『ル・コルビュジエの家』 ― ある日、突然、隣家から自分の家が丸見えになってしまったら……?

  • 2012年09月16日更新

「そもそも、ル・コルビュジエって誰?」 ― 大丈夫。知らなくても、この映画を愉しめること、請け合い。

『ル・コルビュジエの家』といっても、コルビュジエという人が住んでいる家のことではない。ル・コルビュジエとは、主にフランスで活躍した実在の建築家。本作の主人公である男は、アルゼンチンのブエノスアイレスに建つ「クルチェット邸」という家に住んでいる設定で、この家を設計したのがコルビュジエなのだ。クルチェット邸は実在し、本作の大半はここで撮影された。

 しかし、「コルビュジエが建築史上どのような人物であるか。クルチェット邸でロケがおこなわれたことが、どれだけ貴重な事実か」といったことは、本作の見どころのひとつではあっても、この映画を観る上で必ずしも必要な知識ではない。「ある日、突然、隣人が不穏なことをやらかし始めた」 ― 誰もがどきっとして不安を禁じえないこの点に興味と共感をいだければ、本作は必ずや存分に愉しめる。

「隣家から自分のうちが丸見え!?」 ― ある日、いきなり、そんな窓が作られてしまったら?

 アルゼンチンのブエノスアイレスで妻子とともに暮らしているレオナルド(ラファエル・スプレゲルブルド)は、椅子のデザインで名を馳せたことをきっかけに世界的に活躍するようになった、インダストリアル・デザイナー。工業製品のデザイナーだ。ある朝、レオナルドの耳に不可解な打撃音が響いてきた。隣家に住むビクトル(ダニエル・アラオス)が、自分の家の壁をハンマーで叩いて穴をあけたのだ。ビクトルが言うには、「陽光を取り入れたいから、新しい窓をひとつ作る」とのこと。しかし、そんな窓が完成したら、ビクトルの家からレオナルドの家が丸見えになってしまう。窓は作らずに穴をふさいでほしい、とレオナルドは再三ビクトルに頼むが、まったく聞き入れてもらえなくて……。

 突然、無粋な窓を作り始めたビクトルは、厳めしい顔つきの見るからに恐ろしげな男。思わず、「はた迷惑な隣人に悩まされるレオナルド」に同情しかけるが、ストーリーが進むにつれて、「いや、それは違うかも」と気づく。なぜなら、ビクトルにとってもレオナルドは隣人 ― つまり、くだんの窓が完成したら、「レオナルドの家からもビクトルの家が丸見えになる」のだ。しかし、レオナルドとは対照的に、ビクトルはそこに危機感や不満をまったく覚えていないのである。

社交性に欠けた人間の私生活に、やたらとフレンドリーな人物が「土足で」踏みこんできた。

 人相が悪くてずうずうしいけれど、ビクトルはフレンドリーな男。「俺は変態ではないから、窓ができても、おまえのうちを覗きはしない」と言い放って、レオナルドと親しくなろうとする。お手製の保存食を差し入れたり、自ら作ったアートを贈ったり ― 強引とはいえ、レオナルドに歩み寄ろうとあの手この手を尽くすビクトルを見ていると、健気な好人物に思えてきて、「友達になってやれよ、レオナルド」と苦笑まじりに勧めたくなる。

 有名なデザイナーのレオナルドは、一見、ワーカホリックで責任感にあふれる男。しかし、妻とは会話がままならず、ひとり娘には無視され続ける日々 ― レオナルドは「多忙」を建前にして家族との問題から逃げているだけである。いや、相手は家族に限らない。友達にも、若手のデザイナーにも、「クルチェット邸」を見学に訪れる観光客にも、レオナルドは高飛車で侮蔑的な態度をとる。社交性に欠けた彼の私生活へ、まさに「土足で踏みこんできた」のがビクトルである。彼と関わることで、レオナルドの「人づきあい」に変化は生じるのか ― そこが本作の鍵だ。加えて、現代では希薄になった「隣近所との密な交流」についても、頭をめぐらせるきっかけになる。ビクトルに振りまわされるレオナルドを見て笑っていたはずなのに、いつのまにか、「自分自身の人間関係や近所づきあい」について、現実的に考えている自分がいることだろう。

人と交流するのに最適な家に、非社交的な人物が住んでいる皮肉。しかし、本作の最たる皮肉は……?

 ル・コルビュジエ ― 本名をシャルル・エドゥアール・ジャンヌレというこの人物は、20世紀を代表する建築家のひとりである。東京・上野の国立西洋美術館の設計者としても有名だ。ラテンアメリカにはコルビュジエの建築物がふたつあって、ひとつはブラジルの教育保健省ビルで、もうひとつが、本作の撮影がおこなわれたクルチェット邸である。

 コルビュジエが手がけた建築物の特長のひとつに「開放感」がある。見通しがよく、ひらかれた雰囲気にあふれている建物 ― それが誰かの住む家だとしたら、まさに「人と交流をするのに最適な、客が訪れやすい家」と言えそうだ。本作でたっぷりと見せてもらえるクルチェット邸も、開放的で出入りがしやすい、すがすがしい魅力に満ちている。そんな「来る者、拒まず」の象徴のような家に、非社交的な主人公が住んでいる点が、巧妙な皮肉である。

 ただ、本作の最たる皮肉は、ラストに待ち受けている。口を”O”の形にして、驚愕せずにはいられないだろう。この映画を観ると、「唖然となって、エンド・クレジットの文字を目で追うことも忘れる」という、珍しい体験ができる。ぜひ、映画館に駆けつけて実際に体感していただきたい。

▼『ル・コルビュジエの家』作品・公開情報
EL HOMBRE DE AL LADO
THE MAN NEXT DOOR
2009 年/アルゼンチン/HDCAM/カラー/103 分/Dolby Digital SRD/
監督・撮影 :ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
脚本 :アンドレス・ドゥプラット
音楽 :セルヒオ・パンガロ
出演 :ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス他
製作 :フェルナンド・ソコロウィッツ
日本語字幕:比嘉セツ
後援:駐日アルゼンチン共和国大使館
協賛:大成建設ギャルリータイセイ
協力:スペイン国営セルバンテス文化センター東京
配給・宣伝:Action Inc.
宣伝協力:梶谷有里
『ル・コルビュジエの家』公式サイト
※2012年9月15日より新宿K’s Cinemaほか全国順次公開!

文:香ん乃


  • 2012年09月16日更新

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