『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』

  • 2010年03月30日更新

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「喉歌」と呼ばれる歌唱法がある。

喉の奥から、くぐもった地響きのような音が聴こえてくるこの歌唱には、日頃、「よく知っているつもり」になっている「人間の声」の認識をがらりと変えるインパクトがある。

モンゴルの「ホーミー」も喉歌のひとつだ。映像作家の亀井岳とカメラマンの古木洋平は、モンゴルに赴いて、ホーミーの源流をたどった。

本作のタイトルである「チャンドマニ」とは、モンゴルにある村の名称。首都のウランバートルから1500kmも離れたこの小さな村は、ホーミー発祥の地なのである。

観光客相手の商売としてホーミーを習う人々が増えている現在だが、元来、ホーミーは遊牧民が自然の中で培ってきたもの。

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大都市のウランバートルで暮らす青年・ザヤーは、アパートの屋上で空を見つめながら、ホーミーを唱っていた。チャンドマニ村の出身で、遊牧の民として生まれたザヤー。彼の父親・ダワージャブは、モンゴル国文化勤労賞を受賞しているホーミーの第一人者である。

あるとき、遊牧をしている友人を手伝ったことをきっかけに、ザヤーは故郷・チャンドマニ村に帰ることを決意する。小さな長距離バスに乗りこんだザヤーは、人気の若手ホーミー唱者・ダワースレンと出会う。互いをよく知らないまま、ふたりはときを同じくしてチャンドマニ村を目指す。

ザヤーも、ダワージャブも、ダワースレンも、実在の人物である。本作はドキュメンタリーなのだ。

しかし、多くの人々と交流を深めながら旅をするザヤーたちの姿と様子を観ていると、劇映画かと錯覚することもしばしばである。

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ロード・ムービーのようなザヤーたちの旅が綴られる一方で、カメラはチャンドマニ村に住むダワージャブ一家の生活と遊牧民の慣習を追い、また、馬頭琴やオルティン・ドー、民謡等を現代に伝える「モンゴル伝統芸能の名手たち」を映す。

これまで、「モンゴル」と聴いて連想するのは、「チンギス・ハーン」、「ゲル」、「朝青龍」くらいのものだった私は、本作を観て、モンゴルに根づく伝統芸能のジャンルの幅広さと、「見たことも聴いたこともなかった印象的な音楽の数々」に瞠目した。

もうひとつ目を奪われたのは、モンゴルの圧倒的な自然の風景である。

「美しい」や「壮大」と表現するのは簡単で、また、ほかに表現のしようがないのが歯がゆいところだが、「百聞は一見にしかず」を体で味わえる映像がここにある。

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現実にあるのだと信じられないほど果てしない大地、恐怖すら催してくる広く高い空 ― もしも、実際にあの地に立つことがあるとしたら、心身に影響を受けないほうがおかしいだろう。

この驚異的な自然の風景は、現地では普通であり、普遍である。あの環境を「あたりまえ」として育った人々の体から生まれた音楽の底力と深遠さは、「自然の景色に驚いている時点」で、真の意味で理解することはできないのかもしれない。

しかし、興味をいだいて、知識として知って、垣間見させていただくことはできる。「知らない土地で生まれて継承されてきた、これまで意識したのことなかった芸術」にアクセスするきっかけとして、『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』は、またとない術(すべ)となってくれる。

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▼『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』作品・公開情報
日本・モンゴル/2009年/96分
監督・脚本・編集・制作:亀井岳
撮影:古木洋平
出演:ダワースレン ザヤー ダワージャブ センゲドルジ 他
配給:FLYING IMAGE
宣伝:チャンドマニ上映実行委員会
後援:駐日モンゴル国大使館/在モンゴル日本国大使館/社団法人日本モンゴル協会
協力:財団法人横浜市芸術文化振興財団
『チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~』公式サイト
※2010年3月20日より、アップリンク・ファクトリー(東京)にてロードショー。期間中、公開記念スペシャルイベントが開催されています。詳しくは公式サイトのイベント情報をご参照ください。

文:香ん乃

ホーミーを聴いてみる?
モンゴルのホーミー~ガンボルド、ヤヴガーン 〈JVC WORLD SOUNDS PREMIUM〉<モンゴル/ホーミー>モンゴルの響き[I]ホーミーとオルティンドー
改行

  • 2010年03月30日更新

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