『ル・コルビュジエの家』 脚本家アンドレス・ドゥプラットさん トークショー ― この映画を味わい尽くすヒントと知識のすべてがここにある。

  • 2012年09月29日更新

建築家でもあるアンドレスさんのお話を聴けば、『ル・コルビュジエの家』に対する理解と好奇心が更に深まること、間違いなし。

 2012年8月3日(金)、アルゼンチン映画『ル・コルビュジエの家』の脚本家アンドレス・ドゥプラットさんが来日して、本作の劇場公開を記念したトークショーを東京都内某所でおこなった。この映画の監督はガストン・ドゥプラットさんとマリアノ・コーンさんのふたりで、アンドレスさんはガストンさんの実兄である。

 9月15日(土)より新宿K’s Cinemaほかにて全国順次公開の本作の舞台は、アルゼンチンのブエノスアイレスに実在する「クルチェット邸」という家。20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが設計した家で、本作の撮影の大半はここでおこなわれた。

 この映画は人間模様を描いた皮肉の効いたコメディなので、コルビュジエ建築について詳しくなくても存分に楽しめる。だが、「クルチェット邸そのものも主人公」といえる映画でもあるため、「なぜ、この建築物を舞台に物語が作られたのか?」を知れば、作品への理解と好奇心が更に深まるというもの。建築家でもあるアンドレスさんのお話に耳を傾けると、『ル・コルビュジエの家』を味わい尽くすヒントと知識をたっぷりと仕入れることができる。アンドレスさんのトークショーの模様を、ほぼノーカットでお届けする。

←の写真、左がアンドレスさん、右が比嘉セツさん。比嘉さんは本作の配給Action Inc.の代表で、日本語字幕も担当。このトークショーでは司会・通訳として登壇。

― この映画のアイディアはどこから生まれたのですか?

「近くにいても理解しあえないふたりの人間の、『異なるふたつの世界』を描きたいと思った」

アンドレス・ドゥプラットさん(以下、アンドレス) 私の生活で実際に起こった出来事がきっかけです。映画の冒頭に出てくるエピソードと同じような体験をしたのです。

 主人公のひとりのレオナルドは、とても成功しているインダストリアル・デザイナー(工業製品のデザイナー)です。数ヶ国語を操り、社会的地位が高く、周囲の人々から認められている人物なのに、「すぐそこにいる隣人のビクトル」と意思の疎通ができません。「とても近くにいて、同じ言語を話しているにもかかわらず、理解しあえないふたりの人間による、『異なるふたつの世界』を描いた物語を作りたい」と考えました。

― ル・コルビュジエが設計した「クルチェット邸」で撮影をしようと思った理由は?

「クルチェット邸は、この映画の第三の主人公」

アンドレス 本作において、クルチェット邸はとても大事な要素です。コルビュジエが設計したということに加えて、アメリカ大陸に唯一現存する、彼が作った「人が住むための家」だからです。*1 本作の主人公はレオナルドと隣人のビクトルですが、クルチェット邸そのものが第三の主人公になっています。

 本作は私の実体験をきっかけに生まれたとお話ししましたが、私自身はクルチェット邸のような素晴らしい家に住んでいるわけではありません。ただ、「私が体験した出来事をクルチェット邸で描いたら、非常にドラマティックな物語になるだろう」と考えて、ここで撮影することに決めました。クルチェット邸は、とても自由で透明性の高い建築物です。その点も、物語が劇的に展開する理由になると思いました。

 加えて、「有名な」クルチェット邸に住むレオナルド自身が「有名な」成功した人物という設定ですが、隣人のビクトルはそういったことをまったく意に介していません。ビクトルにとって、クルチェット邸は「単なる変わった家」でしかないのです。クルチェット邸やレオナルドの知名度を、ビクトルが少しも気にしていないという部分で、おかしさやおもしろみを表現することができるだろう、とも考えました。

*1 ラテンアメリカにはコルビュジエの建築物がふたつあり、ひとつはブラジルの教育保健省ビルで、もうひとつがクルチェット邸。

― 貴重な建築物のクルチェット邸でロケをするにあたって、撮影許可をとる際の問題等、困ったことはありましたか?

