『ルート・アイリッシュ』シンポジウム試写会—変わりゆく戦争のカタチ。山路徹氏らジャーナリスト3人が語る、「戦争の民営化」。

  • 2012年04月04日更新

 イギリスの名匠ケン・ローチ監督の最新作『ルート・アイリッシュ』のシンポジウム試写会が2012年3月19日(月)、東京・スペースFS汐留で開催された。ピーター・バラカンさんを進行役に、パネリストにはAPF通信社代表の山路徹さん、国際政治アナリストで『民間軍事会社の内幕』(ちくま文庫)などの著者である菅原出さん、料理人として民間軍事会社に潜入取材をしたジャーナリストの安田純平さんを迎え、3人が実際に見たイラク戦争の内幕を語った(写真は左から ピーター・バラカンさん、山路徹さん、菅原出さん、安田純平さん)。

「イラク戦争に多くのコントラクターが派遣されたことは、この戦争がいかに大義の無いものであったかということの裏付け」(菅原出さん)

ピーター・バラカンさん(以下、バラカン) 本日は映画の重要なテーマである、「戦争の民営化」についてお話を聞きたいと思います。

山路徹さん(以下、山路) 民間軍事会社と戦場の実情を、わかり易くお話しできればと思います。

バラカン そもそも、民間軍事会社とはどのような組織なのでしょうか。

菅原出さん(以下、菅原) 従来は軍内部で行っていた仕事のいくつかをビジネスとして請け負う企業です。実際の戦闘から、基地の建設、料理、運搬などさまざまな後方支援を行います。

バラカン 民間軍事会社の成長に拍車をかけたのは、イラク戦争時にアメリカ軍に志願する兵士の数が足りず、それを補うためだったと言われていますね。

菅原 イラク戦争に多くのコントラクター(民間兵)が派遣されたことは、この戦争がいかに大義の無いものであったかということの裏付けです。ブッシュ政権内部にさえ、この戦争の必要性に納得していない人たちが多くいましたが、当時のチェイニー副大統領やラムズフェルド長官のような戦争推進派が「イラク戦争は少人数でできて、すぐ終わります」という方便で少人数の部隊しか投入せずに強引に進めてしまった。そこに企業が目を付け、どんどん入り込んで行ったのです。

「望んで戦場に行く人々が増えているのは、経済的な格差が有るから」(安田順平さん)

バラカン 安田さんはイラク戦争時に料理人として民間軍事会社に潜入し、取材を行ったそうですね。

安田純平さん(以下、安田) 開戦前の2002年に初めてイラクに行き、2003年にアメリカ軍の空爆が始まりました。その後、政権崩壊まで9カ月ほど現地に滞在しました。大きな軍の基地では、主にアメリカの民間業者が兵士たちに食事を提供していましたが、実際に働いているのはアジアやアフリカから来た労働者です。さらに基地の建設などで民間企業が入る時にも食事を出す下請け企業があり、何をやるのにも生活を提供する業者と、それを守るコントラクターがいるという構造になっていました。

バラカン この映画の登場人物であるファーガスとフランキーのふたりはごく普通のイギリスの若者という印象です。国内にも仕事は有るはずなのに、なぜわざわざイラクのような危険なところに行くのかが疑問です。

安田 軍の兵士に比べて宿舎や食事などの待遇も良いし、給料も欧米人のコントラクターとなれば月給は8千ドルから1万5千ドル(約64万円〜120万円)と聞いています。わたし自身も、イラクで働いている間は月に千ドルの貯金ができました。日本で普通に働いていてもなかなか大変なことだと思います。

バラカン 高給と引きかえに途上国からイラクへ働きに来る人たちは、戦地がどれだけ危険かを承知の上でやって来るのでしょうか。

安田 コントラクターたちは武装している以上、敵から攻撃されるかもしれないという認識は持っていますが、それ以外の人は働きに行く段階ではそういう意識はあまり無いと思います。むしろイラクから帰って来た人が高給を得て豪邸を建てたりするのを見て、望んで戦場に行く人々が増えています。しかし、それが成り立つのは先進国内や、先進国と途上国のあいだに経済的な格差が有るからだということを忘れてはなりません。

「イラク戦争は完全にゲリラ戦で、誰が味方で誰が敵か分からない緊張感の中にいる。それまでの戦争とは概念が違う印象です」(ピーター・バラカンさん)

バラカン 菅原さんはこの映画のもとになったと思われる事件として、ブラックウォーター事件を挙げていましたね。

菅原 2007年にバグダットでアメリカの民間軍事会社、ブラックウォーターのコントラクター5人が銃を乱射し、一般市民17名を殺害した事件が起きて、大きな問題となりました。アメリカ議会でも公聴会が行われ、その中で明らかになったのは2005年から2007年までに、ブラックウォーター1社だけで、175件もの銃撃事件に関与していたということです。これらすべての事件で一般市民が巻き添えになったかは分かりませんが、同期間に122名のブラックウォーター社の社員が「不適切な行動が有った」という理由で解雇されています。

バラカン 民間軍事会社が事件を起こしても、政府は「民間軍事会社は軍では無い」というところで関与しない姿勢ですか?

