『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』―原作ファンが思い描いていた情景のすべてが、ここにある。

  • 2012年03月04日更新

オーケストラを舞台にしたボーイズ・ラブ小説の金字塔、遂に実写映画化。

 小説や漫画が映像化、それも「実写化」されるというニュースを耳にした場合、好意的に受けとめる原作ファンは少ないのではなかろうか。原作に対する思い入れが強ければ強いほど、「キャストによって登場人物のイメージが崩れるのではないか。原作とは違いすぎるストーリー展開になるのではないか」と、不安が募るのは当然だと思われる。

 秋月こお氏原作の『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』が、このたび、実写映画化された。原作は1994年から2012年の現在に至るまで、20年近くも読者を魅了し続けている、長編のボーイズ・ラブ小説である。原作者の秋月氏も満足しているというこの映画版は、金田敬監督、出演者、スタッフ ― 作り手全員が、原作を尊重かつ研究し尽くして映像化したと一目瞭然の作品だ。

アマチュアのオーケストラに、尊大な天才が「降臨」した。

 アマチュアの演奏家たちが集う、富士見市民交響楽団 ― 通称、フジミ。このオーケストラでコンサートマスターを務めるヴァイオリニストの守村悠季(高崎翔太)は、楽団員たちの信頼を一身に集めており、彼自身も、フジミのまとめ役として自負をいだいている。ある日、プロの一流オーケストラでも指揮者を務めている桐ノ院圭(新井裕介)が、突然、フジミの練習に現れて指揮台に立った。「芸大卒・留学帰り・天才」と三拍子揃ったエリートの圭は、肩書きにたがわない尊大な態度で、フジミのレベルを超えた音楽的な要求をしてくる。すぐさま敵意を覚えた悠季だが、圭の指導によって、フジミの演奏が見る見るうちに上達していくのを認めないわけにはいかなかった。それでも彼を容認しきれない悠季に対して、圭は思いがけない行動に出るが……。

ラヴ・ストーリーでありながら、ふたりの音楽家が互いを高めあっていく成長物語でもある。

 フジミのコンサートマスターという立場に責任を持っている悠季だが、心の裏では常に、「自分は凡才。このポジションが妥当」と、自らの才能と音楽への向きあいかたに劣等感をいだいている。圭の登場は、フジミという楽団のみならず、悠季自身の「ヴァイオリニストとしての在りかた」を変えていく起爆剤にもなるのだった。一方、圭は圭で、「天才」の道を順風満帆に歩いてきた自分にも、思い通りにならない出来事と苦悩せざるをえない問題が生じるのだ、と悠季を通じて知ることになる。悠季と圭の恋の始まりがコメディ・タッチで描かれている恋愛映画だが、ふたりの音楽家が衝突を繰り返しながらも互いを高めあっていく、確乎たる成長物語でもあるのだ。

原作ファンが脳裏で思い浮かべていた情景のすべてが、この映画の中に「実在」している。

 異性愛者だった悠季が、圭の恋心と存在そのものを無視できなくなっていく ― 一見、非現実的な展開だが、高崎翔太演じる悠季が、緻密かつ具体的に心情の流れを表現しているため、「こういうことがあっても、不思議ではない」と観る側に自然と納得させるリアリズムが生まれている。また、まるで「自分が住んでいる町にフジミの面々がいる」かのような、庶民的で身近な雰囲気が全編にあふれている。「原作を読んだとき、『富士見という町を自分たちで創れるんだ』と思ったら、とても魅力を感じた」と金田監督は言った。コントラバス奏者の石田国光(徳井優)が経営する喫茶店「モーツァルト」、悠季が住む簡素なアパート、圭が悠季に対して途方もない行動に出る高級マンション、なにより、「富士見という町そのもの」 ― 原作ファンが脳裏で思い描いていた情景のすべてが、この映画の中に「実在」している。

 もちろん、コミカルでドラマティックなボーイズ・ラブ映画として、オーケストラと音楽家たちの成長物語として、原作をご存じないかたがたにも、どきどきしながら楽しんでいただける作品である。だが、「実写化は不安」と感じていらっしゃる原作ファンのかたにこそ、ぜひご覧になっていただきたい。すべての原作ファンを満足させる映像化作品はありえないとしても、試してみる価値は充分にある、オリジナルに対して誠実に作られた作品だ。

▼『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』作品・公開情報
2012年/日本/カラー/ビスタ/ステレオ/83分
原作:秋月こお(角川ルビー文庫・刊)
脚本:板谷里乃 箱田森介
監督:金田敬
製作:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント ビデオプランニング ビデオフォーカス
制作・配給:ビデオプランニング
出演:高崎翔太 新井裕介 岩田さゆり 林 明寛 馬場良馬 NAOTO(ゲスト出演) 木下ほうか 宮川一朗太 徳井 優 国広富之
コピーライト:(C)2012秋月こお/角川書店・富士見二丁目交響楽団シリーズ製作委員会
『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』公式サイト
※3月3日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー!

文:香ん乃

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