『愛、アムール』―美しく誠実な人生を共に歩んできた夫婦を襲う、豊かで哀しい愛の終焉

  • 2013年03月09日更新

『白いリボン』でカンヌ最高賞に輝いた名匠・ミヒャエル・ハネケ監督が次に選んだテーマは、老境の夫婦愛。誇り高く誠実な人生を歩んできた音楽家の夫婦。その二人に重くのしかかる「老い」と「病い」の哀しみ。重い題材ではあるが、感情に訴える悲劇的な演出ではなく、ときおり象徴的なシーンを織り込み、美しくシンプルな印象を残す。フランスを代表する名優2人が主人公の老夫婦を演じ、円熟した人物像を細やかに体現している。第65回カンヌ国際映画祭パルムドール賞に続き、先日発表となった第85回アカデミー賞で外国語映画賞も受賞。その他にも数々の栄冠に輝いている話題作。Bunkamura ル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館 他全国ロードショー


「人生はかくも長く、素晴らしい。」

ともに音楽家である老夫婦、ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)。高級アパルトマンに暮らし、ある夜には愛弟子のピアノ演奏会を堪能する、悠々自適な生活を送っていた。だが、ある朝いつもと変わらぬように見えたアンヌが、突然食事中に人形のように動き止め、反応しなくなるという発作を起こす。医師の診断により手術を受けるアンヌ。しかしその結果ははかばかしくなく、手術後には半身の自由が利かなくなってしまう。その後、入院を拒むアンヌの願いを受け止めたジョルジュは、周囲の助けを得ながら、アパルトマンで献身的にアンヌの世話をする。アンヌもまた苦悩をかかえながらも誇りを失わず、夫婦の穏やかな日々はなんとか続くかに見えた。アンヌはアルバムを開きながらつぶやく。「人生はかくも長く、美しい」と。しかし、アンヌの心身の自由は日を追うごとに少しずつ失われていく。やがてアンヌが言葉によるコミュニケート能力を失ったとき、二人は世間から急速に孤立していく…。


最高のキャストが集結
夫ジョルジュを演じるのは、60年代にヒットした『男と女』の主演、ジャン=ルイ・トランティニャン。本作『愛、アムール』の脚本は、現在の彼をイメージして執筆されている。トランティニャンは、鷹揚な音楽家役でその存在感を発揮し、包み込むような、妻への献身的な愛を印象づける。また、妻アンヌを演じたエマニュエル・リヴァは、単に名女優という理由だけでなく、「トランティニャンと演じると、まるで長年連れ添った夫婦そのもの」とハネケ監督に言わしめ、オーディションでこの役を射止めた。さらに彼らの娘・エヴァ役にハネケ監督『ピアニスト』でカンヌ国際映画祭・女優賞を受賞したイザベル・ユペール。アンヌの愛弟子役には、現役ピアニストのアレクサンドル・タローが実名で出演、劇中音楽も担当している。国際賞レースを含め世界の注目を集めた、最高のキャスティングといえるだろう。


静かな熱を込めて紡ぎ出す至高の愛
この作品は過剰な演出を排し、シンプルかつ丁寧にシーンを紡いでいる。登場人物として「音楽家」が多く登場する設定だが、物語を音楽で語ることもなく最小限に流れるのみ。全体に地味といってもよいほどに静かな作品である。それでも冒頭から観る者が強くスクリーンに引き込まれてしまうのは、何より老夫婦を演じる二人の「存在感」と「細やかな表現」ゆえではないだろうか。たとえば、エマニュエル・リヴァの演じるアンヌの右手。 ピアニストの愛弟子を戸惑わせた、変形し固定されたアンヌの右手は、音楽家としての哀しみを常にひっそりとまとっているようだ。半身の自由を失ってもなおチャーミングで聡明だったアンヌが、自我を崩壊させてゆく様は壮絶だが、この急変ぶりでさえ大仰な表現はせず、言葉のズレや繰り返しで表わされていく。少しずつアンヌは輝きを失い、その反応は冷たくなっていく。静かだが強い説得力を感じる表現だ。一方、夫はジョルジュは悲しみにくれながらも、感情で泣くことや叫ぶことはせず、高貴な魂で純粋な選択を続け、やがて愛の終焉を迎える。ひそやかで哀しい時間が流れていく中に、突如ポツンと現れるリアルなセリフ(たとえばヘルパーがジョルジュに付きつける屈辱的な言葉)は、それだけコントラストとして、観る者の胸にも突き刺さる。そして、このようなシンプルな演出がなされた何よりの効果は、私たち個々の観客がこの世界に入りこむための「隙間」として残された、絶妙な余地と言えるのかもしれない。



▼『愛、アムール』作品・公開情報
原題『Amour』
監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー ほか
配給:ロングライド
●『愛、アムール』公式サイト
2013年3月9日(土)より公開
Bunkamura ル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館 他全国ロードショー
(c)2012 Les Films du Losange – X Filme Creative Pool – Wega Film – France 3 Cinema – Ard Degeto – Bayerisher Rundfunk – Westdeutscher Rundfunk

文:市川はるひ

  • 2013年03月09日更新

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