アンドレス 問題はなにもなくて、とても簡単にクルチェット邸を借りて撮影をすることができました。

 クルチェット邸は、ブエノスアイレスのラプラタという町にあります。この家はクルチェット一族が所有していて、彼らがラプラタの建築学校に貸しているのですが、(クルチェット邸を管理する)建築家協会の目的のひとつに、「クルチェット邸の認知を広める」ということがあります。アルゼンチン人でもクルチェット邸を知らない人々はたくさんいるので、「ここで映画を撮影したい」と申請したら、クルチェット邸のプロモーションにつながるということで、快諾していただけました。

― ビクトルの住む家はクルチェット邸の隣という設定ですが、この一帯は高級住宅地なのですか?

アンドレス クルチェット邸が建つラプラタという町は人口が少ないので、富裕層が集中して住んでいる地区は特にありません。ビクトルの職業は不明ですが、作中で彼が自宅を改装していることからもわかるように、金銭的に困窮しているわけではないのです。本作の物語は、富裕な者と貧しい者の対立という形では描いていません。

― 本作でおもに表現したかったことは?

「世界のどの町でも起こりうる共通の問題を描いて、ラテンアメリカ映画に対する既成概念を打ち砕きたい」

アンドレス ガストン、マリアノ、そして、私の3人が作る映画では、作中に強い批判を入れることがあります。そのためにユーモアも使いますが、どちらかといえばブラック・ユーモアや皮肉が多いです。それは自分たち自身に対する批判でもあります。『ル・コルビュジエの家』を例にとると、レオナルドは有名なデザイナーで、お洒落な家で美術品に囲まれて暮らしている、グローバルな資本主義の中で成功した「中の上」に属している人間です。本作の作り手の私どもも、この階級に属しています。

 一方、隣人のビクトルは、レオナルドのこれまでの生活にはいなかったタイプの人間です。「まったく異なる階級から現れた人間の言動が理解できない。その相手に応えることができない」、そういうレオナルドを描いたことは、私どもにとって自己批判にも等しいと思っています。「自分とは全然違う相手を理解できないときに、自分たちはなにに頼っているのか」ということを、私どもは表現したかったのです。

 また、「世界のどの町でも起こりうる、共通の問題を描きたい」とも考えていました。どの国や地域でもそうでしょうが、その土地や人々に対する均一的な見方があると思います。たとえば、ラテンアメリカが映画や芸術で取り扱われる際は、貧困に苦しんでいる人々や、拳銃を持つ子どもがいるといったような暴力的なことが、作品のテーマになる場合が多かったのですが、「それは非常に均一的な見方であるということを伝えたい」と私どもは常に考えています。そのため、『ル・コルビュジエの家』は、自分たちにとって身近なエピソードで物語を作りました。本作で描いた物語は、ラテンアメリカに限らず、世界のどの町でも起こりうることです。

 私はブエノスアイレスに長く住んでいますけれど、武器を持ったことはありませんし、この街で暴力沙汰に遭遇したこともありません。ですから、私どもが携わっている「ニュー・アルゼンチン・シネマ」と呼ばれる映画では、世界に共通の、誰もが理解しやすい問題やテーマを描いていきたい、と考えています。私どもは既成概念を打ち砕くために映画を作っています。

― 本作で描かれているユーモアには、特殊な笑いのセンスがあるように感じられます。この特殊性は、ご自身で意識なさって作っているのでしょうか?

