【映画の講義】「ベルリンファイル」公開記念、リュ・スンワン監督 特別講義@映画美学校

  • 2013年07月14日更新

ベルリンを舞台に息を飲むスパイ戦が繰り広げられる映画『ベルリンファイル』が7月13日から公開されている。監督は『シティ・オブ・バイオレンス 相棒』『生き残るための3つの取引』などのリュ・スンワン。彼の炸裂するアクション演出と、『哀しき獣』のハ・ジョンウと『シュリ』のハン・ソッキュの豪華共演で、韓国では700万人を動員する大ヒットとなり、日本でも注目されている。

映画の舞台はドイツの首都ベルリン。そこでアラブ組織との武器取引をしていた北朝鮮諜報員ジョンソン(ハ・ジョンウ)は、その現場を韓国情報院のエージェント、ジンス(ハン・ソッキュ)に抑えられてしまう。トップシークレットの漏洩に、ジョンソンの妻ジョンヒ(チョン・ジヒョン)が関わっているのでは?という疑惑が浮上し、ジョンソンは上司の命令で妻を監視することになる。しかし、そこには巨大な陰謀が仕組まれていた……。
騙し合いに次ぐ騙し合いという非情な頭脳戦と、瞬きする間も惜しいほどの激しいアクションがからみ合う華麗なストーリーと、俳優たちの濃密な息吹を感じさせる演技に酔う。こんなに圧倒的なエンターテインメントはどうしたら撮れるのか? リュ・スンワン監督の創作の秘密に触れることのできる特別講義が、去る6月17日(月)渋谷の「映画美学校」にて映画製作や俳優を志す学生を前に行われた。
監督は、『クライング・フィスト 泣拳』(カンヌ国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)が日本で公開された2006年以来、約7年ぶりの公式来日とあって、この講義には、学生だけでなく数多くの映画記者もつめかけた。

前半は篠崎誠監督が聞き手となり、後半は篠崎監督のはからいで生徒たちの質問にスンワン監督が答えるという貴重な一時間。『ベルリンファイル』への思いや、撮影エピソード、得意とするアクションのこだわりなどが大いに語られた。映画制作を目指す人向きの内容ではあるが、映画を見る前、見た後のガイドとしても楽しめるスンワン監督の言葉を再録!


スンワン流生き残るための作戦

篠崎: どうやって映画監督になったのですか?

スンワン:
父と叔父が映画が大好きで、子供の頃から映画館に行くことがとても自然なことでした。父はアメリカ映画やヨーロッパ映画が好きで、叔父は香港の武術映画が好きで、私は叔父と趣味が合いました。映画に出てくるヒーローに憧れてマネして遊んでいたものです。中学生の頃、漠然と映画を作りたくなり、高校生になると友達と映画を作るようになりました。当時は高校生が映画を撮ることは珍しく、ぼくらは映画雑誌や書籍を手当たり次第に見たり、映画もなんでもかんでも見て勉強しました。
高校を卒業すると就職し、仕事の傍らフィルムワークショップに通い、そこではたくさんの人と出会いました。妻との出会いもそこです。お金を稼いでは撮影現場に入って助手をしたり短編映画のシナリオを書いたりという生活を送りましたが、書いても書いてもコンペに引っかかることも、映画会社から声がかかることもありませんでした。私には才能がないと諦めようと思いましたが、どうしても撮りたい、これがダメだったら諦めようと思って、短編を4作撮ってそれをつなげて1本の長編を作ろうと考えました。まず、短編を1本作り、いろいろな賞に応募したところ、ひとつ賞を取ることができてその賞金で2作目を撮ったのです。それが今度は韓国の大きなインディーズ映画賞で賞をとって、そのあと2作撮れました。その4作をまとめた長編が『ダイ・バッド 死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか』です。

篠崎: チャン・ソヌ監督の『バッド・ムービー』用のフィルムを使ったとか。

スンワン: 『バッド・ムービー』の制作会社に妻の知り合いがいて、冷蔵庫にフィルムが余っていると教えてもらって、1作目はそこからフィルムを頂いて撮りました。

篠崎: それは正しいやり方です(笑)。

スンワン: そうでもしないと生き残っていけません(笑)。

篠崎: 影響を受けた映画監督は?

