか?

安藤:話したら長くなっちゃいそう…どうしよう

ヤン監督:演じているっていうか、本当に怒ってたよね。

安藤:あの映画は、監督がご本人だというのもあると思うのですが、未だに私自身を腹立たしい気持ちにさせる、私自身に大きな傷をつけてくれた作品です。未だに思い出すだけで悔しい気持ちになります。

イクチュン:私は観客の皆さんが見ることが出来なかった違うアングルから現場でそれを見ていました。本当に貴重な体験でした。なかなかあの位置であの角度でああいった視線で見るという場面はないと思います。今回完成したイメージと私が現場で見たそのシーンのイメージは全く違うものですが、私が見たシーンも独特なシーンだったと思います。


引きずりながらも自分の新しい道を重さに負けずに開拓していくという思いをスーツケースのシーンに(ヤン監督)
-京野ことみさん演じるスリさんの「二人で一緒に逃げちゃおうか」というセリフがありますが、政治や国のような大きな力が働いて、個人の力ではこの状況から抜け出すことが出来なくて流されて行く時、逃げるという事も選択肢もあると思われますか?

ヤン監督:ソンホは奥さんや子供がいますので、逃げない人という話を作ったのですが、また逃げるという人の話も作れます。ですがこれは逃げない話です。京野ことみさん演じるスリが「二人で一緒に逃げちゃおうか」と言ったのは明るく言いますよね。逃げられないから言っている。

井浦:そうですね、間違いなくスニは逃げないという事を知っていますね。すべての犠牲を払ってでもスニを選ぶという何かがあれば逃げることも一つの手段だとは思いますが、戦う事を選ぶほうが、それが困難であっても価値のあることなのではないかと思います。この作品は家族の物語だと思っていますが、もう一つ大切なのは自由だと思っています。この作品が「日本という国だから自由を感じられる」という概念にひびを入れるきっかけになればいいなと思っています。個人個人の観た人の自由を考えるきっかけになればいいなと思っています。どうですかさくらさん。

安藤:私もたくさんいろんな事を考えて、大人になっていきたいなと思っていました。

ヤン監督:日本は自由になろうとあがくことは許される国だと思います。在日であるとか、女であることから自由になって、もっと開放されるためには、そこから逃げて関わらないとか、無視するとか、隠すとかではなくて向き合うしかありません。リエのスーツケースというのは、リエが全部背負って引きずっていくものです。兄と一生会えなくても一生引きずっていく。引きずりながらも自分の新しい道を重さに負けずに開拓していくという思いをスーツケースのシーンにしました。




みなさんと一緒に現在と過去を融合させてさらに新しい未来を創っていきたいですし、それが私たちの役割ではないかと思います。(ヤン・イクチュン)
-ティーチインの後に登壇者からの皆さんから一言ずつお願いします。
イクチュン:(日本語で)ぜひご覧ください。(会場から拍手)もともと私は映画を観てくださいと言わない人間なのですが、この映画の中で描かれているのはこの地で起こったことです。そして私達韓国人にとっても悩むべき近代史であり、歴史だと思います。歴史が土台になって現在が作られています。みなさんと一緒に現在と過去を融合させてさらに新しい未来を創っていきたいですし、それが私たちの役割ではないかと思います。皆さんも、私も色々なことを感じました。これから美しい世界を作っていくために皆さんと一緒に悩むきっかけになれたら嬉しいと思います。

井浦:僕も最初に脚本を読んで、作品を見て、すぐに答えが見つかるのかといえば、決してそういう作品ではないです。イクチュン氏が言ったようになにかを感じてもらえるきっかけになればと思っています。この物語の背景には様々な社会問題がありますが、これは間違いなく、自分自身にしても、隣の家族にしてもあるような、ごく普通の家族の問題だと思います。皆さんにもそれぞれ家族がいて仲間達もいてその中で生まれる問題と、きっと変わりはありません。それからこの作品を観る楽しみ方ですが、物語がものすごく力のある物語なので、物語に引っ張られて行くと思います。でもそのお芝居や物語を活かしているというのが音です。音響も意識をしながら観るとリエの気持ち、ヤン同志の気持ち、ソンホ、オモニ、アボジそれぞれの気持ちがより伝わってくると思います。また映画館で堪能していただけたら嬉しいです。今日はありがとうございました。

安藤:監督は以前に『ディア・ピョンヤン』を作って、北朝鮮に入国禁止になっているのに、更にこの作品を撮っています。私が考えるに、すごい覚悟だと思います。最後は質問をして終わってもいいですか?監督自身の気持ちというのは脚本を書いて、現場で(役者が)芝居をしているのを見て、たくさんの方に観ていただいて、その中でなにか変わったものというのはありましたか?

ヤン監督:一本目の『ディア・ピョンヤン』を作って、謝罪文を書けと言われ、謝罪文を書く代わりに二本目のドキュメンタリーを作って、(北朝鮮に)入国禁止になりました。家族がいなければ、(北朝鮮に)興味も持たなかったと思うくらい、政治にもあまり興味がありません。家族の話をしただけで、家族に会えなくなりました。謝れと言われて、それは違うだろうと思い、家族の話をし続けています。家族の話をすればするほど、家族に会えなくなるという矛盾したことになってしまっています。戦っているつもりも、反抗するつもりもありません。私が家族の話を作ることに文句をいえるのはうちの家族だけです。しかし、家族の誰も(やめてくれとは)いいません。できた家族です。母のところには文句の電話も来ますし、怒鳴りこんでくる人もいますが。
今回の映画はもう一つ踏み込みました。もっとコアな、もっとつきつめた話になるのでもっと心配です。家族がいるから言いたいことも言わない、家族がいるから我慢するといったことを親がしてきたので、もういいだろうと思うのです。心配だけど、考え方を変えました。家族を守るために、私の作品を色々な方に知っていただいて「あそこの家族に触るな、あの娘はなにをするか分からない、なにか言えばみんな映画にしちゃうぞ」と言われる位に、政府公認オフィシャル問題児として世界中で有名になる覚悟をして、大きな映画祭に行かなければと思っています。ここからがスタートです。観ていただかなければ映画はしょうがないので、何度でも足を運んでください。テアトル新宿でご覧いただいたあとに裏のほうに行っていただければ、ゴールデン街どっかの店におりますのでよろしくお願いします。



▼『かぞくのくに』[2012年/日本/カラー/100分]
監督・脚本:ヤン・ヨンヒ
出演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、京野ことみ、大森立嗣、村上淳、省吾、諏訪太朗、宮崎美子、津嘉山正種
製作:スターサンズ/スローラーナー
宣伝協力:ザジフィルムズ
配給:スターサンズ
※テアトル新宿、109シネマズ川崎他にてロードショー
『かぞくのくに』公式ホームページ
(C)2011『かぞくのくに』製作委員会

取材・編集・文:白玉 スチール撮影:篠原章公

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