「硬くならずに自己批判をするためには、ユーモアは欠かせない」

アンドレス どういった部分に特殊性があるのか、私自身にはわかりません。ただ、私どもは映画を作る際にいつも、ユーモアを湛えることを考えています。それは、ブラック・ユーモアや皮肉の場合もあります。ユーモアというものは、知性のひとつだと思っています。あるひとつの要素についてユーモアで遊びながら、その要素になにが足らないのかという批判を、ユーモアにくるんで表現するということを、映画制作において私どもは常に考えています。

 先ほどお話ししたように、私どもは「中の上」に属している人々を批判しているわけで、それは自分たち自身に対する批判でもあります。自己批判というものは、ユーモアを介さないと硬くなってしまうので、ユーモアを湛えることによって、自分たち自身の仮面も剥がれると考えています。つまり、外部からではなく、自分たちの中からおのれを批判するために、ユーモアは欠かせないのです。

 たとえば、本作のレオナルドは、ときに、いわゆる「嫌な奴」として描かれています。レオナルドは友人に対して侮蔑的な態度をとったり、難解な現代音楽を自分だけは理解していると思いあがっていたりします。そういう点に、私どもは自分自身に対する皮肉をユーモアにくるんで含ませています。

― 作中に批判を含んでいるということですが、それはコルビュジエの近代建築に対する批判もあるのでしょうか?

「クルチェット邸に住む主人公の人物像に対する批判は含んでいるが、建築そのものに対する批判ではない」

アンドレス 私は建築家として、コルビュジエの建築に対して、非常に敬意をいだいています。クルチェット邸は、20世紀の完璧な建築物のひとつだと考えています。本作の中で、クルチェット邸のような家に住むことを理由に起こりうる危険に対しての皮肉は描いていますが、建築そのものに対する批判ではありません。

 1940年代に建てられたクルチェット邸は、もともとは当然ながら、「普通の人が住むための、単なる家」でした。しかし、現代に生きるレオナルドがこの家に住むということは、ひとつのステータス・シンボルになってしまうわけです。高級車のロールスロイスを何台も所有していることと同じようなものです。

 クルチェット邸は透明性が高い家なので、防犯的には危ないとレオナルドは感じています。だからこそ彼は、隣人のビクトルにも過剰反応するのです。それにもかかわらず、自分のステータスを大切に維持するために、レオナルドはあの家に住み続けています。そういう意味で、レオナルドの人物像に対する批判は含んでいます。

― レオナルドとビクトルは、まったく異なるタイプの人間だということですが、最後には理解しあって共生・共存するのでしょうか?

「ビクトルが関わってくることによって、レオナルドは『隣人の目』で自分の家族を見るようになる」

アンドレス それは本作を観ていただければわかるので、ぜひご覧になって、ご自身で確かめてください(笑)。

 本作で描きたかった点のひとつに、「レオナルドのような社会的に認められている人物にも、じつは日常生活に問題がある」ということがあります。それは、クルチェット邸のような素晴らしい家に住んでいても、「家族の関係は完璧ではない」ということです。これまで、レオナルドはその問題から目を逸らしていました。しかし、隣人のビクトルが関わってきたことによって、見ないようにしていた問題が顕在化してくるのです。自分は成功者でありながら、家族との関係には問題があるということに、レオナルドは少しずつ気づいていきます。つまり、レオナルドは、「隣人の目」で自分の家族を見始めるのです。その結果、どうなるのかは、本作をご覧になっていただければわかります。

― レオナルド役のラファエル・スプレゲルブルドさんと、ビクトル役のダニエル・アラオスさんは、それぞれの役にとても合っていますね。

アンドレス 本作が成功した理由のひとつに、このキャスティングがあります。別々に選ぶのではなく、ふたりを同じタイミングで選びました。そうしなければ、正反対の性格をしているキャラクターが対立することによるエネルギーの行き交いがないだろう、と考えたからです。

 レオナルド役のスプレゲルブルドさんは、おもに舞台で活躍している俳優で、脚本家としても活動しています。ビクトル役のアラオスさんは、舞台とテレビで活躍している、アルゼンチンでは非常に有名な俳優です。

― 建築家のアンドレスさんが、映画の脚本を書かれるようになった理由は?