スンワン: パク・チャヌク監督の評論を読んで、いい映画を見ることが訓練だと知りましたし、パク監督からは、黒澤明、溝口健二、小津安二郎という日本の三大映画監督だけでなく、鈴木清順監督を教えてもらいました。鈴木清順監督は最高です。ほかに今村昌平監督も好きです。

篠崎:『シティ・オブ・バイオレンス』の襖が次々開くシーンは、清順的な空間の使い方を意識したのかと思いました。

スンワン: 清順監督の作品は病み付きになります。『東京流れ者』は私のつくるコメディー映画のお手本になっています。

『ベルリンファイル』創作秘話

篠崎監督が受講生に「勇気をもって質問してみよう」と促すと、数人の受講生が緊張の面持ちで手を挙げました。

Q. 北朝鮮を描くことに問題はなかったのでしょうか?

スンワン: 皆さんが思うほどそういうことはありませんでした。私たちが慎重になったことは、実体が見えない北朝鮮をどう描くかでした。事実を歪曲せずに北朝鮮に生きる人をどう描けるかかなり考えました。

Q. なぜ、ベルリンが舞台なのですか?

スンワン: ひとつはベルリンが冷戦時代を象徴する場所だからです。冷戦時代は過去のことにも関わらず、いまだに傷ついている人もいて、それが私にとって大きかったんです。それと、ベルリンは韓国の歴史とも深い関わりがあります。60年代の韓国では、軍事政権に対抗してヨーロッパに留学した者たちを、政府がスパイに仕立てあげたという、有名な東ベルリン事件というものがありました。また、ベルリンには大きな北朝鮮大使館があるというのも理由です。

Q. 複雑で巧妙な脚本をどのようにプロットを練られたのでしょうか?

スンワン: あーー(深いため息)、これはプロセスを思い出したくないほど大変な作業でした(笑)。脚本作りの段階で一年くらい時間を費やしました。最初は軍人を描こうと思っていたのですが途中で方向性が変わり、スパイの世界を描きたいと思うようになり取材をしました。その中で、実際の脱北者の方や韓国の諜報部員の方などにも会いました。

篠崎: 台本の話が出ましたが、印象的な数々のアクションは台本の段階で具体的に書いているのですか?

スンワン: 人物によって闘い方も変わるので、まずは人物像を把握することを大切にしています。それから、登場人物がどんな空間でどんなアクションをすると自然か考えながらデザインします。実際の空間を見てからでないとわからないことも多いので、ロケハンに美術監督とアクション監督を連れていき、そこから出たアイデアをシナリオに反映させていくんです。『ベルリンファイル』の中で屋上から落下するアクションのアイデアはラトビアにあった建物を見て考えつきました。

映画の中の象徴的なものたち

篠崎: 監督の映画にはどの映画にも屋上が出てきます。

スンワン: 私はソウルに暮していますが、ソウルの街はどんどん様変わりして、建物の高さもあがる一方です。下にいると息苦しくて、屋上にあがったとき一気に視界が広がることが好きなんです。ただ、屋上で撮影すると、スタッフがいやがります。機材を担いで上がることが辛いと(笑)。また、屋上からの風景は人の欲望を表現する空間と思っています。

Q.縦横の直線的なものがよく取り入れられているように感じました。このように画面の中に無意識に出てしまう自分らしさがありますか?

スンワン: 無意識を意識するのは難しいですね。映画をつくる過程の中では、シナリオが要求しているスタイルを探して撮るようにしていて、できるだけ自分がつくった痕跡を残さないようにしています。私のスタイルが映画を支配してはいけないと思っているんです。自分の好み通りに撮れたら楽ですが、その都度、新しい人物像やストーリーなどに合わせたものを作るのが私にとっての課題です。ただ、映画を見て垂直な線を感じられたとしたら、『ベルリンファイル』は信念の枠の中に閉じこもっている人たちの失敗談ともいえる話ですし、堕落している人たちが登場するので、それを表すために取入れているのかもしれません。

映画を作ることを夢見ている学生たちに向けて、スンワン監督はとても誠実に回答していた。印象に残った言葉は「韓国で映画監督という職業が認知され、監督になるために映画を撮るという人が韓国で増えてきたが、映画を撮ることは職業を超えたもののような気がする」というもの。そういう精神が圧倒的に心を揺さぶる作品をつくりあげるのではないだろうか。

▼『ベルリンファイル』作品・上映情報
(2012年/韓国/120分)
監督・脚本:リュ・スンワン
出演:ハ・ジョンウ、ハン・ソッキュ、チョン・ジヒョン、リュ・スンボム
配給:CJ Entertainment Japan
(C) 2013 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved
●『ベルリンファイル』公式ホームページ
7月13日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

文・編集:木俣冬 撮影:hal

 

  • 2013年07月14日更新

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