『世界一美しい本を作る男』―天才たちに愛されるユニークな経営者と本を作る旅に出よう!

  • 2013年09月19日更新

あなたの本棚で一番美しい本は、と聞かれたら、どの本を選ぶだろう。選ぶ基準となるのは、装幀の細やかさか手触りか、あるいは本自体の希少性かもしれない。「世界一美しい本を作る」と称されるドイツのシュタイデル社。本作は、シュタイデル社の経営者であるゲルハルト・シュタイデルの徹底した「仕事」とそれに伴う「旅」に密着したドキュメンタリーである。保険総額78万ドルにのぼるヴィンテージプリントを抱えて、いざ、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、カタールへ!

販売価格1万ドル、350部限定の本を作る出版社
ドイツ・ゲッティンゲンにある従業員45名の小さな出版社、シュタイデル社。書籍の編集から、ディレクション、レイアウト、印刷、製本、出版まで、全ての本作りの工程を自社で行うというユニークなスタイルの出版社だ。ノーベル賞作家の新作、アートブック、シャネルのカタログなど幅広い分野の本を扱い、クライアントには各界のビッグネームが名を連ねている。
そんなシュタイデル社の経営者、ゲルハルト・シュタイデルは、60歳を過ぎてなお自ら世界中を飛び回り、新しい本作りに情熱を傾ける人物である。本の重みや匂い、ページをめくる音、視覚効果が、「デジタル化する世界で本を特別な存在にしている」という彼の一言は、電子書籍化と作業効率化に心血を注ぐ近年の出版業界への警鐘にも聞こえる。


2年で20回、打ち合わせのためロサンゼルスへ
「会社を大きくするより丁寧に本を作りたい」。本作の冒頭、イギリスの現代写真家マーティン・パーとの会話の中で、シュタイデルはこう洩らす。彼にとって上質な本とは、内容や掲載する写真に合わせて紙の種類やインキの色、製本の仕方を選び、確かな技術を持つプロの手で具現化された本のこと。計算しつくされた芸術品のような1冊を作るために、世界中にいるクライアントの元へ出向き、綿密な打ち合わせを行うのである。
本作では、ドバイの風景をiphoneで撮影したジョエル・スタンフェルドの作品集『iDUBAI』の制作過程を観ることができる。注目すべきは、色校正の場面。気が遠くなりそうなやり直しの連続に、本作りにおけるシュタイデルの信念の凄みを感じ、「ああ、彼のアシスタントでなくて良かった……」とホッと胸をなで下ろすのだ。


白い作業着に銀縁メガネの愛すべきキャラクター
特定の人物を追ったドキュメンタリーには、「この人はとにかくすごい、完璧だ」という主張を押し付けるものが少なくない。しかし、隙のない仕事ぶりばかり見せられても、まるでサイボーグのようで、その人物や仕事の内容に対して興味が沸いてこないのである。
本作の魅力の1つは、完璧主義を貫くシュタイデルのうっかりした行動や口調を、カメラが捉えているところにある。ボールペンのペン先を下向きにして差したためインクが染みてしまった白い作業着の胸ポケットを困惑して見つめる表情(その後、彼がとるずぼらな行動は必見!)、古い本のページを開いてくんくんと嗅ぐ仕草は野生の動物のようだ。完璧なだけではない、愛嬌ある人物。本作の観客は、シュタイデルが世界中の天才に愛される由縁を垣間見ることができるだろう。



▼『世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―』作品・公開情報
監督:ゲレオン・ベツェル&ヨルグ・アドルフ
出演:ゲルハルト・シュタイデル、ギュンター・グラス、カール・ラガーフェルド、ロバート・フランク、ジョエル・スタンフフェルド
原題:『How to Make a Book with Steidl』/2010年/ドイツ/88分/配給:テレビマンユニオン
『世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―』公式サイト
9月21日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!

  • 2013年09月19日更新

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