「『現代アートについて、もっと多くのかたがたに知っていただきたい』と考えたことが、映画制作に携わるきっかけになった」

アンドレス 大学の建築学科を卒業したあと、建築家と現代アートのキュレーター*2として仕事をしていました。しかし、現代アートを正しく理解してくださっている一般のかたがたは多いとは言えません。そこで、現代アートに関する本を執筆しようかと考えたのですが、それを出版したところで、(もともと現代アートに興味のある)ごくわずかの人々にしか読んでいただけないだろうと思いました。「現代アートについて、もっと多くの人々に知っていただくためには、どうしたらよいだろう」と、(本作の監督である)ガストンとマリアノに話したら、「そのアイディアはおもしろいから、映画にしよう」ということになりました。それをきっかけに、ガストンとマリアノの初の長編映画で、私が初めて脚本を書いた”El Artista”(ザ・アーチスト,2008)が生まれました。”El Artista”が国内外で評価していただけたので、この3人で次の映画を撮ろうとプロデューサーから提案があって、『ル・コルビュジエの家』を作ることになりました。現在、私どもの3本目にあたる映画が完成していて、2012年の末には、4本目の撮影に入る予定です。

(アルゼンチンに限らず、多くの国の映画制作の現場において)脚本家は意見を積極的に言わせてもらえない立場にあると思います。しかし、私はありがたくも、自分が脚本を書いたどの映画でも、企画からキャスティングまで、すべてに関わらせていただくことができています。私は映画制作の一連の流れを「文学」だと思っています。ですから、脚本を書いて売ったら終わりということではなく、始めからその映画に関わって終わりまで見届けています。そういうことをさせていただける自分は幸運だと思っています。

*2 キュレーターとは、博物館・美術館等の展示の企画や業務の管理を監督する専門職。

― 本作の脚本を書かれたことで、建築家とキュレーターの仕事にどのような影響がありましたか?

アンドレス 敢えて言うなら、脚本を書いたあとではなく、この映画を作る過程で、建築家やキュレーターとしての仕事にも相互に影響がありました。

 クルチェット邸は、私が生まれた町に建っています。自分にとってとても身近な建物で、なおかつ、私は建築家と現代アートのキュレーターとして、クルチェット邸に関する本や記事も執筆したことがあります。自分がとてもよく知っているクルチェット邸を映画の要素として掘り下げたことによって、この家に関するこれまで知らなかった発見もありました。とてもよく知っている事物を中心として考えることで、新たな驚きが出てくるのです。映画を作っていく中で、自分の中にあるあらゆる部分が影響しあったと考えています。

― 初来日ということですが、日本に来る前と来てからで、この国に対する印象は変わりましたか?

アンドレス 私は先ほど、ラテンアメリカの映画や芸術作品に関する既成概念を批判しましたが、じつは私自身も、このたび来日するまでは、日本に対して一般的な概念しかいだいていませんでした。映画や小説で知った程度の印象しか持っていなかったのです。

 初めて東京に来ましたが、人々がとても優しい、素晴らしい街だと思いました。私はブエノスアイレスに住むのが好きで、美しい街だと思っていますが、日本のみなさまは集団的な意識が非常に高くて、公共の場がとても美しいのが、ブエノスアイレスとは違うと感じました。

 ブエノスアイレスには日本食のレストランがたくさんあって、私はそこで食事をするのが大好きです。今回、東京に来て、日本の食事を味わうのがとても楽しいです。

▼『ル・コルビュジエの家』作品・公開情報
EL HOMBRE DE AL LADO
THE MAN NEXT DOOR
2009 年/アルゼンチン/HDCAM/カラー/103 分/Dolby Digital SRD/
監督・撮影 :ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
脚本 :アンドレス・ドゥプラット
音楽 :セルヒオ・パンガロ
出演 :ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス他
製作 :フェルナンド・ソコロウィッツ
日本語字幕:比嘉セツ
後援:駐日アルゼンチン共和国大使館
協賛:大成建設ギャルリータイセイ
協力:スペイン国営セルバンテス文化センター東京
配給・宣伝:Action Inc.
宣伝協力:梶谷有里
『ル・コルビュジエの家』公式サイト
※2012年9月15日より新宿K’s Cinemaほか全国順次公開!

取材・編集・文:香ん乃 スチール撮影(トークショー):仲野薫

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  • 2012年09月29日更新

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