『イーダ』-自分のルーツを探す旅に出た戦争孤児の少女。美しいモノクロ映像が彼女の心の成長を映し出す

  • 2014年08月01日更新

修道院で育てられた少女の出自には秘められた真実があった……。ヨーロッパ各国で作品を制作してきたパヴェウ・パヴリコフスキ監督が、思いがけない真実に直面した孤児の少女の心の成長を静謐かつ繊細に描く。本作は、ポーランド国内外の映画賞を受賞し、また昨年から今年にかけて日本で行われた「ポーランド映画祭」でも好評を博した。




尼僧見習いの少女の真実を探す旅
1962年のポーランド。田舎の修道院で育てられた戦争孤児の見習い尼僧アンナは、ある日院長から、おばのヴァンダがまだ生きていることを知らされる。アンナは院長のすすめもあり、修道女の誓いを立てる前に、唯一の親類であるヴァンダのもとへ向かう。彼女がそこでヴァンダから聞かされたのは、自分はユダヤ人で、本名はイーダであるという事実。2人は戦時中にアンナ/イーダの両親が住んでいた家を訪れるため旅に出る。だが、現在そこに住んでいる男から、驚くべき過去を聞くことになる。



ただ一人の血族に抱く一瞬の安らぎ
第二次世界大戦中、ドイツやソ連に翻弄され、辛酸を嘗めたポーランド。一方、国内においては、ポーランド人とユダヤ人の関係には複雑なものがあったという。イーダとヴァンダに降りかかった悲劇を理解するために、鑑賞前に当時の背景を少し調べておくとよいかもしれない。
過酷な真実を盛り込みながらもなお、この作品が美しく瑞々しい印象を残すのは、抑制の効いた描写と、主演のアガタ・チュシェブホフスカの透明感によるところが大きい。無垢な表情や清楚な佇まいは、「イーダを演じるために生まれてきた」と思わせるほどだ。本作がデビューの彼女は、今後女優として活動する気はないとのこと。少々残念だが、この1作だけでも彼女は人々の記憶に鮮明に残ることになるだろう。


自ら選択した未来へ向かう
ここでは、いくつかの対照が描かれる。修道院で慎ましい生活を送り、感情をあまり表に出さないイーダ。かつては左派の検察官で、今はアルコールやセックスなど世俗の垢にまみれるヴァンダ。対極にある2人だが、同じ血の絆から生まれるお互いへの思いは優しい。だが、一瞬交わっても彼女たちが同じ方向に進むことはない。
また、旅の途中に出会うサックスプレイヤーの青年リスは、イーダの世界に新しい風を吹き込む。ヴァンダはイーダの出自を巡る旅にいざない、リスは彼女を外界へと導こうとする。短期間に閉塞感や喪失に満ちた過去と、開放された未来に目を向けることは、明らかに彼女の人生に大きな影響を及ぼすことになった。

ラストシーンのイーダは、どのような選択をするにしろ、もうそれまでの彼女ではない。凛として前だけを見つめ、自分が決めた道を歩く姿は清々しい。少女は内なる成長を遂げたのだ。その後も激動が続くこの国で、彼女がどのように生きていくのか、少しだけ見てみたい気もする。



▼『イーダ』作品・公開情報
2013年/ポーランド・デンマーク/80分/モノクロ
監督・脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ
出演:アガタ・クレシャ、アガタ・チュシェブホフスカ、ダヴィド・オグロドニク
配給:マーメイドフィルム
宣伝:VALERIA
配給協力:コピアポア・フィルム
後援:駐日ポーランド大使館、ポーランド広報文化センター
●『イーダ』公式サイト
ⓒPhoenix Film Investments and Opus Film
8月2日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開

文:吉永くま

  • 2014年08月01日更新

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