菅原 基本的に軍と契約をしている民間軍事会社は、軍と同様に派遣先の国の法律では裁かれないという特例を受けます。軍の場合は、軍法会議で裁かれますが彼らはその対象にも成りません。もちろん事件を起こせば会社からは解雇されます。しかし、ブラックウォーター事件も何度か裁判にはなりましたが、今のところ有罪判決は出されていません。

バラカン イラク戦争は完全にゲリラ戦で、誰が味方で誰が敵か分からない緊張感の中にいる。それまでの戦争とはかなり概念が違う印象です。

安田 ベトナム戦争の時は、基本的には「あそこまで行ったら戦闘をしている」というフロントラインが有ったのですが、対テロ戦争というのは相手が誰で、どこから敵が来るのかわからない。それまでの戦争の形とは違いますね。

山路 同じエリアに味方と敵が混在しているから常に恐怖心が有るんです。戦場取材を重ねて思うのは、人は「怖い」と思うと引き金を引くんですね。つまりイラク市民との間に信頼関係が無いということですよね。しかし、こうした事件は日常茶飯事に起こっていることです。表に出ていないだけで、ブラックウォーター社以外にもこういう事件は山ほど有るのだと思います。

「日本だっていつ戦争が起こるか分からない。イラクやアメリカの問題ではなくわれわれの問題として考えて」(山路徹さん)

バラカン しかし、それだけ多くの民間軍事会社が戦争に関わっているということは、戦争が巨大なビジネスで有るということですね。

山路 戦争は最大の公共事業です。戦場には小さな弾から大きな砲弾まで飛び交い、戦車や戦闘ヘリが動き回っています。しかし、そこで活躍している武器のほとんどは国連の常任理事国の5カ国で作られているものです。それらが甚大な被害を生んでいる一方で、PKOで軍隊を派遣しているという矛盾に満ちた現実が有る。以前、兵器の見本市に行ったことが有るのですが、そこでは弾丸や砲弾がまるで化粧品の様にディスプレーされて、広報担当者は「わたくしどもの砲弾は確実に敵を殺せます」とセールストークをしている。まさにビジネスショーの世界です。そこでは、戦争にかかわる商売を邪魔する者は許され無いという恐ろしい世界が存在しています。報道ではこういったことを伝えるのは難しいと思いますが、戦争の本当の姿を伝えるという意味で、この映画は優れた作品です。

安田 ドキュメンタリーかルポルタージュでは描くのが難しい部分も、映画だからこそここまで間近に戦争を描くことができたのではないでしょうか。

菅原 ケン・ローチ監督は「民間警備兵がすべて撤退するまでイラク戦争は終わらない」とコメントしていますが、状況はそれ以上に悪化しています。サダム・フセイン政府を崩壊はさせたけれども、それに追随する人たちがたくさん出てきて、西側の民間軍事会社がやってきたようなことを今度はイラク人が民間軍事会社にやるという事件が多発しています。この映画をきっかけにイラク戦争とは何だったのかを考え直す機会にしていただければと思います。

山路 日本だっていつ戦争が起こるか分からない。民主主義の国で政治家を自分たちで選ぶことができるからこそ国民一人ひとりの責任は重いと思います。何かを判断する時に、戦争の本質を知っているべきだし、この映画をその材料のひとつにしてほしいですね。イラクやアメリカの問題ではなくわれわれの問題として考えてほしいと思います。

《ミニシア恒例、靴チェック》
ピーター・バラカンさん 山路徹さん 菅原出さん 安田純平さん

▼『ルート・アイリッシュ』作品・上映情報
原題:ROUTE IRISH
2010年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア・スペイン合作/109分
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
製作:レベッカ・オブライエン
出演:マーク・ウォーマック、アンドレア・ロウ、ジョン・ビショップ ほか
配給:ロングライド
コピーライト:(C)Sixteen Films Ltd, Why Not Productions S.A., Wild Bunch S.A.,France 2 Cinéma, Urania Pictures, Les Films du Fleuve,Tornasol Films S.A, Alta Producción S.L.U.MMX
『ルート・アイリッシュ』公式ホームページ
※3月31日より銀座テアトルシネマほか全国ロードショー上映中

取材・編集・文:min スチール撮影:hal

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